恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2012年11月

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暴君王子のおっしゃることには! (184)


 そこで一伽は、最悪なことに気が付いた。
 今日はまだ、吸血していない…!!

 まさか今夜も侑仁に誘われるとは思っていなかった一伽は、侑仁から荷物を受け取ったら、いつもどおり、吸血をして家に帰るつもりでいたので、特に前もって吸血もしていなかったのだ。
 とりあえず侑仁は額を離してはくれたけれど、一伽の肩を押さえる手はそのままで、逃げられない一伽は顔を背けた。

「も…ヤダ、バカ…。何でキスなんかしたんだよ…、何で今日も俺のこと誘ったんだよ…」

 最初は航平に声を掛けていたではないか。
 もしこれで、航平が一緒に来ていたら、どんな話をするつもりだったんだ。

「…キスしたかったから。そんな…泣くほど嫌がられるとは思ってなかったから……ゴメン」
「何ゆってんのっ? キスは好きな人にするの!」

 一伽が言っても少しも説得力がないようなことを、まだ目に涙をいっぱい溜めながら、一伽は声を張り上げて言った。
 お互い遊びと割り切ってするならいいけど、一伽は侑仁のこと好きなんだから、そんなキス欲しくない。キスしたいだけなら、別に一伽じゃなくたって、女の子に声を掛けたらいいのに。

「お前のこと好きだからしたんだよ」
「違うっ、侑仁のはそういう好きじゃないもんっ」

 友だちの『好き』なら、キスなんかしないで。
 一伽には、セックスする友だちはいっぱいいたけれど、そういうのはもうやめたし、侑仁ともそんなお友だちにはなりたくないんだから。

「『そういう』て、どういう? 俺の『好き』は、一伽にキスしたいとか、そういう意味だよ? 友だちとかじゃなくて、愛してる、て意味」
「そんなの、嘘だもんっ…!」

 子どものようにワンワンと泣きながら、一伽は一生懸命に、侑仁の言葉を否定した。
 一伽は侑仁のこと、愛してるとか、LOVEていう意味で好きだけれど、侑仁のは違う。一伽の『好き』とは違う。

「何でそんなに否定すんだよ」
「だって航平くんがっ…」
「航平が何だよ」

 全然要領を得ない一伽の言葉に、侑仁も少し苛立ったように聞き返して来た。
 今まで会ってから、こんな怖い顔をした侑仁を見たことがなくて(一伽が酔い潰れた翌朝だって、こんなに怒っていなかった)、一伽はまた悲しくなる。
 やっぱり侑仁の『好き』は、一伽が思っているような意味とは違うんだ。
 だって、一伽のこと本当に好きなら、泣いてる一伽を前にして、そんな怒った顔なんかしないもん。

「離してよぉ~…わーんっ…!」
「ちょっ…ゴメン。でも、航平が何?」

 一伽があんまり子どもみたいに泣くものだから、手に負えなくなったのか、侑仁は少し力を緩めてくれて、よしよしするみたいに頭を撫でてくれた。
 この隙に逃げ出しちゃえばいいんだろうけど、一伽はそうすることも出来ずに、ソファの上でグズグズと鼻を啜り続けた。

「ねぇ、一伽?」
「……一伽のこと好きそうに見えるの、でも侑仁は認めない、て…」

 どんな状況で侑仁と航平がそんな話をしたのかは知らないが、一伽は航平にそのことを聞かされて。
 だからこそ一伽は、侑仁のことを友だちと思おうとしたのだし、雪乃に勇気づけられて、侑仁に好きになってもらえるよう、これからがんばるところだったのだ。

「いつの話だよ、それ!」
「最近…、………………最近?」
「すっげぇ前だよ! あー…確かに航平とそんな話したかもだけど、そんなのすげぇ前だし、……その後で自覚した、つったら遅いの?」
「そんなの…」

 そんなの、知らない。
 侑仁が一伽のこと好きだなんて、そんなの。

「~~~~~侑仁のバカっ…!!!」
「な、何だよ、いきなり」
「侑仁がっ…、侑仁が……うわぁ~んっ!!」
「ちょっ何で泣くんだよ! 一伽! なぁちょっ…あーもう、俺、お前に泣かれると弱いんだよ」

 侑仁は困り果てて空を仰いだ後、腕を伸ばして、泣きじゃくる一伽を抱き締めた。

「泣くなって、なぁ」
「うぅ~~~…バカぁ…」

 一伽は侑仁の肩口に顔を押し付けて、ずっとずっと泣き続けていた。



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暴君王子のおっしゃることには! (185)


 結局、一伽が泣き止んだのは、吸血していないせいで空腹が頂点に達し、派手な腹の音とともに一伽がズルズルと侑仁の腕の中を滑り落ちたことによってだった。

 侑仁が一伽のことを好きだと知って、嫌なのか、悲しいのか、嬉しいのか、苦しいのか、そのどれでもないのか、それともその全部なのか、一伽はずっと泣きじゃくっていて、侑仁は、そんな一伽を抱き締めるしか出来ない自分を呪いたかったが、そんな場合でもなくて、とにかくただ途方に暮れていたら、急に一伽がピタッと泣き止んで、侑仁が顔を覗き込もうと腕を緩めた次の瞬間、一伽の体が力なく滑り落ちたのだ。

「ちょっ、おまっ…!」
「お腹…減った…」
「はぁっ!?」

 侑仁は、一伽がまだ吸血していなかったなんて知らなかったから、何事かと本当に焦ったのに、一伽は涙で顔をグチャグチャにしたまま、ポツリとそう言ったのだ。
 このセリフと光景を見るの、一体何度目だろう…。

「…ホラ、」

 吸血は怖くて苦手なんだけれど、腹を空かせて弱っている一伽を前にすると、放っておけないのだから、仕方がない。侑仁は躊躇いながらも、首筋を一伽に差し出した。
 …そういえば、さっき散々侑仁の肩で泣いていたとき、よく吸血しなかったなぁ。前は、侑仁がちょっと指先を切って血を流しただけで、我慢できずに吸い付いていたのに。

「でも…」
「いいから早くしてくんね!? 間を置かれるほうがっ…!」

 怖い、とはさすがに恥ずかしくて言えないけれど(いや、言わなくても、その態度で十分分かるのだが)、やっぱりどんなに一伽のことが好きでも、吸血は怖い。

「…」

 一伽はズリズリと侑仁に近付くと、今度は自分から抱き付いて(今は体に力が入らないので、そうしていないと自分の体を支えられないのだ)、侑仁の首筋に噛み付いた。
 ピリッとした感覚が走って、侑仁はギュッと目を閉じる。
 一伽は以前、女の子から血を吸うのに、その後まぁいろいろしてる、とか言っていたけれど、後から最高の快楽が待っているのだとしても、そのためには吸血もされなければならないんだとしたら、侑仁は絶対にゴメンだ。

「ぷはっ……ごちそうさまでした」

 …普段は挨拶とかいい加減なくせに、吸血の後に『ごちそうさま』を言うことだけは欠かしたことがないな、と侑仁は思う。
 まさか女の子の前でも、そうなんだろうか。
 相手も分かっていて吸血させているのだからいいけれど、女の子の場合、これから事に及ぼうとするわけで…………ムードとかは? 女の子は、そういうの好きでしょ?

(――――女の子…)

 そのキーワードに、侑仁は小さく溜め息を零した。

 自ら『女の子大好き!』と公言する一伽からは、いつも女の子の気配と匂いがした。
 そんな一伽に恋心を抱いていると気付いた瞬間、侑仁はこの世の終わりが来たのと同じくらいの絶望感に襲われた。

 だって、侑仁だって女の子が好きだ。甘くて、かわいくて、気持ちいい。愛おしい。
 侑仁にはゲイやビアンの友人もいて、同性愛への偏見はないけれど、自分が恋愛するなら、やっぱり女の子がいい。たとえ、軽い気持ちで付き合うんだとしても。
 なのに、男である一伽のことを好きになるなんて、この世の終わりが来たほうがマシだと思った。

 …侑仁が自分の気持ちに気付いたのは、そんなに前の話ではない。
 それまで散々侑仁の家に来ては、好き放題にしていた一伽が、急に何の連絡も寄越さなくなったときでさえ、最初は全然気に留めていなかったくらいだ。
 侑仁には、深い付き合いをする友だちから、広く浅くの知人まで、たくさんの知り合いがいるから、一伽が来ないからといって、寂しいとかいうことがなかったので。

 でもあるときふと、そういえば最近一伽に会ってないな、て思って、そういえばメールすら来てないな、と気が付いたときには、もう遅かった。
 一伽から連絡が来ないことを不思議に思う気持ちが広がって、心がモヤモヤして、急に夜がつまらなくなった。キレイな女の子も、華やかなネオンも、賑やかな音楽も、急速に色をなくした。



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暴君王子のおっしゃることには! (186)


 それでも侑仁は初め、どうして自分がこんな気持ちになるのか分からず、1人で悶々としていたのだが、抱え込み切れずに航平に相談しようとしたとき、前に航平に言われた言葉を思い出したのだ。

『お前は一伽のことが好きなんだよ』

 確か、侑仁がリコと付き合うという噂が、本人の知らないところで広まり始めていたときだった。
 家で航平と一緒に飲んでいたとき、彼にそう指摘された。
 あのときは、航平の言う意味が本気で分からなくて、一体どうしたものかと途方に暮れたのだが、それがこういうことなのかと、侑仁はようやく気が付いたのだ。

 一伽に会えなくて、こんなに気持ちが塞ぐ理由――――それは、一伽のことが好きだから。
 それに気付いた瞬間、侑仁は目の前が真っ暗になった、というわけである。

 まず、自分が男を好きになったという事実が、侑仁の気持ちを激しく落ち込ませた。
 しかし、所詮は自分の気持ちなので、認めるのも簡単だった。思い返せば、他の友人たちに比べて、確かに一伽のことは特別扱いしていたかもしれない。

 だが、自分の気持ちを認めることが出来でも、問題がないわけではない。何しろ相手は、侑仁以上に女の子が好きな、一伽なのである。
 一伽は侑仁の家によく来たり、侑仁の血をおいしいと言ってくれたりしたから、他の男たちに比べて可能性はあるかもしれないが、所詮0%か0.1%かの違いに過ぎない。
 それだって、ようやく自分の気持ちに気付いて、どうにかこの恋を成就させようかと思ったときにはもう連絡が来なくなっていたのだから、0%みたいなものだ。
 恋は百戦錬磨、とは言わないが、わりと無理めと思われる女の子だって落としたことのある侑仁でも、さすがにここまで望みのない恋をしたことはない。

 しかも、この望み薄な恋、それでも万が一の可能性に賭けてみるべきなのか悩み始めた矢先、クライアントからの急な変更要望で、仕事が忙しくなった。
 仕事の合間に一伽のことを思い出しはしたけれど、結論を出せるほどの時間があるわけでもなく、ただ日にちばかりが過ぎていき、ようやく仕事が一段落したのが昨日のことだ。

 その間も一伽からは何の連絡もなくて、やはりこれは諦めろということなのか、と珍しく弱気にもなった。
 無理な恋だと諦めるのは簡単だ。しかし諦めた後、今までのように、友人として過ごせる自信なんか微塵もなくて、ならいっそ、この音信不通を切っ掛けに、疎遠になってしまえばいいんだろうか――――なんて考えたのに。

 しかし、一伽からの電話は来た。
 どうやら一伽は、いつも何かしら、侑仁の決心を妨げる行動をするらしい。これじゃあ、諦められないじゃないか。

 動揺を悟られないようにメシに誘えば、一伽は案外すんなりとオッケーしてくれて、侑仁はそれにホッとしたのと同時に、素直に嬉しい気持ちになった。
 久しぶりに一伽に会えるのがこんなに嬉しいなんて、一伽の行動のせいにするまでもなく、やっぱり自分は一伽のことを諦められないのだと、認めざるを得なくなる。
 だって、メシの話をしながら一伽と並んで歩いているときだって、もし相手が女の子なら口説く方法なんていくらでもあるのに…とか思っていたくらいだし。
 …ホント、どうしようもなく、重症。

 一伽が酔っ払った女の子に絡まれたのは、その直後のことだ。
 話の感じからして、その子が一伽の彼女ではないようだったが、一伽の言うところの、『気持ちいいことをする関係』の子であることは、何となく分かった。
 相手はかわいい女の子なのに、一伽はなぜか必死に彼女の誘いを断っていて、その姿を不思議に思いつつ、出来た大人にはなり切れない侑仁は、苛立ちを抑えることが出来なかった。
 だからその後、その子について何か言おうとした一伽にも、素っ気ない態度を取ってしまった。

 まだ恋人でもないくせに、嫉妬かよ! と、侑仁は何度も自分に突っ込んだ。
 これじゃ気持ちを伝える前に愛想を尽かされるとは思っても、車に乗ってもなかなか気分は晴れなくて、そんな侑仁の雰囲気が伝染したのか、一伽もいつもと違って静かだから、余計に気まずい。
 車の中は好きな音楽が流れているし、助手席には好きな子が乗っている、そんな最高のシチュエーションなのに。

 もう外で食事なんて気分でなくて、途中のコンビニに寄って、自宅へと車を走らせた。侑仁が気持ちを自覚してから、一伽が家に来るのは初めてのことだ。
 先ほどまでの気まずさもあったけれど、案外普通に会話は出来て、だから侑仁はそれとなく、一伽がしばらく何の連絡も寄越さなかったことも尋ねてみた。
 こうしてまた電話をくれたり、侑仁の誘いに乗ってくれたりするということは、侑仁のことが嫌になったわけではないのだろうから。



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暴君王子のおっしゃることには! (187)


 というか今思うと、逆に一伽が『侑仁こそ何も連絡をくれない』とか、『他の友だちを食事に誘うように、一伽に声を掛けてくれない』とか言って来たせいで、話題がそちらに移ってしまい、結局侑仁は、一伽から理由を聞きそびれている。
 侑仁が一伽をメシに誘わなかったのは、単に一伽は吸血鬼だから、声を掛けても来ないと思っていただけのことなのだが、それを言ったら一伽がひどく憤慨していたので、やはり一伽は、侑仁のことを嫌になって連絡をくれなかったわけではないようだ。

 しかも、それならこれからは一伽も誘うようにする、と言えば、一伽が妙に嬉しがるから、もしかしたら、侑仁に誘われるの嬉しいんだろうか、なんて期待したくなる。
 でも一伽は、いつのころからか、何かにつけてちゃんとしようと意気込んでいるから、単に侑仁のほうが先約だから気を遣って、途中で会ったあの女の子も断ったのかとも思った。
 …それを言ったら、泣かれそうになったけれど。

 涙は女の武器だとはよく言ったものだが、そんなことに動じないくらいの経験値なら、侑仁は持ち合わせている。なのに、一伽を前にしたら全然ダメ。
 俯く一伽の頭を撫でるしか出来ないなんて。

 その上、泣き出しそうな一伽に動揺している侑仁に、女の子といろいろするのをやめた、なんて打ち明けてくるから、すっかり狼狽えてしまう。
 あんなに女の子大好きだったのに。まさか女の子でなく男のほうが好きになった? 侑仁にも少しは望みがある? …なんて、思わなかったばかりでもなく。
 しかし、しつこく理由を尋ねる侑仁に、一伽の口から飛び出したのは『好きな人』なんて言葉で、侑仁の心は穏やかではなくなった。浅はかな自分を呪った。
 一伽は、『もし好きな人が出来たときに』と言い直したけれど、それはどう見ても、『もし』の話でなく、今好きな人がいる、という態度だった。

 …それなら、どうして今さら侑仁に電話してきたのかと思う。さっきのあの子を断ったのは、気を遣ったんでなく、侑仁と一緒にいたかったからだと言ったのに。
 今度一緒にcafe OKAERIに行こうと言ったとき、あんなに嬉しそうな顔をしたのは何なんだ、と聞いてやろうと思ったけれど、一伽が取って付けたように話題を変えたので、何も言えなくなった。

 さっきまで、久しぶりに一伽に会えたこと、あんなに嬉しかったのに。
 好きな人と一緒にいても、報われない恋だと、こんなに苦しくて、しんどいものだったのか。だとしたらやっぱり、友だちとして側にいるなんて、なおさら無理だ。

 ならいっそ、当たって砕けるか? ――――砕けた後の立ち直り方も知らないくせに。
 付き合っていくうちに気持ちが離れていって、別れを切り出したことやその逆もあったけれど、好きだという気持ちを拒否されたことはないから、拒まれたら自分がどうなるのか分からない。

 一伽と他愛のない話をしていても、頭の中はグラングランと揺れていて、それはこの気持ちのせいなのか、それとも酒のせいなのか、まだそんなに飲んでいないはずなのに、これじゃあ一伽のことを言えない。
 でも一伽、外で飲むとしょっちゅう酔い潰れちゃうんだ。面倒だと思いながらも、侑仁は何度も介抱してやった。
 思えば、そんなことをしたのも、一伽のことが好きだったからで、結局すべて航平の言うとおりだった。

 酔いに任せて目を閉じても、浮かぶのは一伽の顔だ。
 侑仁に会うと、嬉しそうな顔するの。今日だってそうだった。今度から一伽にも声を掛けると言ったときも、隠してるつもりだったんだろうけど、バレバレだった。

 …なのに、好きな人がいるなんて。
 好きな人いるのに、何で侑仁にそんな顔するの? 何で侑仁に電話してきたの? ダメだよ、下心あんのに、ノコノコ付いてきちゃ。それとも、男同士だから、何もないと思ってる?
 でも、もし相手が女の子でさ、あんな顔されちゃったら、あんな雰囲気出されちゃったら、オッケーなのかな、て思っちゃう。俺のこと好きなのかな、て。

 …なぁ、一伽の好きな人がさ、俺、てことはねぇの?
 あんな嬉しそうな顔して俺のこと見るくせに。

 苦しい思いで体中がいっぱいになって、もうホント、夢なら覚めて――――そんな願いが通じたのか、肩を揺さぶられて、現実の世界に引き戻される。
 けれど、その現実こそ、侑仁が夢であってほしいと願うもの。

 一伽は懸命に侑仁を起こそうとしていた。
 翌日も仕事があるし、こんなところで寝かせられないと思ったのだろう。いつもは侑仁がそういうことしてあげるのに、今日は逆だ。本当は優しいんだね。
 …その優しさが侑仁だけのものだったらいいのに……なんて思ったら、つい一伽に腕を伸ばして、抱き締めていた。



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暴君王子のおっしゃることには! (188)


 腕の中でパタパタ暴れる一伽は、単に突然のことに慌てているのか、それとも本気で嫌がっているのかは、よく分からない。知りたくない。もし後者だったら…。
 いや、これは夢だろう?
 それなら、こんなに嫌がらなくたって。

 夢?

 目を開ければ、目の前には、いや腕の中には一伽がいた。
 夢じゃなかった。
 現実だった。
 いや、夢かも。だって俺、一伽にキスしちゃった。

 けれど、侑仁が一伽の唇を味わう前に、ドンッと胸を突き飛ばされて、一気に目が覚めた。

 やっぱり夢だった?
 でも唇には確かに触れた感触があって、目の前の一伽は口元を手で押さえながら、驚愕の表情で侑仁を見ている。

 そして。
 夢か現実か、侑仁の問い掛けに答えることなく、一伽は逃げるように侑仁の部屋を出て行った。




 ――――それが、昨日の出来事。

 一伽が出て行った後も、しばらく侑仁は呆然としていたが、ソファに一伽の荷物が上がっているのを見て、一伽が家に来たこと自体が夢だった、というのが現実逃避だと知る。
 テーブルの上にも、2人分のグラス。
 やはり一伽は侑仁の家に来て、一緒に飲んで…………そして侑仁は、酔っ払って寝てしまった侑仁を起こしてくれようとしていた一伽を抱き締め、キスをしたのだ。

 あー何で俺、キスしちゃったかなぁー…、と思ったのは一瞬のことで、そんなの理由など考えるまでもなく、一伽のことが好きだからに決まっている。
 キスしたこと自体、夢かなとか思ったくらいだし、寝惚けていたのは認めるけれど、だからって、相手が分からずに何となくしたわけじゃない。
 一伽だから――――一伽のことが好きだから、キスをしたのだ。

 まぁだからって、していいことと、そうでないことはあるわけで、一伽があんな勢いで逃げて行ったのを見れば、今回のことは後者だったというわけだ。
 でも、キスなんて一伽にしたら、別に大したことではないだろうに、あんな反応。
 相手がかわいい女の子だったら嬉しいハプニングで済んだところ、男となんかキスしてしまったから……というには大げさすぎるから、それだけ侑仁が嫌だったのだろうか。
 悩んでもキスした事実は変わらないので、自分のしたことを後悔はしないけれど、もしそうなら、やっぱり凹む。

 いやでも一伽には好きな人がいるようだったから、それなのに他の人とキスするはめになったから、とも考えられる。
 一伽に純情という言葉はおよそ結び付かないけれど、恋をすると人は変わるものだから、一伽もそういうふうになったのかもしれない。

 どちらにしても、一伽は逃げるように去って行ったわけで…………友だちとしても、嫌われた気がする。
 好きになった相手に、その想いを伝えないまま恋を終わらせるなんて、侑仁には想像も出来ないことで、たとえ望み薄な恋でも、一伽がまだ誰のものでもないのなら、どうにかがんばるつもりだったんだけれど。
 …今回ばかりは、もうこれでダメかもしれない。

 一伽のことを好きだと気付いたときも、随分と絶望的な気分になったけれど、諦めたほうがいいのかも…と考えるのも、相当やり切れない気持ちになった。
 本当にそれでいいのかと、何度も自分に問い掛けた。
 このまま一伽に会えなくなるなんて、絶対に嫌だ。でも会って、嫌悪に満ちた目で見られでもしたら。

 らしくもなく侑仁が悩んでいたら、ふと、一伽が忘れていった荷物が目に入った。
 …荷物、返さないと。
 返しに行って、一伽に会って、それでダメなら諦める。
 嫌われたのだとしても、荷物を返さないわけにはいかないし、そこで一伽にどんな態度に出られようと、自分の気持ちにも、一伽との関係にもけじめを付けよう。

 そう思ったら、侑仁の行動は早い。
 翌朝すぐに、一伽が忘れていった荷物を届けに行きたいと、先手を打って航平にメールをした。一伽のほうが取りに来るとなったら、代わりの誰かが来るかもしれないと思ったので。



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暴君王子のおっしゃることには! (189)


 一伽に荷物を返して終わりにするつもりはなく、出来れば一伽の仕事が終わるのを待って、話をしたかったので、なるべく閉店に近い時間に航平の店に行った。
 航平の店に行くのは久々だけれど、別に初めてというわけでもなくて、以前にも何度か行ったことはあるのに、そういえば、一伽の働いている姿は思い浮かばない。
 航平が知り合いだったのもあるし、男の店員に興味もなかったので、気付かなかったのだろう。クラブで初めて一伽に襲われたとき、お互い完全に初対面だと思っていたくらいだし、今までに何度か話に出て来ている『志信さん』の顔もよく分からないから。

 仕事が忙しかった間、当然だが航平にもずっと会っていなかったわけで、久しぶりに訪れた店で会った親友の姿に、侑仁は前日からずっとモヤモヤしていた気持ちが、少しだけ晴れた。
 航平と会話しながら一伽の様子を窺えば、侑仁のことをすごく嫌悪している感じはなかったので、想像していたほどの最悪な事態ではないとホッとしたが、一伽が侑仁のことを意識していることは間違いなくて、話し掛けても来ないし、近くにも寄って来ない。

 意気込んで店まで来てみたものの、さすがに昨日の今日で一伽を誘うのは無理があると感じて、一伽に荷物を返した後、航平を食事に誘っていたら、一伽がこちらを気にしていたので、ダメ元で一伽にも声を掛けたら、意外にも了承の返事が貰えた。
 ちょっと強引な聞き方だったけれど、一伽の性格からして、本当に嫌なら絶対にオッケーなんてするはずがないので、多少なりとも行きたいと思ってくれたのだろう。
 最終的に航平が誘いを断ったのが、他に何か用事があったからなのか、それともそれこそ気を遣ったのかは分からないが、侑仁にとっては好都合だった(でもまた今度必ず!)。

 会ってからずっと、メシの間も何だかソワソワして落ち着かない感じの一伽が、昨日のキスを意識しているのは確かで、でもそれがいい意味でなのか、そうでないのかが分からない。
 嫌だったら付いて来ないはず、と思えば、いいほうに解釈したいけれど。

 でも、メシの後、帰ろうとする一伽を家に誘えば、戸惑いながらもOKしてくれるから、嬉しさの一方で、一体どういうつもりなんだよ、と突っ込みたくなった。
 だってお前、昨日俺にキスされたんだよ? それで、あんなふうに逃げ出したくせに、また昨日みたいなことされるとか、そんな危機感とかないわけ?
 だからこそ、また簡単に家まで来てくれたんだとすれば、一伽は侑仁のことを本当に友だちとしてしか思っていないということだから、侑仁も単に嬉しがっている場合ではない。

 なのに一伽は、明らかに落ち着かない様子だから、わけが分からなくなる。
 結局のところ一伽は、昨日のキスをどう思っているのか、侑仁のこと、好きなの? 嫌いなの? 知りたい。

 ソファからずり落ちた一伽の前に立ち塞がって…………その両脇に手を突いたのは、昨日みたいに逃げ出さないように、て思ったからでもないんだけれど。
 動揺している一伽に昨日のキスのことを尋ねれば、何でキスしたんだと聞き返されて、好きだからだと答えれば、そんなの嘘だと泣きながら言ってくる。
 嘘じゃないのに。
 一伽のことが好きなのに。
 キスしたのは無意識だけど、一伽のことが好きなのは本当のこと。航平に指摘されたときは、確かにまだ自覚はしていなかったけれど、でも今ははっきり言える。一伽のこと好き、て。

 なのに一伽は、侑仁の言葉を信じてくれたのか、信じ切れないのか、端から嘘だと思っているのか、侑仁にバカだと叫んだ後は、ただずっと泣きじゃくっている。
 一伽の涙には滅法弱い侑仁は、あやすように一伽を抱き締めながら、どうして一伽がこんなにも、侑仁の言葉を、好きだという言葉を否定するのか、ずっと考えていた。



 そして、吸血が終わった今。

 空腹を満たした一伽は、おずおずと侑仁から離れて、俯いている。
 散々泣いた後に、思い切り腹の音を響かせたうえ、好きだのそうじゃないだの遣り合っていた相手から血を吸わせてもらったのだ、いくら一伽が図太い性格でも、これは気まずいだろう。

「なぁ一伽」

 どちらが先に口を開くか、そんな根競べをしてもよかったけれど、どうせ負けるのは分かっているので、無駄な時間を費やすのはやめて、侑仁は一伽に声を掛けた。
 何の反応もない一伽に手を伸ばすと、侑仁はその栗色の髪に指を絡ませた。一伽は女の子がするみたいなショートボブのヘアスタイルだから、そうしてもすぐに、スルリと指の間をすり抜けて行ってしまうんだけど。



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暴君王子のおっしゃることには! (190)


 髪に触れたとき肩がピクッとなったから、顔を上げるかと思ったけど、頑なな一伽は俯いたままだから、今度はその毛先をつまんで、ツンと軽く引っ張ってみた。

「ッ、何すんだよっ!」

 するとようやく一伽は顔を上げた――――鋭い睨みとともに。
 泣きまくった後だから、目の周りもまつ毛も濡れていて、ブサイクだけど、でもかわいかった(だから、睨まれても怖くない)。

「やっとこっち見た」
「なっ…」

 ホッとして侑仁が笑い掛ければ、一伽はきっと、侑仁のほうなんか向くもんか、て思っていたんだろう、慌てて顔を背けた。
 侑仁はズリッと一伽のほうに近付く。その分、一伽も後退るけれど、背後のソファが邪魔して、思ったほど逃げられなくて。それをいいことに、侑仁は一伽との距離を詰めた。
 一伽は侑仁のほうを見ないけれど、チラチラと視線だけを侑仁のほうに向けては、その存在を気にしている。

「なぁ一伽、…ゴメン、俺またお前のこと泣かしちゃうかも」
「…、は?」

 一伽は警戒気味に、キュウと眉を寄せて侑仁のほうを見た。
 泣くの、堪えているんだろうか。
 一伽の涙はもう見たくないと思っているけれど、でもこのまま、何もなかったことにはしたくないから――――ゴメン、やっぱり言わせて。

「好きです。付き合ってください」
「、ッ、し、知らないってば!」

 侑仁の言葉に、一伽は泣き出しこそはしなかったけれど、膝の上で手をグーパーさせた後、侑仁から顔を背けて、困ったようにガジガジと親指の爪を噛み始めた。

 やっぱりまだ、侑仁の言葉、信じられない? 信じたくない?
 今さらこんなこと言うなんて、遅すぎたのかな。でも仕方ない、侑仁だって本当に気付いたばかりなんだ、この気持ちに。

「――――でも、」

 侑仁は一伽の手を取って、爪を噛むのをやめさせた。
 ビクリと一伽が肩を震わせる。

「お前だって好きだろ? 俺のこと」
「、ッ、何、言って…」

 侑仁の言葉に、ポーカーフェイスて何? おいしいの? という勢いで、あからさまに動揺する一伽は、耳まで真っ赤になっている。
 全然出来ていないけれど、がんばって冷静さを装おうとする一伽に、「侑仁、自分から何言ってんのっ?」と言われて、侑仁自身も、本当にそうだなぁ、と思う。
 自分から、好きな子に向かって、『俺のこと好きだろ』なんて言うとか、自意識過剰かよ、と突っ込みたい。

 でも、気付いてしまったんだ。
 泣きながら侑仁の言うことを否定する一伽の、その言葉の裏に隠された、本当の気持ち。

「一伽、言って? ホントのこと」
「ッ…」

 侑仁は、掴んでいた一伽の腕を引き寄せた。



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暴君王子のおっしゃることには! (191)


 侑仁はそんなに力を入れたわけではなかったし、一伽だって吸血したばかりで体力は回復していたはずなのに、腕を引かれた一伽は、呆気なく侑仁の胸に飛び込んでしまった。
 …別に、一伽自ら望んでそうしたわけではない。侑仁の言葉にいろいろと動揺していたら、思いがけず腕を引かれて、バランスを崩しただけのことだ。
 でも結果的には、正面から侑仁に抱き付く形になってしまったし、顔面をボフッと侑仁の胸にぶつけるはめにもなった。

「っざけんな…!」

 とりあえず、そんな悪態をつけるくらいの元気は取り戻した一伽は、侑仁の胸を押し返して顔を上げると、侑仁を睨み付けた。

「ワリ」
「侑仁、離してよ」

 悪いと思っているなら離してくれたらいいのに、侑仁は一伽の背中に腕を回して、抱き寄せるみたいにしている。
 そんなの心臓に悪いだけだから、本当にやめて。

「侑仁、」
「ヤダ」
「何で」

 侑仁は一伽に、『お前だって好きだろ? 俺のこと』と言ったけれど、一伽はそれには何も答えていない。
 もし一伽が侑仁のこと嫌いだったらどうするの?

「一伽がホントのこと言ったら、離してやる」
「ホントのことて何? 俺、侑仁に話すことなんか、何もない」

 侑仁が離してくれないから、一伽は顔だけプイと横に向けた。
 本当は、一伽が本気の力を出したら、侑仁の腕の中から逃げるなんて容易いけれど、力任せにそんなことをしたら拒絶している感がすごいし、ケガをさせかねないからやめておく。

「じゃ、質問変える。一伽、何でさっき泣いたの?」
「泣いてないもん」
「嘘つけよ」

 目の周りが腫れぼったいのが、自分でも分かる。泣き過ぎた。でも、侑仁の質問に答えるつもりはないから、分かり切った嘘をつく。だって泣いた理由を話せば、一伽が侑仁のこと好きなのがバレてしまう。
 …いや、バレるも何も、侑仁は一伽が泣いた理由なんて、とっくに分かっているんだろうけど。分かっていて、わざと聞いているのだ――――一伽の口から言わせたいから。
 でも言わない。

「お前、いつまで黙秘権、行使するつもり?」
「…モクヒケン?」
「俺の質問に、1個も答えてないだろ?」
「………………」

 言われてみれば。
 侑仁からは、昨日のキスが嫌だったのかとか、俺のこと好きだろ? とか、何で泣いたのかとか聞かれたけれど、一伽は何にも答えていない。…だって、答えたくない。

 一伽は顔を背けたまま、鼻をスンと啜った。
 相変わらず侑仁に抱き締められたままなので、顔を横に向けていると、侑仁の胸に耳を押し当てた状態になっていて、そうすると、侑仁の心臓の音が聞こえてくるんだけれど、絶対に一伽のほうがドキドキしていると思う。

 …ホラ、やっぱり一伽のほうが、侑仁のこと好きなんだ。
 一伽は侑仁のことが好きだから、もちろん侑仁のキスは嫌ではなかったけれど、でも侑仁は一伽の『好き』とは違うし、それなのにキスしてくるから、それは嫌だ。
 だから泣いたんだよ。一伽は侑仁のことLOVEで好きなのに、侑仁はそうじゃないから。なのに、一伽のこと好きだって言うし、キスするし。

 以上が、侑仁の質問に対する、一伽の答えです。
 で、そんなこと聞いて、どうするつもり?

「おい一伽、何か言えよ」
「…言わない」

 侑仁が、ふにふにと一伽の頬をつついてくる。
 擽ったいし、何だか子ども扱いされている気がして、一伽はその手から逃げるように、顔を正面に向けた。



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暴君王子のおっしゃることには! (192)


(はっ、しまった…!)

 これでは、侑仁の胸に顔をうずめている状態だ。
 しかも侑仁が、子どもをあやすように一伽のことを抱き直したものだから、さらに深く抱き締められてなってしまった。

「ちょっ侑仁、離してよっ…」
「ヤーダ。一伽がホントのこと言うまで離さない、つったろ?」
「知らないっ。大体、何で俺だけホントのこと言わなくちゃいけないのっ?」

 一伽が何を話すかなんて、一伽の自由だ。
 侑仁は全然本当のことを話していないのに、一伽にばかり言わせようとするなんて、そんなのズルい。不公平だ。

「お前だけ、て…、俺はもうとっくに言っただろ? 俺の気持ち、お前に伝えたじゃん」
「そんなのっ…」
「知らない、つーなら、もっかい言ってやろうか?」

 侑仁に顎を掴まれ、顔を上に向けさせられた。
 抱き締められているし、こんなことされたら、何だかキスされるみたいで落ち着かない。

「い言わなくていい!」
「ヤダ、言う。俺は一伽のことが好きだから、友だちとかじゃなくて、愛してる、て意味で。だから一伽と付き合いたいし、キスもしたいし、…もっとそれ以上もね」
「…バカ」

 一伽は首を振って、顎を掴んでいた侑仁の手から逃げると、再びその胸に頬を押し付けた。
 すると侑仁もまた、一伽の背中に腕を回す。
 別にお付き合いしているわけでもないのに、抱き合っちゃって、…変なの。

「なぁ一伽。俺、ホントのこと言ったけど? それでもお前は何も言ってくんないの? それとも、まだ嘘だって言う?」
「…航平くんには、一伽のことだけが特別じゃないとか、言っていたくせに」
「だから、それは…!」

 一伽がそのことを蒸し返せば、侑仁は困ったように一伽を見た。
 だってそのせいで、一伽は1度は侑仁のことを諦めたのだし、女の子といろいろしまくっちゃったのはあれだけど、侑仁のことを友だちと思えるようにがんばったのだ。
 それなのに、そんな後出しジャンケンみたいな真似されたって、今さらどうしたらいいか分からない。

「だって、それはゴメンだけど、でもしょうがねぇじゃん…」
「……」

 侑仁はそう言いながら、一伽の頭を撫でた。
 …本当は一伽も、侑仁の言い分が分からないわけではない。一伽だって最初は、ニナやエリーに、侑仁のこと好きなんでしょ? と言われても、『はぁ?』という感じだったし、気持ちに気付いたタイミングに文句を言ったところで、どうしようもないのは分かっている。
 例えばもし、侑仁がもっと早く自分の気持ちに気付いていたんだとしても、一伽がこんなだったら、きっと一伽が悩んできたみたいに、いろいろ思ったに違いない。
 だから、そんなことで侑仁を責めたって仕方ないんだけれど。でも。

「…わーかったよ」
「え?」

 何と言ったらいいか分からなくて、一伽がずっと黙っていたら、侑仁のほうが先に口を開いた。でもそれは、別に甘い囁きでも、愛の言葉でも何でもない。
 それに一伽は、侑仁の胸に寄り掛かっていたから、彼が溜め息をついたことにも気付いていた。
 何だか嫌な予感がして、一伽はモヤモヤしてくる。

「侑仁?」

 一伽の髪に触れていた侑仁の手が離れて、背中に回っていた腕が離れて、侑仁は一伽の肩を掴むと、自分の胸から一伽を離した。
 さっきまであんなに離せと言っていたのに、本当にそうされたら、すごく寂しくなってきた。

「無理に言わせようとして悪かったよ。…もう聞かない」
「え…。侑仁、それ、どーゆー意味…?」
「どう、て……そのまんまだよ。好きじゃないのに、好きだろ? て聞かれたって、そりゃ答えらんねぇよな」
「え? え?」
「…キスも、悪かったよ」

 一伽が、あれ? あれ? と思っているうちに、侑仁は勝手にどんどんと話を進めていっている。
 別に一伽、侑仁のこと好きじゃないわけじゃないのに。キスだって、それ自体が嫌だったわけじゃないのに。一伽がちゃんと言わないから、侑仁、そう勘違いしちゃったの?



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暴君王子のおっしゃることには! (193)


「侑仁…」

 呆然としている一伽に、侑仁は視線も合わせてくれない。
 何でこんなことになってしまったのか、全然分からない。さっきまで、あの腕の中にいたのに。

(俺が、ちゃんと言わなかったから…)

 心臓を痛いほどバクバクさせながら、一伽は自己嫌悪に陥ったけれど、でもそれと同時に、これは自分の望んだことだったのではないかとも思えてくる。
 一伽は、いつか侑仁が一伽のこと、友だちとしてでなく恋愛感情で好きになってくれたらいいな、と思っていたけれど、今はまだそうじゃないんだから、侑仁に抱き締められている場合ではないのだ。
 だから、これでいいんだと思う。

 でも、一伽の侑仁への気持ちに変わりはないとはいえ、こんなことになって、今さら一伽ががんばったところで、侑仁は一伽のことを好きになってくれるんだろうか。
 大体一伽は、先ほど侑仁が好きだと言ってくれたのを、信じなかったのだ。それなのに、例えばいつか一伽が侑仁に想いを告げたとき、侑仁がそれに応えてくれたとして、その言葉を信じられるのだろうか。
 いやそれ以前に、告白した時点で、どうせ信じないだろ、と言われて終わりかもしれない。

 …こんなことなら、意地を張らないで、好きだと言っておけばよかった。少しの望みに賭けて、がんばろうとしていたんだから。
 けれど、侑仁は一伽のことを友だちとしか思っていないのだから、もしOKされたって、遊びでとか、そういうことになってしまうし、それは一伽の望んだことじゃない。
 でも侑仁、一伽のこと好きて言ったっけ。でもそれは友だちて意味だし。いやでも、侑仁はそうじゃないて言ったか。ということは、やっぱり一伽が侑仁のこと信じていないだけ? でも、でも…

「うぅ…」
「え? 一伽?」
「う…ぅ~ん…」
「ちょっ…!」

 考えていたら、頭の中がグルグルしてきて、一伽は後ろに引っ繰り返りそうになったが、すんでのところで侑仁に抱き留められた。

「あっ…ぶねぇな」
「あぅ…」

 口では面倒くさそうに言いながらも、一伽が無事だったことに、侑仁はホッとした様子だ。
 一伽は、さっきからずっと侑仁のことを苛立たせてばかりなのに、それでもそんな一伽のことを心配してくれるなんて……やっぱり俺、侑仁のこと好きだなぁ。
 けれど、侑仁には勘違いされたままだし、もう好きになってもらえないかもだし、というか、もうこれで侑仁に会えないかもしれないなんて。

 ……………………。

(…そっか、もう侑仁に会えないのか)

 雪乃に励まされてから、まだ2日しか経っていないのに。
 ゴメンね、全然がんばれなくて。

 一伽が呆然としていると、ゆっくりと床に下されて、何だか力が入らなくて、ペタリとそこに座り込んだ。
 侑仁の腕が離れていく。

 あぁ、もうこれで侑仁に触れることも出来ないんだ。

「侑仁、…好き」

 ふと、そんな言葉が一伽の口を突いて出た。さっきまで、どうしたって言えなかったのに。もう会えないと思ったら、開き直ってしまったんだろうか。
 けれど、侑仁は振り返りもしない。
 聞こえていないはずがないのに。もう本当に、一伽のことなんかどうでもいいのかもしれない。

「…バカ」

 そんなに嫌がられているのかと思ったら、悲しくなったけれど、どうせもう会えないんだし、それならそれで別に形振り構うこともないと、一伽は侑仁の背中に抱き付いた。
 こんなことするのも最後。
 気ままで傍若無人な一伽の、最後のワガママ…………そう思ったのに。



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暴君王子のおっしゃることには! (194)


「誰がバカだって?」

 …聞こえてるんじゃん。しかも余計な部分に反応しやがって。
 気まずく思いながら一伽が顔を上げたら、首を捻って振り返っていた侑仁と目が合った。呆れているのか、怒っているのか……表情からは読み取れない。
 分かったよ、離れればいいんだろ、て一伽が唇を尖らせ、侑仁の背中から離れようとしたら、侑仁がフッ…と笑った。

「つかお前、やっと言ったな」
「は? え?」

 侑仁はそう言って一伽の手を離すと、体ごと一伽のほうを向き直った。
 あ、あれ…? 怒ってるんじゃないの? と一伽が呆然としていると、侑仁がふにっと一伽の頬をつまんだ。本当に何!?

「好き、て言っただろ?」
「えっ………………あっ、侑仁っ! なっ、あれはっ…」

 そこで一伽はようやく侑仁の思惑に気が付いて、慌てて侑仁の手を振り払うと、逃げるように後退ろうとしたが、一瞬出遅れて、侑仁の腕に掴まってしまった。

「ちょっ侑仁、離し…」
「ヤーダ。やっとお前の気持ち、聞けたんだし」
「ゆってないゆってないゆってない、侑仁のこと好きとかゆってないっ! あっ…あわわわわっ…」

 先ほどまでの侑仁の態度が、一伽に本心を言わせるための演技だと知った一伽は、侑仁に向かって言ってしまった言葉を思い出し、取り消そうとしたけれど、動転しすぎて全然うまくいかない。
 これでは却って、あれが本心だったと肯定しているようなものだ。

「とっとにかく離し、侑仁、離してっ」
「何でだよ」
「分か、分かんないっ」

 どうしてかは分からないけれど、侑仁に抱き締められると、一伽は一伽でいられなくなるのだ。
 さっきまで、これでもう2度と侑仁に触れられなくなるのだと思って、悲しくなっていたのだから、またこうして侑仁の腕の中に戻って来れたのは嬉しいはずなのに。

「いーちか」
「、ン、ッ…」

 侑仁の腕の中、どうすることも出来ずに大人しく収まっている一伽に、侑仁がコツンとおでこを寄せた。
 もう本当に顔が熱い。耳も熱い。絶対に真っ赤だ。

「目、開けろよ」
「ヤッ…」

 侑仁に言われるまで気付かなかったが、いつの間にか一伽はギュッと目を瞑っていたらしい。
 でもそう言われたって、絶対に開けたくない。
 だって、侑仁の顔がすごく近いところにあるわけで、目なんか開けたらバッチリ合っちゃうわけで、そんなことになったら、恥ずかしすぎて堪らない。

「開けなきゃ、このままキスすんぞ?」
「ヤッ、うわっ」

 キスも困る! と思って反射的に目を開けたら、案の定、しっかり侑仁と目が合って、一伽は慌てて目を閉じ直した。
 そうしたら、「どっちだよ」と侑仁の笑う気配がして、顔が離れていく。

「侑仁…?」

 一伽は恐る恐る目を開けた。
 また一伽がこんな調子だから、侑仁は今度こそ呆れてしまったとか…? そんな不安が一瞬よぎったけれど、目の前の侑仁は、優しく笑ったままだった。
 逃げるなら今か? いや、逃げてどうする? どうなるっ?

「どうなるのっ!?」
「は?」
「どうなぅ…の…………に゛~…」
「ちょっ」

 本日何度目か、キャパオーバーになった一伽の頭は、本人の意思に反して考えることを放棄したらしく、また目の前がグルグルしてくる。



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暴君王子のおっしゃることには! (195)


 しかし幸いにも、今度は後ろに引っ繰り返る前に、侑仁に腕を掴まれて身体を戻された……まではよかったのだが、勢いで逆に侑仁の胸に顔をぶつけてしまった。
 おかげで意識ははっきりしたけれど、ぶつけた鼻が痛い…。

「バカか、お前は」
「はぅ~…」

 短い間に喜怒哀楽すべての感情を使った一伽は、もう抵抗する気力も体力もなくて、そのまま侑仁の胸に体を預けた。
 こんな一伽なのに。
 バタバタで、めちゃくちゃで、グチャグチャなのに、侑仁はそれでも一伽のことを突き放したりしない。
 普通なら、一伽が信じなかったのをいいことに、好きだと思っていたのはやっぱり勘違いだったからナシにしたい、と言い出しても不思議ではないのに。

「侑仁、それでも、俺のこと好きなの…?」
「何回言わせんだよ、好きだよ」

 本当、どれだけ疑えば気が済むんだ、それなのに侑仁は呆れることなく、好きだと言ってくれる。
 そんな侑仁に、もう胸がいっぱいになり過ぎて、感情が高ぶって、堪えようと思っていたのに、グニャリと視界が歪んだ。

「一伽は? もう言わないの?」
「…………うぅ~~~~……、、、、好きっ…」

 言葉にしたら、それと一緒に、後から後から涙が溢れて来てしまった。
 けれど、今さら子どものように泣き出した一伽を、面倒がることなく、侑仁は抱き締めていてくれる。一伽は泣きながら、今までずっと言えなかった『好き』を繰り返した。
 どうしてだろう、俺、こんなに泣き虫じゃなかったのに。大人になってから泣いたことなんて、本当に全然なかったのに、昨日から一伽は泣きっ放しだ。
 侑仁を前にすると、侑仁の腕の中にいると、やはりいつもの自分ではいられなくなるみたいだ。

「うわぁーんっ!」
「一伽、もう泣くなよ。目腫れんぞ?」
「ヤダぁ~!」

 侑仁に、優しく頭を撫でられながらそう言われて、泣き止みたいとは思うけれど、全然涙が止まらない。
 目が腫れるのも嫌だし、悲しいわけじゃないのに泣いているのも嫌だし、なのに後から後から涙が溢れてくる。…そっか、悲しいんじゃなくても、涙は出るんだ。

「泣き止めって」
「ぅ、ん…」

 侑仁がティシューを何枚か引き抜いて、一伽の頬を拭ってくれる。
 泣き過ぎたせいで鼻水も出て来てしまって、一伽が鼻を啜っていたら、ご丁寧に鼻にもティシューを持って来てくれたから、遠慮せずにそのまま鼻をかんだ。

「ったく…」

 しょうがねぇなぁ、と言いつつも、侑仁は呆れたふうもなく、まだしゃくり上げている一伽を、子どもにそうするみたいに抱き直して、あやすように揺さぶる。
 一伽はようやく少し落ち着いて、鼻をグズグズさせながらも、侑仁の胸に寄り掛かった。

「…侑仁は、いつから、俺のこと、好きだった、の?」

 侑仁にあやされながら、一伽は侑仁に尋ねた。
 好きだという気持ちは聞いたけれど、いつからなんて教えてもらっていないし(むしろ、そんなことない、と言ったことは、航平を通じてだが、はっきりと聞いた…)、もう侑仁の気持ちを疑ってはいないけれど、やっぱり聞いておきたい。
 でも、まだ鼻水が垂れてきたり、時おり噎せたりするから、うまく言葉が紡げないし、何だかこんなことを聞くのは恥ずかしくて、一伽は顔を上げられない。

「侑仁、答えてよ、…ん、ごまかすな」

 侑仁が、一伽の頭を撫でたり髪を弄ったり、甘やかすようなことばかりするから、つい睡魔に負けそうになって、一伽はプルプルと頭を振って、侑仁の胸を押し返して顔を上げた。
 そうしたら、ちゅ、とキスされて、嬉しいんだけれど、そんなのでごまかされない。

「だって、航平くんに聞かれたとき、違う、てゆったんで、しょ?」
「…だからー、あんときはマジでまだ気付いてなかったんだって!」



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暴君王子のおっしゃることには! (196)


 航平をはじめ、周囲があれほど気付いていたにもかかわらず、自分は自覚していなかったという事実が、侑仁としてはどうやら不本意らしく、あまり触れられたくないようだ。
 ちょっとふて腐れたみたいになっている侑仁が、何だかかわいい。
 でも、一伽のほうが侑仁より先に自分の気持ちに気付いたとはいえ、周りからしたら多分どっちもどっちのレベルだろうから、そんなふうに思うこともないのに。

「俺は、ね、侑仁がリコちゃんに告られた、て知ったとき。侑仁、リコちゃんと付き合うんだ、て思ったら、すごい悲しくなって、そんで俺、侑仁のこと好きなんだな、て分かった」

 もしかしたら侑仁は、こんなこと興味ないのかもしれないけれど、一伽は何となく、自分のときのことを話した。
 結局は一伽たちの勘違いだったが、あのときは、リコが告白したことをわざわざメールして来るくらいだから、侑仁はオッケーしたのだという話になって、一伽は大変なショックを受けたのだ。
 その後すぐに、侑仁はリコの告白を断ったと知ったが、侑仁は男が好きなわけではないし、一伽のことは友だちとしか思っていないのだからと、一伽は自覚したばかりの恋心を諦めようとした。
 再びがんばろうと決意したのは、つい一昨日の夜のことだ。

「そういや、海晴がお前のこと連れて来たの、そんときだよな? それが酔い潰れた原因?」
「…うっせぇ」

 余計なことまで思い出されて、一伽は頬を膨らませた。
 自惚れるなと言ってやりたいけれど、まぁそれが事実みたいなものだから、あまり強くは突っ込めない。

「図星か。じゃあ、あの後の、ちゃんとしよう月間みたいなのも?」
「うるさいってば!」

 一伽は侑仁の胸をバシンと叩いた。
 あのころ一伽は侑仁に嫌われたくなくて、一生懸命ちゃんとしようとしていたのだ。
 理由はどうあれ、ちゃんとすることは別に悪いことではないのだが、素直でない一伽は、そのことを言われると恥ずかしくて仕方がないから、やめてほしい。

「それより侑仁の話! 俺がこんだけ言ったんだから、侑仁も話して!」
「…お前が勝手に喋ったくせに」
「うるさい。…………。つか、言えないんだ? ふぅん? それって結局、本当は俺のこと好きになんかなってないから、いつからとか言えないってことだよね」
「ちょっ違っ」
「侑仁の気持ちはよぉ~く分かりました。離して」

 一伽は『ものすごく機嫌を損ねた』という表情を作って、侑仁の胸を押し、その腕から逃れようとする。
 しかし侑仁は離してくれなかった。

「ちょっ一伽! 言う、言うってば! いや、お前の話聞いたらますます、ホント俺、全然最近まで気付いてなかったんだ、て分かって、何か情けなくなっちゃって…」
「………………」

 再び一伽を抱き寄せた侑仁は、本当に自分のことを情けなく思っているのか、溜め息をついて肩を落とした。
 そんな侑仁の話を、一伽は俯いて聞いていたんだけれど。

「…ぶはっ!」

 我慢できずに、一伽は吹き出した――――怒りではなく、もちろん笑いを。

 頭上で、「は?」と侑仁の声がする。
 けれど一伽は笑いが止まらなくなってしまい、肩を震わせていたら、とうとう侑仁に笑っていることを気付かれてしまった。

「ぶふふ、侑仁、超焦ってる!」
「おまっ…」
「さっきのお返しだよー」

 先ほど、一伽の本心を引き出すために侑仁が心にもない演技をした仕返しに、一伽も怒っているふりをしただけだ。
 まさか侑仁がこんなにあっさりと引っ掛かるなんて思っていなかったが、それは侑仁自身も同じことだったようで、「ベー」と舌を出す一伽に、口をパクパクさせている。

「ちゃんと言わない侑仁が悪いんだもん。…それとも、ホントに言えないの?」
「違ぇってば!」
「じゃあ?」
「だからー、だってお前、昨日電話くれるまで、全然連絡寄越さなかったじゃん! それまでやたら押し掛けて来てたくせに」

 とうとう観念したのか、侑仁は頭を掻きながら、話を始めてくれた。



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暴君王子のおっしゃることには! (197)


「最初はさぁ、お前から連絡来てないのにも気付いてなかったんだけど、気付いちゃったら、もうダメで」
「ダメて?」
「何かモヤモヤすんなぁ、何でだろうなぁ、て思ったんだけど、よく考えたら、それってお前に会いたいんだ、て分かって。…俺、お前のこと好きなんだな、て思った」
「…」

 自分から教えろとしつこく迫ったくせに、面と向かって言われると何だか照れくさくて、一伽は視線を落とした。
 侑仁に連絡しなかったのは、駆け引きでも何でもなく、気付いたら時が流れていただけなのだが、まさかそれが功を奏していたとは…。これが結果オーライ?
 しかし、その間に一伽がしていたことは、とても、たった今恋人になった相手に言えるものではないので、大変気まずい…。

「でもさ、せっかくお前のこと好きだって分かったのに、その後めっちゃ仕事忙しくなっちゃって、こっちから連絡するどころじゃなくてさぁ」
「…ふぅん」

 顔を上げない一伽を不審とも思わないのか、侑仁は一伽の頭を撫でている。
 侑仁への気持ちを諦めていたときのことだから、不貞を問われる筋合いはないのだが、その間も侑仁は一伽のことを想ってくれていたのなら、申し訳ない気持ちにはなる。
 でもまぁ、もともとは侑仁が自分の気持ちにも、一伽の気持ちにも気付いていなかったのが原因だし、一伽ばかりが悪いわけでもない気もするし……うん、俺は悪くない。

 そんな棚上げをしつつも、侑仁は一伽からの連絡が途絶えたことによって、自分の気持ちに気付いたのかと思うと、最初から一伽ががんばったり、変わらず侑仁の家に行きまくっていたら、こんな展開にはならなかったわけだから、それはちょっとゾッとする。
 もしかしたら、一伽の熱烈なアタックが通じて、侑仁も一伽のことを好きになってくれたかもしれないけれど、一伽が侑仁とは友だちでいいと本気で諦めていたら、こうはならなかったはずだ。

(あのとき、航平くんが一緒に侑仁の家に行ってくれてたら、俺、そのままずっと侑仁の家に行ってただろうしな…)

 そこそこの頻度で侑仁の家に行き、それなりに自分の家に帰るから、雪乃もあれほど心配はしないだろうし、あんなに必死に一伽にがんばるよう言ってこなかっただろう。
 そうしたら、もちろん一伽は侑仁と友だちでいるという決意を覆すこともなかっただろうし、友だちでいられるような努力をしたに違いない。
 もしそんなことになっていたら、もしかしたら今日という日も、一伽は侑仁の家に来ていたかもしれないけれど、こうして侑仁の腕の中にはいられなかった。

(俺が侑仁に連絡しないでいたおかげで、侑仁は気持ちに気付いたわけで…、でもその間に俺は女の子たちと……侑仁は仕事がしげぇ忙しかったというのに……でもそのことがなかったら…)

「おい、一伽?」
「ふに゛~~~…」
「だぁ~~~!!! お前はもう、今日は頭使うなっ!」

 メビウスの輪のような、結論の出ないループに迷い込んだ一伽は、またしてもグルグルっと目が回って来て、後ろに引っ繰り返りそうになったが、侑仁の必死の叫びに、どうにか意識を繋ぎ止めたのだった。



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暴君王子のおっしゃることには! (198)


「落ち着きましたか、一伽さん」
「…はい」

 ちょっとのことで、すぐに許容量がいっぱいになってしまう自分を情けなく思いつつ、一伽は侑仁の胸に体を預けつつ、顔を上げた。
 さっきは少しだけだが、いつもと違って、ふて腐れたようになった侑仁に、かわいいな、なんて思ったけれど、全体的に見れば、どう考えても一伽のほうがお子ちゃまだ。
 悔しいけれど、なかなか侑仁のように、余裕を持ったところを見せられない。

「はぅ~…ん、ゃ…侑仁、ぅん…」

 一伽が密かに拗ねていたら、侑仁にキスされた。何となく、『ゃ』と口を突いて出たけれど、本当に嫌なわけではないから、一伽は積極的に侑仁のキスに応える。
 一伽は、自分のキスやセックスのテクニックについて考えたことはないし、そういうことをひけらかすバカな男でもないけれど、経験だけは豊富なので、相手がうまいかどうかなら、すぐに分かる。
 うまいかどうか……というか、自分にとって気持ちいいかどうかだけど。だって、いくらテクがあっても、そうでないと気持ちよくなれないと思う。
 そういう意味では、侑仁はすごくうまいと思う。

(あーヤベェ、気持ちいー…)

 別に一伽は、昼間はSでもベッドの上ではMだとかそんな属性はないし、女の子とのセックスもわりとガンガン攻めていくタイプなんだけれど、だからこそなのか、時おり相手にグイグイ来られると、ちょっと興奮する。
 それはやはりMということなのかもしれない…と、一伽は頭の片隅で思ったが、気が付かなかったことにした。

 それよりも。

「あのさ、侑仁…」
「ん?」

 侑仁の胸を押してキスを中断させた一伽が、言い出しにくそうに口を開いた。

 今まで一伽は、こんなに相手に夢中になる恋愛をしたことはないが、付き合った相手はそれなりにいるし、ましてや体の関係なら良くも悪くも経験豊富で、しかも大好きだ。
 だから、仕方ないと言えば仕方ないのだ。こんなふうに気持ちいいキスをしていたわけだし。
 それは一伽だけに限ったことではなく、若い肉体に健全な……いや、不健全な精神を宿した男なら当然のことだと、一伽は信じて疑わない。

 そう。
 だから一伽は、何も悪くない。

「勃っちゃった。てへ☆」

 これだけ密着していたら、ちょっとごまかし切れないな、と思って、一伽は早々に白状した。
 大体一伽は昔から自分の欲求を我慢したことはなく、いつでも忠実にそれに従って生きて来たのだから、仕方がない。

「いや、何かわい子ぶってんだ」

 わざとかわいい系のキャラを作って言ってみたら、侑仁に呆れた顔をされた。
 一伽的には、自分があまりにも即物的だったかなぁ、と思ったので、ちょっと場を和ませようと、やってみただけなんですけれどね。

「つか、侑仁のせいじゃん。キスしてくっから」
「キスくらいで勃たせんな。中学生かっ」
「そうだよ!」
「違ぇだろ!」

 もちろん一伽はもう24歳で、思春期でも何でもない、いい大人なんだけれど、殊に性欲に関しては、思春期の男子とさほど変わらないじゃないかと思う。
 もしかしたら吸血鬼は、普通の人間より性欲が強いのではないかと考えたこともあったが、雪乃を見ているとそれほどでもないから、やはり一伽個人の問題だろう。

「や、俺だって、普通ならキスくらいで勃たねぇけど、だって侑仁のキス、気持ちよかったんだもん」

 侑仁が穿いているのがジーンズだから、一見すると侑仁の様子は分からないけれど、もし侑仁が一伽ほど盛り上がっていないなら、仕方がない、今はトイレを借りて、右手を第2の恋人にするしかない。
 それか、一伽が侑仁のを勃たせる…?



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暴君王子のおっしゃることには! (199)


 ………………。

「うん、よし」
「は? て、ちょっ一伽!」

 一伽は1人で納得すると、侑仁のジーンズの股間に手を伸ばす。
 当然だが、侑仁は慌てて一伽の手を掴んだ。

「いや、侑仁もどうかな、と思って」
「いやいや、お気遣いなく」
「遠慮すんなって」
「一伽! チッ…」

 一伽はニンマリと笑うと、侑仁が止めるのも聞かず、ジーンズの前を開けて、下着の上から侑仁のモノに触れた。冗談でも男のモノに意識して触れたことはないので、何だか不思議な気持ちになる。
 侑仁は舌打ちをしたものの、顔を見ても別に嫌がっているようでもなくて(本当に嫌なら、もっと全力で拒絶するはずだ)、一伽は自分から侑仁にキスを仕掛けた。

「ん…、はっ…」

 キスをしながら、形を確かめるように侑仁のモノを擦り上げると、侑仁は片手で一伽の腰を抱き寄せ、もう一方の手で一伽を刺激してくる。
 片手だし、キスしながらで見えないからか、侑仁はなかなか一伽のチノパンの前ボタンを外せないでいて、一伽はそのもどかしさに焦れて、自ら前を寛げた。

「ぁ…」

 すでに少し勃ち上がっていた一伽のモノを下着の上から何度か擦って、侑仁の手が下着の中に入ってくる。
 直接刺激されて、一伽はビクッと体を震わせた。

「…おい、お前もちゃんと手動かせよ」
「んっ…分かって…」

 侑仁に耳元で言われて、それだけでも感じてしまうんだけれど、そんな場合じゃない、侑仁のことも気持ちよくさせなくちゃ、と一伽は必死に手を動かす。
 でも、一伽ががんばろうとしているのに、侑仁が耳を食んだり舌を入れてきたりするから、つい手が疎かになってしまう。

「あーもうっ、侑仁のバカっ。耳、ダメなんだってばぁ!」
「何お前、耳弱ぇの?」
「うっせ…、あっ…」

 ブンブンと首を振って、侑仁の愛撫から逃れようとするが、2人して抱き合う体勢でいるのだから、そううまくはいかない。
 大体、いちいち侑仁に確認されなくても、耳が弱いのは一伽自身、よく分かっているのだ。しかも、もちろん男の声なんだけど、侑仁の声は結構好きかも…とか思ったら、余計に感じてしまう。

「ぅー…ん…、ん…? うわっ、デカッ!」
「…は?」

 侑仁の穿いていたボクサーパンツを下ろして、直に侑仁のモノを握ったら、その大きさにビックリして、一伽はムードもへったくれもない声を上げて仰け反った。
 突然騒ぎ出した一伽に、意味の分からない侑仁は、当然ながら訝しげな顔をしている。

「ちょっ侑仁! マジかよ! このデカさは反則だろ!」

 男を愛撫するのも初めてだが、勃起した状態の他人のモノを見るのだってもちろん初めてなので、自分以外とは比較できないが、どう考えても侑仁のモノはデカい気がする。
 いや、握った感触からして、『気がする』ではなく、本気でデカい。
 別にブツのデカさで男が決まるわけではないが、同じ男として、これはちょっとばかりでなく、悔しいかも…。

「もーマジか! 侑仁、イケメンなうえにチンコもデカいとか!」
「バッ…デケェ声で何言ってんだ、お前は!」
「イテッ!」

 天は二物を与えずと言うが、侑仁には二物どころか、いいところをいくつも与えている…! と一伽が神を恨んでいたら、バシッと頭を叩かれた。痛い…。
 まぁ、今は部屋に侑仁と一伽の2人きりだから、他の誰に聞かれるということはないが、こんなの、声を大にして言うことではないから、侑仁が叩くのも無理はないんだけれど。



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暴君王子のおっしゃることには! (200)


「はぁ~あ、一体まったく、このデカチンで、どんだけ女の子を泣かせてきたんでしょうねっ」
「おめぇが言うな、おめぇが!」

 一伽が、メロドラマに出てくる、稼ぎの少ない夫を責める妻か、はたまたお嫁さんをいびるお姑さんのような口調でそう言えば、すぐさま侑仁に突っ込まれた。
 モノの大きさはともかく、これまでの女の子遍歴からしたら、いい勝負か、一伽のほうが上回っているだろうに。

「だってさぁ、マジでデカくね?」
「いいから! もうあんまジロジロ見んなよ、恥じぃだろ」
「んっ…」

 侑仁に無理やり顔を上げさせられ、唇を塞がれた。
 あんまりにも一伽がゴチャゴチャ言ってばかりだったからか、侑仁は今度こそ本気で一伽のことをイカせに掛かっているのか、そのキスと愛撫で、一伽の性感が急速に高まっていく。

「あ、ちょっ…」

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ、イキそう。
 手だけでこの速さはヤバいでしょう!? 俺、普段はそんな早漏じゃないよ! 1人でヤるときだって、もっと我慢してるよ! ――――と、一伽はわざといろいろ考えて、気を紛らわそうとするけれど、快楽には勝てない…。

「んんっ、んっ…!」

 最初から一伽はキスだけでだいぶ気持ちよくなっていたし、侑仁はキスだけでなく愛撫もうまくて、だから一伽はもう我慢が効かなくなって、呆気なく侑仁の手の中で達した。

「はぅ…」

 一気に脱力して、一伽は侑仁の胸に寄り掛かった。
 もう…何で侑仁、こんなにうまいんだよ…と、また恨み言を言いたくなる。うまいのは、侑仁にも同じモノがくっ付いているから、単に慣れているせいだろうけど。

(あーでも悔しいなぁ…)

 悔しいというか……侑仁にも同じくらい気持ちよくなってほしかったのに。
 自分ばかりが感じて、先にイッてしまったのが、何だか嫌だ――――そう思ったときにはもう、一伽の体は動いていた。

「侑仁…」
「ん? えっ!? ちょっ一伽!?」

 一伽はズルズルと身を屈めると、侑仁の半端に勃ち上がったモノに唇を寄せた。
 頭上で、侑仁の焦る声がするけれど、無視。

「ちょっバッ…」

 一伽を引き剥がそうと、侑仁の手が一伽の髪を掴んだけれど、一伽は後ろに手を伸ばして、邪魔そうにそれを振り払う。
 フェラをしたことはないが、されたことなら何度もあるから、どうすればいいかで悩みはしない。

「ン、ふ…ぐ、」
「っ…」

 雄の匂いが鼻に付く。
 でも一伽は、女の子にならオーラルセックスをしてあげたことあるから、付いてるものとか形は違うけど、まぁ男の性器だって、やってやれないことはないと思う。

(…にしたって、デケェんだけど!)

 舐め上げたり先端を吸ったりした後、奥まで咥えようとしたが、口の中に収まり切らない。いや、もっとがんばればどうにかなりそうだけど、絶対にオェッてなる。
 初めてのことなので、一伽は無理するのをやめて、口に入り切らなかった部分は手でカバーすることにした。

「はっ…」

 侑仁の感じ入った吐息が聞こえて、一伽はちょっと嬉しくなる。経験はあるから、やり方は大丈夫とは思っていても、それが相手にとって気持ちいいかどうかまでは分からないから。
 でも、侑仁のモノは萎えることなく熱く勃ち上がったままだし、少しだけ上を見て窺った侑仁の表情も気持ちよさそうだから、大丈夫そうだ。



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 これまでは、性描写の多い記事について、個別の記事ごとに「R18」の注意書きをしておりましたが、このブログ自体がアダルトジャンルになり、18禁であるため、記事ごとの注意書きは省略しております。
 ジャンルが変更されてから、初めての性描写多めの記事でしたので、改めてお知らせいたします。
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暴君王子のおっしゃることには! (201)


「ちょっヤベ、一伽、離っ…」

 侑仁が感じてくれていることに気をよくした一伽が、唾液をたっぷりと絡ませながら、頭を上下させて舌と唇で刺激を加えると、侑仁は慌てた声で、一伽の後ろ髪を掴んだ。
 何? 髪の毛引っ張ったら痛いんだけど! と言ってやりたい気もしたが、それよりも今の一伽は、すっかりフェラに夢中で、文句も言わず、顔も上げなかった。
 だから一伽は、侑仁がどうしてそんなことをしたのか、少しも気付けなかったのだ。

「バッ…一伽っ離せって、イク…っ」
「―え? うわっ!? ぶっ」

 そのセリフを聞いて、ようやく一伽は先ほどの侑仁の行動の意味を理解し、慌てて侑仁のモノから顔を離そうとしたが、時すでに遅し。
 侑仁は、すべてを一伽の口の中に放ってしまうことだけは避けられたが、一伽は顔面で侑仁の精液を受け止め、離れるのに間に合わなかった分が若干口の中に入った…。

「ん゛ん゛~~~…」
「あぁ~~もうっ、バカかお前はっ!」

 精液で顔を汚した一伽は、それが目に入るのが怖いのか、ギュッと目を瞑って顔を顰めている。
 侑仁はイッた余韻に浸る暇もなく、ティシューを数枚引き抜いて、一伽の顔を拭いてやった。

「う゛ぅ~~…」

 自ら進んでフェラをしたうえに、侑仁が離せと言っても聞かなかったくせに、顔に掛けられたことは大変お気に召さなかったのか、一伽はとっても嫌そうに唸っている。
 しかも、口の中に入ってしまったのを吐き出したいのか、口を開けて精液の乗った舌をベェーと出した一伽が、新しいティシューをねだるように侑仁を見つめる姿は、まったく本当に、どこぞのAVかと思う。

「ホラ、ペッて」
「うぇっ…」

 差し出されたティシューに素直に精液を吐き出した一伽は、新しい1枚で口元を拭ってもらっている間も、ずっと眉を寄せている。
 そんな一伽に、侑仁も微妙な顔付きになった。

「…お前さぁ、フェラしてくれんのは嬉しいけど、終わった後にそこまでヤな顔すんなよ。逆に傷付くわ」
「じゃなくて! ねぇ侑仁、女の子ってマジすごくね?」
「は?」

 汚れたティシューを丸めてゴミ箱に放った侑仁は、意味不明なことを言い出した一伽を、訝しそうに振り返った。
 しかし、そんな侑仁の視線には気付いていないようで、一伽は何やら熱くなっている。

「だってさ、俺今フェラして分かった! 精液って超マズイの! なのに女の子って、ゴックンしてくれるじゃん? あれすごくね!?」
「え…、お前、女の子に飲ませんの?」
「無理には飲ませないけどさ、何も言わなくても飲んでくれる子っているじゃん? 何あれ、マジ尊敬するっ!」
「…………」

 下半身丸出しで、こぶしを握り締めながら、そんなこと力説されても…。
 侑仁は、何をどう突っ込んだらいいのか分からず、言葉をなくしたが、とりあえずヒートアップしている一伽を宥めるため、黙って一伽を抱き寄せたのに。

「あ、そうだ、ねぇ侑仁」

 一伽は、主張したいことならまだあるようで、まったく色気のないこと甚だしく、侑仁の胸を押し返してきた。

「侑仁さぁ、男同士でどうやるか、知ってる?」
「え、何を?」
「セックス」
「ブッ」

 一伽が真剣な顔で尋ねてくるから、何かと思えばそんなことで、侑仁は思わず吹き出した。
 しかし一伽はやはり本気のようで、その言葉を冗談にするわけでもなく小首を傾げているので、仕方なく侑仁は、「あんまりよく分からない」と答えた。
 何となくは想像できるが、実際に自分がやるとなったときに、具体的に何をどうしたらいいかは、正直分からない。



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暴君王子のおっしゃることには! (202)


 しかしそれは、一伽にとっても同じことだった。
 自分ではよく分からないから、侑仁が知っていたら教えてもらおうと思ったのに。

「そっかぁ。侑仁も知らないんじゃ、続き出来ないね」
「お前、やる気だったのかよ」

 残念、と一伽は肩を落としたが、なぜか侑仁は溜め息をついている。
 一伽にしたら、もちろんそのつもりだったけれど、初めて想いを通じ合せた日にベッドまで行くのは、やっぱりダメかしら。でもまぁ、お互い1回はイッちゃったわけだし、今さらか。

「じゃあ、今度までにユキちゃんにやり方、聞いとくね」
「聞いとく、て…」
「ユキちゃんなら、知ってると思うし」
「そういう問題じゃないんだけど」

 侑仁は呆れ顔になるけれど、一伽が思うに、雪乃のお付き合いする相手は光宏が初めてではないから、多分知っているに違いない。
 そんなことを聞いたら絶対に恥ずかしがりそうな気もするが、雪乃は一伽と侑仁のことを応援すると言ってくれたのだから、尋ねたって悪くはないだろう。

「…つか、何でもいいけど、風呂入りたい」
「何でもいいて何だ、何でもいいて」
「だって、顔ベタベタする…。侑仁が顔に掛けるから」
「おめぇが離さなかったのが悪ぃんだろっ!」

 先ほど侑仁にティシューで拭いてはもらったけれど、やっぱり何だか顔がべた付く感じがして、一伽は顔を顰める。
 侑仁の突っ込みは確かに間違っていないが、まぁそれは置いておいて。

「風呂沸かす?」
「シャワーでもいい。ね、侑仁、一緒に入ろ?」
「はいはい」

 結局は一伽のワガママを聞いてくれた侑仁に、一伽は笑顔で申し出る。
 最後までするのが無理でも、もうちょっとくっ付いていたい。

「ねぇ侑仁~」
「ん?」

 ひょこひょこと侑仁の後を付いてバスルームに向かう一伽は、侑仁の背中に張り付いて、その顔を覗き込んだ。

「ね、ね、お風呂でもまたするっ?」
「する? …て、お前、俺に聞いてきてはいるけど、やる気満々だろ?」
「そうだよー。侑仁、もうお疲れ? そんなデカいチンコしといて!」
「いや、それ関係ねぇだろ」
「グフフ」

 侑仁の突っ込みを気にすることなく、一伽はニヤニヤしている。
 まったく本当に頭が痛い。

「あ、ねぇねぇ、今度は侑仁が口でしてよ」
「はぁ? ヤダよ」
「何でー? 俺は、侑仁のデカくてもがんばってやったのにさぁ」
「だからそれはお前が勝手にやったんだろっ!」

 ギャーギャー言いながら、2人は服を脱がせ合って、バスルームへと消えた。



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暴君王子のおっしゃることには! (203)


一伽 と 雪乃

 一伽が侑仁の家に来たのが金曜の夜で、その夜2人は晴れて恋人同士になり、一伽はそのまま侑仁の家に泊まったのだが、日曜日は一伽が仕事なので、夜になって一伽は大人しく家に帰ることにした。
 侑仁の家にいる間に、一伽は『ゲイビとか見れば、やり方、分かんじゃね!?』と持ち掛けてみたが、100%萎えるのはお互いさまなので、結局それはやめておいた。
 ただ、素直に大人しくしていられないのもお互いさまなので、年甲斐もなく何度となくイカせ合ってはしまったけれど。

 コウモリ姿で飛んで行く一伽の下に見えるのは、華やかで賑やかな街だけれど、一伽はもう、それに心を惹かれたりはしない。かわいい女の子にも。
 …それよりも、もっとすばらしいものを見つけたから。

(ユキちゃんが、応援してくれたから…)

 一伽は、健気で一生懸命な親友の顔を思い出し、頬を緩ませた。
 雪乃ががんばれと言ってくれて、一伽がその気になった途端、本当にうまくいった。
 悔しいけれど、雪乃のおかげと言って過言ではない。雪乃があんなに言ってくれなかったら、一伽はとっくに諦めて終わっていたから。

「ユキちゃん…………て、あぁーーー!!!」

 雪乃のことを思いながら飛んでいた一伽は、大変な事実に気が付いて、思わず声を上げた(実際はコウモリ姿なので、超音波のような音が出ただけだが)。
 いろいろあったけれど、侑仁と想いを通じ合わせることが出来たのが嬉しくて、一伽は雪乃に連絡するのをすっかり忘れていた。
 昨日は、仕事の後に直接侑仁の家に行ったうえに泊まったから、朝に雪乃と別れて、それきりだ。しかも、その昨日の朝といえば、泣きながら帰ってきて、散々泣き喚いた翌日だ。

「や…ヤバい…」

 もう雪乃には心配を掛けまいと思っていたのに、その矢先にこのざまだ。
 一伽は、嬉しくて浮かれていた気持ちが、サァー…と冷めていくのを感じた。

「ただいまー…」
「あ、お帰りいっちゃん」
「…何してんの、ユキちゃん」

 人間の姿に戻った一伽は、そっとドアを開けて声を掛ければ、相変わらず拍子抜けするほどあっさりと、雪乃からの返事が返ってきた。
 しかもまた、一伽が首を傾げたくなるようなことを、1人で黙々とやっている。

「明日、ハロウィン」

 一伽の問いにそれだけ答えて、雪乃は再び作業に取り掛かった――――かぼちゃのくり貫きに。
 どうやらハロウィンのために、ジャック・オ・ランタンを手作りしているらしい。
 もう何年も一緒に暮らしているが、今までにこんな本格的なことしたことないのに、一体どういう風の吹き回しだろう。

「これもお店で出すの?」

 一伽は雪乃のそばに寄っていって、その手元を覗き込んだ。

「お店にはもう飾ってあるの。いっぱい作ってね、何か楽しくなったから、家でも作ろうと思って」
「そうなの?」

 店でたくさん作ったから、作るのはもうゴメンだと思うのではなく、雪乃の場合はその逆らしい。
 それが雪乃らしいといえば雪乃らしいが。

「あ、つか、ユキちゃん、ゴメンね?」
「え?」

 前と違って、一伽は照れることなく、素直に雪乃に謝った。
 しかし雪乃はピンと来ていないのか、キョトンとした表情で顔を上げた。

「また、何も言わないでお家帰って来なかったから、昨日…」
「あぁ、うん。いっちゃん、侑仁さんちに行ってたんでしょ?」
「えっ!?」
「え、違うの?」
「違わないけど…」

 一伽は雪乃には何も言っていないわけで、だからこそ今謝ったのに、どうして雪乃は、一伽がどこに行っていたか知っているのだ。
 不思議に思う一伽に、雪乃は話を続けた。



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暴君王子のおっしゃることには! (204)


「あー…あのね、昨日の夜、航平さんから電話来たから」
「えっ、航平くん!?」
「航平さんね、いっちゃんが侑仁さんと一緒に帰った、て教えてくれたの。だから帰って来ないの、侑仁さんちに行ったのかな、て思って」
「……」

 雪乃の説明を聞いても、一伽はまだ驚きから抜け出せない。
 確かに金曜の夜、侑仁が店に来て、一伽と一緒に帰っていったのは、確かに航平も見ている。というか、航平も侑仁に誘われたのに、それを断ったのだ。
 …もしかしてあれって、一伽たちに気を遣ってくれた、てこと?
 そう思ったら、何だかちょっと面映ゆい気持ちになった。

「いっちゃん、侑仁さんちに泊まったの?」
「うん。あ、あのね!」

 ただ侑仁の家に行っただけじゃないの。お泊まりしたけど、それだけじゃなくて――――と、雪乃に話したいことはたくさんあって、一伽が急いて話そうとするのに気付いたのか、雪乃は包丁を置いて、一伽に向き直った。

「ユキちゃんあのねっ、、、、俺、侑仁と付き合うことになったよっ!!!」
「えっマジで!?」
「マジでっ!」

 嬉しくて一伽がつい大きな声で言ったら、それにつられたのと、驚いたので、雪乃まで大きい声を出してしまう。
 こんな時間にうるさくしたら、また隣の部屋の人に怒られてしまうのに、今はそこまで気を遣うことが出来なかった。

「いっちゃん、マジで!?」
「マジだってばっ!!」
「きゃ~~~~おめでとうっ!!」
「に゛ゃう!? あ…ありがと…」

 喜びのあまり、雪乃が力いっぱい抱き付いてきたので、苦しくて一伽は変な声を出した。
 雪乃に喜んでもらえると嬉しいけれど、ちょっと力強すぎ…。

「いっちゃん、ホントにうまくいったの…? 侑仁さんとお付き合い出来るの…?」
「ホントだってば。ユキちゃん、信じてないの?」
「そうじゃな…けど…」
「え、ユキちゃん、泣いてんの?」
「泣いてな…」

 何度も聞き返してくる雪乃を不思議に思っていたら、どうも雪乃の声に涙が混じっているようで、一伽は驚いて雪乃の顔を覗いた。

「ユキちゃん? どうしたの? 何で泣くの?」

 泣いていないと言ったのに、雪乃の目には涙が溜まっていて、雪乃に泣かれるとどうしていいか分からない一伽は、困って、慰めるように雪乃の頭を撫でた。

「ユキちゃん…」
「ゴメ…ゴメンね、いっちゃん。だって俺、嬉しくて…」
「え?」
「いっちゃん、すごい諦め気味だったから、どうなるかと思ってて…、だから、うまくいったの、嬉しくて…、うぇぇんんっ」

 そう言いながら、雪乃がボロボロと涙を流すので、一伽もまた感極まって涙が溢れてしまった。

「ありがと、ユキちゃん。ユキちゃんががんばれて言ってくれたから、がんばれたよ? だから泣かないで?」

 自分だって泣いているくせに、泣いている雪乃を宥めようと、一伽は雪乃を抱き寄せ、背中をポンポンとしてやった。

「いっちゃん、おめでとうっ…」
「…ん、ありがと」

 かぼちゃまみれの部屋で、2人して泣きじゃくって、変な光景。
 でも、涙が止まらない。

 …雪乃と友だちで、本当によかったな。



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暴君王子のおっしゃることには! (205)


 ハロウィンはもともとヨーロッパが発祥で、日本でのブームはここ最近のことだが、cafe OKAERIでも珍しく流行に便乗して、10月の店内はハロウィン仕様だ。
 店長である美也子は、それほどハロウィンに興味がなかったが、自分は飾り付けの手伝いをしない、という条件付きで、ハロウィンの装飾を許したのである。

 ちなみに、ハロウィンではお馴染みのジャック・オ・ランタンは本来、食用でない飾り用のかぼちゃで作るのだが、飾り付けには口を出さないはずの美也子が、くり貫いた中身を料理に使うから食用のかぼちゃで作れと言うので、cafe OKAERIの店内には、食用の深緑色をしたかぼちゃ頭が並んでいる。
 というか、食用か飾り用か以前に、ジャック・オ・ランタンなんて、雑貨屋で売っている置き物とかを考えていたのに、美也子の一言で、すごく本格的なことになってしまった。
 これには一応、1か月も同じかぼちゃを飾り続けるのは傷むから無理だと光宏も反論したのだが、それなら日々くり貫けばいいと美也子も譲らず、結局雪乃がかぼちゃくり貫き係に任命された。

 さすがに美也子も本気ではないだろうし、雪乃も断るだろうと思ったのだが、根がお人好しなうえに、一伽によって暴君ぶりに慣れている雪乃は、文句も言わず、毎日数個のかぼちゃをくり貫いたし、美也子はくり貫いた中身と、飾り終えて傷む前のかぼちゃ頭で料理を作り、結局2人は絶妙のコンビネーションを見せたのだった。

「ーじゃあ、ユキちゃんがかぼちゃくり貫くもの、今日が最後なの?」
「はい」

 cafe OKAERIの常連客である茉莉江が、カウンター席で食後のコーヒーを飲みながら、小首を傾げた。
 お店がハロウィン仕様なのは10月いっぱいなので、雪乃がジャック・オ・ランタンを作るのも、今日が最後だ。今日までに、軽く100個はくり貫いている。

「最初はすごいのあったけど、今はちゃんと出来てるもんね。すごいすごい」
「えへへー」

 お世辞とはいえ、褒められるとやっぱり嬉しいので、雪乃は笑顔になる。
 まぁ、これだけの数をこなしたのだから、多少は上達していないと。

 雪乃作のジャック・オ・ランタンも、美也子考案の期間限定ハロウィンメニューも好評で、今年のcafe OKAERIのハロウィンは、成功のまま終わりそうだ。
 初めはいろいろと心配していた光宏も、ホッと胸を撫で下ろした――――のも束の間。

「ハロー! ハッピーハロウィ~ン!!」

 バーン! と、入り口のドアが勢いよく開いて、相変わらずの賑やかさでやって来たのは、久しぶりの一伽だった。
 片手を腰に当て、もう片方の手でピースをしている。小学生か、と突っ込んでやりたくなるようなポーズだ。

 常連客は一伽のこういう登場の仕方に慣れているので、さして驚きもしないが、雪乃だけは、口をあんぐり開けたまま固まっている。
 一伽とはほぼ毎日家で顔を合わせているとはいえ、雪乃が働き始めてから、一伽がcafe OKAERIに来たことはなかったので、こうしたことに免疫がないのだ。

 しかし、今日の一伽が驚かせたのは、雪乃だけではなかった。

「いっちゃん、その格好…?」

 笑顔でカウンター席にやって来た一伽に、茉莉江は目をパシパシさせながら尋ねた。
 突拍子もない一伽に慣れているはずの茉莉江ですら、一伽に会うのは久々なのに、挨拶よりも先にその格好について聞いてしまうくらい、驚いているのだ。
 何しろ今日の一伽は、黒いタキシード風の衣装に、なぜか黒いマントを羽織っており、肩の辺りにコウモリっぽい羽根を付けた、いわゆる、人間が想像する『伝説上の吸血鬼』の格好をしているのである。

「えっへっへー、今日ハロウィンだからさぁ、吸血鬼コスをしてみましたっ!」
「…………」

 訝しげな茉莉江の問いに、バッとマントを翻した一伽は、満面の笑みで敬礼をしてみせる。
 とりあえず、一伽がすごくご機嫌なことだけは分かった。

「吸血鬼コスて……コスプレも何も、いっちゃん、本当の吸血鬼でしょ」
「雰囲気、雰囲気~」

 茉莉江の当然の突っ込みにも、一伽はヘラヘラ笑っているだけだ。
 そんな一伽に、カウンター内の雪乃も光宏も呆然としているが、テーブル席にいる女の子3人組は、思い掛けずかわいい格好で登場した一伽に、いいものが見れたと喜んでいる。



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暴君王子のおっしゃることには! (206)


「ねぇいっちゃん…、その服いつ着替えたの? 朝出てくとき、普通の格好してたよね??」

 ようやく我に返った雪乃は、席に着いた一伽に尋ねてみる。
 もし家で、一伽が仕事に行くのにこの格好に着替えようとしていたら絶対に止めたのに、一体いつの間に。

「店で着替えたんだよー。今日俺、この格好でお仕事してるの!」
「マジで?」
「かわいかろ?」

 一伽からまさかの答えが返って来て、雪乃は目を丸くする。だって一伽が働いているのは、メンズファッションのショップで、コスプレで接客をするような店ではない。
 しかし一伽は、自分の格好に大変満足しているらしく、その点を疑問としては思っていないようだ。

「いっちゃん、その格好で仕事してんの? ウケる~。何、航平の趣味?」
「んーん、志信の趣味」

 しかし、唖然とする雪乃と違って、茉莉江は大層ウケて、手を叩きながら大笑いしている。
 志信がオタクなのは別にどうでもいいけれど、普通にコスプレの衣装を持っていて、それを自分の同僚に着せるべく持参し、本当に着せているあたり、趣味を疑う。

「でも、いっちゃんが志信くんの言うこと素直に聞くなんて、珍しいね」
「うん。俺、素直ないい子になったの」
「そっかそっか、いー子、いー子」

 本当に、小さい子どもにそうするように、茉莉江は一伽の頭を撫でてやる。
 それにしても、どうせ素直でいい子になるなら、もっと別な場面でなればいいのに、と光宏は密かに思ったが。

「茉莉江さんトコだって、ハロウィン、何かしてるんでしょ?」
「んー、ハロウィン関係の商品揃えたり、お店飾ったりしただけね。さすがにコスプレはしてない」
「由美ちゃん、コスプレしないかな?」
「しないでしょうねぇー。して、て言ったら殴られそうだから、してほしかったら、いっちゃん自分でお願いしてね」

 茉莉江の経営する輸入雑貨ショップで働く、生真面目な店員の由美にとって、コスプレは一生縁のない世界だろう(キビキビ・ハキハキ・ビシッがモットーの彼女は、オーナーである茉莉江を平気で叱れる人だ)。
 茉莉江の言うとおり、コスプレなどお願いしようものなら(どうせ一伽が来てほしいと頼むのは、エロい格好だろうから)、1発くらいは殴られるかもしれない。

「てことで、由美ちゃんに怒られないうちに帰るわね。バーイ」

 吸血鬼のコスプレをした吸血鬼にまだウケながら、茉莉江は会計を済ませて店を出ていった。

「で、いっちゃん、注文は? てか、ホントにご飯食べに来たの??」
「そうに決まってんじゃん。わざわざ、目の前で繰り広げられるバカップルのいちゃつきを、見学しに来たとでも思ってんの?」
「そうじゃなくて…」

 席に着いたきり、注文しないどころか、メニューも見ていない一伽に尋ねれば、シレッと意地悪く返された。
 別に雪乃は、そういうことを言いたかったわけではないのに…。

「…お客様、ご注文は?」
「うわっ、光宏、愛想悪ぃ! 店員失格だ!」
「注文しないなら、営業妨害で追い出すぞっ」
「もぉ~、するってば! バーカバーカ!」
「…………」

 光宏に言われて、一伽は小学生並みの悪口を言ってから、ようやくメニューを手に取った。
 確かに今の光宏の態度は、普通のお客に対しては問題ありだが、相手は一伽なのだ。このくらいしたって、全然悪いことはない。

「じゃあ、かぼちゃのグラタンにする。つか、あのかぼちゃのって、ユキちゃんが作ったヤツ?」
「そう! 俺ね、毎日くり貫きまくったんだよ?」
「昨日家でも見たけど、結構うまいじゃん」

 期間限定の一番人気のメニューを注文した一伽は、店内に飾られているジャック・オ・ランタンを指差した。
 ようやくそれについて触れてもらえて、しかも一伽からめったになく褒められて、雪乃は嬉しそうに笑った。



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暴君王子のおっしゃることには! (207)


「ねぇ、ていうか、光宏さん!」
「…『さん』?」

 一伽が一気にグラスの水を飲み干して、氷をガリガリ噛み砕いていたから、注ぎ足してやろうとしていたら(いくら一伽が迷惑でも、お客はお客だから、そこはちゃんとするのが光宏だ)、急にさん付けで呼ばれて、光宏は眉を寄せた。
 つい今まで自分と話していたのに…と、雪乃もちょっと驚いている。

「俺、ちょっとユキちゃんと話があんだけど! ユキちゃんのこと借りてもいーい?」
「借りる、て…」
「大橋もいんだし、いいでしょ? あっちでユキちゃんとお話したいの。ねっ?」

 はぁ? という顔をする光宏に、一伽は片手で雪乃の腕を掴みつつ、反対の手で奥のテーブル席を指差した。
 確かに昼の混雑のピークは過ぎたし、ボンヤリはしているが大橋もいる。けれど、雪乃はまだ仕事中なわけで…。

「いっちゃん、話なら今じゃなくても、家に帰ってから…」
「だってユキちゃん、今日どうせ光宏んち行くんでしょ? 話なんて出来ないじゃん」
「あ、ぅ…、えと…」

 雪乃が尤もなことを言えば、一伽も負けじと言い返して。その言葉に、つい頬を赤らめてしまった雪乃は、うまく言葉を続けられない。
 店内にお客はもう、先の3人組の女の子と、カップルが1組しかおらず、一伽の声も小さめだったから、聞こえてはいないと思うが、やっぱりちょっと恥ずかしい。

「大体ユキちゃん、休憩時間とかないの? まさか飲まず食わずで、光宏に働かされてるんじゃないよね!?」
「人聞き悪いこと言うなっ。…ユキ、もういいから、コイツに付き合ってやって」

 いくら雪乃が吸血鬼で、人間のように食べ物で食事をしなくてもいいのだとしても、昼の休憩を取らせないわけはないし、これ以上一伽に何か言ったところで埒が明かないので、光宏は雪乃にそう伝えた。

「もう、いっちゃんてば…」

 仕方なく雪乃はエプロンを外して、すでに奥のテーブル席で待っている一伽のもとに行った。

「いっちゃん、話って?」
「俺ね、ユキちゃんに聞きたいことあって。昨日聞くの忘れちゃったからさぁ。あ、ユキちゃんも何か食べる? 奢るよ?」
「……」

 タダより高いものはないというか、まさか一伽に限って、人に奢るなんてことを自分から言い出すのはあり得ないというか、とにかくそんなだから、雪乃は一伽の言葉に警戒した。
 絶対に、ロクなことを言わないに決まっている。

「いっちゃん、俺やっぱ、仕事に戻…」
「ダメー!」
「ちょっ」

 立ち上がろうとした雪乃の腕を捕まえて、一伽は雪乃を椅子に戻した。

「だっていっちゃんがご飯奢るとか、絶対怪しいもん」
「じゃあ奢んない。だから、話聞いて?」
「…………」

 そういう問題でもないのだけれど、これは話を聞くまで長くなりそうだ…と観念して、雪乃は椅子に座り直した。
 小さめのテーブルを挟んで、2人で向かい合っている状態。しかし一伽が身を乗り出して手招きするので、雪乃も少し腰を浮かせて、一伽のほうに顔を寄せた。

「何、いっちゃん」
「ちょっと耳貸してよ」
「え、そんな内緒話、今するの?」

 いくら雪乃が今日の夜帰らないとはいえ、そんなコッソリしたい話を、今こんな場所でするなんて。
 気になって雪乃が視線だけで周囲を見れば、カップルは自分たちの世界だからいいとして、少し離れた席にいる女の子3人組のうち1人と目が合ってしまった。気まずい…。



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暴君王子のおっしゃることには! (208)


「ユキちゃん、耳!」
「うぇ!? あ、はいっ」

 一伽に耳を軽く引っ張られ、慌てて雪乃は意識を一伽のほうに向けた。
 これ以上言うことを聞かないでいたら、もっと全力で耳を引っ張られるに違いないから。

「あのねユキちゃん。男同士ってさぁ、どうやんの? セックス」
「はぁっ!?」

 一体何の内緒話をされるのだろうと、ドキドキしながら雪乃が耳を傾けていたら、一伽からは直球もいいところの問いが投げ掛けられて、思わず声を大きくした。
 本当にまったく、こんなところでする話ではない。

「なっ何言ってんの、いっちゃん!」
「何って……え、聞こえなかった? だからー」
「じゃなくて! 聞こえてたけど!」

 耳打ちする声が小さくて聞こえなかったのかと勘違いした一伽が、今度は普通に話そうとするから、雪乃は慌てて一伽を止めた。
 こんな場所で、そんなことを話題にしているなんて、誰かに知られたら堪らない(もう2度と会わない人ならいいけれど、雪乃はここの店員だし、他に席にいるのは常連客だ)。

「何で急にそんなこと…!」
「侑仁としようとしたんだけど、俺らどっちも、何となくしかやり方分かんなくて、結局出来なかったんだよね。でもユキちゃんなら知ってるだろうなぁ、て思ったから、聞いとくね、て侑仁と約束したの」

 アワアワしている雪乃をよそに、一伽は何とも冷静に、昨日までの状況を話してくれる。
 それにしても、一伽の侑仁が想いを通じ合せたのは金曜日の夜に侑仁の家に行ったときで、一伽は土曜の夜に帰って来るまで侑仁と一緒にいたわけだが、それだけの間に、もうそこまで話が進んだの?

「つか、だからって、何で今…」
「ホントは昨日家で聞こうと思ったんだけど、忘れちゃってて。でもユキちゃん、今日仕事終わったら光宏んち行くでしょ? したらもう、今聞きに行くしかないかな、て思って」
「………………」

 いや、確かに雪乃は今夜、仕事が終わったら、自分の家に帰らず、光宏の家に行くつもりでしたけれど。
 そうすると、必然的に一伽には夜、家で会えませんけれども。

(だからって、何でお店にまで聞きに…!?)

 そこまで差し迫った問題なのかと言いたくなるが、要は一伽も今夜は自宅でなく侑仁の家に行き、出来れば侑仁と致しちゃいたい、ということなのだろう。
 そのためには、どうしても知識が必要で、それを授けてくれるのが雪乃しかいないということだ。

「………………いっちゃん……」

 雪乃はドッと疲れが押し寄せてくるのを感じたが、これが一伽なのだと思えば、仕方ないとも思えてくるから不思議だ。

「で、どうすればいいの?」

 雪乃の気持ちなど知る由もない一伽は、早く教えろと言わんばかりに、耳打ちが出来るように自分の耳に手を当て、雪乃の答えを待っている(一応、あまり大きな声でする話ではないことは分かっているらしい)。
 雪乃は溜め息をつくと、仕方なく一伽の耳元に顔を近付け、教えてやった。

「うわっ、やっぱそうなんだ! おし…」
「シーッ!!」
「んんー」

 せっかくコッソリ教えたのに、一伽が普通の声で『お尻』と言いそうになったので、雪乃は慌てて人差し指を口元に持って行き、静かにするようにジェスチャーすれば、一伽もすぐに気付いたのか、自分の口を両手で押さえた。

「やっぱお尻なんだ…」

 一伽は口に手を当てたまま、うんと小さな声で、ボソリと漏らした。



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暴君王子のおっしゃることには! (209)


「お尻て……お尻に突っ込むてことだよね…?」

 耳打ちではないけれど、一伽が中腰になって身を乗り出してくるので、雪乃も同じような姿勢になって、2人で顔を寄せ合うが、体勢が苦しすぎるので、雪乃は椅子を引っ張っていって、一伽の隣に座った。
 これなら、小さな声でも会話がしやすい。

「ねぇ…、お尻になんか入んの? マジで?」
「入るよ」
「無理やり?」
「何で!」

 隣に来た雪乃に、一伽が神妙な面持ちで尋ねる。
 けれど、無理やりとか、その発想…!

「だってお尻でしょ? 無理くない?」
「だから……その…、慣らすんだよ」
「慣らす…。そっか…………………………て、やっぱ無理だって、絶対!」

 雪乃が照れながらもそう教えてくれたので、一伽は、侑仁のモノが本当に自分の中に入るのだろうかと考えてみたが、やっぱり無理だとブンブン首を振った。
 だって、あのデカさだ。どう考えても無理がある。そんな恐ろしい真似、絶対にしたくない。

 なら、一伽が侑仁に入れるか…?
 どちらかと言えば、そのほうが(悔しいけれど)無理がない気がする。

(でもなぁ…)

 それは飽くまで、一伽の侑仁のモノの大きさを比べて、この二者択一でどちらかを必ず選べと言うならの話であって、そうでないなら、一伽が侑仁に突っ込むんだとしても、本当に出来るの…? と疑いたくなる。
 だって、お尻だし。

「やっぱ無理だって…!」

 今まで、何となくの知識しかない中で、男同士のセックスなんて簡単に考えていたけれど、実はものすごく大変なことなのだと分かり、一伽は頭を抱えた。
 女の子だったらよかったのに、とは思わないが、セックスのときだけでも女の子の体になってくれたら、便利なのに。

 いやでも、女の子とするにしても、アナルセックスということはあるから、男同士だって、やってやれないことはないのかと、一伽は女の子の体を想像しながら、ふと思い付いた。
 けれど一伽は今まで、そういうのはちょっとマニアックだなぁ…と思って敬遠していたところもあり、実は経験がない。今さらだが、こんなことなら、1度くらい試しておいてみればよかった。

「ねぇねぇユキちゃん、慣らすってどうすればいいの?」
「えっ…」

 まったく望みがないわけでもなさそうだから、一応、聞くだけ聞いておいてみようと思って尋ねれば 、雪乃はギョッとした顔になった。
 どうやら雪乃は、もう一伽が諦めたと思っていたらしい。

「そんなに難しくないことなら、やるだけやってみようかな、と思って。本気で無理なら諦めるけど」
「そうなの…?」
「うん」

 何しろ、侑仁のはあのデカさだし。無理っぽそうだけど、試すだけなら試してみようかな、と一伽は思う。
 まぁ、どっちが突っ込むほうになったとしても、やり方が分からないことには始まらない。

「えっと…」

 一伽が本気なのだと分かり、雪乃はキョロキョロ周りを窺いながら、一伽の耳元に手を当てた。隣に座って、先ほどよりも近い距離にいるけれど、それでも耳打ちでないと喋りにくい内容だから。

「出来ればね…」
「ふんふん……………………えっマジで? んなことすんの?」

 雪乃の話を聞きながら頷いていた一伽は、その内容に驚愕して眉を寄せた。



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暴君王子のおっしゃることには! (210)


「絶対てわけじゃないけど、じゃなきゃシャワーでね………………」
「……うーん…、それもそれで何か…」
「でも、じゃないと気になっちゃうと思うよ?」
「そっかぁ…」

 やっぱりちょっとマニアックかも…と一伽はなかなか乗り気になれないが、侑仁と気持ちよくなるためにはそういうことも必要なのだと、自分に言い聞かせるしかない。

「そんで、そんで?」
「後はローションとかで…」

 続きを知りたがる一伽に、雪乃は再び顔を寄せる。
 何だかんだで雪乃も、こんな場所でこんな話…と恥ずかしがる気持ちが麻痺してきたのか、積極的に話をしてしまっている。

「ローションとか、使わなきゃなんだ…? まぁ…そっか」

 雪乃に言われ、しかし男と女の体の違いを思い、一伽はそれには納得した。
 確か、前に女の子とそういうプレイをしたときに買ったローションが残っていたはずだけれど、使い掛けを持参するのも何だし、これは買って行かないとだな。
 それにしても、ローションにそういう使い道があったとは…、一伽は今まで考えたことがなかった。

「後は…………」
「…………うん、うーん…、そんなんでホント、入るようになんの? 相当時間掛けないとダメなんじゃない? どんくらいになれば、オッケーなの?」
「え? えー? そんなの口で言えないよぉ」

 一伽の無茶な質問に、雪乃は困ったように眉を下げた。
 さすがにそれは、言葉で説明できるものではないから、自分たちで何とか判断してもらわないと。

「後さぁ、入れるんなら…………」
「え、そうなの? ユキちゃんもそうしてんの?」
「いっつもじゃないけど…」
「何か意外…」
「でも、初めてなら、きっとそのほうが楽だよ?」
「ふーん? で、後は? 何かある?」

 とりあえず、聞けることはみんな聞いておこう、と一伽は雪乃のほうに耳を傾けた。

「お待たせしましたー、かぼちゃのグラタン…」
「「ギャーーーー!!!」」
「………………はぇ?」

 最初のうちこそ、ちゃんと周囲を気にしていたけれど、話に夢中になるにつれて段々と警戒心が薄れてしまい、料理を持って来た大橋に気付かず、声を掛けられた2人は、思わず叫んでしまった。
 だって、アナルセックスがどうだとか、ローションがどうだとか、小声だけれど、そんなことを話していたのだ。慌てるに決まっている。
 しかし大橋は何も分かっていないのか、いつもどおりボケッとした顔をしている(むしろ彼以外の、店内にいたすべての人間のほうが驚いてこちらを見ている)。

「かぼちゃのグラタン、頼みましたよね??」
「あー…う、うん。ありがとっ、サンキュ、大橋っ」
「どーいたしまして」
「…………」

 ここはカフェで、大橋は料理を運んできた店員なのだから、『どういたしまして』という返事はおかしい気もするのだが、一伽はそんな大橋に突っ込むのも忘れて、話を聞かれていなかったことにホッとした。

「ビックリしたー」
「だね…」

 期間限定メニューであるかぼちゃのグラタンは、ハロウィンを意識して、ジャック・オ・ランタンの顔が描かれていたが、女の子なら、『かわいー』とか言って、写メでも撮りそうなところ、一伽はあっさりとスプーンをぶっ刺した。

「でもまぁ、ユキちゃんのおかげで、何とかなりそうな気がして来た」
「そう? でも無茶しないでね?」
「無茶って何よ。大丈夫、大丈夫。俺が、無理やりなんて、やられると思う?」
「そうじゃなくて…」

 スプーンを握り締めて、こぶしを作ってみせた一伽に、雪乃は首を振る。
 雪乃は、一伽が無理やりやられることを心配しているのではなく、その逆、一伽が無茶をしないかどうかを心配しているのだ。

「とにかく! 俺も今日はがんばるからさ、ユキちゃんもがんばりなよ」
「おーきなお世話ですっ」
「キヒヒ」

 雪乃は、わざと下品な笑い方をする一伽の頭を叩いて、仕事に戻るべく立ち上がった。



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暴君王子のおっしゃることには! (211)


侑仁 と 一伽

「Trick or Treat! お菓子くれなきゃ、いたずらすっるぞぉ~~!!」

 明日の夜もまた来る、と言って帰った一伽が、仕事を終えてやって来た日曜日の夜。
 チャイムの音に、侑仁が玄関のドアを開ければ、いわゆる『吸血鬼』のコスプレをした一伽が、テンション高く立っていた。

「……………………」

 侑仁は一瞬考えたが、いったん奥へ引っ込み、飴と一口サイズのチョコを持って戻ってくると、それを一伽の手のひらに乗せてやった。
 視線を侑仁から手に乗ったいくつかのお菓子に移した一伽は、何度か瞬きした後、再び顔を上げて侑仁を見た。

「ちょっ…! 侑仁、何でお菓子くれるんだよっ」
「お前がくれって言ったんだろうが」
「これじゃいたずら出来ないじゃん!」
「何する気だっ」
「えへへー」

 侑仁の尤もな突っ込みを、へらへら笑いながら無視して、吸血鬼のコスプレをした吸血鬼は、鼻歌混じりに侑仁の家に上がり込む。
 一応、その衣装にも突っ込んでおいたほうがよかったのだろうか、と思いつつ、侑仁は後に続く。

「でも侑仁がチョコとか何でー? ホントにハロウィンのお菓子のために用意したの?」
「違ぇよ。会社の子が、何か旅行のおみやげとかっつって。俺、甘いもん食わねぇけど、お前が食うかな、て思って」
「ふぅん? いただきー!」

 見れば、いつも持っているカバンの他に、ドラッグストアの買い物袋も持っていて、それをガチャガチャとリビングのテーブルに置いた一伽は、早速チョコをバクバクと食べ始めた。

「…あのさ、一応聞くけど、その格好って、やっぱ今日がハロウィンだから?」
「んー。吸血鬼っ!」
「いや…。まぁ今日いろんな人からもう突っ込まれまくってるだろうけど、改めてもっかい言うな? 本物の吸血鬼のくせに、何で吸血鬼のコスプレすんの?」

 両手を腰に当て、『エッヘン』とでも言わんばかりに胸を張った一伽に、侑仁は仕方なく突っ込みを入れてやった。
 恐らく意味を問いただしたところで、何の意味もないんだろうけど。

「どこで着替えて来たの?」
「俺、今日この格好でお仕事してたの!」
「はぁ~?」

 リビングのソファにご機嫌で腰を下ろした一伽の隣に座れば、一伽は指に付いたチョコレートを舐めながら、侑仁に寄り掛かって来た。

「志信がね、ハロウィンだからっつって、この服持って来てさぁ、アイツ、ホント変態だよな」
「変態だよな、て……ちゃっかり着ちゃってるお前が言うなよ。つか、よく航平が許したな」
「…航平くんも変態なのかな?」
「少なくとも、お前に着せて喜ぶ趣味はねぇだろ」

 どちらかといえば航平は、『アホか!』と言ってキレるイメージのほうがしっくり来るが、何をどう思って、一伽がコスプレするのを許したのだろう。
 とにかく彼が変態ではないことは、親友である侑仁が保証する(…というか、そう信じたい)。

「で、何でお前は、仕事が終わっても、その格好のままなわけ?」
「そんなん、侑仁に見せたかったからに決まってんだろっ☆ キャハハ、ドキッとした?」
「………………大丈夫か? 頭」

 ちょっとかわい子ぶった、よく分からないキャラ設定でウィンクをしてみせた一伽に、侑仁は肩を落とす。
 別に一伽がどんな格好をしようと勝手だが、今のところ侑仁は、恋人にコスプレをさせたい願望もなければ、それで燃えるような性癖もないのだ。

「それはそうと! 侑仁、これ、これ」
「ぅん?」

 チョコを食べ尽くした一伽が、ドラッグストアの袋をガサガサと漁り出した。
 特に侑仁は一伽に買い物を頼んだ覚えもないし、ドラッグストアの商品で、2人の間で話題になったものもなかったはずだが、と小首を傾げた直後。



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暴君王子のおっしゃることには! (212)


「テッテテーン!」

 バカな効果音とともに、一伽が袋の中から取り出したものを、頭上に高々と掲げた。
 何なんだ、と侑仁が訝しげに視線を向ければ、一伽が手にしているのは、お肌のため用ではなく、夜の営みのため用の、ローションのボトルだった。思わずずっこけそうになる。

「一伽…、おま…」
「後ねぇ、これも!」

 右手を額に当て、天を仰ぐ侑仁に構うことなく、一伽は次なるものを袋から取り出した――――コンドームだ。
 もしかして一伽が機嫌がいいのは、吸血鬼のコスプレをしたからではなく、これらのせい?

「えー…っと、一伽さん?」
「何でしょう」
「これは一体、何?」
「ローションとゴム」
「それは、見れば分かる」

 別にこれが何なのか分からないとか、そんなかまととぶるつもりはないし、もちろん、本気で分からないわけもない。
 そうでなくて、一体どうして一伽はこんなものを買ってきて、しかもそんなに嬉しそうに取り出してみせたのか、そして本当に、このご機嫌ぶりは、これらに由来するのか――――侑仁が知りたいのは、それだ。

「ユキちゃんに聞いたらね、やっぱローションはあったほうがいい、て言うから」
「…………」

 『何』にローションが必要なのかと言えば、それはもちろん『ナニ』をするのに必要なわけで。
 確かに昨日、一伽とは散々そんな話になったし、一伽は雪乃に聞いておくとも言っていた。しかしそれが、たった1日で現実のものになるとは、正直、侑仁はまったく思っていなかった。

「だって、侑仁だってやりたいでしょ? それとも、全然やりたくない? 毎回、手と口だけで満足できる?」
「あのな」
「したいよね?」
「……」
「ね?」
「…はい」

 あと数センチ……いや、数ミリでキスできる、という距離まで顔を近づけて、かわいらしく微笑みながら、そんなことを言ってくる恋人を前に、Noと言える男なんて、いるわけがない。
 侑仁は素直に頷いて、一伽にキスをした。

「ん…ふ、ん…」

 一伽は、舌を侑仁の口内に入れようとしたけれど、一伽が口を開けた隙に、逆に侑仁が舌を押し込め、ビクッと震えた一伽の背中を抱きながら、舌を絡めた。
 前にも思ったことだが、一伽は多分、侑仁のキスが好きなんだろう。女の子との経験の多さからか、一伽はグイグイ来たがるくせに、侑仁がちょっと強引な感じでキスをすると、すぐに快感に酔ってしまう。

「ぁ…、ダメ、侑仁…」
「何?」

 力の入っていない手で胸を押し返され、侑仁は一伽の顔を覗き込んだ。

「最後までする、んでしょ…?」
「するよ? だから?」
「えっと…、俺、シャワーしたい」
「いいけど? …??」

 今さらシャワーのことなんか言い出す一伽を不思議に思ったけれど、別にそんなことで気分が白けるわけでもないので、侑仁は濡れた一伽の唇を指で拭ってやった。
 それにしても、シャワーくらいで、どうして一伽がちょっと恥ずかしそうにするのか、それがよく分からない。

「侑仁は? シャワーする? するなら先にして!」
「いや、俺もう済ませたし」
「じゃあ、俺シャワーしてくるっ。侑仁、絶対お風呂場、来ちゃダメだからね! 絶対ね!」
「へいへい」

 しつこく念押しをする一伽の背中を見送った侑仁は、よく分からない…と首を傾げたが、一伽が風呂に行ったことで、初めてのセックスが、コスプレセックスになることだけは避けられたことに、少しだけホッとしていた。



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暴君王子のおっしゃることには! (213)


 バタバタとバスルームに駆け込んだ一伽は、閉めたドアに寄り掛かって、その場に座り込んだ。
 心臓の音がうるさい。とにかく深呼吸、深呼吸。

「は…はぁ~…、ひっひっふぅ~…??」

 一伽は大きく息を吐き出した後、ペチペチと頬を両手で叩いた。
 侑仁と最後までしたくて、わざわざcafe OKAERIまで行って、雪乃に男同士のセックスについて尋ねたのは、今日の昼。
 それから、やる気満々で……というよりは、緊張で押し潰されそうなのを、無理にテンションを上げることで紛らわして、侑仁の家にやって来たけれど。

 気持ちいいことの好きな一伽は、雰囲気に流されて、あのまま続けてしまいそうになったが、雪乃の教えを思い出して、何とかバスルームまで来ることが出来た。
 話の切り出し方がちょっと唐突だったけれど、まぁそれは仕方がない。

「はぁ~…、シャ…シャワー…。出来るかな…?」

 男同士で最後までやるには、一伽が想像していたとおり、お尻を使うのだという。
 そして、そのためにはいろいろ準備が必要なんだよ、と雪乃がまず教えてくれたのは、受け入れるソコはキレイにしておいたほうがいいよ、ということだった。
 しなくてもいいけれど、したほうがお互い気にならないと言われれば、確かにそうだと一伽も思う。
 雪乃は、一伽が完全にドン引きするような方法も教えてくれたけれど、そこまでしなくてもシャワーで…と、そのやり方を教えてくれたので、一伽は今、バスルームにいるというわけだ。

 しかしこのままだと、一伽が侑仁のモノを(あの! デカくて一伽が本気でビビったあのブツを!)受け入れることになるわけで、何かそれも…と思いはしたが、雪乃から教わったことをいちいち侑仁に説明するのも面倒くさいし、うまく言えそうもないから、とりあえずは先に一伽が試してみようと思う。
 やってみてダメなら、交代すればいい。

 一伽は座ったまま服を脱ぐと、ヨロヨロとシャワーへと向かった。
 雪乃は結構簡単そうに言っていたし、一伽もまぁどうにかなると思っていたけれど、ここまで来て、やっぱりどうにもならないような気がして来た。
 だって、お尻だし。

(でも、侑仁とするためだし…)

 別にそこまでセックスに拘る必要がないとは一伽も思うけれど、でもやっぱり侑仁とやりたいというか…、今さら後には引けないというか……いや、やっぱりやりたいんだな。
 うん、やりたい。
 だって、一伽も男の子だし(いくら受け入れる側になろうと、男の子だし!)。
 それに雪乃に、やるだけやってみると言った手前、がんばれるところまではやってみないと。

「うしっ」

 悩んでいても始まらない、と一伽はようやくシャワーを浴び始めた。



*****

 バスルームには絶対に来るなと言い残して、一伽がシャワーを浴びに行ってから、早30分。
 別に、一伽が戻ってくるのが待ち切れないとかは全然ないが、シャワーだけにしては時間が掛かり過ぎだと思って。

「おい一伽、大丈夫か?」

 今日は湯船にお湯を溜めていないけれど、もしかしてお湯に浸かりたくて、悪戦苦闘しているとか?
 気まぐれで、突拍子もない一伽なら、何となくやりかねないと思って、来るなとは言われていたけれど、侑仁はバスルームに行って、擦りガラスのドア越しに声を掛けた。

「ちょっ…侑仁、何で来んだよっ…!」
「いや、だって…」

 焦ったような、怒ったような一伽の返事がして、侑仁も返事に困る。
 しかし、シャワーの流れる音はするし、一伽からの返事もあるし、とりあえず無事は無事のようだ。



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