恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年04月

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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (63)


 蓮沼さんとか、手作りのほうが嬉しい、て言ってたけど、こんなすごいチョコを普通に買ってくる徳永さんだよ?
 俺なんかが作ったチョコ、喜ぶわけないよ。

「1個食べ……あ、でもご飯…」

 自分で作ったご飯だから、ちょっとくらい食べれなくてもいいかな、とは思うけど、でもやっぱりご飯の前にチョコはマズイよね。純子さんにばれたら、怒られちゃう…。

「直央くんがチョコ食べたいなら、先に食べていいよ?」
「でも、ご飯食べられなくなっちゃう…」
「1個くらいなら大丈夫でしょ」

 徳永さんに言われて、俺は赤っぽい色をした丸いチョコを口に運んだ。

「…ッ!!」

 何これ、おいしいっ!
 チョコかと思ったら、いや、チョコだけど、中に何か入ってる。甘酸っぱいの。

「おいしいー!」

 すごい、すごい!
 こんなおいしいチョコ、生まれて初めて食べた!

「よかった、直央くんが喜んでくれて」
「うん! 徳永さん、ありがとう!」

 全部で10個入ってて、今1個食べたから、あと9個…。
 1日1個食べたって、あと9日間は、この幸せが楽しめる…!

 あー幸せ。
 でも、このまま手にしていたら、全部食べちゃいそうだから、しまっとかないと。

「冷蔵庫…」

 徳永さんちはあったかいからね。冷蔵庫にしまっとかないと、融けちゃう。
 このおいしいチョコが融けてダメになっちゃったら、悲しすぎる…!

「ッ…!」

 徳永さんがくれたチョコを冷蔵庫にしまおうと、ドアを開けて、俺は衝撃の光景を目にした。
 冷蔵庫の中に、俺の作ったチョコ…!

 どどどどうしよう。
 冷蔵庫に入れたままじゃ、徳永さんに見つかっちゃうけど、今出してもばれちゃうし…。

「直央くん?」
「はいっ」

 ヤバイ、冷蔵庫開けっ放しにしたら、電気代が…! いやいやいや、それよりも、徳永さんに不審に思われちゃう!
 とりあえず、俺のチョコのことは後回しだ。ご飯が終わった後も、徳永さんを冷蔵庫に近付けないようにしないと!

「よし」

 俺の作ったチョコを、グッと冷蔵庫の奥のほうに押し込めて、俺は冷蔵庫のドアを閉めた。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (64)


「ぅ? 徳永さん、何笑ってんの?」

 俺の行動、何かおかしかったかな?
 徳永さんから貰ったチョコを冷蔵庫に入れただけに見えなかったかな??

「直央くんが嬉しそうだから。チョコおいしかった?」
「うんっ」

 ドキドキしながら聞いたら、俺のチョコのことは気付かれてなかったみたいで、ホッとしたのと、ホントにチョコがおいしかったので、俺は大きく頷いた。

「蓮沼のよりも?」
「蓮沼さん? 蓮沼さんの何?」

 話の流れからして、チョコてことかな?
 でも、蓮沼さんからチョコなんて貰ってないけど…。

「蓮沼からチョコ貰ってないの?」
「貰ってないよ」
「ホントに?」
「うん」

 徳永さん、何でそんなに疑うんだろ…。
 俺、試食用とはいえ、蓮沼さんにチョコ上げたのに、蓮沼さんからは何も貰わなかったよ! まぁ、ラッピングのとか買うの助けてもらったから、それでチョコまで貰ったら、貰いすぎだしね。

「そっか、よかった」
「何が?」
「そりゃそうでしょ。たとえ義理とはいえ、バレンタインに恋人が他の男からちょこ貰って、喜ぶ男なんかいないでしょ。つか、蓮沼の場合、義理とも思えないし」

 ?? だから、蓮沼さんからは貰ってないってば。
 でもこの感じからして、蓮沼さんにチョコ上げちゃったことは、言わないほうがよさそうだな。
 試食用だけど、本番のを徳永さんに上げないんだから、今となっては試食なのか何なのか、分かんなくなっちゃってるし。

 あ、てか、徳永さんにチョコ上げないことにしたってことは、徳永さんのために何も用意してないのと同じことじゃん!
 徳永さんからは、あんなにおいしいチョコ貰ったのに…!

「あ、あの、徳永さん、そういえば俺、チョコ…」
「ぅん?」
「徳永さんに上げるヤツ…」

 用意してなかったわけじゃないけど、結果、そういうことになっちゃったし…。
 そもそも、あんなおいしいチョコなんて、用意できないし…。

「いいよ。直央くんがさっきあんだけ喜んでくれたから、俺はそれだけで嬉しい」
「……」

 徳永さんは、優しいなぁ。
 本当は俺も、徳永さんに喜んでもらいたかったんだけど。

 俺ってホント、ダメなヤツだなぁ。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (65)


*****

 その夜、俺はふとんに潜り込んで、溜め息をついた。
 だって、今のところ、徳永さんにチョコのことばれてないけど、そのチョコは、まだ冷蔵庫の中だから、早く何とかしないと、徳永さんに見つかっちゃう…。
 一番手っ取り早いのは、自分で食べちゃうのだよね。捨てるなんてもったいないし。

 チョコ自体はそれでいいとして、蓮沼さんと純子さんに何て言うかだよね。
 蓮沼さんなら、しつこく聞かれても、『教えないっ』て突っぱねられるけど、純子さんにはそんなこと出来ないし…。もうこれ以上、誰にも嘘はつきたくないから、ホントのことを言うしかないか…。

 で、問題は、いつそのチョコを食べるか、だ。
 徳永さんがいる前じゃダメだから、明日徳永さんがお仕事行ってから……て、明日は土曜日だから、徳永さん、お休みだし。
 てことは、徳永さんが寝たらこっそり起きるか、明日の朝、徳永さんより早く起きるかのどっちかか…。

 でも徳永さん、まだ起きてんだよね。何か映画見るとかで。
 徳永さんは『一緒に見よ?』て言ったけど、徳永さん、映画、英語で見るんだもん。俺、英語分かんないから、途中で寝ちゃいそうで、結局先に寝ることにしたの。

 映画て、何時に終わるの?
 俺、徳永さんが寝るまで起きてられる自信ないよ…。
 1回寝ちゃったら、目覚ましとか鳴らないと起きれないけど、そんなの朝じゃない時間に鳴り出したら、徳永さんだって起きちゃうだろうから、全然こっそり出来ないし。

 てことは、やっぱ朝早く起きる作戦だけど、朝だって、目覚ましなしに起きれる自信ないし、そうなってくると、やっぱり今、徳永さんが寝るまで、がんばって起きてるしかないよね。

 はぁ~…。
 いろいろ考えすぎて、もう疲れちゃったよ。
 もっとがんばれ、俺の頭。

 てか、徳永さん、まだ寝ないのかな。
 徳永さんが先に寝てくんないと、作戦が決行できないのに……
 徳永さ…………

「直央くん!」
「うぇっ!?」

 眠くなってきてウトウトしてたら、急に寝室のドアがバンッて開いて、徳永さんに大きな声で呼ばれたから、俺はビックリして跳ね上がって、何か知らないけど、ベッドの上で正座になっちゃった。
 何事?? てキョロキョロしてたら、徳永さんが詰め寄ってきた。
 何? 何か怒ってる??

「徳永さん、何、どうし…」
「直央くん、これどういうこと!?」
「え、何…………あっ!」

 眠くてボーッとなりかけてたから、急にそんなこと言われても分かんない、て思ったのに、徳永さんが目の前に突き付けてきたそれに、俺の目は一気に覚めた。
 徳永さんが手にしていたもの、それは、俺が徳永さんに上げようとしてた、チョコの包みの入ってる袋。
 何で徳永さんが持ってるの? 俺、冷蔵庫から出し…………てないな、まだ。出そうと思ってただけで。てことは、徳永さん、冷蔵庫、開けちゃったの?



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (66)


「えと…、それは……てか、何で徳永さんがそれを…」
「水飲もうと思って冷蔵庫開けたら、見つけたの!」

 ギャッ!
 そういえば徳永さんて、お水買って飲むんだった!
 それを考えたら、徳永さんが冷蔵庫を開ける可能性は十分あったんだ…。徳永さんに見つけられないように、ご飯の片付けのときも、徳永さんを冷蔵庫に近付けないようにしてたのに。

「えーっと、それは…」

 もう嘘はつきたくないし、でもホントのことも言えないし、どうしたらいいんだろう…。
 でもこれがホントに最後の嘘、俺が貰った義理チョコだよ、てことにしたら、何とかごまかして乗り切れるかなっ?

「直央くん、バレンタインて14日だよ?」
「は? それは知って…」

 何て言おうか悩んでたら、徳永さんが、すごく当たり前のことを言って来た。
 いくら俺がバカだって、そのくらいのことは知ってるんだけど。大体、さっき徳永さんから、すっごくおいしいチョコ貰ったじゃない。

「直央くん、もう寝ちゃう気だったでしょ?」
「え、いや…」

 寝ちゃう気だった、ていうよりは、むしろ起きてる気だったんだけど…。
 でも、その気持ちに反して、完全に眠くなっちゃってたけど。

 で、徳永さん、何が言いたいの?

「寝てる間に14日終わっちゃったら、どうするつもりだったの? それとも、これ俺に渡すために何か演出があって寝たふりしてたのに、俺が空気読まないで、先に見つけちゃったとか? そういうこと?」
「いや…」

 もちろん、そんなわけはない。
 徳永さんがこれを見つけちゃったのは想定外というか、徳永さんの言葉を借りれば空気読んでないのかもしんないけど、別に何か演出があって隠してたわけじゃない。
 むしろ、徳永さんに上げないために隠してたんだけど。

 てか徳永さん、そのチョコ、もともとは徳永さんに上げるためのものだったってこと、気付いてる感じだよね? 俺まだ、上げるとか言ってないのに、何で?
 徳永さんちの冷蔵庫に入ってるからって、俺が徳永さんに上げようとしてたチョコとは限んないのに。俺だって、義理チョコくらい貰うかもしんないじゃん! …で、まぁ1個も貰えなかったけど。

「あの、それは別に、徳永さんに上げるわけじゃ…」
「俺にくれるんじゃないの? だってこれに、俺に上げる、て書いてあるじゃん。違うのっ?」
「あっ!」

 必死にごまかそうとする俺に対して、徳永さんが袋の中から取り出したのは、俺が散々頭を悩ませたメッセージカード。
 でもあれは、文字の大きさが変ななっちゃったから、付けるのはやめ…………ようかどうしようか悩んで、袋の中に入れたままだった…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (67)


「あ、あ、あの、あの、」
「直央くん、俺のためにチョコ作ってくれたんじゃないの?」
「えっと…」

 決定的な証拠を突き付けられて、俺は完全に言葉を失った。
 元はと言えば、俺がバレンタインのこと隠してたせいで、徳永さんに嫌な思いさせちゃって、チョコなんて上げる雰囲気じゃなくなっちゃったのが原因だけど…。
 でも、こんなふうに徳永さんにチョコが見つかることは想定してなかったから、今さらチョコを上げていいものなのかも分かんないし、そもそも何をどう言っていいかも分かんないよ…。

「ねぇ、俺、意味分かんない。直央くん、教えて? 俺、これに気付いちゃいけなかった? ホントは俺にくれるためのものじゃないの? カードも俺宛てになってたけど、ホントは違うの?」
「………………」
「…言えないの?」

 徳永さんがベッドに腰を下ろして、俺の顔を覗き込んできた。
 そんなジッと見られると居た堪れないけど、何か言わなきゃ誤解されちゃう、て思って、俺は大きく息を吸い込んで口を開いた。

「…徳永さんに、上げる、つもりだった」
「『つもりだった』てことは、もう上げるつもりじゃないてこと?」

 もちろん、上げたっていいんだけど、でも俺の気持ち的には、もう上げるつもりはない。だって今さら上げらんないし、大体徳永さんだって、俺の作ったチョコなんて、欲しくないでしょ?
 だから俺は、徳永さんの問い掛けに、コクンと頷いた。

「俺に上げないで、他の誰かに上げるつもりだったの? 蓮沼? だから冷蔵庫に隠してたの?」

 そんなことは絶対ないから、今度はブンブンと首を横に振る。
 何で蓮沼さんに上げないといけないの? まぁ、試食のは蓮沼さんに上げたけど、あれは練習のだし。

「じゃあ、どうするつもりだったの?」
「…自分で、食べるつもり、だった」
「えっ? ………………………………。え?」

 たっぷり間を置いて、2回聞き返された。
 俺、そこまで変なこと言った? 自分で作ったの、自分で食べる…て、別にそんなに変じゃないよね? あ、徳永さんに宛てたカードが付いてたから、徳永さんへのものだって分かったのか!

「あ、あのカードはね、あのね、字がさ、大きさが、」
「え?」
「大きさが…………変になった」
「字の?」
「うん」

 俺が頷くと、徳永さんは再びメッセージカードを開いた。
 何回見ても同じ。文字の大きさ、最後のほうが小っちゃくなっちゃってる…。

「カードの、字の大きさが変になったから、このチョコ、俺にくれないで、自分で食べちゃおうとしたの?」
「そういうわけじゃないけど…」

 徳永さんに上げないことにしたのは、別にカードのせいじゃなくて、えっと…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (68)


「直央くん、1回整理しよっか」
「はい」

 俺の頭の中がグルグルになってるのが分かったのか、徳永さんが優しく言ってくれた。
 何かさっきまで、問い詰められてる感じだったのに、そうじゃなくなってよかった。徳永さんが怒った雰囲気だと、俺、焦っちゃって、ちゃんと考えられなくなっちゃうんだもん。

「直央くん、このチョコ、本当は誰に上げるつもりだったの?」
「…徳永さん」
「でも、結局は俺にくれないで、自分で食べちゃおうとしたんだよね? 何で?」
「捨てるのがもったいないから」
「え、捨てるつもりだったの!?」
「捨てないよ! 食べ物捨てるなんて、もったいない!」

 腐ったりとかして、もう絶対食べられないなら捨てるしかないけど、そうじゃないのに食べ物を捨てるなんて、そんなの絶対出来ないよ!

「えっと、捨てるのがもったいないから、自分で食べちゃおうとしたんだとして、だからその…、そもそも直央くんは、何で俺に上げようとしてたのに、上げないことにしたの?」
「徳永さん、いらないかなぁ、て思って」
「はぁっ? 何でっ!?」
「いや、何かいろいろ…」

 徳永さんはいつもおいしいものを食べてるし、あんなすごいチョコも普通に買って来る人だから、俺の作ったチョコなんて、貰っても嬉しくないだろうなぁ、て思ったこと。
 あと、それ以前に、徳永さんに嘘ついたみたいになって、徳永さんに嫌な思いもさせちゃったし、今さらチョコ上げるとかじゃないなぁ、て思ったこと。

 それが、徳永さんにチョコを上げないことにした理由なんだって、俺は一生懸命説明した。
 俺はただでさえバカで、説明とか下手くそだから、誤解されないように、ちゃんとしないとだ………………て思ったのに。

「………………え?」

 一通り説明を終えた後の、徳永さんの一言。
 あれ? 伝わり切らなかった?
 俺、これ以上は、何て言っていいか分かんないよ? 多分、もっかい同じこと言うしか出来ないと思う…。

「えっとー…………ちょっと確認したいんだけどさ、直央くんは、俺が直央くんの作ったチョコ貰っても、喜ばないと思ったの?」
「まぁ…。だって、そんなに嬉しくないでしょ?」
「何で!」

 おっきな声で問い詰められて、ちょっとビックリ。
 何で、て…………それは、さっき言ったはずなんだけどな。徳永さん、すごいチョコ、いっぱい見て来てるのに、俺のチョコなんか貰ったって、別に嬉しくないでしょ?

「はぁ~っ、もうっ…」

 分かんなくてキョトンとしてたら、徳永さんはすっごく大きな溜め息をついて、肩を竦めた。
 そんなに呆れられるようなこと言ったかな? 俺的には、かなり的確なことを言ったつもりだったんだけど。

「じゃあ、嘘ついたみたいになったとかって何? 今日のバイトの話?」
「そう」 

 どうやら徳永さんが確認したかったのは、俺のチョコが嬉しいかどうかだけじゃなくて、俺が嘘ついたみたいになっちゃったこともだったみたい。
 てことは、俺の説明、全然伝わってなかった、てことだ。あんなに一生懸命説明したのに。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (69)


「だって、俺が嘘ついちゃったから……そんなつもりじゃなかったけど、結果そうなっちゃって、で、徳永さん、嫌な思いしちゃったでしょ? なのに今さらチョコ上げるとか言いづらいな、て思って」

 いくら俺がバカで鈍感でも、そのくらいの空気は読めると思ったんだけど、かえってダメだったんだろうか。
 俺のすることだもんね、裏目に出ても、不思議ではない。

「そりゃ、直央くんに嘘つかれたら悲しいけど…………じゃあ直央くん、今日バイトじゃなくて、どこ行ってたの?」
「純子さんち」

 チョコを上げないことにしたから、チョコ作ったこと内緒にしとかなきゃ、て思って、さっきは何も言えなかったけど、チョコが見つかった今となっては、隠しておいても仕方ないから、正直に答えた。

「純ちゃんち!? 何で!?」
「チョコ作りに」
「チョコ…」

 徳永さんが、またすごくビックリしてる。
 もしかして徳永さん、純子さんち行ったことないのかな。えへへ、俺のほうが先に行っちゃった――――じゃなくて。

「チョコ、て…………このチョコ?」
「うん。何かいつの間にか、徳永さんに内緒で作って渡すことになってたから。だから、練習のときも、純子さんち行って…」
「練習!? 練習までしてくれたの!?」
「え、そりゃだって、徳永さんに上げるのに、何も練習しないでいきなり本番とか、無謀すぎるでしょ?」

 普段からお菓子作りしてる人ならいいけど、俺、経験ゼロだもん。それなのに、いきなり生チョコ作るとか、いくら純子さんの助けがあったって、無茶だもん。
 それに、ラッピングとかだって、全然分かんないから、いきなりなんて無理だし。

「直央くん…、そこまでしてくれたのに、このチョコ、俺に渡さないつもりだったの?」
「いや、いらないかな、て思って」

 俺、このセリフ、何回言ってんだろ。
 なかなか分かってくれない徳永さんが変なの? それとも俺が頭おかしいの? じゃなくて、ただ単に俺の説明が下手くそなだけ?
 でも、そういえば蓮沼さんも、俺がこういうこと言うと、微妙な顔してたっけ。てことは、徳永さんじゃなくて、俺が変だってことか…。

「つか、練習してたとか……、もしかしてここ最近、何か様子変だったのって、もしかしてそういうことがあったせい?」
「かなぁ? 俺は、いつもどおり作戦、がんばってたんだけど…」
「作戦…」
「だって、徳永さんにばれちゃいけなかったから、いつもどおりにしてないと、ばれちゃうでしょ? まぁ結局バレバレだったけど…」

 俺が全然いつもどおりに出来てなかったせいで、徳永さんはきっとずっとモヤモヤしてたんだろうな。
 徳永さんを喜ばせるどころか、嫌な思いさせちゃって…………はぁ、思うたびに凹む…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (70)


s i d e : j i n


 もう、いろんなことが衝撃的すぎて、何に驚いたらいいか分からないんですが、どうしたらいいのですか、神様…!


 何か変だな、て最初に思ったのは、直央くんが俺の前で送信メールを開かなかったとき。
 メールの変換ミスを確認したくて、俺に送信メールの開き方を聞いて来たのに、メールの一覧を出した後、そこからメール開かなかった、直央くん。
 俺が送ったメールを、選んで開こうとしたの。
 他人宛てのメールを見られたくないのは普通の感覚だけど、直央くんの場合、誰宛てのメールでも俺に平気で見せる人だったから、その行動が、すっごい違和感あったんだよね。

 それから、最近、帰りが遅かったり、朝出掛けるのが早かったりしたこと。
 それ自体は、別に何とも思ってなかったんだけど(直央くん、バイトのシフト、入れるところはみんな入るから)、直央くんが妙にそれを隠そうとしてるから、かえって気になっちゃって。

 そんな些細なことの積み重ねが、俺の中のモヤモヤを増やしていって。
 そこに来て、今日の出来事。
 俺も、気まぐれ起こして、直央くんのバイト先になんか行かなきゃよかったんだけど、ちょうどそっちのほうに行ったから、つい寄ってみたくなっちゃったんだよね。
 なのに、いないし。

 たまたま奥に下がってるだけか、もう勤務時間が終わってしまったのか、レジカウンターの中にいた店員に聞いてみたら、今日はバイトの日じゃないって言われて。
 直央くんは、さっぱり嘘のつけない子だと思ってたから、嘘つかれた、て思った瞬間の絶望感は半端なかった。
 実際は、直央くんに嘘つく気なんてまったくなくて、むしろ、自分が嘘をついた形になってしまっていたことすら、気付いてなかったんだけど。

 それから俺は、ショックを受けたまま、会社に戻って。
 桜子お姉さんに何も怒られなかったから、仕事上のミスはなかったんだと思うけど、アポ先で自分が何を喋って、どんな仕事をしたのか、さっぱり覚えてなかった。
 直央くんのことは、俺にとっては見過ごせない重大な出来事だけど、それを持ち込むわけにはいかない。いや、アポ先で何やったか覚えてない時点でダメだけど、だからこそ、会社に戻って来てからは仕事に集中した。

 そして定時。
 残業はしないのがモットーのうちの会社でも、普段は残ってる社員がチラホラいる中、今日はほぼ全員がさっさと席を立つから、何かと思えば、バレンタインデートだと言われた。
 そりゃそうだ。
 俺だって、昼間のコンビニの件がなかったら、即行で帰って、直央くんにチョコ渡してるところだ。

 …いや、正直、直央くんにチョコを上げようかどうしようかは、昼間のことがなくても、迷ってたけど。
 お菓子大好きな直央くんは、チョコを上げたら喜ぶのは分かってたけど、直央くんは案外頭が固いから、男同士でバレンタインなんて、意味分かんなくて首を傾げそうだったから。

 チョコのことと、直央くんのついた嘘のことで、モヤモヤした気持ちのまま帰って来れば、直央くんが『いつもどおり』の笑顔で飛び出して来た。
 直央くんが、仕事から帰って来た俺をお出迎えしてくれるのは、もうずっと前から。
 でもここ最近、その様子も何だかおかしかったから、今日の出来事も相まって、直央くんの笑顔のお出迎えを素直に受け止めることが出来なかった。

 いつもは直央くんをハグして、直央くんから『手洗いとうがい!』て言われて、やっと洗面所に向かうんだけど、今日はさっさと直央くんの横をすり抜けた。
 手を洗って、うがいをしたついでに、頭を冷やすつもりで、顔も洗った。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (71)


 深く深呼吸して、気持ちを落ち着けて…………俺の後を追って来た直央くんに、今日のバイトのことを尋ねた。ホントはバイトじゃなかったんでしょ? て。
 そしたら直央くんは、ものすごくビックリした顔で固まった。
 嘘がばれたにしては、ちょっと感じが違うかな、て思ったけど、実際、直央くんに嘘つかれて悲しかったのも事実だから、本当のことを打ち明けてしまった。

 でも、我ながら、心も狭ければ、器も小さすぎるとすぐに気が付いて、直央くんに謝って話を打ち切った。
 悲しいけれど、直央くんにだって、俺に言えないことくらいあるだろうから、そう思って。

 そして、気まずい空気を打破すべく、俺はバレンタインのチョコを、直央くんに渡した。
 渡そうか迷ってたチョコだけど、恋人同士のイベントには乗っかっておくべきだろうし、おいしいものを食べたら、直央くんの本当の笑顔も見れると思ったから。

 案の定、チョコを食べた直央くんは、顔を輝かせて喜んでくれて、俺の心の中のモヤモヤも、少しだけ晴れた。
 しかも、蓮沼からはチョコを貰ってないみたいで、それも内心ホッ。心の狭さは出来るだけ見せたくないが、蓮沼だけは隅に置けないから(だってちゃっかりお揃いのイヤーマフとか買ってるし!)。

 ご飯の後、ウトウトし始めた直央くんを先に寝かせて、テレビで映画を見ながら、いろいろあったけど、直央くんが喜んでくれたし、まぁいっか、なんて、今日1日を振り返って。
 でも、明日からも直央くんはあんな調子なんだろうか、なんて、またモヤモヤが心の中に広がっていくのを感じて。

 いろいろと考えていたら、全然映画に集中できなくなって、キッチンに向かった。特別喉が渇いていたわけではなかったけれど、手持ち無沙汰だったから。
 そして、冷蔵庫を開けて、俺は衝撃の事実に直面したのだ。

 冷蔵庫の中に入っていた、見慣れないビニルバッグ。
 さっき直央くんに上げたチョコの箱とも違うし、何かの食材という感じでもなくて。
 俺に覚えがないなら直央くんのなんだろうけど、つい袋の中を覗いてしまった。人のを勝手に見るなんて…とは一瞬思ったけど、だって気になるし!
 大体、見られて困るものなら、こんなところに置いておかないだろうし、自分ちの冷蔵庫に入ってるものを見たらいけない、なんてこともないはずだから(まぁ、言い訳だけど)。

 覗いたビニルバッグの中には、プレゼント仕様の箱があって、その上に『Happy Valentine's Day』と書かれたカード。
 やっぱりチョコ貰ったの? 蓮沼からは貰ってないって言ってたけど、誰か他の人から貰ったかどうかまでは聞いていない。義理チョコだよね? でも隠しておくなんて、まさかの本命!?
 もう焦り過ぎて、思わずカードの中まで見ちゃった。ゴメン、このときはもう、人のを勝手に見ちゃ悪いとか、全然思い付かなかった。

 でも、そのカードに書かれていたのは、『徳永さんへ』て宛名から始まるメッセージで。
 なかなか言葉には出来ないけど、俺のことが好きなんだってことと、好きだから、その気持ちを込めてチョコを作ったんだってことが、直央くんの字で書かれてた。

 それを見た瞬間の衝撃ったら!
 だって、直央くんがチョコを用意してるとか、ましてや自分で作るとか、そんな発想まったくなかったから。

 でも、このカードに書かれてる内容が直央くんの気持ちなんだとしたら、何で最近、あんな態度だったの? て思った。
 何で今日、バイトて嘘ついたの? それより何より、何でもう寝たの!? …て、一気にいろんな疑問が湧いてきて、いても立ってもいられなくなって、寝室にダッシュした。

 チョコのことを問い詰めれば、さらに衝撃的なことに、直央くんは、このチョコを俺に上げるつもりだったけど、もう上げるつもりはなくて、自分で食べるとか言い出す始末。
 あぁもう意味が分かんない!
 俺が鈍感なだけ? そうなの? 俺がバカなの?



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (72)


 ちゃんとラッピングして、カードまで付けたんだから、失敗したわけじゃないだろうに、何でせっかく作ったチョコを渡さないわけ?
 初めから自分で食べるために作った、ていうなら分かるけど、最初は俺に上げるつもりだったわけでしょ? なのに何で! …て、しつこく理由を尋ねたら、3度目の衝撃波が俺を襲った。

 チョコを貰っても、俺が喜ばないと思ったから。
 さらには、件のバイトのことで俺が嫌な思いをしたから、今さらチョコを上げると言い出しづらかったから。

 とか…!!!

 そんな理由で直央くんは、せっかく作ったチョコを上げないことに決めたらしい。
 本気でそんなこと思ってるのか、直央くんなりのジョークなのか、俺にはさっぱり分からなかったけど、何回聞いても直央くんの答えは同じだったから、本気のほうだった。
 わざわざ純ちゃんちで練習までしたのにもかかわらず、だ。

 俺の想像を遥か超える次元で物事を考える直央くん。
 嫌いじゃないぜ。

 ちなみに、ここ最近様子が変だったのは、チョコの準備が俺にばれないようにするためで、今日バイトだと嘘ついて行ってた先は、純ちゃんちだったというオチ。
 しかも、様子がおかしいと思っていた俺に対して、直央くんは、ただチョコ作りがばれないために『いつもどおり作戦』をがんばっていただけだし、今日のバイトの件も、結果、嘘をついたみたいになったけど、本人にその自覚はまったくなかったという…。

 もー何! 俺が1人で勝手にいろいろ思い込んで、ヤキモキしてただけ!? 恥ずかしい!
 でも、直央くん無自覚だけど、かなりの小悪魔じゃね!?

「あの…、徳永さん、大丈夫…?」

 冷蔵庫の中にチョコを見つけた瞬間から混乱気味だったけど、いろいろと分かった今、かえってパニック状態に陥っていた俺は、直央くんの声に、ようやく我に返った。
 いや、大丈夫ではありません。

「も~何なの、直央くん!」
「えっ…、あの、ゴメンなさ…」
「好きっ!」
「えぇっ!?」

 俺のことを想ってチョコを作ってくれたことも、それを、直央くんなりの考えがあって俺に渡さないと決めたことも、いろいろがんばってたらしい何とか作戦とかも、みんなみんな愛おしい。
 こんなに俺のこと虜にするくせに、何で俺が直央くんのチョコ喜ばないとか思っちゃうわけ!?

「えっと…、あの…?」
「好き。好き。チョコ超嬉しい。ありがとう、直央くん」
「え、あ、うん…」

 ホントに嬉しくてお礼を言ったら、直央くんが顔を赤くして、目を逸らした。
 あ、かわいい。

「チョコ、食べてもいい?」
「えっ…」
「え、ダメ?」

 直央くんの顔を覗き込んで尋ねたら、直央くんはすごく困った顔で固まってしまった。
 もう俺には上げないつもりになっていたから、やっぱり俺が貰うのは嫌なんだろうか。でも食べたいな、直央くんが作ったチョコ。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (73)


「ダメ? 直央くん」
「ダメ、じゃないけど…、だって…」

 まだ迷ってるのか、直央くんは手をモジモジさせながら、視線を彷徨わせたり、唇をむぐむぐさせたりしている。
 あと一押しかな、て思う反面、そんなに悩んじゃうくらい嫌なの? て考えると、やっぱりこのチョコは貰わないほうがいいんじゃないかって思えてくる。

 直央くんは俺に上げるつもりでチョコを作って、俺はそのチョコを貰いたいと思ってる。
 すごく単純で簡単なことのように思えるけど。

「直央くんはまだ、俺がこのチョコ貰っても、嬉しくないと思ってる?」
「それは、そのっ…」
「……」

 即行で否定しないあたり、やっぱりそう思ってるに違いない。
 直央くんてこんなに分かりやすい性格してるのに、よく内緒でチョコ作るのに『いつもどおり作戦』とかやろうと思ったよね…。しかも自分じゃ完璧だと思ってるし…。

「…分かった」
「ぅ?」
「直央くんはこのチョコ、俺には上げないで、自分で食べることにしたんだよね?」
「え、ぅん…、まぁ…」
「じゃ、直央くん食べて? 今」
「へ? い今?」
「うん。そんで俺に味の感想を聞かせて?」
「えっ…」

 多分、直央くんにしたら、予想もしなかったことだろう。
 あんぐり口を開けたまま、固まってる。

 このチョコの存在を知らないまま、直央くんが全部食べちゃった、ていうなら仕方ないけど、チョコは今俺の手の中にあって、でも俺は食べちゃいけないなら、このくらい。
 いや、変なこと言ってるのは、自分でも分かる。
 直央くんが強情だから、ちょっと意地悪したくなっただけ。

 でも直央くんは、俺のたちの悪い冗談も本気で受け止めたのか、どうしようか真剣に悩んでる。
 その姿もかわいいとか思っちゃう俺は、かなりの重症だ。

「直央くん、どっちにするの? 自分で食べて、味の感想聞かせてくれる? それとも俺に、このチョコくれる?」
「えっと…、それは、その2つしか選択肢ないの?」
「他に何があるの?」
「俺がこっそり食べて、徳永さんに何も言わない」
「その選択肢はありません」

 むむ。直央くんもなかなか頑固だな。
 知ってるけど。
 それもかわいいけど。

「ね、直央くん、どっち?」
「どっちも…」
「どっちも嫌はなし」
「そんな…!」

 すごく困った顔で、直央くんは眉を下げる。
 ねぇ、そんなに難しい問題じゃなくない? 俺にチョコ上げれば済むだけの話じゃない?
 でも、それはダメなんだよね、直央くん的には。俺には上げない、て決めたから。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (74)


 てか、今に限ったことじゃないけど、直央くんて今喋ってる内容に気を取られ過ぎてることがよくあって、今がまさにその状態だと思うんだよね。
 絶対もう、何で俺にチョコ上げないことにしたとか、忘れてるよね? 究極の選択みたいになった2つの選択肢の、どっちを選ぶべきか、それしか考えてないよね?

「分かった、じゃあこうしよう」
「…何?」

 困ってる直央くんに助け舟を出そうとしたのに、すごく訝しそうに見つめ返されてしまった。
 まぁ、さっき俺が提案したことで、今の状況が生まれたんだもんね。多少は警戒するよね。

「もう1個、選択肢、追加してあげる。その中から選んでよ」
「…どんな?」
「直央くんと俺、2人で一緒にこれ食べるの」
「………………」

 どう? と首を傾げれば、直央くんの中にそんな考えはまったく存在してなかったのか、ポカンとしてる。
 3つになった選択肢のどれを選ぶか迷っているのか、それともビックリしすぎて思考が停止してるのか。

「直央くん、どうする?」
「…………さっ……」
「え?」
「3番でお願いしますっ!」

 え、3番?
 選択肢に特に番号は振ってなかったけど…………もしかして最後に言ったヤツが3番てことだろうか。

「えっと……一緒に食べる、てことで、いいの、かな…?」

 念のため確認してみたら、直央くんが真剣な顔で頷いた。
 迷ってるとか、観念したとか、そういうことじゃなくて。

「あのさ、直央くん…、そんな顔しなくても…。普通に食べようよ」
「そんな顔て! どうせ俺は徳永さんみたいにイケメンじゃないよっ! プン!」
「いや、そんなこと言ってなっ…」

 俺は表情のことを言っただけで、別に直央くんの造作について言ったわけじゃない。てか、もしそうだとしたら、『かわいい』としか言いようがないし。
 つか、『プン!』とか何それかわいい!

「…とりあえず。答えが出たところで、食べよっか、チョコ」
「えっ、今?」

 言えば、直央くんは目をまん丸くする。
 表情がクルクル変わって、もう何度目になるか分かんないけど、かわいいな、て思う。

「だって今食べなきゃ、バレンタイン終わっちゃうよ?」
「そっか。じゃあ食べよう」

 チョコを渡すのがバレンタイン当日なら、食べるのは翌日以降だって構わないだろうに、言えば直央くんは何を疑うでもなく、素直に頷いた。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (75)


「俺が開けてもいい?」
「はい。あっ、でも気を付けて、徳永さん! このリボンね、箱にくっ付いててね、あの、飾りで、ふた開いちゃうから」
「…え?」

 ビニルバックに入ってるリボンの掛かった箱を出そうとしたら、直央くんが何か一生懸命説明してくれる。
 でも、一生懸命なわりに、何が言いたいのか、全然伝わって来ないんだけど。

「ふた?」
「このリボン、ふたにくっ付いてるの。縛ってるんじゃなくて。だからね、ふた開いちゃう」
「…………」

 よく分かんないけど、とりあえず気を付けて開けなきゃいけないことだけは分かった。
 …つか、開けた途端に何かが飛び出してくるとかないよね?

「…あぁ、」

 袋から箱を取り出してみて、ようやく直央くんの言わんとしていたことの意味が分かった。
 包装された箱にリボンが掛かっている……と見せかけて、実はただ上からふたが被せてあるだけで、そのふた部分にリボンが飾りとして付いているだけだった。
 要は、リボンの部分とかふたの部分だけを持って持ち上げると、ふたが開いて、中身を落としかねないから気を付けろ、と直央くんは言いたかったのだ。
 すごいな、こんな箱、どこで売ってんだ?

「おぉ、すごい、生チョコ?」
「うん」

 ふたを開けて、上に被さっていた半透明の紙を開けば、現れたのは一口サイズで敷き詰められた生チョコだった。
 直央くん、手作りて言ったよね? これ、自分で作ったの? すごい。

「食べていい?」
「…………」
「え、ダメ?」
「……ダメ、じゃない」

 この期に及んで、やっぱりダメ、とか言われるのかと思ったけど、直央くんは小さい声で了承してくれた。
 まだ心に迷いがある感じはするけど…。

「いただきまーす」

 箱の中に入ってたプラスチックのピックで生チョコを1つ刺して、口へ運ぶ。
 その様を、直央くんにめっちゃ見られてて、何かちょっと恥ずかしいんだけど…。

「………………おいしい! 直央くん、すごいね。すっごいおいしいよ」

 直央くんは普段から料理をするから、その腕を疑ってはいないけど、直央くんがあんまり、貰っても俺が喜ばないとか言うから、ひどい出来だったのかとも思ったけど、全然そんなことない。
 俺はあんまり甘いものは食べないけど、これは甘すぎなくて、すごくおいしい。

「純子さん」
「え?」
「純子さんが」
「…純ちゃんが作ったの? 直央くんじゃなくて?」

 んん??
 もしかして、本当は純ちゃんが作ったけど、カードに自分で作ったって書いたから、俺に上げるのやめようとしたとか?
 いや、たとえ純ちゃんが作ったんだとしても、直央くんが上げたいって思って用意してくれたなら、十分嬉しいけど…。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (76)


「俺が作ったけど、純子さんがいっぱい助けてくれたから、純子さんが作ったも同然だし。俺はチョコ切ったり、生クリーム温めたり、その中にチョコを入れてかき混ぜたり、冷えたの切ってココアをまぶしただけだもん」
「いや…、それだけやれば十分じゃない? 堂々と自分で作ったって言っていいレベルだと思うけど…」
「けど、純子さんが全部教えてくれた。1から100まで」
「1から10までね」

 生チョコの作り方は知らないけど、今直央くんが言ったのを聞いた限り、一連の流れを一通りやったような感じがするけど…。
 しかも、1から100までとか、そんな言葉ないし。
 つか、純ちゃんがいろいろ助けてくれたとはいえ、それでもここまで出来たら、十分すごいと思うんだけど、何で直央くん、殆ど純ちゃんがやったみたいに言うかなぁ。

「純ちゃんがいっぱい助けてくれたんだとしても、直央くんが俺のために作ってくれたの、すごく嬉しいし、おいしいよ?」
「…ホント?」
「うん」
「あんなすごいチョコ、あるのに?」
「すごい、て?」
「徳永さんが買って来たヤツ! あれ、超すごかったもん。それなのに、俺の、嬉しいの?」

 計算高い女の子だったら、わざと拗ねてみせてるところなんだろうけど、直央くんの場合、そうじゃなくて、ホントにただ疑問に思ってるだけなんだろうなぁ…。
 確かにあのチョコは、結構なお値段のする、それなりのお店のものだけど、どんなにお金を積んで買ったものより、好きな人が作ってくれたヤツのほうが、断然嬉しいと思うんだけど、そう思うのって、俺だけ?

「直央くんの作ってくれたののほうが、嬉しい」

 直央くんの手作りじゃなくたって、俺にくれようと思って、一生懸命選んでくれたのなら、それだけで嬉しいけどね。
 だから、そんなに卑下しないでほしいな。

「俺ね、あの、蓮沼さんがね、俺、」
「え、どっち?」
「えっと…、俺はね、徳永さんは高いのとかすごいのとかいっぱい食べてるから、俺の作ったチョコなんて喜ばないんじゃない? て思ってたの。でも蓮沼さんが、そんなことないよ、て」
「蓮沼が?」
「値段じゃなくて、俺が作ったり選んだりするのが嬉しいんだよ、て力説すんの」

 言ってることは間違ってないし、俺も同感だからいいんだけど、それを蓮沼が言ったのかと思うと、ちょっと意外。
 直央くんがチョコ上げようとするのを邪魔はしないまでも、積極的にそういうことは言わないと思ったのに。

「でも、そんなのホントかな、てずっと思ってて、だからやっぱりチョコは上げないにしよう、て思ったんだけど、でも、徳永さん、すごく嬉しい、て言うから」
「だって、ホントに嬉しいんだもん」

 直央くんの半生を考えたら、恋愛方面に気を向けてる暇なんてなかっただろうから、そういう気持ち、いまいちピンと来ないのも、分からないでもないけど。
 でも、俺が、直央くんからチョコ貰って、直央くんの作ったチョコだから、何よりも嬉しいんだって思う気持ち、分かってほしいな。

「徳永さんが嬉しいなら、俺も嬉しい」
「直央くんっ…!」
「うぐ」

 ただでさえチョコ貰えて嬉しくて仕方ないのに、直央くんがそんなこと言うから、もう愛おしさとか何かいろいろ込み上げて来ちゃって、思わず直央くんを抱き締めちゃった。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (77)


「徳永さん、苦し…」
「だって直央くん好き」

 直央くんに腕をポンポン叩かれたけど、俺はちょっと力を緩めただけで、直央くんを離さなかった。
 変な方向で頑なというか、ちょっと思い込みが激しいというか…、でもすごく真っ直ぐで一生懸命な直央くん。大好き。

「…俺、もうちょっと蓮沼さんの言うこと、信じたほうがいいんだね」
「何が?」
「だって俺、蓮沼さんの言ってたこと、ずっと疑ってたでしょ? でも、蓮沼さんが言ったみたいに、徳永さん、ホントに喜んでくれた」

 急に蓮沼の名前が登場して、何かと思ったら、そういうことらしい。
 まぁ確かに、悔しいけど、出来ればあんまり名前も思い出したくないけど、今回ばっかりは蓮沼に感謝だな。

「最初にね、徳永さんにチョコ上げたほうがいい、て言ったのも、蓮沼さんなんだよ? 俺ね、それも疑ってたの。バレンタインは、女の子が男の子にチョコ上げる日でしょ? なのに何で? て」

 あ、やっぱり…。
 俺の想像どおりだったわけね、直央くん。

 つか、何で蓮沼、こんなにいいように取り計らってくれるわけ? 何か裏でもあんのか? …いやいや、俺もアイツのこと疑りすぎか? でも、蓮沼のことだから…。

「これからは、もっと蓮沼さんのこと、信じないとだね!」
「あ、うん」

 疑心暗鬼なのに、屈託のない顔で直央くんにそう言われたら、思わず頷いてしまった…。

「徳永さん?」
「あー…、いや、食べよっか、チョコ。…はい」
「ぅ?」

 俺の様子を変に思ったのか、直央くんが不思議そうな顔をするから、俺は何でもないふりで直央くんから体を離して、チョコの箱を手に取った。
 1つをピックに刺して、直央くんの目の前に差し出せば、コテンと首を傾げられた。
 さっき、一緒に食べることにしたじゃない。

「直央くんも食べて」
「あむ」

 食べるように促すと、直央くんは素直に口を開けてくれて……何かちょっとヒナ? 親鳥? みたいな気分…。

「おいひいね」
「うん」
「徳永さんのくれたチョコには敵わないけど」
「それはもういいってば。そういうことじゃないでしょ?」
「はい」

 俺が上げたチョコを、おいしいって言って喜んでくれる直央くんはかわいいし嬉しいけど、事あるごとに自分の作ったチョコと比べるのは、いただけない。
 そういうつもりで上げたんじゃないし。



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (78)


「徳永さんが嫌がるなら、もう言わないにする。でも、徳永さんがくれたチョコ、食べるのはいいでしょ?」
「それはね」
「あ、それも一緒に食べることにする?」
「え、何で?」
「だって、徳永さんに上げたチョコなのに、俺が一緒に食べたら、徳永さんの食べる分が減っちゃうでしょ? だから、俺が貰ったのも…」

 このチョコを一緒に食べることにしたのは、直央くんが、俺にくれるはずだったチョコを上げないって言い張るから、苦肉の策で言っただけなんだけど…。

「あれは、直央くん1人で食べていいよ。俺は直央くんと違って、直央くんに上げないことにするつもりなんかなかったし」
「むぅ…。じゃあ、このチョコ、後は全部、徳永さんが食べて!」
「了解」

 2人で平等に…ていうか、自分だけがチョコをたくさん食べることになるのが嫌なのかな、俺にとっては好都合なんだけど、直央くんの提案に、思わず笑いそうになる。
 計算でも何でもなく、本人はいたって真剣に思って言ってるんだけど、何でこんなかわいいこと言うかなぁ。

「…でも、よかった。蓮沼さんと純子さんに嘘つかないで済んで」
「何が?」
「もし徳永さんにチョコ上げないことにしてたら、蓮沼さんと純子さんに何て言ったらいいんだろ、て考えてたの。あんなにお世話になったのに、上げなかったとか言えないし」
「そっか」

 ホッとした様子の直央くんの頭を撫でる。
 俺、蓮沼とは殆ど会うことはないけど、純ちゃんとはしょっちゅう会うから、チョコ上げてないのに上げたとか嘘ついてたら、ばれる可能性高いもんね。
 直央くんの性格からして、純ちゃんのことを悲しませたくないとは思っても、どう取り繕ったらいいか、うまく出来なそうだし。

「これでちゃんと、徳永さん喜んでくれたよ、て2人に言える」
「うん、まぁ…」

 純ちゃんはいいとして、蓮沼にはあんま余計なこと言わないでほしいけど…。
 何か、浮かれてる姿とか想像されたら、恥ずかしいし。

「ねぇ直央くん、純ちゃんはともかく、蓮沼には言わなくていいんじゃない?」
「何で? 蓮沼さんにもお世話になったのに?」
「お世話ったって…」

 チョコ上げたほうがいい、て言っただけでしょ?
 いや、その発言が何よりも重要なきっかけになったのは分かるけど、でも実質、直央くんがすごくお世話になったのは純ちゃんだけだし…。

「蓮沼さん、ラッピングの買うとき、一緒に探してくれたし、それが見つからないように、お家に置いてくれたりしたんだよ?」
「そ、そっかぁ…」
「それにね、チョコがちゃんとおいしく出来てるか、試食もしてくれたし」
「……………………!!!???」

 し…試食~~~!!!???
 試食てことは、蓮沼のヤツ、直央くんの作ったチョコ、食ったってことかぁっ!?
 しかも、俺が食べたのは今だけど、それよりも先に食ってるってことかっ…!!



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ビターチョコレートに込めた甘い愛 (79)


「直央くんっ!」
「はい」
「なっ…何で蓮沼なんかに試食させたのっ!」

 直央くんのことだから、自分で作ったの、ちゃんと出来てるか心配で、誰かに味を見てもらいたかったんだろうことは分かるけど、何で蓮沼?!
 純ちゃんだっているのに!

「え、だって他に試食してくれる人、いないから…」
「純ちゃんとか!」
「純子さんも食べたよ」
「じゃあ何で蓮沼っ…」
「だって、純子さん優しいから。ちょっとくらい変でも、おいしい、て言ってくれるんじゃないかな、て思って。厳しくね、採点してくれないと困るでしょ? だから蓮沼さんからも試食してもらったの」
「………………」

 繊細な男心なんて、これっぽっちも理解できてない直央くんは、平然とそんなことを言ってのけた。
 普段から、送信したメールを厳しく採点してほしがってる直央くんにしたら、それは当然の行動なのかもしれない……けどっ…!

「直央くん、」

 蓮沼にはもう2度と、絶対に、手作りチョコ……いや、チョコに限らず、何も上げないで――――なんて、

「純子さんにも蓮沼さんにもね、ちゃんと厳しく採点してね、てお願いしたから、徳永さんにおいしいの、食べてもらえたよ。よかった。明日ちゃんと報告しないと」
「………………」

 そんなこと、ホントにホッとしたように話す直央くんに向かって、言えるはずもなく。

「直央くん、好きだよ…」
「ぅん?」

 俺はただ、直央くんをそっと抱き締めるしか出来なかった…。



 一瞬でも蓮沼のことをいいヤツだなんて思った自分を呪いたい。





 Happy Valentine's Day…?




*END*



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愛情と花粉の量は比例しません (1)


 この地球上に生息する生物の中で、吸血鬼というのは実は少数派であり、人間と比べても、かなりの割合で少ないマイノリティーだ。
 しかし、姿形や衣食住が人間と似ているから、他の動物と違って、人間と同じような生活を送らなければならないわけで、そうなると、否が応でも、不都合なことや不便なことは多くなる。

 そもそも吸血鬼は、血を吸うのが仕事のようなものであり、吸血しないことには生きていけないというのに、この現代社会、そのこと自体が結構大変だ。
 昔に比べて、吸血鬼への理解が深まっているとはいえ、毎日血を吸わなければならないのは、結構面倒くさい。人間と違って、コンビニやインスタント食品というわけにはいかないのだ。

 だからこそ、一伽は思う。
 ただでさえ吸血鬼は、こんなに面倒くさい生活を送らなければならないんだから、少しくらい人間より楽が出来るところがあってもいいのではなかろうか。
 …いや、楽して生きようとは思わない。
 楽まではしなくていいから、せめて吸血鬼は、花粉症にかからない体質に進化してくれてもよかったのに…!!

「あ、ヤベ、鼻血出た」
「は?」

 一伽の声に侑仁が視線を向ければ、一伽が片手で鼻を押さえながら、もう片方の手でボックスのティシューを探っていた。

「何? 鼻血?」
「鼻、こすり過ぎた」

 すでに一伽の周りは、鼻をかんだティシューで溢れている。
 花粉症のせいで、目はかゆいわ、鼻水は止まらないわ……とにかく一伽は、ここ数日、ずっと苦しんでいて、今も散々鼻をかんだ後、それでも鼻がむずむずして仕方ないのでこすっていたら、とうとう鼻血が出てしまったというわけだ。
 本当に、どうして吸血鬼は、十字架やにんにくは平気になったのに、花粉は克服できなかったんだろう。

「つか一伽、鼻かんだティシュー捨ててよ」
「ごびばこいっぱい」
「何て?」
「んっ!」

 ただでさえ鼻が詰まっているのに、鼻血のせいで鼻を押さえているから、何と言っているのか聞き取れなくて、侑仁が聞き返したら、一伽がすごく嫌そうな顔で、溢れ返っているゴミ箱を指差した。
 一伽はどちらかと言うとだらしないほうだが、それでもゴミくらいはゴミ箱に入れる。しかし、今はもうすでにゴミ箱がいっぱいで、入り切らないのだ。一伽は悪くない。

「何れ侑仁は花粉症じゃないの?」
「さぁ…。体質じゃね?」
「ジュルい」
「そう言われたって」

 地球上の人間が1人残らずすべて花粉症だというなら、吸血鬼の一伽だって、多少の我慢は出来る。しかし世の中には、侑仁のように、人間なのに花粉症を発症していない者もいるのだ。
 何て憎たらしい…!



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カテゴリー:暴君王子のおっしゃることには!

愛情と花粉の量は比例しません (2)


「あーもうクソッ、地球上の花粉よ、消滅せよっ!」
「それ、何のおまじない? 呪い?」

 ようやく鼻血が止まったのか、鼻から手を離した一伽は、両手のこぶしを握り締めて、力いっぱいバカなことを叫んだ。
 一伽の行動が突拍子もないのは今に始まったことではないし、今は何を言っても、何をやっても、一伽の苛立ちを募らせると分かっているのに、侑仁はついノリで突っ込んでしまう。

「侑仁ー、ティシューなくなったぁー」
「マジで? もう?」
「このティシューの山を見て、嘘だと思うかコノヤロウ」
「突っ掛かんなって」

 侑仁は新しいティシューのボックスを持って来るついでに、ゴミ箱もキレイにしてやり、散らかっているティシューをゴミ箱に入れるよう、一伽に差し出した。

「つかさぁ、鼻血だって血なのに、俺、鼻血見ても、吸血したいとか思わないんだよね」
「まぁ…、鼻血を吸血するとか、何か間抜けな感じするしな」

 鼻血の付いたティシューをゴミ箱に放りながら、一伽が真面目な顔でそんなことを言い出すから、とりあえず侑仁も、思い付いたことを答えておく。
 人間である侑仁は、そもそも吸血したいという感情が起こらないので、はっきり言って答えてみようもないのだが、強いて言うならば、そういうことだと思う。

「ふはっ。何で鼻だと間抜けなんだろ!? 確かに、鼻から吸血するて、何か間抜けな感じする! 何で? 何で?」
「知らねぇし」
「侑仁が言い出したんじゃん!」
「お前も今、思っきし同意しただろ」

 侑仁としては、そんなにおもしろいことを言ったつもりもなかったのに、一伽はたいそうウケたようで、腹を抱えて笑っている。
 もしかしたら、鼻血を吸血している自分を想像しているのかもしれない。

「普通はさ、首筋んトコ噛み付くわけ。吸血するとき。それは全然間抜けじゃないだろ?」
「まぁ……うん」

 吸血すること自体、吸血鬼か蚊の世界だけで通用する常識だから、どこから吸血するのが正解なのかは、人間の侑仁には分かりかねるが、伝説なんかの吸血鬼は、大抵首筋に噛み付いているから、それは間抜けな姿ではないのだろう。
 というか、間抜けだ、と言いつつ、鼻血を吸血するネタを、一伽はだいぶ気に入っているようだ。

「鼻と首筋なんてさ、大して離れてないのに、何で鼻だと間抜けなんだ? 誰が首筋から吸血するて決めたの? 鼻から吸血するとか、流行んないかな」
「バカ言ってんじゃねぇよ。首筋んトコに太い血管通ってるから、首筋から吸血してんだろ?」
「あ、そっか」

 血管なんて体中に張り巡らされているから、どこから吸血しようと、やってやれなくはないだろうけど、効率よく吸血できるから、首筋から吸血しているわけで。
 もし鼻からのほうが都合がいいなら、間抜けだとか、そんなことを言ってはいられないだろうに。



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カテゴリー:暴君王子のおっしゃることには!

愛情と花粉の量は比例しません (3)


「鼻血も無駄にしない、エコな吸血鬼を目指そうと思ったのに」
「血に対して、貪欲すぎるだけなんじゃね?」

 侑仁がちょっと指先をケガして血を滲ませただけでも、思わず吸血してしまう一伽は、はっきり言って、腹が減ったら、鼻血でさえも吸血しそうな勢いはあるのだが。
 もしそうなったら、侑仁は一伽の前でうっかり鼻血も出せないから、気を付けないと。

「あ、じゃあ唇は?」
「何が? 何急に」

 鼻の次は唇。
 恐らく一伽は、首筋以外で吸血できそうな場所を考えているのだろうけれど。

「唇も結構血が流れてるじゃん? いっぱい吸えそう。それに、キスも出来てお得」
「いや、ちょっと待て、一伽」

 唇は間抜けじゃないよね、と1人で納得している一伽に、焦ったのは侑仁だ。
 吸血はいいとして、キスて何だ、キスて。
 吸血鬼が毎日吸血しないといけない中で、同じ人間からは毎日血を吸えない以上、一伽が侑仁以外の誰かの血を吸うのはやむを得ないけれど、今の発言、食事と下心が思い切り入り混じってたし…!

「あ、いやいや、大丈夫。俺、今まで侑仁以外は、首筋からしか吸血したことないし」

 先ほどの自分の発言が、かなりの問題発言と気付いたのか、一伽は慌てて言い訳した。
 侑仁と付き合うまでの一伽は、貞操観念? 何それおいしいの? 状態の男だったから、そう言われても俄かには信用できないが、疑い始めたらキリがないので、侑仁は黙認しているのだが。

「まぁまぁまぁ唇はいいとして。ティシューティシュー。侑仁の家のティシューは柔らかで嬉しいなぁ」

 これ以上、何を言っても墓穴を掘ると思ったのか、一伽は無理やり話を終わらせて、新しいティシューに手を伸ばした。
 侑仁の家のティシューはとっても柔らかいヤツで、一伽は大変気に入っているのだ。

「………………。一伽、今日吸血は?」
「ぅ? まだだけど?」
「ふぅん? じゃあ、試させてやるよ――――唇」
「え? あ、ちょっ…」

 何のこと? と一伽が聞き返す間もなく、侑仁は一伽の上に伸し掛かった。
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる侑仁に、一伽はようやく事の次第を悟ったが、もう遅かった。
 吸血鬼の力を以ってすれば、人間である侑仁の下から抜け出るなど容易いことなのだが、現在、花粉症まっただ中で、気力も体力もすっかりそがれている一伽に、その力は残っていなかった。

「ちょ待っ…今キスは、鼻詰まって…」
「聞こえませーん」

 ちょっとしたキスならいいけれど、吸血となれば、そこそこの時間を要する。
 鼻が詰まっている今、それはちょっと厳しい。
 侑仁とのキスが嫌なのではない。侑仁のことは好きだし、侑仁とのキスも好きだし、いろいろ大好きだけれど、今は……



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愛情と花粉の量は比例しません (4)


「んんんん~~~~!」

 ちょっと待て。
 吸血させてくれる、て言ったよな?
 いや、侑仁は『試させてやる』と言ったけれど、話の流れからしてそれは、唇から吸血するのを試させてやることに違いなくて、だったらどうして、口の中に舌まで入れちゃうようなキスしてんだコノヤロウ。

「ふあっ…!」

 バシバシと侑仁の背中を叩いていたら、ようやくキスから解放されて、一伽は大きく息をついた。
 ふざけるな、と怒鳴ってやろうと思ったが、侑仁はちっとも悪びれた様子がない。ということは、こんな目に遭わされても、不利なのは一伽ということなのだろう。

「侑仁の、バカ…」

 腕力だとか身体能力でなら侑仁に勝つ自信は十分あるが、頭の回転では若干(と一伽は信じている)侑仁のほうが上回っているから、これ以上、四の五の言わないほうが得策だろう。
 一伽だって、バカではない。

「と…とりあえず、鼻…」

 キスされて、息苦しくてもがいている間も、鼻水は止まってはくれないのだ。
 デリカシーのないことこの上ないが、こればかりは仕方がない。

「はぁっ…、もう死ぬ…。つか分かった、今ので」
「何が」
「花粉症中はキスしちゃダメだ、て。てことで、花粉症が治まるまで、侑仁とキスしないね」
「はぁっ!? ちょ待て、何でそういうことにっ…」
「今、侑仁が気付かせてくれた。ありがとう侑仁。大好き」
「………………」

 言っていることはかわいいが、その意味を考えると、非常にかわいくない。
 やられっ放しでは終わらない一伽を前に、侑仁は言葉をなくした。

 そしてここに、地球上の花粉の消滅を願う人間が、新たに1人誕生したのであった…。



*END*



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桜舞 (1)


 デートの帰り。
 同じ寮に帰るのだし、明日もまた一緒に学校に行くし、別に寂しがることなんて何もないはずなのに、でも何だか寂しいな。

「ねぇ祐介、ちょっとこっち来て?」
「ぅん?」

 ちょうど十字路に差し掛かったとき、和衣は寮へ行くのとは反対の方向の道を指さした。

「何?」
「いいから、こっち。すぐだから」

 和衣は、首を傾げる祐介の手を引いていく。
 すぐ、とは言うものの、このまま進んで行って寮に帰るには、うんと遠回りになってしまう気がするのだが。

「ここ、ここ曲がって、すぐ!」
「え、何、かず――――あ…」

 すぐだ、すぐだと言われても、一体どこまで行くのかも分からずに、言われるがまま和衣に腕を引かれていた祐介は、角を曲がった先に見つけた景色に、思わず足を止めた。
 住宅街の片隅にある、ただの児童公園。
 暗くなった今の時間となっては、人の気配すらなくて。でも――――。

「すごい桜だな…」

 公園の周囲に植えられている桜が、すでに終わり掛けとはいえ、まだキレイに花を付けていた。

「すごいキレイでしょ? 昨日バイトから帰るとき、寄りたいお店あって、いつもと違う道通ったら見つけたの!」
「あぁ」
「でもね、むっちゃんてば、お腹空いたから早く帰ろーて言ってね、ぜんぜんゆっくり見れなかったんだよ」
「アイツは…」

 花より団子のことわざを、まさに地で行く睦月に、祐介は呆れ顔で溜め息をついた。

「でもこれ、街灯だけど、何かライトアップされてるみたいじゃない?」
「そうだね」

 2人で公園の中に足を踏み入れる。
 恋人と夜の公園に来たら、一体どこに向かうのが、おしゃれでロマンチックなんだろう。滑り台てわけにはいかないし、ブランコじゃ、寂しい2人組に見える? じゃあ、やっぱりベンチかな?

「ねぇ、ゆぅ……え?」

 ちょっとあっちに座らない? と声を掛けようとしたら、祐介が和衣のほうに手を伸ばして来るから、和衣はハッとして固まった。
 え? 和衣、まだ何もしてないけれど、急にロマンチックな雰囲気?
 それは願ったり叶ったりのことなんだけれど、心の準備がっ…



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桜舞 (2)


「花びら、付いてる」
「…………え?」
「ホラ」

 和衣のほうに伸ばされた祐介の手は、和衣を抱き締めるのではなく、和衣の髪に付いた桜の花びらを取ってくれたのだった。

「あ、ホント…」

 祐介が、摘んでいた花びらを手放すと、それは風に乗って、飛んで行ってしまった。

(何だ…)

 1人で勘違いしていたことに気が付いた和衣は、急に恥ずかしくなって、祐介から顔を背けた。
 顔が熱い。
 周囲が暗いから、きっと祐介には気付かれてはいないと思うけれど。

「うわっ…」

 和衣が1人でドキドキしていたら(いや、祐介もそうだったら嬉しいけれど、彼にはそこまでドキドキする理由がないから)、強い風が吹き抜けていく。
 地面に落ちていた花びらも、枝に付いたままの花びらも、舞い上げた。

「あぁー…、こんな風吹いたら、散っちゃうよぉ」
「でも、2人で見られたじゃん。今年、まだちゃんと桜見てなかったよ、俺。ありがとう、和衣」

 そう言って、祐介がまた、和衣のほうへ手を伸ばしてくる。

「ぅ? また頭に…」

 先ほどの強風で舞い上がった花びらが、また髪に付いたのだろうか。
 そう思って、和衣は自分の髪に手を触れようとした――――それよりも先。

「わっ…」

 和衣の体は、祐介の腕の中に閉じ込められていた。

「ゆ、ゆぅ…」

 和衣はすぐに、祐介に抱き締められているのだと気付いたけれど、気付いたからと言って、何をどう出来るわけでもなく、ただ固まっていた。

「…好き」
「あ、うううううん、俺もっ…」

 動揺のあまり、ぜんぜん格好よくも、かわいくもない返事をしてしまう。
 こういうのは、和衣が好きそうなロマンチックな展開ではあるけれど、実際にされると、嬉しいのと恥ずかしいのとドキドキし過ぎるので、何が何だか分からなくなる。



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桜舞 (3)


「今年の桜はこれで見納めかもだけど…、来年また見に来よ?」
「…ん」
「ここに……じゃ、ちょっと風情に欠けるか。どっかキレイなとこ探して…」
「んーん、ここでいい。祐介とまたここに来れたら嬉しい…」

 祐介と、来年の約束が出来るのが嬉しい。
 ずっと一緒にいられるのが。

「ゆぅ…………っくしゅん…!」
「………………」
「………………」
「和衣…」
「あぅ…」

 せっかくロマンチックな雰囲気だったのに…。
 祐介のことが好きだということとか、ずっと一緒にいたいということとか、ちゃんと言葉にして伝えたかったのに、どうして…!

「…風邪引くとまずいから、帰ろっか」

 名残惜しそうにしながらも、祐介の腕が離れていく。
 寂しくなんかない、でも。

「ゆぅっ!」
「ん? うわっ――――んっ…」

 和衣が急に腕を引くから、祐介は思い掛けないことにバランスを崩す。
 そして、どうした? と思う間もなく、和衣の唇が重なってきた。

「…ん」

 突然のことに祐介は一瞬驚いたものの、すぐに体勢を立て直して、和衣を抱き寄せた。

「祐介のこと、好きだからね、俺」
「…うん、知ってる」

 唇を離し、和衣はまっすぐな瞳、力強い視線でそう言った。

「俺も好きだよ」

 ふわり。
 桜の花びらが、2人の周りで舞い上がった。



*END*



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ベイビーネイビーブルー (1)


 そもそも睦月は、だらしないうえに、寝相が悪いのだ。
 いや、『だらしない』と『寝相が悪い』を同時に並列するのは妙な話だが、夜になればまだ肌寒いこの季節に、この2つの条件が重なれば、起こり得ることは1つしかない――――風邪だ。

 スーパー寝起きの悪い睦月は、いつものごとく亮にしつこく起こされて、ようやく目を開けたのだが、そこから先のステップへ、なかなか進むことが出来なかった。
 最初は睦月も、ただ単にまだ眠いだけだと思っていたのだが、どう考えても体は怠いし、ふとんを体に巻き付けて、ギュウッと丸く縮こまっているのに、ちっとも暖かくないのだ。
 そこで睦月はようやく、風邪を引いたかもしれない、という最悪の事態が頭をよぎった。それも、ちょっと鼻水が出るとか、喉の調子が変かな? とかいうレベルでなく、熱が出るヤツ。

 あー嫌だ嫌だ嫌だ。せっかくの土曜日なのに。バイトもないし、出掛ける予定もないけれど、風邪を引いて寝込んで1日を過ごすなんて、絶対嫌だ。
 とすれば、睦月がすることは1つ。
 風邪を引いているかもしれないのは気のせいということにして、何でもないふりで起きて、今日1日を乗り切ろう。うん、俺は風邪なんか引いてない。

「亮、おは……よ、ぉ~…」
「ちょっ、むっちゃん!?」

 ダメだ。何でもない作戦は、大失敗だ。
 ベッドを降りた瞬間、頭がクラッとして、足がフラッとして、睦月はそのまま倒れそうになった(かろうじてそれは、慌ててすっ飛んできた亮の腕に抱き留められて、事なきを得たが)。

「え!? なっ!? 熱!?」
「違う…」

 驚きのあまり大きくなっている亮の声が、頭に響く。
 うぅん、これは風邪のせいなんかじゃない。亮の声が大きいせいだ。そうに違いない。

「違わないでしょ! むっちゃん、熱あるじゃん!」

 亮は睦月のおでこに手を当てて熱を測ってくれるが、果たしてそんなことで、熱があるかどうか、本当に分かるのだろうか。

「とりあえずベッド戻って! 体温計、体温計!」

 睦月をベッドに連れ戻すと、亮は慌ただしく体温計を探しに行く。
 前に睦月が風邪を引いたときに買ったヤツがあるはずなのだ。

「薬と……あーでも病院行ったほうがいいのかなっ…」

 睦月はふとんを鼻先まで引き上げると、目だけ動かして、慌てている亮の様子を窺う。
 風邪を引いているのは睦月なのに、睦月よりも亮のほうがアタフタしている気がする。

「とりあえず風邪薬はあったけど…………病院行く? 行ったほうがいいよな」
「…行かない」
「むっちゃん!」



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ベイビーネイビーブルー (2)


 睦月はそう言って、ふとんの中に潜り込んだ。
 風邪引いた! と思って、外の様子なんかまったく窺ってはいないけれど、再びふとんに戻ってから気が付いた、窓を叩く雨と風の音。今日の天気は最悪のようだ。
 こんなときに、外になんか絶対に出たくない。今、寒くて仕方ないのに、こんな悪天候に曝されたら、確実に風邪が悪化する。

 大体、立っただけでフラフラなのに、どうやって病院まで行けばいいと言うのだ。
 ここから一番近い病院てどこだっけ? さっきまでは風邪を引いていないという体でがんばろうとしたけれど、実際に立ち上がってみて分かった、そこまで歩いて行ける自信がない。

「むっちゃん、病院」
「…亮が負ぶってってくれるなら行く」
「うっ…」

 ふとんを被ったまま睦月が反論したら、亮はやっと、睦月が病院に行きたがらない理由に気が付いたようだ。

「分かった。でも、このままてわけにはいかないから、薬は飲も?」
「…………ん」

 本当は薬もあんまり好きじゃないけれど、そうは言っていられない体調だと自分でも分かるので、睦月は素直に返事をして、ふとんから顔を出した。

「けど、薬飲むなら、何かちょっと食べないとだよな。お粥とか食べれそう?」
「分かんない…」

 はっきり言って、食欲などまったくないのだが、薬を飲むなら何か食べなければと言うなら、仕方がないけれど食べるし、料理の出来ない睦月にしたら、亮が作ってくれるんだったら、何でもいい。

「すぐ作るから、待っててね」
「…ん」
「あ、熱も測んないと!」

 亮は睦月に体温計を渡すと、急いで簡易キッチンに向かった。
 お粥が出来るまですることもないし、熱を測ったら、もう一眠りしていていいかな。もしかして、寝て起きたら治ってたりして。てか、今風邪引いてるの、夢とか?
 …て、そこまで現実逃避する気はないけれど。

「はぁ…」

 なーんで風邪なんか引いたかなぁ…と睦月は、風邪引きなりの頭で考えてみるが、それは考えるまでもないことで。
 風呂上がり、いつもどおりのだらしない格好でベッドに入り、寝てからは無意識だから仕方ないけれど、ふとんを蹴っ飛ばして、お腹丸出しで寝ていたのだから、風邪を引かないほうが不思議だ。

 ピピッという電子音がして、脇に挟んでいた体温計を取り出した。
 …37.9度。
 平熱よりは十分に高いけれど、高熱というには微妙な温度。でも、実感する体調の悪さは確実だから、体温計の示す温度に惑わされず、大人しくしていよう…。



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ベイビーネイビーブルー (3)


 熱を測った後の体温計の置き場が分からず、とりあえず枕元に置いて、睦月は目を閉じた。
 雨の音がすごい。相変わらず天気は悪いようだ。いくら病院に行くためとはいえ、やっぱり外になんか出なくて正解だった。
 睦月はモゾリと身を捩って横向きになると、膝を抱えるようにして丸くなった。何となくゾワゾワするのは、多分心じゃなくて体のほうで、寒気のせいに違いない。

「ん…」

 今度は反対側に寝返りを打つ。
 早く、お粥出来ないかな。亮、ちゃんと味付てくれるのかな。ただご飯をドロドロにしただけのは、あんまおいしくないと思うんだよね。でも、今は風邪引いてるし、味なんて分かんないのかな。風邪引くと、口がまずくなる? とか言うしね。つか、何で風邪引くとお粥なの? お粥食べると風邪が治るの? なら、薬いらないじゃん。

 睦月は、ギュッと目を瞑った。
 頭からふとんを被っているのに、雨の音がそれでも聞こえてくる。
 睦月はふとんの中で足をジタバタさせた。意味はない。何となくそうしたい気分。風邪引いてるんだから、安静にしていないと。でも。早くお粥食べたいな。味のあるヤツ。ジタバタ。

「むっちゃん、何してんの!」

 ふとんの向こうから亮の声がして、睦月は足を止めた。
 お粥、出来たんだろうか。

「何、どうしたの、むっちゃん。どっか痛いの?」

 ふとんが捲られそうになり、睦月はそれに抵抗するように、内側からふとんにしがみ付いた。
 やめてよ、寒い。ふとんを取らないで。雨がすごい。

「むっちゃん、どうしたの? そうしてたんじゃ分かんない。お粥出来たよ? 食べよ?」

 亮は困惑したような、でも優しい声でそう言いながら、ふとんを引っ張る。優しい力で。
 でもダメ。嫌だ。無理。

「ヤダぁっ!」
「うわっ危なっ!」

 一瞬の隙を突かれ、睦月の手からふとんが離れ、亮によって引き剥がされてしまう。剥き出しにされた睦月は、最後の抵抗とばかりに、亮に向かってバタバタと手を振り回した。
 ふとんに潜っていた睦月は見えていなかったけれど、亮は出来上がったお粥を持って来ていたから、亮がすんでのところで躱していなかったら、大変なことになっていた。

「ちょっむっちゃんっ! …むっちゃん?」

 危うく2人して火傷を負いそうになり掛け、亮は、ちっとも安静にしていない睦月を怒ろうとしたけれど、すぐに睦月の異変に気が付き、お粥を置いて、その顔を覗き込んだ。

「むっちゃん、どうしたの? 俺だよ? ねぇむっちゃん」
「え…………」



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ベイビーネイビーブルー (4)


 亮に肩を揺さぶられ、もがいていた睦月は、ようやく大人しくなった。
 何度か瞬き。亮が映るその瞳には涙が溜まっていて、瞬きとともに頬を伝い落ちる。いつもだったら、分かりやすく涙ぐんでいたって、泣いていないと言い張る睦月が、今はその零れる涙を拭うこともしない。

 亮は睦月を抱き寄せた。
 また暴れられたらどうしようと思ったけれど、睦月は亮の腕の中で静かにしている。
 その様子にホッとしつつ、宥めるようにポンポンと背中を叩いたら、睦月は亮の胸にすり寄って来て、こんなふうに甘えられたら、いつもだったら、かわいくてメロメロになっちゃうんだけれど、今はそんなのんきなことを言っていられない。

「…むっちゃん」
「ん?」

 声を掛ければ、睦月の反応はまるでいつもどおりで、だから亮は、どんなふうに話を続ければいいか、分からなくなる。
 睦月はもぞもぞと動いて、亮の背中に腕を回した。
 雨足は強くなったり弱くなったりしているのか、先ほどまでよりも、うんと雨音がうるさい。

「…………亮、」
「ぅん?」
「大丈夫だよ、俺」
「…そっか」

 本当はちゃんと寝かせてあげなければいけないと分かっているけれど、それでも亮は、睦月を抱き締める腕を解かなかった。
 思い出すのは、今も睦月を苦しめる忌まわしい過去。雨の夕方。季節はこんな春先ではなく、まだ蒸し暑さの残る秋のころだったと、亮は睦月から聞かされた話でしか知らないけれど。

 ――――雨。
 普段は雨が降ったくらい、どうということもないのだ。台風とか、むしろワクワクしちゃうタイプだし。
 なのに、今日に限って、こんなふうに気持ちが落ち着かなくなってしまったのは、熱を出して、気が弱くなったせいだろうか。
 時間が解決してくれるなんて言葉もあるけれど、全部が全部、そういうわけにはいかなくて、でも、それで睦月が苦しんでいるの、亮が癒してあげられたらいいのに。

「別に俺、何でもないんだから」
「分かってるよ」

 そうやって強がるところも。
 心配を掛けまいとして、何でもないふりをするところも。

 全部、包み込んであげたい。

「分かってる。むっちゃんが、何でもないこと」
「…うん」

 むぎゅっと睦月が腕に力を籠めたから、亮も同じくらい強く、睦月のことを抱き締め返した。
 きっとこんなこと、何でもない。2人一緒なら。



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ベイビーネイビーブルー (5)


「…亮」
「ん?」
「お粥、食べる」
「ふはっ。りょーかい」

 亮の胸に頬をすり寄せていた睦月が、顔を上げたかと思うと、そんなことを言い出すから、亮は一瞬笑ってしまったけど、名残惜しい気持ちなく、腕を離せる。
 大丈夫、て分かるから。

「冷めちゃったかな、お粥」
「亮、ちゃんとフーてしてね。食べさせる前に」
「冷めちゃったかな、て言ったよね、今」

 しかも、食べさせてもらう気!? あーん、希望!?
 でもそういえば睦月は、意外とそういうことに頓着しない性格だった…。

「むっちゃん…」

 念のため、一匙掬ってみたが、やはりお粥は冷め掛けていて、わざわざフーてしてあげる必要はなさそうだったが、のろのろとふとんを掛け直した睦月が、口を開けて待っている…。
 とりあえず形だけでも…と、亮は掬ったお粥をフーとしてから、睦月の口元に運んだ。

「あ、味がある」
「は? 何その感想」

 一口食べた後の睦月の一言に、亮は首を傾げる。
 風邪を引いているから、最悪、味が分からなくても仕方がないとは思っていたが、飛び出した感想がまさかのそれで、言われた亮のほうも、どんな反応をしたらいいかと思う。

「いや…、お粥て、何か味ないじゃん。ご飯がドロッとしてるだけで」
「…そう? 一応、卵入れてみましたけど」

 味がないとか、ご飯がドロッとしているだけとか、それは単に睦月の偏見のような気もするが、風邪だから、栄養を取ったほうがいいかな、と思って、卵とねぎを入れてみたのだ。

「おいしい。これで風邪治る?」
「薬飲んで、安静にしてたらね」
「お粥食べたら治るんじゃないの?」
「いや、お粥食べただけじゃ…」

 確かに亮は、それくらいの気持ちを込めてお粥は作ったけれど、医学上、それだけでは風邪は治らないと思う…。

「亮ー」
「ぅん?」

 お粥を半分くらい食べたところで、睦月は亮かられんげを受け取って自分で食べ始めたから、亮は薬を飲むための水を取りに行く。
 その背中に、睦月から声が掛けられた。



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ベイビーネイビーブルー (6)


「俺、大丈夫だからね」
「だからそれは――――」
「亮がいるから、大丈夫だよ」

 分かってるよ、と言おうとした亮に、被せるようにして睦月は続ける。
 その言葉は、亮にとっては思いがけないもので、少しだけ驚きはしたけれど、睦月が笑っているから、亮も笑顔を返す。
 亮が、睦月のそばにずっといたいな、と思ったのと同じくらい、睦月もそう思ってくれていたら、嬉しいな。

「…亮、お休みー」
「え? いや、ちょっ待って、薬薬!」
「お粥食べたから治るー」
「薬も飲まないとダメ!」

 もそもそと睦月がふとんに潜り込もうとするから、亮は慌てて水と薬を持って戻ってくる。
 睦月がいつもの様子になってくれてよかったけれど、これはこれで手が掛かってしょうがないかも…。

「…何? もう薬飲んだ」

 何とか睦月を宥めて薬を飲ませると、亮はちゃんとふとんを掛けてあげて…………なぜか睦月の手を繋いだ。
 これから睦月、寝るのに……手を繋いだまま?

「むっちゃんと、手、繋ぎたい気分」
「風邪うつるよ?」
「うつんないよ」
「うつっても、俺、お粥作れない」
「そこは期待してない」

 別に睦月は、亮と手を繋ぎたくないわけではないし、こうしていたって、お休み3秒だから、眠れないわけでもないけれど。
 こんなことするの、初めてだな、て思う。

「むっちゃんのそばにいたいんだよ」
「変な亮ー。しょうがないから、繋いでてもいいよ」
「…うん、ありがと」

 そして睦月は、目を閉じる。
 雨がやまない。
 でも、亮がいるから、大丈夫だよ。



*END*



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