恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2012年05月

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薔薇色に染まった夜はきみの所為


「うわっ!?」

 風呂上りにベッドでゴロゴロしていた悠也の視界が、突然遮られる。頭から無造作に掛けられたのは、少し大きめのタオル。

「何すんだよぉ」

 悠也は鬱陶しそうにそれを取り払った。

「髪、ちゃんと拭かないと風邪引くよ」
「ぅうん…」

 猫が喉の鳴らすような、そんな悠也の声に、拓海は少しドキリとしたが、とりあえずはガシガシと悠也の頭を拭いてやる。

「痛い、痛いっ…、もぉー、拓海、乱暴!」
「だったら自分でちゃんと拭きなさい」
「はいはい」

 母親みたいな拓海の言葉に、悠也は渋々と起き上がって、自分で手を動かす。濡れているせいで、伸びた毛先が首筋に張り付いている。

「ホラ、ちゃんと拭けって」
「拓海やってー」
「ったく…」

 ダラダラと手を動かしている悠也に見兼ねて、結局拓海が髪を拭いてやることに。口では面倒くさそうに言っても、こういうの、拓海は別に嫌いじゃない。

「髪、伸びたね」
「んー……ちょっと邪魔、かな」
「似合ってるけどね」

 まだ少し湿り気の残る髪に指を絡める。覗いた項に指先を滑らせて。

「拓海、擽ったい…」
「そう?」
「あっ……ちょっ…」

 不意を突かれて、項にキスされる。

「拓海!」
「ゴメン……だって悠ちゃんの項見てたら…」
「バカ」
「これでも我慢したほうなんだけどな」
「知らないよ」

 照れたせいでほんのり色付いた項に、もう1度唇を落として。

「嫌なら、次からは自分で髪を拭きなさい」
「………………いいよ、拓海にやってもらう」

 そう言って悠也は、首を傾けて後ろを向くと、拓海の唇を塞いだ。



*END*




 お久しぶりのメインカプ。悠ちゃんと拓海くんです。何か急に書きたくなった。タイトルはロレンシー様より。ありがとう。
 明日から新連載の開始です。
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カテゴリー:拓海×悠也

暴君王子のおっしゃることには! INDEX


■暴君王子のおっしゃることには! (title:21さま)
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■ラブゲームには程遠い (title:operettaさま)
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■愛情と花粉の量は比例しません
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【このお話に出てくる人たち】

6畳2間のアパートに同居してる人たち
・葉山雪乃(はやま ゆきの):ユキちゃん。吸血鬼の人。22歳。
・庭野一伽(にわの いちか):いっちゃん。同じく吸血鬼の人。24歳。

一伽と一緒にセレクトショップ「oz」で働く人たち
・航平 くん(こうへい):店長さん。
・小松崎志信(こまつざき しのぶ):店員さん。オタク。

クラブで一伽が出会った人たち
・侑仁(ゆうじん):一伽にいきなり血を吸われた人。航平くんとはお友だち。
・海晴(みはる):侑仁と一緒にクラブに来ていた人。
・ニナとエリー:侑仁のお友だちの女の子。
・リコ:侑仁の彼女になりたがっている1号の女の子。

cafe OKAERIの人たち
・霜村光宏(しもむら みつひろ):みっくん(と呼んでいるのは雪乃だけ)。店員さん。
・大橋(おおはし):バイトの人。いつもお腹を空かせている。
・笠原美也子(かさはら みやこ):店長さん。ママと呼ばれるのがお気に入り。
・茉莉江さん(まりえ):常連さん。輸入雑貨を扱うショップのオーナーさん。
・藤野さん(ふじの):同じく常連さん。歯医者さん。

雪乃と一伽もcafe OKAERIの常連さんです。
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カテゴリー:暴君王子のおっしゃることには!

暴君王子のおっしゃることには! (1)


一伽 と 雪乃

「いっちゃん、ご飯~…」

 へなへなと、力のない声で縋り付いたのは、葉山雪乃(はやま ゆきの)。職業、吸血鬼。
 自己紹介すると、『吸血鬼は職業じゃねぇよ!』と突っ込まれるのが、目下のところの悩みな22歳。

「もぉ~、ユキちゃん、いい加減にしてよね!」

 そんな雪乃を無下にあしらうのは、庭野一伽(にわの いちか)、24歳。同じく吸血鬼。
 吸血鬼の食事と言えば、ご存じ血液で、雪乃は同じ吸血鬼の一伽に『血を吸わせろ』と言っているのだ。突っ込みたくもなる。

「だって、お腹空いた~…」
「ご飯、行ってきなよっ」
「お腹空き過ぎて、飛べない~…、コウモリさんになれない~…」

 雪乃は、鬱陶しそうな顔をしている一伽のもとにずり寄っていく。

「いっちゃん、ご飯~っ! 一生のお願い~!」
「あぁーっもうっ、ウザいっ! こっち来んな!」

 6畳2間のアパート。
 優雅とは言い難い住空間で繰り返される、不毛なやり取り。

 ちなみに、吸血鬼と言えば『古めかしい洋館』が定番だが、それは人間の勝手な想像でしかなく、今の日本でそんな洋館、探すほうが難しい。
 それに、たとえそんな洋館があったとしても、そこで生活できるほどの財力は持ち合わせておらず、せいぜい、家賃5万5千円を2人で折半するのが関の山だ(少なくともこの2人は)。

「いっちゃぁ~んっ!! いっちゃん、いっちゃん、いっちゃ~~~んっ!!!」
「もぉ~~~っ、分かったってば!」

 完全に駄々っ子状態の雪乃に根負けし、一伽のほうが先に折れた。
 あまりうるさくすると、お隣さんとかから苦情が来るのだ。

「わーい、いただきまぁすっ!」

 一伽が渋々了解すると、雪乃は途端に笑顔になって、待ての出来ない犬のように、大きな口を開けて一伽に飛び付いて来た――――が。

「あ、ユキちゃん、ちょっと待って」

 一伽の白い首筋に齧(かぶ)り付こうとしていた雪乃は、その直前にストップを掛けられ、口を開けたまま固まった。

「あに? いっひゃん」
「ユキちゃん、牙、どうしたの? 左っ側の」
「ん、にゃ?」

 ジロジロと雪乃の口の中を覗き込んでいた一伽が、訝しげに尋ねて来る。
 牙、何だっけ? それよりもご飯…と、雪乃は回らない頭で考えるが、特に何も思い出せない。

「左っ側の、ちょっと欠けてるよ? 何したの?」
「ふぇ…? ………………。……?????」
「ホラっ!」

 雪乃があんまりにも呆けているから、じれったくなって、一伽は鏡を雪乃の前に突き付けた。
 ちなみに『吸血鬼は鏡に映らない』というのは、吸血鬼の中でも、もう伝説になっちゃってるくらい大昔のお話で、現代を生きる吸血鬼は、鏡にくらいちゃんと映る。だってそうでないと、いろいろ不便だし。



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 新連載、タイトルは21様からです。ありがとう。
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カテゴリー:暴君王子のおっしゃることには!

暴君王子のおっしゃることには! (2)


「あ、ホントだ。何かちょっと欠けてる。何で?」
「知らないよ、何したの? ユキちゃん」
「え、何も…………あっ、こないだすっ転んだ! そんとき顔からベシャって行ってさぁ、めっちゃ痛かった! そんとき欠けたのかなぁ?」
「バッカじゃないの」

 どこまでも鈍臭い雪乃に、一伽はほとほと呆れた顔で溜め息を零した。
 どこの世界に、大事な牙を欠かす吸血鬼がいるんだろう。というか、その転んだのがいつのことか知らないが、どうして今日まで気付かないんだろう。

「歯医者さん、行ったほうがいいかなぁ?」
「知んない。歯医者さん行って、牙抜かれないように気を付けてね」
「ん。そんじゃ、いただきまぁ~す」

 今度こそ雪乃は、一伽の首筋に噛み付いた。
 チューチューと一伽の血を吸いながら、少しくらい牙が欠けていても、ちゃんとご飯出来るし、歯医者さんはまぁいっか、なんて、雪乃はのん気に思ってしまう。

「ん~っ! やっぱいっちゃんの血が一番おいしい」
「当たり前じゃん」

 たっぷり時間を掛けて一伽の血を堪能した後、満足そうに雪乃がそう言えば、一伽はシレッとそう言い返した。
 雪乃はあんまり詳しくないんだけれど、一伽は吸血鬼の中でも高貴な一族の末裔らしい。だから血もおいしいんだって、もっと味わって飲みなさいって、よく言われる。

「ふぅ、お腹いっぱいになったら眠くなった」
「ガキか」

 お腹を撫でながら離れていく雪乃に、一伽は冷たく言い放った。
 腹が減っては喚き散らし、満腹になれば眠くなる。タチの悪い子どもと一緒。ガキは嫌いなんだけどな。

「ねぇねぇいっちゃん、そう言えばあのね、」

 一伽の白けた視線に気付かず、雪乃は笑顔のまま一伽のほうへ戻って来た。

「こないだね、超~~~すてきな人、見掛けたよ! めっちゃカッコよかった!」
「へぇ、よかったね。で?」
「ぅん?」
「いや、だから?」
「え? そんだけだけど」

 雪乃が力いっぱい、幸せそうに、嬉しそうに話すものだから、何かその先の話があるのかと思えば、とってもあっさりと話が終わってしまった。
 一伽は思わず、一昔前のコントみたく、カクッとズッコケそうになった。

「そんだけって……え、そんだけ? カッコいい人がいて、だから?」
「だからって?」
「いや、何か…声掛けたとか、友だちになったとか、何かないの? そういうの」
「ないよ」
「……」

 どうやら本当に、ただすてきなた人を見掛けただけ、ということらしい。
 たったそれだけのことで、ここまで幸せ気分に浸れるなんて、ある意味、何てハッピーな頭をしているんだろう。



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カテゴリー:暴君王子のおっしゃることには!

暴君王子のおっしゃることには! (3)


「でもね、ホントにカッコよかったんだよ! 血も、めっちゃおいしそうだった!」
「だったらユキちゃん、何でその人の血、飲まなかったの? そんなにうまそうだったら、飲めばよかったのに」
「だってそんな、見ず知らずの人いきなり襲うなんて、変態くさいじゃん! 俺は、そういう恥知らずなことはしたくないの!」
「…いっつも腹ペコのユキちゃんに言われたくない」
「ウグッ…」

 尤もらしいことを力説する雪乃だが、そのせいでうまく吸血できなくて、いつも腹を空かせているのだ。
 空腹に耐えかねて、一伽に血を飲ませてもらうのだって、吸血鬼としては十分恥ずかしい気がする(というか、こんななのに、堂々と『職業・吸血鬼』と言うほうが恥ずかしいと思う)。

「あーあ。今度こそユキちゃんがカッコいい男ナンパして、彼氏いない歴に終止符を打ったのかと思ったのに。つーまんないの」
「うっさい!」

 言いたい放題の一伽を引っ叩いてやろうかと思ったら、振り下ろした手は、スカッと空を切った。
 今まで人の形をしていた一伽は、コウモリの姿となって羽ばたいていたのだ。

「ご飯行ってくる。じゃーねー」
「あっ、ちょっ、いっちゃん!」

 まだ言い返してやりたいことあったのにー! とジタバタする雪乃を無視して、一伽は夜の街へと飛び立っていった。



一伽

「まぁーったく、ユキちゃんはしょうがないんだから」

 なんて言いながら、今日のご飯を探すべく、一伽はコウモリ姿のまま、空から辺りを見回す。
 夜で暗いはずなのに、街はネオンで明るい。

「どこ行こっかな…」

 一伽は大抵、1人でいる女の子に声を掛けるのだが、今日はだいぶお腹が空いているので、のん気に物色している暇はなさそうだ。
 しかも、今日は雪乃に血を吸わせていたせいで、時間が結構遅い。こういう時間に声を掛けると、キャッチと間違われてうまく行かないことを、一伽は経験上知っている。
 となれば仕方がない、金は掛かるが、若い女の子がいっぱい集まっているクラブへ行くしかない(いや、行くしかないというか、『夜に若い女の子から』という一伽の無駄な条件さえなければ、金が掛かることは何もないのだが)。

 一伽は賑わっているクラブを見つけると、近くで人間の姿に戻った。
 コウモリは飛べるし便利だから、一伽は結構気に入っているのだが、残念ながら、コウモリのままでは血を吸うことが出来ないのだ(それに、コウモリのまま忍び込んだら、泥棒さんみたいだし)。
 ちなみに、いちいち人間の姿にならなくても吸血できる生き物はないかと考えたところ、『蚊、か…?』とも思ったのだが、血を吸っている最中に叩き潰されそうな気がしたので、やめている。

「よし、…と」

 鏡を覗いて身だしなみを確認すると、一伽はクラブの中に入る。
 先ほど雪乃に血を吸わせたせいもあって、腹は減っている。早くご飯を見つけないと。

 どうしようかな…と一伽が思案していたら、ちょうどトイレから出て来たところの、1人の女の子が目に入った。
 顔は若干メイクが濃い気もしたが、まぁまぁかわいいし、襟ぐりの大きく開いた服を着ているから、血も吸いやすそうだ。それに、声を掛けたら簡単に付いて来そうなタイプだと、直感で分かった。



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暴君王子のおっしゃることには! (4)


 一伽は彼女の後を付いて行き、声を掛けようとした――――が。

「1人? 一緒に踊らね?」

 一伽より先に、彼女に声を掛ける男がいた。
 イケメンだが、遊び慣れた、いかにも軽そうな感じの男。

「ちょっ…!」

 一伽は慌てて背後から彼女の腕を掴んだ。
 せっかく見つけたご飯だ、横取りされてたまるか。

「え、何アンタ」

 男は訝しげに、女の後ろから現れた一伽に視線を向けた。

「先に声掛けようとしたの、俺だし」
「は? 知らねぇし」

 一伽の主張は、あっさり一蹴された。声を掛けようとしたのは一伽が先かもしれないが、実際に声を掛けたのは男のほうが先なのだから、『は?』と言われても仕方はない。
 彼女も、キョトンとしている。

 だが、ご飯に逃げられたくない一伽も必死だ。
 血を吸うのなんて高々数分のことだから、その後いくらでも好きなだけ踊ってくれていいから、先にちょっとだけ吸血させてくれまいか。

「えっとー…3分!」
「は?」
「3分経ったら、また来てよ!」
「ラーメンかよ」

 雪乃のように、見ず知らずの人間をいきなり襲うのを恥知らずだとは思わないが、ギャラリーの前で、事情を知らない子に襲いかかろうとするのは、どうかなぁ…とは思う。
 だから3分だけ時間をくれと言ったのに、男はますます不審そうな顔をしやがった。

「えっとー…」

 女は、そぉーっと一伽の手を引き剥がした。
 そして。

「よく分かんないけど、またねっ」

 彼女はダッシュで、2人のもとから去って行ってしまった。

「あぁー! ちょっ!」

 逃げられた!
 ご飯に逃げられた!!

「お前のせいだぞっ!」
「は? お前が割り込んで来たんだろうが」

 せっかくの獲物を逃がしてしまったショックで、一伽はプクッとして、目の前の男に八つ当たりした(雪乃のことを子どもだと言う一伽だって、実際のところ、一般的な24歳の人間と比べたら十分にお子ちゃまなのである)。
 でもだって、コイツが現れさえしなければ、今ごろはもう、腹も満たされていたはずだと思ったら、悔しくて堪らないのだ。

「ったく、何なんだよ」

 男はおもしろくなさそうに頭を掻いて、一伽に背を向けた。
 先ほどの彼女は、今宵限りの相手にしか思っていなかったようで、追い掛けるつもりはないらしい。



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暴君王子のおっしゃることには! (5)


 しかし一伽にしたら、おもしろくないどころの騒ぎではない。男は単に快楽目的かもしれないが、こちらはせっかくのご飯を逃がしてしまったのだ。
 本当は男なんて趣味じゃないけれど、この際、背に腹は代えられない。一伽は、ブツブツ言いながら歩き出した男の背後に忍び寄る。

「ご飯っ!」
「うぉっ!? 何だっ…」

 一伽は後ろから、男の背中に飛び付いた。
 男は当然何も身構えていなかったから、その勢いに負けて、バランスを崩した。

「ちょっ、何だよ、お前っ!」

 おんぶをせがむ子どものように、首っ玉に縋り付いてくる一伽に、男は大いに慌てた。
 先ほどの女に、そこまで未練があったのだろうか。ナンパの失の言い掛かりを付けるにしても、手荒すぎる――――一伽の思惑を知らない男は、このまま刺されたりするんだろうかと、嫌な想像をした。

「ちょっ、もぉ、暴れんなよっ…」

 しかし一伽に、そんなつもりはない。ただ、ご飯が食べたいだけだ。
 一伽は男の首にしがみ付きながら、その襟足に掛かる髪を掻き上げた。
 男の血って、うまいんだろうか。汗臭くないのかな? と思って、クンクンと鼻を寄せてみると、香水の匂いがした。セクシー系? 女の子、好きそうだな、こういうの。
 肉は硬そうだが思ったほどまずそうでもない、と一伽は、口を大きく開けた。

「いただきまーす」
「は? え? ちょっ…、イダダダダ! 何すんだ、このヤロ!」
「うわっ!」

 一伽がその首筋に歯を立てた瞬間、思い掛けない力が一伽をその体から引き剥がし、床へと弾き飛ばした。

「イッテー…。何すんだよ、バカッ!」
「それはこっちのセリフだっつの! 何なんだよ、お前! ゲッ、血が出てる! ふっざけんなよっ!」

 男は、一伽に噛み付かれた首筋を手で押さえながら、忌々しそうに一伽を睨んだが、一伽にしたら、事態はもっと深刻だ。

 くそぅ、あとちょっとでご飯にあり付けたのに。
 その指先に付いた血だって、今は惜しいのに。

「侑仁(ゆうじん)、いつまでベンジョ行ってんの? 女の子、待ってんだけど」
「あ、海晴(みはる)

 怯まず一伽が男に突撃しようとしたところで、別の声が2人の間に割って入った。
 『侑仁』と呼ばれた男よりも、少しワイルドな感じの男。『海晴』というらしい。でもやっぱりこういうところが好きそうな、遊ぶのが好きそうな、そんな感じがする。

「え、何ソイツ」

 現れた男、海晴は、尻もちをついた状態から起き上がろうとしていた一伽に気が付き、目を眇めた。
 一伽は、新たに登場した獲物が、やっぱり男だったことに多少ガッカリしつつ、もうこうなったら、どっちでもいいから血を吸ってやろう! と手当たり次第の気分になっていた。

「知らねぇよ。つか、何かちょっとヤバイ感じだから、行こうぜ」

 侑仁はコソコソと海晴に耳打ちして、その腕を引く。
 しかしそれは小さな声だったけれど、ばっちりと一伽の耳に届いていた(吸血鬼の能力、舐めんなよっ!)



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暴君王子のおっしゃることには! (6)


「待っ…ご飯っ!」

 足早に去って行こうとする2人の男を、一伽はダッシュで追い掛けた。

「ちょっ、おいっ、ざけんなっ!」

 とりあえずは、さっきの男。
 その背中にしがみ付けば、さっき歯を立てたところに、まだ血が滲んでいる。
 思わず、ゴクリと喉が鳴ってしまった。

「いただきま……うわぁっ!」
「やめろって!」

 またもや一伽は、男から振り落とされてしまった。
 本当は、人間なんて簡単に押さえ付けられるくらいの力を持っているんだけれど、今の一伽は、腹が減り過ぎていて、十分にその力を発揮できない。
 こんなことなら、雪乃に血なんか吸わせるんじゃなかった。

「ちょっ、おい、侑仁。お前コイツに何したんだよ。ヤバくね?」
「何もしてねぇよっ」

 海晴も怪訝そうな顔をしている。
 この街に、いろんな意味でヤバイ連中はたくさんいるが、一伽のことは、格別にヤバイ子だと判断したらしい。

 全然ヤバくないのに。
 ご飯食べたいだけなのに。
 吸血鬼って、なかなか人間に理解してもらえない職業で、切ない…。

「うぅ~ん…お腹…」

 狩りに失敗するなんて、それだけでも屈辱的なのに、お腹が空き過ぎて動けないなんて。
 全部全部、あの『侑仁』てヤツが悪いんだ。最初のご飯は横取りしようとするし、血を吸おうとしても吸わせてくんないし。これで死んじゃったら、一生恨んでやるんだから…!

 遠くなっていく2人の足音に、一伽は床に転がったまま、静かに目を閉じた。



侑仁 と 一伽

 今日は何となく、ついていない日だったんだ。
 ナンパには失敗するわ、変なヤツに絡まれるわ、しまいにはソイツが目の前でぶっ倒れるわ。
 そういえば、今日のかに座の運勢は最下位だって今朝テレビで言ってたっけ…と、侑仁は思い出した。テレビの星座占いなんて、信じるタチじゃないのにな。

「どーすんだよ、侑仁…」

 侑仁のナンパを邪魔し、なぜか突如襲い掛かってきたわけの分からない男は、2度目の侑仁襲撃の後、『うぅ~ん…お腹…』と呻きながら、倒れたまま意識をなくしてしまった。
 一緒にいた海晴も、どうしたものかと困惑しているが、侑仁だって、何が何だか全然分からない。

「侑仁ー、お前マジ、コイツに何したわけ?」
「だから何もしてねぇって。むしろ俺、被害者! 首噛まれたんだからな!」
「は? マジ? うっわ、血ィ出てんじゃん」

 侑仁の首筋を覗き込めば、確かに血が滲んでいる。
 海晴も、一伽が侑仁に飛び掛かって来たのを見ているので、状況は何となく把握しているが、一体全体、どうしてこんなことになってしまったのかは、分からない。



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 今さらながらインフルエンザにかかってしまいまして、コメレスとか遅れるかもしれませんが、その際はすみませんが、よろしくお願いします。
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暴君王子のおっしゃることには! (7)


「つか、どうすんだよ、コイツ。このまま放置?」
「そうしようぜ。俺もう関わりたくない…」
「でも侑仁ー、何かコイツ、めっちゃ執念深そうだったじゃん。何とかしねぇと、また追い掛けられるかもよ?」
「ちょっ…マジ勘弁」

 海晴の言葉に、侑仁は宙を仰いだ。
 でも確かにこの男は、訳もなく2度も侑仁に襲い掛かって来たのだ。3度目がないとも限らない。それに、いきなり襲い掛かってきた変質者だが、倒れたのを放置していくのは、人としてどうかとも思う。

「スタッフ、呼んで来るか?」
「おぅ」

 救急車を呼ぶにしても、店としての対応があるだろうから、一先ずは店の関係者に話をするのがいいだろう。
 どのみちここは、電波の状況も悪くて携帯電話も繋がりにくいし。

「なぁ、アンタ、大丈夫?」

 海晴が店の人を呼びに行っている間、侑仁は屈んで、倒れたまま動かない一伽を抱き起して声を掛けてみた。
 もしかして倒れているのが振りで、油断した隙にまた襲われたらどうしようとも思ったが、一伽は青白い顔でグッタリとしたままだ。とりあえず、息はしているみたいだけれど。

「おいってば」
「ん…ぅん…」
「おい、大丈夫かよ」

 一伽の意識がわずかに戻ったことに気が付いて、侑仁はその肩を揺さぶってみる。

「お腹…」
「え? 腹? 痛ぇの?」
「…空い、た…」
「…………」

 人が深刻になっているときに、何だろう、この気の抜けるような言葉は。
 でもそういえばさっきも、『ご飯』とか、しきりに言っていたっけ。腹減り過ぎて、ぶっ倒れちゃったってこと?

「腹減ってんの? 何か食う? …つっても、ここじゃ何もないし…」

 どうしたものかと侑仁が思案していると、侑仁の腕の中、一伽が目を開けて、ジーッと見つめていた。

「ご飯…」
「え? あぁ、うん。今何か持って――――……ッ…」

 ただ腹が減っているだけなら、救急車なんて呼ぶのは大げさだろう。
 それよりも何か食べ物を…と、侑仁が思案し掛けたのも束の間、一伽は口を大きく開けて、そのまま侑仁の首筋に噛み付いた。

「なっ…――――!?」

 不意打ちを食らった侑仁は、先ほどのように素早く反応できず、首筋から肩に掛けて走った痛みに、思わず歯を食い縛った。
 噛み付かれていると気が付いて、侑仁は慌てて一伽を引き剥がそうとしたが、両腕がしっかりと侑仁の首の後ろに回っていて、ビクともしない。

「やめっ…」

 侑仁は抵抗したが、クラッと立ち眩みのような感覚に襲われて、立ち上がるどころか、逆に、一伽の背中に回していた手を床に突いてしまった。
 半身が、一伽が噛み付いている左側の、首から肩に掛けてが、熱い。



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暴君王子のおっしゃることには! (8)


「ッ…」

 どれほどの時間が経ったのか、店の人間を呼びに行った海晴がまだ戻って来ないところを見ると、大した時間ではないのかもしれない、しかし侑仁には一瞬が何分にも、何時間にも思えた。
 海晴、早く戻って来て助けろ! と念じてみるが、全然まったく通じていないようで、焦る侑仁とは裏腹に、フロアからはミュージックが溢れてくる。

「ん~~~~……ふはっ…」

 もうダメかもしれない…なんて不吉な予感が侑仁の脳裏をよぎり掛けた瞬間――――唐突に一伽の口が侑仁から離れた。
 途端、支えをなくした侑仁の体はガクリと崩れ、侑仁はその場にペタリと座り込んでしまった。

「ッ…、てめっ…何しやがった…」

 本当は今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいのに、体にうまく力が入らない。
 それでも侑仁は、怒りに満ちた瞳で、目の前の男を睨み付けた――――が。

「はぁ~おいしかった。ごちそうさまでした」

 侑仁に睨まれても一伽はのん気なもので、床にちょこんと座ったまま、『ごちそうさまでした』と侑仁に向かって合掌した。

「何しやがったんだ、てめぇ…」
「何が?」
「俺に何したんだっつのっ!」
「あぅ」

 我慢ならなくて、侑仁は一伽の胸倉を掴み上げた。
 目の前がクラッとする、しかしそれは怒りと気力でカバーした。

「苦ちぃ…」

 侑仁に胸倉を取られ、勢いで首がガクンとなったのが痛かったのと、首元が締って苦しいのとで、一伽は眉を寄せた。
 しかし侑仁は力を緩めない。痛かったのなら、侑仁だって同じだ。いきなり首筋を噛まれたのだ、冗談で済む話ではない。

「だって、ご飯…」
「はぁっ? お前、さっきから何言って…、何が『ご飯』だ、ざけんなっ!」
「むぅ~…。だってすっごいお腹空いてたんだもん、しょうがないじゃん。大体! 最初にお前がご飯の邪魔したのが悪いんだろっ!」

 侑仁の怒りに触発されたのか、一伽は、先ほど女の子に逃げられたときと同じように頬を膨らますと、無理やり自分の胸元から侑仁の手を剥ぎ取った。
 けれど侑仁にしたら、そんなの単なる言いがかりでしかない。
 そこまで本気であの子を落としに掛かっていたわけではないから、今となっては、逃げられたことに因縁を付けるつもりはないが、ナンパの邪魔をしたのは一伽のほうだ。

「つか、何で腹減って俺に噛み付くんだよ、意味分かんねぇし。大体、このケガどうしてくれんだよっ」
「大丈夫、すぐ治るから」
「いやいやいや、それのどこが『大丈夫』てことになるわけ?」

 そりゃ、すぐにでも治ってもらわなければ困るけれど、それで『大丈夫』とか言われても、もっと困る。
 それって結局、単なる自然治癒? 侑仁の自然治癒力に期待してる?

「侑仁!」

 コイツとまともに話をするなんて無理かも…と、侑仁がいろいろ諦め掛けたとき、ようやく待っていた声が背後からした。
 海晴がスタッフを連れて戻って来たのだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (9)


「おい、侑仁、大丈夫か? え、てか、ソイツ…」

 先ほどは、一伽がぶっ倒れるところを見ている海晴だ。
 床に座ったままの状態とはいえ、全然平気そうな顔をしている一伽を見つけ、面食らったような顔になる。

「え…、何? もう大丈夫なわけ? は? 何で?」
「知るかよっ」

 侑仁は苛立たしげに立ち上がると、海晴とスタッフを押し退けて、フロアのほうへと向かって行ってしまった。
 取り残された2人はもちろんポカンとなったが、肝心の一伽は、「何アイツ、超感じ悪っ」とか言っている。

「えっと…あの、大丈夫っすか…?」

 1人でプンプンしている一伽に、海晴が恐る恐る声を掛けてみる。
 出来れば海晴もあまり係わり合いになりたくないが、心配は心配だし。

「え、俺? あ、俺はもう大丈夫。アイツ……えと、侑仁? 侑仁からいろいろ……いや、いろいろでもないか。えっと…」
「は? え? 侑仁が助けてやった…?」
「あー…まぁ、うん。俺が勝手に助けられたというか……いや、まぁいっか」

 一伽は勝手に侑仁から栄養補給をして、勝手に元気を取り戻したのだが、説明するのも面倒くさいので、「いろいろ助けてもらいました」と、思い切り話を省略して終わらせた。



一伽 と 航平 と 志信

 吸血鬼とはいえ、毎日毎日、ただ血を吸っていればいいというわけではない。
 その名の如く、血を吸うのが仕事と言えば仕事だが(それだけで腹は膨れるし、生き延びることは出来る)、しかしこの現代社会において、金が掛かるのは食費だけではない。
 生きていくには、金を稼げる仕事をしなければならないのだ。

 だから雪乃も、『職業・吸血鬼』と言いつつ、ちゃんと本屋でお仕事している。
 そのとき雪乃は、『俺の職業は吸血鬼なのー! 本屋の仕事は副業なのー!!』という、どうでもいい主張を忘れてはいないが、雪乃の本屋での雇用形態は『アルバイト』なので、その言い分は間違っていない。

 ちなみに一伽は、メンズファッションを取り扱う「oz」というセレクトショップで働いている。
 取り扱っている品が一伽の好みやセンスに合っているし、店長も年齢が近いから、とっても働きやすくてやりがいがある。

「航平(こうへい)くーん…」
「何だ」

 閉店時間を過ぎ、タラタラと店内の掃除をしていた一伽が声を掛けると、本日の売り上げや在庫の確認をしていた店長の航平が顔を上げ――――眉を顰めた。

「お前なぁ、店閉まっても、まだ勤務時間中なんだから、もっとキビキビ働かんかいっ!」
「ギャー、暴力! 暴力店長! パワハラで訴えてやる!」

 モップを手にしてはいるものの、殆ど掃除のはかどっていない一伽にケツキックを食らわしてやったら、一伽が大げさに騒いだ。
 ケツキックと言っても、本気で蹴ったわけではなく、ちょっと足が当たったか? くらいの強さなのに。



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暴君王子のおっしゃることには! (10)


「うっせっ! 仕事しないヤツはクビにすんぞっ!」
「何だとぅ! ふとうかいこ、反対! ろーどーキジュンホウで、」
「自分でも言えない言葉使うな!」

 …確か一伽は、航平に何か話したいことがあって声を掛けたはずだったのに、いつの間にか全然違う方向に2人で盛り上がっている。
 2人は別に仲が悪いということは全然ないのだが、口を開けば、いつもこんな感じだ。

「2人ともー。俺、もう帰りたいんだけどー…」

 パソコンから顔を上げ、騒いでいる2人に視線を向けたのは、同じくozで働く小松崎志信(こまつざき しのぶ)。ずり落ちたメガネを面倒くさそうに押し上げながら、さらに面倒くさそうに航平と一伽を見遣った。

「あっ、店長! 志信が掃除しないで帰ろうとしてます! ダメダメダメ~!」

 普段は『店長』なんて呼ばないくせに、こんなときばかり航平のことをそんなふうに呼んで、一伽は逃がすまいと志信のシャツを掴む。
 志信にだって、掃除させるんだから!

「えー…じゃあ今度から俺が店の掃除するから、一伽くん、オンラインのほうの管理やってよ」
「うぐっ…」

 別に志信は閉店後、パソコンに向かって遊んでいたわけではない。
 ozのオンラインショップ版の管理は、殆どすべて志信が行っていて、今も受注や在庫の確認を終えたばかりなのだ。
 もともとパソコンを弄るのは嫌いではないので、この仕事を任されることは嫌じゃないけれど、閉店後の掃除と比べたら、責任や大変さの度合いは大きい。
 一伽が変わってくれると言うなら、喜んで変わるけれど。

「志信くん、お疲れ様ー」

 さっと志信のシャツから手を離し、一伽はバイバイするみたいに志信に手を振った。

「…まぁいいけどね。てか、一伽くん、航平くんに何か話しようとしてたんじゃないの? まさかホントに掃除が嫌だってだけの話だったの?」
「あっ違うっ! 違う違う、つか志信も聞いて!」
「えー…、俺帰る、て言ってんのに…」

 志信に言われて、一伽はようやく肝心なことを思い出した。
 航平に話したいことがあって声を掛けたのに、ケツキックはされるわ、面倒くさいネットショップの管理をさせられそうになるやらで、忘れていた。

「あのさー、俺さー、昨日とうとう男の血、吸っちゃったんだよねー…」

 一伽は遠い目をしながら、昨日の夜のことを打ち明けた。

「はぁ? とうとうお前、宗旨替えしたのか」
「へぇ、じゃあ一伽くん、今度から男も女もイケちゃうんだ」

 航平も志信も、一伽が吸血鬼であることは知っているから、今さらその事実には驚かないが、かわいい女の子限定でしか血を飲まなかった一伽が、とうとう男にまで手を出すようになったとなれば、やはり驚く。
 …が、驚いたものの、2人ともその驚きの部分はサラッと流して、真面目な顔でボケのような突っ込みをした。



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暴君王子のおっしゃることには! (11)


「ちっがーう! 昨日はぶっ倒れちゃうくらいお腹が空いてたから、やむを得ず! ホントは女の子のほうがよかったの!」

 なのに、ご飯を横取りされちゃうし、侑仁てヤツはなぜかめっちゃ怒るし、後から来た海晴や店長にいろいろ説明するのは面倒くさかったし、やっぱり男の血なんて吸うもんじゃない。
 …ということを一生懸命説明したのに、なぜか航平も志信も、あまり一伽に同情的ではない様子。

「いや、それはお前が悪いんじゃね? 俺がその男だとしても、めっちゃキレるぜ」
「何で? 何でー!?」
「まぁ…無理やりだからねぇ。怒られるだけで済んで、よかったんじゃない?」
「俺、怒られるようなこと、してないっ!」

 せっかく2人から慰めてもらおうと思ったのに、全然そんな感じにならなくて、おもしろくなくて、一伽はプン! と顔を背けた。
 一伽にしたら、ご飯をしただけで、何の悪いことをした覚えもないのだ。

「いや、でも無理やりはよくないよ、無理やりは」
「お前、今までいきなり血吸って、怒られたことねぇの?」
「ないよっ! 無理やりつーか、いきなりつーか、だって普通そうじゃね? 俺、吸血鬼だよ? 血を吸わなくてどうすんの?」

 雪乃のように、見ず知らずの人を襲うなんて出来ない! という輩もいるが、基本的に吸血鬼は人の血を吸うのが仕事なので、それを否定されると、ちょっと困る…。

「いや、そこは否定しないけど。つかお前、普段どうやって血吸ってんだよ、女の子に。そんときは全然怒られねぇんだろ?」
「えー、怒られないよぉ、全然。だって普通に声掛けて、何かちょっと、いろいろ……ねぇ? 何か気持ちいい感じになって、そんで、ガブッ! て」
「……最悪だ…」
「タチの悪いナンパだね」
「何でだよっ!」

 いきなり女の子に襲い掛かってもいいんだけれど、でもやっぱ、何かいい雰囲気みたいのも楽しみたいし? てことで、一伽の普段のお食事は、大体こんな感じだ。
 女の子のほうも気持ちよくなっちゃっているので、怒られたことも、文句を言われたこともない。

「えー…、じゃあ、昨日のその男にも、そういうふうにしたら怒られなかったんじゃない?」
「バッカ、腹減りすぎてたんだって! つか、男相手に、何でそんなことしなきゃなんないわけ? そこまで動けるなら、他の女の子探すに決まってんじゃん!」

 何だか全然理解してもらえなくて、本当におもしろくない。
 大体昨日のヤツも、女の子をナンパしようとしていたくらいだから、男に興味なんてないんだろう。そんなヤツに、いつも女の子にするみたいのことをしたら、余計に怒りそうだ。

「まぁ…。いろいろ大変だったね、一伽くん。てことで、俺はもう帰るね。掃除がんばって」
「えっちょっ、志信っ! あー!! この薄情者~~~!!!」

 ポン、と一伽の肩を叩いた志信は、喚き立てる一伽に聞く耳持たず、さっさと裏へ引き下がってしまった。

「うぅ~…航平く~ん…」
「…………、まぁ、早く掃除しろ。モタモタしてると、また腹減り過ぎて倒れるぞ?」
「そうなったら航平くん、血吸わせてよ」
「イヤだ」

 まったく何の慰めの言葉も掛けてくれない航平に甘えてみたが、やはりキッパリと断られてしまった。



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暴君王子のおっしゃることには! (12)


雪乃 と 光宏

 たとえ志信に『タチの悪いナンパだね』と言われようと、毎回ちゃんと自分でご飯にあり付いている一伽と違って、雪乃は大抵一伽に血を吸わせてもらっているのだが、それ以外にも雪乃のことを理解し、血を吸わせてくれる人が何人かいる。
 でないと、一伽と一緒でないとき、ご飯が出来ないからだ。

 その理解者 兼 ご飯の1人が霜村光宏(しもむら みつひろ)
 光宏は、雪乃がバイトしている本屋の近くにあるカフェ『cafe OKAERI』の従業員で、2人ともが互いの店を利用するうちに知り合い、仲良くなった間柄だ。

 ちなみに、吸血鬼である雪乃は、血さえ吸っていれば、人間が食べるようなものを口にしなくても生きていけるが、食べたからと言って何か害になるわけでもない。
 だから、友だちとの付き合いとかで人間の食べ物を食べることはあるし、単純に味がおいしいからという理由で、カフェに行くこともあるのだ。

「みっく~ん、来たよ~」

 雪乃が住んでいるところより、少し新しくて、きれいで、広い、光宏の住んでいるアパート。
 買い物袋を両手に下げた雪乃は、がんばってピンポンを押した後、ドア越しに光宏に声を掛けた。
 ちなみに、『みっくん』というかわいらしいあだ名は、酔っ払った雪乃が勝手に付けた呼び方で、光宏のことをこう呼ぶのは今のところ雪乃だけだ。

「…いらっしゃい」

 少しだけ眠そうな顔で、光宏は雪乃を出迎えてくれた。
 今日は、光宏からご飯をごちそうになる日。
 ごちそうになる…というか、雪乃は光宏から血を飲ませてもらう代わりに、光宏のために夕ご飯を作ってあげるのだから、お相子だ(光宏は、ご飯を作ってくれなくても、血くらい飲ませてやると言ったのだが、それでは雪乃の気が済まなかったので)。

「何かユキ、買い物多くね? 何そんなに買ってきたの?」

 雪乃の手にある2つの買い物袋を、光宏は怪訝そうに見る。
 2人で食事なのに、それにしては量が多いのでは?

「いろいろー。材料の他にね、おいしそうなスイーツとかあったから、買っちゃった。後で食べようね?」
「そうなの?」

 光宏も実のところ、甘いものは嫌いではないので、おいしそうなスイーツがあるなら、ちょっと嬉しいかも。
 とりあえず買い物袋の1つを持ってやり、雪乃を中に通す。

「ねぇねぇ、パスタとグラタン、どっちがいいー?」
「パスタとグラタン? え、それ関連性低くね? どっちも作れるだけの材料、買って来たの?」
「ジャガイモがねぇ、おいしそうだったからさぁ」

 買い物袋をガサガサ漁りながら、雪乃はまずスイーツを冷蔵庫にしまい、それから次々の食材を取り出していく。

「パスタにするなら、ジャガイモ、ポテトサラダにでもしようかな、て。みっくん、ポテトサラダ好き?」
「うん、まぁ…普通」
「普通て何だよ、普通て!」
「だって」

 普通は普通だし、と言う光宏に、雪乃は「じゃあ肉じゃがにする!」と言い出す。
 肉じゃがも嫌いではないけれど、……パスタと肉じゃが?



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暴君王子のおっしゃることには! (13)


「つかみっくん、それより先に、血飲ませて!」
「え、あ、うん」

 光宏から血を吸わせてもらい、代わりにご飯を作ってあげる、という中で、どのタイミングで吸血するのがいいかいろいろ考えたのだが、どんな人間も、血を吸われた後は多少体力が消耗してしまうので、先に血を吸い、雪乃がご飯を作っている間に光宏には休んでもらって、それからご飯を食べて元気を取り戻す、というのがいいのでは? と思ってからは、この順序にしている。
 雪乃的には、空腹の人間よりも、お腹いっぱいで栄養の行き届いている状態の人間のほうがおいしいし、雪乃も十分な栄養を補給できるのだが、こちらはお願いしている身なので、あまりわがままは言わないようにしているのだ。

「じゃあ、いただきま~す」

 血を吸っている間に、光宏がクラッと来て倒れてしまっては危ないので、ベッドの縁に座らせてから、雪乃はその両肩に手を置くと、首筋目がけて口を大きく開けた。

「――――ッ…」

 光宏は雪乃に、血くらい好きに吸っていいよ、と言ってくれるのだが、極度の痛がりで怖がりなので、雪乃の牙が近付いてくる瞬間は、ギュッと目を瞑り、この世の終わりみたいな顔をする。
 本人にその自覚はないらしいのだが、雪乃は少し胸が痛むのだが、結局は食欲に敵わなくて、その白くてきれいな首筋に牙を立ててしまう。

「はぁっ…」

 チューチューと存分に光宏の血を味わってから、雪乃はその首元から顔を上げた。
 雪乃が血を吸った痕に限らず、ほんのちょこっとの傷でも、血を見ると光宏は大げさに騒ぐので、雪乃は十分に光宏の首元を拭い、自分の口元に血が付いていないかを確認する。

「ごちそうさまでした」

 お腹いっぱいになって、満足そうに雪乃は両手を合わせた。
 光宏は、本当は血を吸われるのは、何度経験してもちょっと怖いんだけれど、それでも雪乃を見過ごせない気持ちはあるし、ごちそうさまのときの幸せそうな顔を見るのは嫌でないので、雪乃の吸血を拒もうとは思わない。

「みっくん、平気? クラクラする?」
「いや別に、そこまでじゃない」

 光宏は、体格的にはやせ気味……というか、やせ過ぎ? という感じだから、雪乃が調子に乗って血を吸い過ぎると、貧血ぽくなってしまうことも…。
 1度そんなことがあってから、雪乃はすごく気を付け、気に掛けている。だって光宏は絶対に、『大したことないし、気にしないで飲んでいいから』て言うから。

「ご飯作るから、ちょっと待っててね? つかみっくん、しんどかったらマジで言ってよ!?」
「だから平気だって。で、何作ることにしたわけ?」
「パスタと肉じゃが!」
「…マジか」

 作ってくれるというのに文句を言うつもりはないが、そのメニューの組み合わせに、雪乃自身は何の違和も感じないのだろうか。
 光宏は若干心配しつつも、張り切って台所に立つ雪乃の背中を見送った。

 雪乃の料理の腕前はというと、基本的に本人が食べなくても平気という人(吸血鬼)が作っていることもあってか、食べられないほどマズイことはないが、料理は大得意です! と言えるほどでもない。
 まぁ、20代前半の男子が作るにしては上出来か? というレベル。
 それでも、作ってやりたい! という気持ちだけは人一倍あるので、回を重ねるごとにはうまくはなっているのだが。



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暴君王子のおっしゃることには! (14)


「…何か手伝おうか?」

 しばらくベッドで横になっていた光宏だが(別に貧血を起こしたわけでなく、することがなかったので)、やはり暇を持て余し、台所へとやって来た。

「もぅ、みっくんが手伝ったら、お返しになんないじゃん!」
「そうだけど、…パスタ茹でるの、お湯沸かす?」
「あ、うん、沸かす沸かす」

 手伝わなくていいよ! と向きになり掛けた雪乃は、しかし光宏の言葉に、あっそれもしなきゃいけないんだ、と気を取られ、あっさりと光宏の手伝いを許してしまう。
 単純な雪乃は、いつだってこの調子なのだ。

 結局2人で手分けして、パスタと肉じゃがをこしらえた。
 光宏は調理担当でないとはいえ、カフェに勤めているから、何だかんだ言っても、光宏のほうが手際がいい。雪乃が見た目よく盛り付けようとがんばっているうちに、さっさと鍋やらまな板やらを洗って片付けてしまった。

「もぅ…そういうのも、俺がすんのに!」
「別にいいじゃん、冷めないうちに食おうよ」
「むー」

 先ほど光宏の血を飲ませてもらった雪乃は、実質、食事は終わっているのだが、いつも作った料理は2人で食べる。
 雪乃は味見をしたいというのもあるし、光宏的にも、1人で食事をするのも、またその姿を雪乃にただ見られているというのも、何だか居心地悪いので。

「いただきま~す」

 先ほど『ごちそうさま』をしたばかりの雪乃は、また元気よく合掌し、箸を手にした。
 …が、自分で食べるより先、光宏が料理を口に運ぶのを見届けてから。肉じゃがに合うように、一応パスタも和風のたらこスパにしてみたんだけど、どう?

「え、うまいよ。そんな顔しなくても」
「そんな顔て何」
「だってユキ、すっごい顔でこっち見てるから。そんなに心配しなくても、うまいってば」

 よほど心配そうに、怪訝そうに光宏のことを見ていたのか、パスタと肉じゃが、どちらも口にした光宏が苦笑する。
 何しろカフェ勤務の光宏は、賄い飯でおいしいご飯をほぼ毎日食べているから、口だって肥えていると思うのだ。

「そんなに気になるなら、ユキ、そんなしてないで、自分でも食べなよ」

 光宏に言われ、雪乃は箸の先にジャガイモを刺して(雪乃の箸使いの下手くそさは、今に始まったことではない)口へ運ぶ。
 …ん、しょっぱすぎず、おいしいかも。

「あ、そういえばね、みっくん、聞いて!」
「ん?」

 うまい、という言葉に嘘偽りがないように、パクパクと料理を口に運んでいた光宏に、雪乃は思い出したように顔を上げた。

「あのね、俺ね、こないだ、超~~~~カッコいい人に会ったの!」
「…………。…へぇ?」
「でね、でねっ、血もめっちゃおいしそうで、キャ~~~て思ったのに、それ言ったらいっちゃん、『だから?』とかって、超ひどくないっ!?」
「…はい?」

 話しているうちにヒートアップしてきたのか、箸を握り締めて力説する雪乃の話は、何だかいまいちよく分からない。
 光宏は、ぅん? と眉を寄せるが、雪乃自身、自分では十分説明した気になっているから、光宏に伝わっていないとは思っていないようで、「え、何?」と小首を傾げる。



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暴君王子のおっしゃることには! (15)


「え、何? よく分かんない、ユキ。カッコいい人に会ったって?」
「だからぁ、こないだ俺、超カッコいい人に会って、めっちゃ嬉しかったのに、いっちゃんが冷たいの。見ただけで声も掛けないなんてー、て呆れてさぁ」
「えっとー…、カッコいい人に会ったっていうか、それってもしかして、見ただけ、てことじゃなくて?」
「見ただけだけど」
「…………」

 カッコいい人を見掛けて喜ぶ気持ちは何となく分かるけれど、それをここまで嬉しそうに話されると、もしかして声でも掛けて、仲良くなれたの? と誰でも思う。
 なのに、話を聞いてみれば、ただ見ただけ……て、そりゃ一伽でなくたって呆れる。

「でもね、でもね、みっくん聞いて! 俺、今日またその人に会えたんだよっ!」
「へぇー……て、おい、箸こっち向けんな」

 興奮した雪乃が、ブン! と腕を振り上げ、そのまま箸先で光宏のことを指すものだから、光宏は眉を顰めて雪乃の手を叩いた。
 でも雪乃はめげずに、箸を置くと、光宏のほうを向き直る。

「今日買い物してきたスーパー! そこのレジんトコに、その人がいたのっ! すごくないっ!?」
「す…すご、すごいすごい…」
「ね、すごいでしょ!? まさか再会できるなんてっっ!!!」

 テンションの高い雪乃に圧倒され、光宏は口元を引き攣らせているが、雪乃はお構いなしに喋り続ける。
 それにしても、以前『ただ見掛けただけ』の相手を、今日また見掛けたところで、そういうのは『再会』と言わないのでは?
 …まぁ、雪乃がそれを『再会』と言いたいのならそれでいいけれど、これだけ喜んでいるということは、見ただけでなく、声を掛けたとか、何かあったのだろうか。

「もうね、今日もね、超カッコよかった~! 俺さぁ、レジ隣の列に並んだのに、ずっとその人のこと見ちゃってた!」
「…ふぅん。………………。…え?」

 目をハートマークにさせんばかりの勢いで、雪乃は嬉しそうに話してくれるが、今の話からすると、どうも雪乃はそのイケメンに声を掛けたという感じがしない。
 まさか2度目の邂逅も、ただ見ただけ?

「あのさ、ユキ。えっと…、何か…その人に声掛けたとか、そういうんじゃないの?」
「ぅ? 声は掛けてないよ? 見ただけ」
「へー…」

 見ただけで、この喜びよう…。
 まるで大好きな芸能人にでも会えたかのような反応だが、聞く限り相手は、『超イケメン』とはいえ、スーパーで働く一般人なのに。

「でもね、みっくん! 俺、いいこと思い付いたの! 俺の作戦、聞いてくれる?」
「は? 作戦?」
「俺、あのスーパーのお客さんになる! いっぱい通えば、顔とか覚えてもらえると思わない!? んで、あわよくばお友だちに…」
「……」

 大体からして、雪乃が『いいこと思い付いた』というときは、ロクなことがないことを、光宏は知っている。
 そしてそれは、残念ながら今回もだった。



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暴君王子のおっしゃることには! (16)


「いやユキ、あのスーパー、お前んちからは近くねぇだろ? そんなにしょっちゅうは行けなくね?」
「だーかーらー、これから俺、みっくんに毎日ご飯作ったげる!」
「はい?」
「そしたら俺、あのスーパーに毎日行ける!」
「いやいやいや、ちょっと待ってよ、雪乃さん」

 グッとこぶしを握り締めて決意を固める雪乃の向かい、光宏はただただ呆然としていた。
 突っ込みどころが多すぎて、一体どこから突っ込んだらいいものかと思ったのだ。でもまぁとりあえず、1つ1つ突っ込んで行ってみようか。

「あのさ、ユキがメシ作りに来たい、て言うなら、それは嬉しいんだけど、そうだとしても、買い物は毎日必要ねぇだろ。そんなに食料買ったって、食い切れねぇし」
「そうなの? その日食べる分、その日に買いに行くの、ダメ?」
「いや、ダメていうか…、ダメじゃないけど、でも、その人目当てに毎日スーパーに通ったら、お前、確実にストーカーだから」
「うぐっ…。ストーカーさんには、思われたくない…」
「だろ?」

 本気でストーカーまがいのことを始めそうな雪乃に、何とかそれだけは未然に食い止めようと必死に説得したら、どうにかそれだけは理解できたらしく、雪乃は自分の無謀な作戦に肩を落とした。
 けれど、諦めたくない気持ちもあるわけで。

「でも…時々なら、行ってもいい? 俺、変態さんに思われない?」
「いや、変態とは誰も思ってないけど。まぁ…いいんじゃない? ユキがそうしたいなら」
「俺、みっくんち、ご飯作り来ていい?」
「それはいいけど、え、ホントに来てくれんの? 俺のメシ作りに?」

 雪乃だけなら、血以外の食事は基本的にいらないわけだから、雪乃は本当に光宏のためだけに料理を作りに来ることになるのだが。
 そう思って光宏は驚くが、雪乃の決意は固いらしい。

「うん、みっくんにご飯作る。そんでいっぱい練習して、いつかあの人においしいご飯を…!」
「俺は練習台かっ」

 確かに雪乃の料理の腕は、回数を重ねるごとに上達していっているから、このまま続けていれば、もっとうまくはなるだろう。
 それに、カフェに勤めている光宏なら、雪乃の作るメニューにもいろいろアドバイスを貰えそう。

「とりあえず、今日は買い物して来たから、明日は行かないにして、明後日は……ねぇ、明後日なら行ってもいい?」
「いや、俺に許可求められても…」

 実際にそのスーパーに行く頻度が、1日おきだろうと2日おきだろうと、雪乃の目的が、買い物よりもそのイケメンだという時点で、何となくストーカー臭い気はするが。

「じゃ、明後日行く! そんで今度は、名札をちゃんと見て、名前を知る!」

 ささやかすぎるほどの願いを胸に秘め、こぶしを握り締めた雪乃の向かいで、光宏は人知れず溜め息を零した。



光宏 と 一伽

 『cafe OKAERI』は、その名のとおり、我が家に帰って来たような、温かみのある店内と料理で、幅広い年齢層に人気のカフェだ。
 広すぎない店内は、ファッション系のショップや、女の子の好きそうな雑貨店が多く立ち並ぶエリアの一角にありながら、のんびりとした雰囲気がある。
 店は、調理を担当する店長のほか、接客担当の光宏と、交代で入るバイトの子。
 ゆっくりとご飯を味わうのにちょうどいいお店だ。

「光宏く~ん…」

 ちょうど昼時の混雑が一段落して、皿洗いを終えたバイトの大橋が、カウンターの中へと出て来た。
 光宏に、『お腹が空いた』と無言の訴えをするためである。

「…もう少しお客さんが落ち着いたらな」
「えー」

 言葉にしなくても大橋の言いたいことの分かる光宏は(大橋はしょっちゅう腹を空かせていて、『お腹空いた』が口癖だから)、彼のほうを見ることもなくそう言った。



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暴君王子のおっしゃることには! (17)


「光宏くん、ママより厳しいからね。大橋くん、もうちょっと我慢しないと」

 カウンター席に座る茉莉江(まりえ)が、楽しげに笑っている。
 cafe OKAERIの常連である彼女は、この近くにある輸入雑貨を扱うショップのオーナーで、いい品があれば、1人で世界のどこまででも買い付けに行く強者だ。

 ちなみに、茉莉江が『ママ』と呼ぶのは、この店の店長である笠原美也子(かさはら みやこ)のこと(ママといっても、美也子は未婚で子どももいないのだが、こう呼ばれることを非常に気に入っていて、他のお客にも浸透させたがっている)。
 美也子は、調理以外のすべてのことを光宏に任せているので、バイトの大橋が遅めのランチにいつあり付けるかは、光宏次第なのだ。

「茉莉江さん、もっと言ってくださいよ~」

 情けない声を出す大橋に、茉莉江がさらにウケて大笑いをすれば、茉莉江から2つ席を空けてカウンター席に座っていた歯科医の藤野も、とうとう堪え切れずに吹き出した。
 光宏との会話や、この2人のやり取りが楽しくて、常連客は大体カウンター席に着くのだ。

「じゃあ、大橋くんが早くご飯にあり付けるように、俺はこの辺で」

 そう言って藤野がランチプレートのお代をカウンターに置けば、「先生、優しいー」と茉莉江が茶化す。

「午後の診療が始まるしね。今日は診療、7時までの日だから、1日が長いよ」
「7時? 先生、がんばるねぇ」
「今はホラ、仕事帰りとかに寄る人多いから」

 藤野と茉莉江が話しているうちに、光宏は会計を済ませ、おつりを藤野に返す。
 大橋は、(早くご飯にあり付きたい一心で)テキパキと空いた食器を片付けるが、その姿がまた笑いを誘ってしまう。

「ありがとうございましたー」
「先生、またねー」

 茉莉江にまで見送られ、藤野が帰って行った。
 しかし。

「いらっしゃいませー」
「あぅ…」

 大橋が、あと5分お客さんが来なかったらご飯にする! と勝手な決意を固めた途端、ドアが開いて、新たなお客がやって来てしまった。
 分かりやすく肩を落とす大橋の背中を叩き、光宏は手早く水とメニューを用意する。

「一伽くんっ、何でこのタイミング!?」
「よっ、また腹空かせてんのか? 大橋!」

 やって来たのは一伽で、恨みがましい視線を向ける大橋に、妙に陽気な(そして何気に失礼な)挨拶をして、カウンター席に着いた。
 一伽の勤めるセレクトショップozも、この近所なのだ。

「光宏ー、ランチメニューて、まだ出来る?」
「いいよ。飲み物は?」
「コーラ」
「コーラかよ。新しいドリンクメニュー出たんだから、それ頼んでよ」
「ヤダ! 俺コーラ飲みたいの」

 光宏の決して丁寧ではない頼みをあっさりと断って、一伽は「ぐふふ」と独特の笑みを漏らす。
 仕方なく大橋はオーダーを伝えに厨房へ行き、光宏はコーラの用意をする。



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暴君王子のおっしゃることには! (18)


「ぐへへ、あーおかしっ!」

 厨房に消えた大橋の大きな背中があまりにも寂しそうで、一伽はおかしくて足をバタバタさせる。
 まさかとは思うが、本当に分かっていて、このタイミングで来たのではなかろうかと、ちょっと疑いたくなる。

「いっちゃん、Sだね~」
「そう、俺、女王様!」

 クランベリーソーダを飲む茉莉江にからかわれても、一伽は楽しげに返すだけ。
 大体、吸血鬼である一伽が、1人で食事目的だけにここに来たとは、ちょっと考えにくい。

「大橋てさぁ、あののっそりしたところが、熊に似てるよね」
「ブハッ! ちょっ、いっちゃん! 何それ、マジウケるんだけど!」

 茉莉江は思わず飲み物を吹き零しそうになるし、お会計をしようとレジに向かっていた女の子2人組も笑い出すし、一伽はまったくとんでもないことを口走るものだ。

「だって、似てなくない? 冬になったら冬眠すんのかな? 今度聞いてみよう」

 明らかな冗談も、一伽が言うとあまり冗談に聞こえないのだが、まさか本当に大橋にそんなことを聞いてみるのだろうか。
 聞かれた大橋は、気を悪くするというより、『違いますよぉ~』とか、のんびり答えそうだが。

「じゃ、私もこの辺で帰るね。お昼長いと加奈ちゃんに怒られるの」
「バイバーイ」

 茉莉江は笑いながら、cafe OKAERIを後にした。

「ねぇ光宏ー」
「ん? コーラなら今出すから、ちょっと待っ…」
「じゃなくて。いや、コーラもなんだけど、」

 ひとしきり笑った一伽が、光宏に声を掛けた。
 帰る客の会計をしていた光宏は、注文を受けたコーラをまだ一伽に出していなかったのだ。

「ねぇねぇ、ユキちゃんの料理の腕、ちょっとは上がったの」
「は?」
「だって、毎日お前んちに作りに行ってんだろ?」

 カウンター席には他に誰もいなくなったが、店内にはまだお客がいたため、一伽が若干声を潜めて尋ねてみれば、カウンター越しにコーラを出そうとしていた光宏の手が止まった。

「え、そりゃ知ってるよ。あの子、何でもベラベラ喋るから」

 光宏が、『何で知ってんの?』という顔をしていたので、聞かれる前に一伽は答えた。
 もともと一伽は、雪乃が、光宏から血を飲ませてもらう代わりに、ご飯を作ってあげていることを知っていたし、雪乃が『超カッコいい人』を見掛けたことも知っていた。
 雪乃はあの調子の子だから、一緒に暮らしている一伽には、その後のこともすべて筒抜けであってもおかしくはない。

「通い妻みたいなことしといて、好きな相手は他にいる…て、ユキちゃん、小悪魔だよね~。あ、悪魔じゃなくて吸血鬼か」
「…何が言いたいんだよ、一伽」

 光宏は、一伽のくだらない冗談を笑い飛ばすことも出来ず、つい低い声を出してしまうが、一伽は気にすることもなく、ニヤニヤしながらコーラを飲んでいる。

「ユキちゃんて罪作りだなぁ~、て言いたい」

 別に光宏は、本気で一伽が何を言いたいのかを知りたいわけでもないのに、一伽もそれを分かっているのに、わざわざそんなことを言って、さらに光宏の機嫌を損ねてしまう。
 でも自分で『女王様』なんて言っているドSの一伽は、それがおもしろくて堪らないらしい。



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INDEXのページに登場人物紹介を載せてみました。よろしければどうぞ。
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暴君王子のおっしゃることには! (19)


「でもさぁ、ユキちゃんも一応人並みに気を遣える部分もあってさ、光宏が都合悪くてメシ作りに行けない日があるじゃん? そういうとき、家で『やっぱみっくん、俺が毎日行くの、迷惑なのかなぁ…』とかつって、凹んでんだよ。光宏が、ユキちゃんのこと迷惑に思うわけないのに、笑えるよねー」
「いや、笑えねぇし」
「え、光宏、やっぱユキちゃんの押しかけ女房、迷惑だったの!?」
「そうじゃなくてっ」
「だよねー。光宏がユキちゃんのこと、迷惑なわけないもんねー」
「……」

 したり顔で光宏を見遣る一伽に、とうとう光宏は反論の言葉を失った。
 実のところ、一伽の言うことはいちいち全部当たっているので、最初から反論の余地などないのだ。ただ、言い方がムカつくから、何か言い返したいだけ(勝てないけど)。

 ――――そう。
 一伽の言うとおり、雪乃は非常に面倒くさい性格をしてはいるものの、光宏がそんな雪乃の行動を、迷惑だなんて思ったことは、1度だってないのだ。
 大体、もし迷惑なら、怖い思いをしてまで、雪乃に血なんか吸わせていない。
 経験のない人は、吸血を非常に恐ろしいことのように考えているが、実際はそれほど痛くもないし、傷もすぐ治るし、ましてやそれが原因で死んでしまうこともないのだが、極度の怖がりな光宏は、何度吸われても、やっぱり血を吸われるのは怖くて堪らない。
 それでも、雪乃のためなら、光宏はそれを拒まない。

 つまり。
 そのくらいに、雪乃のことが好きなのである。

「なのに、肝心のユキちゃんが、あれだからねぇ~…」

 一伽は、しみじみとそう言った。
 こんなにも光宏に愛されている雪乃は、ちーっとも、全然その気持ちに気付いてはおらず、『カッコいい人がいた~』なんて、無駄にテンションを上げている毎日なのだ。

「光宏も、大変な子を好きになっちゃったよねぇ」
「うるさい」

 そんなこと、一伽に言われるまでもなく、光宏自身が一番よく分かっている。
 雪乃は、光宏の気持ちに全然気付いていないどころか、時々、『カッコいい人がいた~!』と余計な報告までしてくれるのだから、まったく気が気でない。
 それでも光宏は、雪乃が初対面の人の血を吸えないくらいの子だから、何となく大丈夫だろうと、ずっと思っていたのだ。
 しかし今回は、相手が、1度見掛けただけでどこの誰かも分からない人から、がんばれば何とか手の届く人になってしまったわけで、光宏の苦悩は増すばかりだ。

「お待たせしました~…」

 光宏が深い溜め息をついたところで、大橋が厨房から、本日のランチメニューであるロコモコ風のライスボウルを持って現れた。
 腹が減っているのに、自分では食べられず、いい匂いばかり嗅いでいるので、何だかフラフラしているようにも見えなくない。

「大橋~、早くメシ食わないと、冬眠できないぞっ!」
「冬眠~…? まだ冬と違いますよ~…」
「ひゃっはっはっ」

 一伽の冗談に、わざとボケたのか本気で答えたのか、とりあえず大橋の答えは『正解』だったらしく、一伽は大いに喜んで、大笑いする。
 光宏は、もう1度溜め息を零すと、大橋にメシを食って来いと伝えた。

 まったく今日は、溜め息の尽きない1日になりそうだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (20)


一伽 と 航平 と 侑仁

 雪乃が毎晩光宏のところへ行くので、一伽は、雪乃から血を吸われるという、鬱陶しい思いをせずに済んでいる。
 しかもラッキーなことに、今日は店長の航平の奢りでクラブに行けるのだ(知り合いのDJが回すので、人集めも兼ねているらしい)。

「ヤッター、今日はタダ飯だ~!」
「いや、一伽、あのな」

 一伽にしたら、タダでご飯を探し放題なのだから、浮かれる気持ちは分からないではないが、それにしても、それは本来の目的とはちょっと違う…。

「ぐふふ、かわいい女の子、いるかな~」
「お前、完全にナンパ目的じゃねぇか」
「違うって、ご飯目的だって!」
「変わんねぇよ」

 航平に突っ込まれても、ご機嫌な一伽はまったく気にしていない。
 コイツを誘ったのは失敗だったかな…と、航平は若干の不安を覚えるが、志信が来てくれないとなると、1人でも多くの人を集めるには、一伽でも仕方がない。
 王子様的な美貌と素晴らしいセンスを持ち合わせた志信は、しかし生粋のオタクでもあり、今晩は秋葉原でどうしても外せない用事があるというのだ。

「まぁしょうがないよ、秋葉原にはかわいいメイドさんがいっぱいいるもん」
「やっぱ志信も、それ目当てか?」
「かわいいメイドさんに、オムライスとか、あーん、てしてもらうんだよ、絶対」
「…………。…一伽、お前こそ、妙に詳しくないか?」

 純粋に電化製品を買う目的でしか秋葉原に行ったことのない航平は、メイドカフェの中なんて、テレビでしか見たことがないし、ネタとして行ってみるならいいけれど、そんなに積極的に行こうとも思わない。

「やっぱさぁ、秋葉原に血吸いに行くなら、吸血鬼ぽい格好のほうがウケんのかな?」
「何だよ、吸血鬼ぽい格好て」
「何か黒っぽいマントとか…タキシード?」
「まぁ…そういうのは、ハロウィンのときにでもしとけ?」

 一伽の言う黒いマントやタキシードが、伝説やら伝承やら人々の想像でしかない以上、普段からそんな恰好をしていたら、たとえ本物の吸血鬼だとしても、季節外れのコスプレをしているとしか思われないだろう。
 一伽がどうしてもしたいというなら止めないが、とりあえず航平は、そうアドバイスしておいた。

「あ、航平、perfect timing!」

 一伽と航平がくだらない話で盛り上がりながら、ちょうど中に入ろうとしたところで、声を掛けられた。
 しかし残念ながら、声の主は男。
 気安く航平を呼んでいるところから、彼の友人なんだろうことは分かったが、相手が男じゃご飯にならない…と、一伽のテンションはそれほど上がらない。
 しかしまぁ、何も挨拶をしないわけにもいかないので、一伽は声のほうを振り返った。

 …と。

「あぁ~~~~!!!」

 振り返った先にいた男は、一伽の姿を認めた途端、驚きのあまり絶叫した。
 しかも、思い切り一伽を指差しながら。

「え、何?」

 何で振り返っただけでこんなに驚かれんの? と、一伽はポカンとする。
 それにしても、指を差さないでほしいんだけれど。



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暴君王子のおっしゃることには! (21)


「お前、こないだのっ!」
「え、何? 何だっけ?」

 どうやら一伽は最近、この男と何かがあったようだが、基本的に一伽は男の顔を覚える気があまりないので、『この間会った』みたいなことを言われても、話が見えてこない。
 ただ、こんなに驚かれるようなことなら、覚えていてもよさそうだけれど…と、一伽は首を傾げる。

「お前、こないだ俺の首にいきなり噛み付きやがっただろうがっ!」
「えっ…」

 男に詰め寄られても、一伽には覚えがなくて、思わず固まってしまう。
 一伽が首に噛み付くといったら、その人の血を吸うときくらいなもので、でも一伽は男の血なんか吸わないから、それは人違い、ていうか、吸血鬼違いなんじゃ。

「一伽一伽、お前、こないだ男の血吸ったって言ってなかったか?」
「うぇ!? あっ!」

 先にピンと来たのは航平だった。
 航平に服の袖を引っ張られた一伽は、そこでようやく事の次第を思い出した。

 そういえば先日、空腹に耐えかねて、男の血を吸ったんだった。
 男の血を吸ったなんてこと、一伽の中では忘れ去りたい出来事だったんで、航平や志信に話した後は、本当にすっかり忘れていたのだが、そのとき血を吸った相手がこの男、侑仁だったのだ。

「お前、忘れてたんかい!」
「だってしょうがないじゃん! 血吸った相手の顔なんて、いちいち覚えてないよっ!」

 しかも、男だし。
 というか、血を吸われた相手って、いちいちその吸血鬼の顔を覚えているんだろうか。そうだったら、何だか面倒くさいな。

「…つか航平、普通に話してっけど……知り合いなの? コイツと」

 侑仁を抜きにして、航平と一伽でコソコソ(というには大きすぎる声で)話しているのに、侑仁は訝しむように声を掛けた。
 だって、いきなり自分の首に噛み付いてきた変態と、友人である航平が知り合いだなんて、出来れば思いたくない。

「あー…いや、知り合いっていうか…」

 一伽が完全に侑仁のことを忘れていたようなので、仕方がない、航平が代わりに説明することにした(なぜか一伽は逆ギレ気味なので)。

「コイツ、俺の店で働いてんだよ」
「マジで!? こんなのが!?」
「こんなのが」

 ………………。
 一伽が黙って聞いていれば、侑仁だけでなく、航平の言い草も随分ひどい。
 誰が『こんなの』だ。

「そんで……何? 血吸うとか。俺がコイツに首噛まれた話はどうなっちゃうわけ?」
「あー…あのな、侑仁…」

 確か最初は侑仁のほうが怒っていたはずなのに、いつの間にか一伽がキレているし、侑仁の話は何だかスルーされ掛けているし、わけが分からない。
 そう思って侑仁が尋ねれば、なぜか航平は歯切れが悪いし、一伽には思い切り『はぁっ!?』という顔をされた。



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暴君王子のおっしゃることには! (22)


「え、何?」

 一伽にそんな顔をされる理由も分からないのか、侑仁はキョトンとしているが、一伽にしたら、侑仁が航平の友人らしいので我慢したが、そうでなかったら、本当に『はぁっ!? 何言ってんの!?』と口に出しているところだった。
 吸血鬼が血を吸うことに対して、『何?』と聞くことは、『人は何で息をするの?』と同じレベルの質問だと思う。バカバカしい。

「いや、えっと、一伽…」

 侑仁の質問に大変憤慨している一伽に、事情の分かる航平は頭を抱えた。
 一伽は、吸血鬼が広く万人に知られていて、人間の身近な存在だと思っているのだが、残念ながら侑仁は、吸血鬼という存在自体に認識が薄い人種だったのだ。
 それを何と言って一伽に説明したらいいのやら…。

「ねぇ航平くん、何なの、この人っ…」
「いや、だから…」

 ムッとしている一伽にはかわいそうだが、実際のところ、侑仁のような人間は多い。
 吸血鬼の存在を信じていないわけではないが、実際に会ったり係わったりしたことがないので、半信半疑というか……ちょうど芸能人なんかと一緒で、こんなに身近にいるものなの? という反応になってしまうのだ。
 それに、まさか自分が吸血されるなんて、思ってもみないだろうし。

「え、アンタ、マジで吸血鬼なの? 俺、血吸われちゃったの? 首噛まれただけじゃなくて?」
「あったりまえだろ! 血吸うんじゃなくて、何で俺がお前の首なんか噛まなきゃなんないんだよ!」

 やはりまだ完全には信用していないらしい侑仁に、一伽はキャンキャンと言い返した。
 吸血するんでなくて、初対面の人間の首をいきなり噛んだだけだったら、本当の本当にただの変態さんになってしまう。

「いや、だってあんなの、普通に変質者だろ。吸血鬼て、あんなふうに血吸うの?」

 一伽が吸血鬼だと分かってしまえば、侑仁の理解は早い。初めて会ったときは何も知らなかったから、突然の一伽の行動に驚き、腹を立てたけれど、吸血鬼が血を吸ったのだというなら納得できる。
 しかしそれにしても、あのときの一伽の吸血の仕方はめちゃくちゃだったと、侑仁は怒りを通り越して、苦笑しながら突っ込んだ。

「…一伽、お前、何やったんだ?」
「……」

 だが、侑仁の突っ込みに反応したのは、航平だった。先ほどの困っていた様子から一転して、航平が低い声で尋ねる。
 確かに航平は、一伽がとうとう男の血を吸ってしまったとき、わりと無理やりだったのは聞いていたが、侑仁に『十分変質者だろ』と言わしめるくらいの無理やり、て一体。

「おい、一伽――――て、待たんかい、オラァ!」
「ギャッ」

 侑仁の口からあのときの状況が明かされそうになり、ヤバイ! と悟った一伽は、そぉ~っとその場を逃げ出そうとしたが、それは一瞬だけ遅かった。
 凄みを利かせた航平が、一伽の首根っこを捕まえると、元の位置へと引き摺り戻したのだ。
 基本的には優しい性格の航平だが、こういうときの凄み方は並大抵ではないので、捕獲された一伽は、大人しく抵抗をやめた。



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暴君王子のおっしゃることには! (23)


「お前、何むちゃくちゃしてんだ」
「だってしょうがなかったんだもん。お腹空き過ぎて、死んじゃいそうだったんだもん」

 猫の子のように首の後ろを捕まえられている一伽は、逆らえないけれど、そうされているのがもちろんおもしろくないので、むぅ~と唇を突き出して拗ねている。
 しかし、言い方と表情はかわいいけれど、一伽のやっていることは、やはりめちゃくちゃだ。

「つか死なないでしょ、吸血鬼なんだし」

 吸血鬼といえば不老不死のイメージがあったのに、腹が減ったくらいで死んでしまうなんて、ずいぶん大げさなことを言うものだと侑仁は苦笑したが、そんな侑仁とは裏腹に一伽は、「え、吸血鬼て死なないの?」と、キョトンとした。
 とぼけているとかでなくて、本気で今初めて知ったみたいな表情。

「え、死なないんじゃないの? 吸血鬼て」
「そうなの? 死なないの? 俺」

 侑仁があまりに当然のように思っているみたいだったから、一伽は自分自身のことだったけれど、航平に尋ねてみたら、案の定、「俺に聞くな、お前のことだろ!」と言い返されてしまった。

「いや、俺も知らないけど……何かそう言うじゃん、吸血鬼て死なないて。年もさぁ、200歳とか、300歳とか」
「え、俺まだ24ですけど」

 もし吸血鬼が1000歳くらいまで生きるんだとすれば、200歳でも十分若いとは思うけれど、一伽はまだ24歳だから、200歳とか言われると、年寄みたいでちょっと心外だ。
 それに、一伽は生まれてからまだ24年しか経っていないから、たとえば200歳だと言う吸血鬼に会っても、それが本当かどうか確かめてみようもない。

「そうなんだ。実は224歳とかじゃなくて?」
「違ぇよ! どこがだよ! つか航平くん離してよっ!」

 からかわれていると分かっていて一伽はつい向きになるが、航平にまだ捕まえられたままだったので、パタパタと手を動かすだけになってしまい、それが余計に一伽の癇に障る。
 本当に猫みたいだと、侑仁は密かに笑った。



侑仁 と 一伽

(なーんで、こんなことになっちゃったかなぁ…)

 酩酊状態の一伽を自分のベッドに放り投げた侑仁は、それでも起きる気配のない一伽に、もはや呆れた気持ちで溜め息を漏らした。

 吸血鬼が酔っ払うなんて話、聞いたこともない。
 それ以前に、侑仁の中の吸血鬼のイメージは、『美女の生き血を吸う』で、アルコールはおろか、人間と同じものを食べるなんて、思ってもみなかった。
 なのに実際は、酒も飲むし、ご飯も食べるし、一体どこが人間と違うのかと思ってしまう(一伽が言うには、コウモリなどに変身できるのと、どんなに食べても血を吸わないと腹が減ることくらいらしい)。

 しかし一伽が変質者でない以上(それは友人である航平が保証した)、侑仁の首に噛み付いたのは吸血行為であり、一伽はまさしく吸血鬼ということになる。
 それに…。
 一伽に噛み付かれたところ……あのとき一伽が言った『すぐ治るから』の言葉どおり、想像していなかったほどあっという間に治り、今ではその傷跡すらない。

「でも、吸血鬼が酔い潰れるとか、聞いたことないんですけど」

 侑仁がどんなにぼやいても、一伽はセミダブルのベッドの真ん中を占領して眠りこけている。
 まったくのん気なものだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (24)


 大体どうして女の子でなく、一伽を自分の家に連れて帰るはめになったのか。
 知り合いが回すからって行ったクラブで、友人である航平が一伽と一緒にいて、実は吸血鬼なんだ、なんて言われて――――そこまではよかったのだ。
 一伽が吸血鬼だろうと、それさえ分かってしまえば、侑仁は別にそういうことに拘らない性格だし、一伽は女の子の血を吸う気満々だったので、侑仁がこの間のような目に遭うこともないと思っていたから。

 なら一体どうして…と、侑仁は、すっかり酔いの醒めた頭で考える。

 確かクラブに入って、すぐにみんなばらけてしまい、侑仁は侑仁で楽しんでいたのだが、ふと、一伽が女の子に話し掛けている姿が目に入ったのを覚えている。
 そうか、吸血鬼はナンパもするのか…なんて、妙なところで感心したのだが、そういえばこの間も、侑仁と同じ女の子に声を掛けようとしていたことを思い出した。

 この間のようにかぶらなければ、一伽が誰をナンパしようと関係ないので、侑仁は気にも留めないでいたのだが、しばらくしたら一伽が1人で戻って来たので驚いた。てっきりあのまま、あの女の子とどこかに行くものだとばかり思っていたのに。

 1人で戻って来た一伽に、その理由を聞くのはあまりにも野暮だが、しかしそのわりに一伽の機嫌がいいので、それは少し気になった。
 しかも侑仁がニナ(女友達の1人。彼女でもないし、ナンパしたわけでもない)と喋っているのに、なぜか一伽はやたら侑仁に絡んでくるので(女の子好きなんじゃないの?)、仕方なく侑仁が相手をしてやれば、一伽がこんなにもご機嫌なのは、先ほど飲んだ血がとてもうまかったからだった。

 なるほど、先ほど一伽が女の子に声を掛けていたのは、ただのナンパではなく、そういう目的だったのだ。確かに先日のときも、『ご飯』と何度も言っていたっけ。

 血の味というのは、年齢や性別、生活環境によって人それぞれ違いがあって、吸血鬼にもそれぞれ好みの味があるらしいのだが、一伽はやはり若い女の子の血が好きで、その中でも今飲んだ血は最高だったから、おかげでテンションは上がりまくり、ご機嫌は急上昇、というわけだ。

 しかしそれなら、どうして一伽は1人で戻って来たのかと思う。
 いや、戻って来たっていいんだけれど、血の味だけでなく、顔や容姿も好みなら(聞きもしないのに、一伽がベラベラ喋るから知った)、別に航平や侑仁に気を遣わず、2人でいてもよかったのに。

『だってもうお腹いっぱいだし』

 侑仁がそれとなく尋ねてみたら、一伽はあっさりとそうのたまった。
 え、お腹がいっぱいになれば、それでいいわけ? 女の子イコールご飯? 完全にご飯目的?

『えっと…、いや、まぁ…ちょっとはいろいろとしてきたけど…』

 自分の『お腹いっぱい』発言が侑仁を驚かせたことに気付き、一伽は慌ててフォローしたけれど、あまりうまくはなかった。
 とりあえずまぁ、一伽にも、男としての下心はそれなりにあるらしいが、それにしても、サクッと気持ちいいことをして、その子から血を吸って、お腹がいっぱいになったら、そこでバイバイ……て、一伽のやっていることは何気にひどい気が。

『そんで、その子はどうしちゃったわけ?』

 先日侑仁が血を吸われたときは、しばらくの間、貧血みたいにフラフラした感じがしていた。
 あのとき、侑仁は自分から一伽のもとを去って行ったけれど、今その子は? 一伽はまさか、そんな状態の子を置いてきぼりにして、1人で戻って来たのだろうか。
 それは、女の子をご飯としてしか見てないとしても、問題ありだと思うのだが。

『その子の友だちが迎えに来たよ。そんな! 俺、そんなひどいヤツじゃない!』

 侑仁の勘違いに一伽は少し怒ってみせたけれど、それよりも上機嫌のほうが上回っているのか、すぐにヘラヘラとした笑顔に戻った。
 この間、侑仁があそこまでクラクラしたのは、腹が空き過ぎていた一伽が、より多く血を吸ってしまったからで、普通ならそんなに吸うものではないらしい。
 それに、侑仁は上背もあって体格もよかったから、いつもより少しくらい多めに吸っても大丈夫だろうと、空腹の思考ながらも、一伽は一応ちゃんと考えていたのだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (25)


『でも、それにしたって、何もバイバイしてくることないんじゃね?』

 好みなのが血の味だけでなかったのなら、お腹がいっぱいでも、そのまま遊びに行っちゃえばいいのに。とりあえず侑仁だったら、そうしておく(いろいろもったいない気がするから)。

『別に、そういうのは何か面倒くさいからいいの。気持ちよくて、おいしくて、お腹いっぱいだったら、俺、それでいいの』
『あ、そ』

 別に航平たちに気を遣ったわけではなく、単に、そこからさらに仲よくなるという発想があまりないだけらしい。
 かわいい顔をして、なかなかタチの悪い男だ。

『でも侑仁はいいね』
『は? 何が?』
『だって、黙ってたって女の子が寄って来んじゃん。ご飯し放題だね』
『いや俺別に、血なんか吸わねぇし――――てオイ、ちょっ!』

 そこのところを吸血鬼と一緒にされても困る……と侑仁が突っ込んだら、スッと伸びて来た一伽の手が、侑仁の飲んでいたグラスを取って、グビッと飲んでしまったのだ。
 別に、人のドリンクを飲んだことに文句をつける気はないのだが、今侑仁が飲んでいたのは、結構度数の高いカクテルなのだ。そんな飲み方は、絶対にヤバイ。

『ぐふふ、あ~おいしかったっ』

 それは血のこと? それともこのカクテル?
 どちらしても、このまま一伽にこのカクテルを飲ませ続けるのはまずい気がして、侑仁はさりげなく一伽の手からグラスを取り上げた。

『いっちゃん、いっちゃん、これ甘くておいしいよ~、飲むっ?』

 侑仁の隣にいたニナが、一伽の飲みっぷりにウケて、自分のグラスを一伽に差し出した。
 大丈夫か? と侑仁は様子を窺うが、彼女が飲んでいたのはココナッツミルクのカクテルだし、今みたいな無茶な飲み方をしなければ、まぁ平気だろう。

『何かさぁ、常夏っ! て感じだね』
『キャハハハ』

 ココナッツミルクの味に対する一伽の感想がよほどおかしかったのか、ニナはとうとう腹を抱えて笑い出した。
 どうやらこの2人はなかなか気が合うらしい。

 先ほどの吸血でお腹いっぱいになっている一伽は、間違ってもニナに襲い掛かることはないだろうし、ニナも何だか一伽を気に入っているみたいだから、一伽の相手はニナに任せることにしよう。
 そう思って侑仁は、ニナに『ヨロシク』と伝えて、その場を離れた。

 ――――それがまずかったのだ。

 次に侑仁が戻って来たときには、一伽はもうすっかり酔い潰れていたのである。
 どうしてこんなことになったのかニナに聞こうとしても、酒に滅法強いはずのニナも、珍しく酩酊状態で埒が明かない。

 侑仁はしばし唖然となったのだが、事情は一緒にいたエリーが教えてくれた。
 それによると、侑仁がいなくなった後、一伽が他のカクテルも飲みたいと言い出し、ならば、とニナも新しいものを頼んで、いつの間にやら2人して、次から次へとドリンクを頼み続けていたらしい。

『エリーが覚えてるだけでね、軽く2ケタは行ってるよ~、2人とも』

 かわいくカールのかかったキャラメルブラウンの髪を揺らしながら、エリーは完全に他人事のようにそう言って、楽しげに笑っている。



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暴君王子のおっしゃることには! (26)


 確かに、酒に強いニナがこれだけ酔っ払っているのだから、エリーが言うように相当飲んだに違いないし、潰れたとはいえ、そこまでニナに付き合った一伽も、おそらくかなり強いのだと思う。
 しかし、そうは言っても、2人がこんな状態になったことには変わりない。なぜ止めてくれなかったのかと侑仁が恨めしがっても、『だって2人見てるの、チョーおもしろかったんだもん』と、エリーはのん気なものだ。

 ひとまずニナのことはエリーに頼むとして(いろいろ心配はあるが、エリーはニナの親友だし、今日も一緒に来たから、彼女に頼む他ない)、問題は一伽をどうするかだ。
 一伽と一緒に来たはずの航平の姿はないし、侑仁も知り合いといえば知り合いだが、ちゃんと知り合ったのは今日だから、泥酔した一伽を送り届ける先を知らない。

『エリー、航平は? どこ行ったか知ってる?』
『知んない。ずっと見てないよん』

 聞いても無駄だろうと思いながらエリーに尋ねてみたら、やはり無駄だった。
 航平をずっと見ていないのなら、侑仁だって同じだ。

『侑仁、航平待ってるの~? だいじょーぶっ、航平ならすぐ来るから。だから侑仁は飲もっ?』

 いっそそのまま寝てくれたらいいのに、エリーに寄り掛かっていたニナが、何を根拠にかそんなことを言って、飲み掛けのグラスを侑仁のほうに差し出してきた。
 しかも自分も飲む気満々だ。

『ちょっニナ! お前はもう飲むなって!』
『うぅん、じゃ、侑仁が飲んでっ!』

 慌てて侑仁が止めに入れば、ニナはつまらなそうに唇を突き出し、グラスを侑仁に押し付けた。
 仕方なく侑仁はそれを受け取るが、ニナはテーブルにあった別のグラスを手に取ると、結局それを飲み出してしまう。これでは、侑仁がグラスを受け取った意味が、少しもない。
 しかも、エリーは笑っているだけだし。

 もう何かいろいろダメだ……と判断した侑仁は、とりあえずニナから受け取ったグラスを空にして(でないと、酔っ払いの機嫌を損ねそうだったので)、潰れている一伽を肩に担いだ。

『エリー、悪ぃんだけど、俺もう帰るわ。コイツ潰れちゃったし。もし航平来たら言っといて』
『オッケー。侑仁がいっちゃんお持ち帰りした、て、ちゃんとゆっとくね?』
『……』

 エリーの緩いテンポは、たまに冗談なのか本気の天然なのか、区別がつかないときがある。
 何だかいろいろ違うし、いろいろ突っ込みたかったけれど、言っても無駄な気がしたので、とりあえず言わないでおくが。

 そして侑仁は、エリーにニナを任せ、一伽を連れて帰り――――今に至るわけである。

 …あぁそうか。
 どうして一伽を自分の家に連れて帰るはめになったのか……それは自分で一伽を連れて来たからに他ならなかった。

 しかし、ニナはあんなだったし、エリーはニナのことで手いっぱいだろうから任せられないし、頼みの航平はずっと姿がなかったし、しょうがない。放置していけば、店に迷惑が掛かる。
 まさか侑仁も、自分がここまで責任感のある人間だとは思っていなかったが、意外と真面目な性格なんだと、自分自身にビックリした。

 それはいいとして。
 問題は、これからどうするかである。
 とりあえず航平には後で高く請求するとして、ベッドのど真ん中を占領して眠るこの吸血鬼を、一体どうしてくれようか。

 今日はもう疲れ果てていて、はっきり言って、侑仁だってもう寝たい。
 しかし、いくらベッドがセミダブルサイズで、一伽が結構小柄だとしても、やはり同じベッドで寝るにはちょっと…(スペース的なことだけでなく、男と同じベッドで寄り添って寝るのも)。
 かと言って、今さら一伽を動かすのは面倒くさいし……となれば、侑仁が別のところで寝るしかないのだろう(自分の家なのに…)。

 侑仁は深い溜め息を零すと、肩を落として寝室を出た。



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暴君王子のおっしゃることには! (27)


一伽 と 侑仁

 航平の奢りでクラブに行ったら、初めて男の血を吸ったその相手、侑仁に再会して(言われるまで全然気付かなかったけど)、ギャッ! て気分になって。
 でもその後、見た目かなり好みの女の子を見つけて声を掛けたら、すんなりオッケーしてもらえるわ、その血が今まで飲んだ中でも1番か!? てくらいうまかったわで、もう最高の気分。
 それから、侑仁の友だちだというニナという女の子とおいしいお酒をたくさん飲んで、今日は何てラッキーなんだろう、て思った…………ところまでは覚えているのだ、一伽も。

「………………どこだ、ここは…………」

 目を開けたら、そこはもう、遊んでいたクラブではなく、ベッドの上だった。
 見覚えのない室内は、確実に自分の家ではないし、かといってホテルの部屋ぽくもないから、誰かの部屋なんだと思う。
 しかし、雰囲気からして男の部屋で、一伽は一体どうして男の部屋なんかで、一夜を明かすはめになったんだろう…。

「もしかして航平くんちかな…?」

 航平と一緒に行ったわけだし、それが一番あり得る――――航平に、そこまでの優しさがあればの話だが。
 …いや、待て。
 航平の優しさ以前に、クラブに行ってから、航平が近くにいた気が少しもしない。ずっといなかったのに、最後だけそんな丁寧に面倒を見てくれるはずはないだろう。
 とすれば、ますます、ここはどこなんだ? と思えてくる。

 …それにしても。

「広い部屋だなぁ…、ムカつくっ」

 セミダブルのベッドが置いてあっても、まだ十分スペースに余裕のある部屋。備え付けのクロゼットも、扉が大きいから、きっと広いんだと思う。
 6畳2間で、雪乃と2人暮らしをしている一伽とは大きな違いだ。

 そんなことで打ちひしがれていても仕方ないので、一伽はベッドを降りると(すっごく気持ちいいから、本当はまだまだ寝ていたいけれど)、部屋を出てみる。
 するとそこは、これまた広いリビングで、大きなテレビとソファまである。

「何だよ、セレブかよ、チクショウ」

 一伽はそう言って吐き捨てたが、これで男の1人暮らしなら確かに広いけれど、別に『セレブ』と言うほどの間取りではない。
 しかし、つい自分の住まいと比べてしまう一伽は、何だかいろいろとおもしろくない。もしこれが航平の家だったら、絶対に、もっと給料を上げろ、て言ってやるんだから。

「誰もいないのかな…」

 リビングにも人の気配がない。
 人の家の中を勝手にウロウロするのも何だか気が引けるが、いないんだから仕方がない、と一伽は勝手に自分に言い聞かせて、次の扉を開けてみたら、そこはダイニングキッチンだった。
 人間のような食事を必要としない一伽は、自分のために料理をする必要もないから、キッチンへのこだわりはまったくないけれど、やっぱり広いスペースは羨ましい。

 一伽は勝手に室内をチョロチョロしながら、あ、そういえば喉渇いてたんだ、と思って、これまた勝手に食器棚を開けてグラスを出した。
 冷蔵庫にミネラルウォーターとか入っていそうだけれど、まぁそこまで図々しくもなれないし、水道にも浄水器が付いているから、水道水で我慢しよう。

(食器…やっぱこれ、1人暮らしだよな)

 ざっと見た感じ、食器類やキッチンの中に女の気配はないし、男2人の同居生活にしては、普段使いの食器が棚の中に少ない。
 …ということは、悔しいけれど、やはり1人暮らしか。
 くそぅ、どんなセレブが住んでるんだ。



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暴君王子のおっしゃることには! (28)


「昨日、そんなに飲んだっけかなぁ…?」

 そんなに飲んだ覚えは全然ないけれど、 お酒を飲んでからここに来るまでの記憶がないということは、やはりどこかで酔い潰れた……つまり、それだけたくさん飲んだということだ。
 うー…気を付けないと。

「何だよ、起きてたのかよ」
「ギャッ! …っぶねぇ」

 反省しつつも、もう1杯お代わり…と、一伽がグラスに水を注いでいたら、急に声が掛けられて、ビックリしてグラスを落っことしそうになった。
 慌ててグラスを掴み直した一伽は、声のほうを振り返った。

「――――て、侑仁だし!」

 一体どんなセレブ野郎だよ、と思っていたら、そこにいたのは、昨日再会した侑仁だった。
 Tシャツにジャージ姿の侑仁は、元がいいから、ちゃんと格好よく決まっているけれど、やっぱり昨日とは雰囲気が違う。首にタオルを掛けているから、風呂上りなんだろうか。
 というか、そんな格好で現れたということは、ここは侑仁の家だということか。

「まさかここ……侑仁の家?」
「そうだけど」
「ひいぃっ…!」

 恐る恐る尋ねてみれば、あっさりと侑仁に答えられ、一伽はショックのあまり、クラクラしてしまった。
 侑仁とは年だって同じくらいだし、おんなじようにクラブで遊んでるのに、片やセレブで、片や貧乏吸血鬼なんて。何てことだ。これが格差社会?

「え…何なの? 何その反応。つか具合は? お前、ベッドで吐いたりしてねぇだろうな」
「吐いてないよっ」

 心配してくれているのか何なのかよく分からない侑仁の言葉に、一伽はバッと顔を上げて言い返した。
 一伽的には全然吐くほどでも何でもないけれど、こんなこと言われるということは、やはりそういう飲み方をしたということだ。…反省。

「てか…何で俺、侑仁の家にいんの? 俺、今まで女の子の家にしか泊まったことないよ?」
「何でじゃねぇよ、お前が潰れたから連れて帰ったの! 航平いねぇし、そのまま放置してったら、店に迷惑だろっ! じゃなきゃお前なんか連れて帰るかよっ」
「あ、そっか」

 侑仁が一番苦労した部分は、酔い潰れて寝ていたから当たり前だけど、一伽は全然分かっていないし、一晩泊めてもらっておきながら、随分と失礼な言い草だし……侑仁は思わず声を大きくしてしまった。

「俺だって、女の子以外泊めたことねぇよ、今まで」

 何が悲しくて、会って2度目の、酔い潰れた吸血鬼なんか連れて帰って、しかも甲斐甲斐しくベッドまで譲ってやらなければならないんだ。
 侑仁だって、出来ることなら女の子を連れて帰りたかったし、最悪、1人で帰りたかったのに。

「でもいいじゃん。侑仁は女の子連れ込もうと思えば、いくらでも連れ込めんだろ? 連れ込み放題なんだろ?」
「連れ込み放題、て…」
「俺なんてさ、6畳2間に2人で暮らしてんだよ!? 料理なんてしないからいいっちゃーいいけど、台所も超狭っちぃし、ギリギリ風呂とトイレ別だけど、女の子連れてくどころの騒ぎじゃないかんねっ!」

 全然自慢にはならないけれど、自分の家の惨めさを語ったら、つい力が入ってしまった。
 しかも、その2間を1人ずつの個室として使っているのでなく、一部屋を2人の寝室、もう一部屋を2人共同のリビングとしているから、女の子を連れてくるとか言う以前に、プライベートな空間自体、存在しやしないのだ。



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