恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年07月

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恋の女神は微笑まない (57)


「は? ………………はい? ……………………はぁっ?」

 最初のメールで嫌そうに眉を寄せた千尋は、続いてのメールでさらに表情を険しくした。
 そして、ただ今受信したばかりメールによって、何を寝惚けたことを言ってやがるんだ、とということを、隠しもせずに顔に表した。

 それもそうだろう。
 まず初めのメールで遥希は、某アイドルショップに琉の新しい写真が入荷するから買いに行きたい、と言って来たのだ。行きたければ勝手に行けばいいだろうと思いつつ、嫌な予感を覚えたため、千尋は眉を寄せたのである。
 次のメールでは、案の定、1人で行くのが恥ずかしいから一緒に行こう、と千尋を誘って来た。よくあるパターンだ。毎回あれほど千尋が嫌がっているのに、懲りないヤツだ。

 問題なのは、最後のメールである。
 千尋からの返信がない間に、遥希なりにいろいろと考えたのだろう。『さっきのなんだけど』と始まったそのメールには、『tちーちゃん、大和くんの写真欲しいでしょ? なら、一緒に買いに行くの、ちょうどよくない?』とあったのだ。
 千尋が『はぁっ?』と声を大きくするのも無理はない。

 千尋が大和とお試しでお付き合いしていることは遥希も知っているからいいとして、だからと言って、どうして千尋が大和の写真を欲しがらなければならないのだ。
 恋人(仮)だから? 好きだから? いやいや、だとしても、遥希と一緒に写真を買いに行く理由にはならない。

「うん、見なかったことにしよう」

 幸いにもこれはただのキャリアメールで、千尋がこのメールを読んだかどうかは遥希には分からないことだから、まだ見ていないことにして、返信しないにしよう。
 大和の写真を買いに行く気など更々ないが、断ると遥希は面倒くさいから、無視するに限る。

 というか、前々から思っていたし、もしかしたら遥希に直接言ったことがあるかもしれないけれど、どうして遥希て、琉の写真を買いたがるんだろう。
 もちろん千尋だって、恋人と一緒に写真を撮ったことはあるし、そういう意味で写真を欲する意味は分かるのだが、遥希は今、まさしく琉とお付き合いしているのだから、買いに行かなくても、写真なんて撮り放題だろうに。
 確かにアイドルショップで売っている写真は、撮影現場のオフショットとかで、プライベートでは撮影できないものだけれど(遥希に無理やり見せられているから千尋も知っている)、琉に言えば、そんな写真、ただでくれそうな気もする。
 つまり、わざわざ女の子だらけのアイドルショップに行かなくても、琉の写真を入手する方法などいくらでもあるのだ。

(ったく、男がアイドルショップに行くのが恥ずかしいのは分かってんのに、何で俺まで連れてこうとするかなー)

 1人で行っても恥ずかしいけれど、2人で行けば恥ずかしさが半減するはずもなく、むしろ倍増すると思うのだが。
 しかも遥希は、膨大な量の琉の写真を前に、すっかりテンションが壊れて変な子になってしまうから、倍増の上にさらに恥ずかしさを上乗せするはめになるのだ。

「まーったく、しょうがないんだから、ハルちゃんは」

 周りからすれば五十歩百歩、どっちもどっちなのだが、千尋は遥希に対して、いつもそんなことを思っている。
 そして千尋は、本当に返信をしないでスマホをしまうと、帰路に就いたのだった。



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恋の女神は微笑まない (58)


ryu & haruki & yamato

 紛うことなき琉ファンである遥希だが、まったく品行方正もいいところなファンでもあるから、いくら琉と付き合っているからといって、その仕事現場にお邪魔することになろうとは、天地が引っ繰り返っても思い付かないことだった。
 何しろ、毎日琉からメールが来るだけで胸は高鳴るし、会えば微熱に浮かされたようにポーッとなっている遥希だ。それだけでも十分、夢のような日々なのに。

 なのに今。
 間違いなく遥希は、FATEの新曲PV撮影現場にいる。

 昨日の夜、酔い潰れた千尋の家に泊まろうとした遥希に対して、仕事の終わった琉が、代わりに大和を泊まらせればいいと言って、遥希を連れて行き。
 遥希的には自分の家に帰るものだと思っていたのに、着いた先は琉の家で。一体どうしたことかと思っている間に、ベッドの中で隅から隅まで琉に愛され、気付けば翌朝。
 琉を迎えに来た南條に、あられもない姿を見せることだけは避けられたが、琉が『ハルちゃんも一緒に行こ?』と顔を覗き込んで来たときは、琉のアップにときめいたり、そのセリフに驚いたりと、大層変な顔はしていたと思う。

 理解不能すぎて、遥希は変な顔のまま固まってしまったのだが、琉は、『だってハルちゃん、今日学校お休みでしょ?』と、遥希にしたら的外れなことを、当たり前みたいな顔で言って来たのだ。
 困って南條を見れば、溜め息交じりに頭を抱えているから、そりゃそうでしょ! と遥希は思ったのだが、南條はといえば、『また小野田くんの予定も確認しないで勝手に決めて』なんて、遥希が思っていたのとは全然違うことに呆れていたようで。
 え、遥希の予定が空いていたら、琉の仕事に付いていくこと自体はいいの?? と遥希はますますポカンとなってしまった。

 そして、何が何だか分からない遥希を置いてきぼりに、話はあれよあれよという間に進み、結局遥希は琉と一緒に、この撮影現場にやって来ることになったのだった。

 広いスタジオに組み上げられたセット。
 周囲はたくさんの撮影機材で囲まれ、さまざまなスタッフが忙しく働いており、琉と大和は撮影監督と打ち合わせをしている。

 場違いとはまさにこのことだと、遥希は今、身を以ってその言葉の意味を知った。
 とにかく撮影の邪魔にならないようにしないと……そのためには、このスタジオの中にいないほうがいいのでは? と思うものの、ここを出て、やたらなところでウロウロしていて不審者と思われるのもまずいので、遥希はただひたすら、南條の横で大人しくしている。

「…小野田くん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「ぅぇっ!? あ、はいっ」

 息をも殺す勢いでジッとしている遥希に気付いたのか、打ち合わせ中の2人を見ていた南條が、遥希のほうを向いた。
 緊張しながらも、今日の琉の衣装カッコイイ…! いや、琉はいつもカッコいいけど! とか思っていた遥希は、突然南條に声を掛けられて、返事の声を引っ繰り返してしまった。
 いやいや、こんな現場にいきなり連れて来られて、緊張するなと言うほうが無理だろう。



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恋の女神は微笑まない (59)


「でも南條さんー…、俺、本当にこんなトコ……あ、いや、こんなトコていうか、あの、俺、来てもよかったんですか? だって全然部外者なのに…」

 うんと声を小さくして、遥希は南條に尋ねる。
 今からでも遅くはないから、遥希は帰ったほうがいいのでは?

「いや、部外者て言うほど部外者でもない気はするけど…。小野田くんが帰ると琉が拗ねて大変だから、小野田くんが嫌じゃなかったら、いてくれたほうがありがたいな」
「そ…そうですか?」

 たとえ社交辞令だとしても、そう言ってもらえると嬉しいけど…………拗ねる?

「でも、朝いきなり一緒に行くみたいな話になって、どこに行くのかと思ったらPVの撮影で、すごくビックリしました」
「琉から聞いてないの? 新曲のこと」
「前にちょっとだけ聞きましたけど、まさか今日がPVの撮影とは思ってなくて…。こういうのって時間が掛かると思ってたから、お昼からなんて、想像してなくて」
「あぁ、準備の都合もあって。でも確かに今日だけじゃ終わんないから、明日も撮影なんだけど」
「そうなんですか」

 完成すれば5分弱の映像だけれど、それを制作するには、たくさんの時間や手間やが掛かっているのだ。
 遥希は視線を南條から琉のほうに戻した――――と、しっかりとこっちを見ていた琉と目が合った。

「ったく、アイツは…。自分で連れて来ておいて、小野田くんが俺と喋ってるの見て、嫉妬すんなっつの」
「え? え? 何ですか?」

 思春期でもなし、目が合ったくらいでドキドキしている場合でもないのだが、そこはそれ、遥希は相変わらずそんな調子なので、隣で南條が琉に呆れていても、殆ど耳に入っていない。
 琉は琉で、大和に肘鉄を食らっているのだが…。

 それから琉と大和は振り付けの確認を始めた(いくら遥希が見に来ているとはいえ、当然仕事には集中しないとなので)。その様子を、映像用のカメラとスチルカメラが追っている。
 まだ本番が始まっていないのに撮影しているのは、恐らく特典映像として、PVとともにこの様子が収録されるからだろうし、スチルは今後、ショップで売り出されるのだろう。

(オフショ…………欲しいっ…!)

 これから発売されるであろうオフショットのことを思ったら、今まで、俺ホントにここにいていいのかな…と不安に感じていた遥希もテンションが上がってくる。
 琉の写真、絶対に全部買いする! と遥希は心に決めたが、別にこのPVの撮影の様子を見て、改めて決意せずとも、毎回遥希は琉の写真をすべて買ってはいるのだが。

(琉のこと見てたいけど、ちーちゃんにメールして来たいっ…)

 千尋に、一緒に写真を買いに行こう、とメールをしたい。今すぐしたい。
 いや、写真が発売されるのはまだ先だし、発売日に完売はないだろうから、何も今すぐ千尋にメールをしなくてもいいのだが、テンションの上がって来た遥希は、この喜びというか興奮というか、すぐにでも千尋に伝えたいのだ。



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恋の女神は微笑まない (60)


「あ、あ、あの南條さんっ…」
「ぅん?」
「ちょ、ちょっと、メールして来ていいですか?」
「いいけど……ここでしたら?」

 遥希ががんばって興奮を抑えながら言ったら、南條がキョトンとして答えた。撮影に支障が出ないよう、スマホはマナーモードに設定済みだし、電話ではなくメールだから。
 しかし、カメラとかムービーの機能とかあるのに、この場でスマホを操作して、あらぬ疑いを招かないだろうか。

「え? いや、外でしてきてもいいけど?」
「あ、はぁ、あの、ここでしても、大丈夫なんですか…?」
「うん、別に平気だよ?」

 南條は気軽にそう言ってくれるけれど、それが彼が遥希のことを知っているからで、周りの人にしたら遥希なんて、誰この人状態だから、怪しすぎる気がするのだが…。
 でも、南條がそばにいるし、誰かに咎められたら、助けに入ってくれるのだろうか。

「じゃ、じゃあ、すぐにしますっ…」

 せっかく南條がそう言ってくれたんだから、すぐにメールしないと。
 怪しまれる云々もそうだが、メールに気を取られて、琉の格好いい姿を見逃したくない!

「……………………よしっ、あっ」

 琉の写真が入荷するから買いに行きたい、と急いでメールを送った遥希は、送信完了した直後、大切なことを書くのを忘れていたことに気が付いた。
 千尋も一緒に行ってくれるよう、お願いしていない。
 琉の写真が発売されたら、即全買いのくせに、相変わらず遥希は、1人でアイドルショップに行くのが恥ずかしいのだ。
 慌てて遥希は、一緒に買いに行こう、と千尋を誘うメールを送った。

「ふぅ…」

 これで、写真が発売されたら、買いに行くことが出来る。
 でも千尋は、遥希が誘ったうちの10回に10回は拒絶するからなぁ…。そのうちがんばって1回くらいは嫌々付いて来てくれるけど…。
 どうやったら千尋は、快くすんなりと一緒に来てくれるんだろう。琉の写真を買うとき、遥希は基本全部買いだから、優柔不断で千尋をイライラさせるようなことはないはずなのに。

 よし、今回も千尋に拒絶されたら、千尋のお姉ちゃんに付いて来てもらうことにしよう。
 千尋は、お姉ちゃんに連絡を取ることも、面倒くさいと言ってなかなか乗り気にならないだろうけど、自分で行くのとお姉ちゃんに連絡するのとどっちにするのかと言えば、どちらかを選んでくれるはずだ。
 遥希にしたら、本当は千尋とのほうがいいけれど、千尋のお姉ちゃんも、遥希が琉と付き合っていることは知らなくても、遥希が相当な琉ファンであることは知っているから、一緒に行ってくれるなら有り難い。



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恋の女神は微笑まない (61)


「よし、オッケー」

 遥希はスマホをしまって、セット上の琉に集中した。
 これから何十万もの人か聞くであろう曲、目にするであろうPV、それを今、関係者でも何でもない遥希が、誰よりも先に耳にする。ファンの子たちには本当に申し訳ないけれど、すごく嬉しい…!

「はぁ…、琉、かっこいい……ぁ、」

 思わず心の声が漏れてしまい、遥希は慌てて口に手をやり、そっと隣に視線だけを向けた。
 仕事柄、南條も撮影中の琉と大和に集中していたようで、遥希の声に気付かず前を向いていたので、遥希はホッとした。いくら南條が琉と遥希のことを知っているとはいえ、こんなこと聞かれたら恥ずかしい。

 それから、2人のダンスシーンの撮影は、途中に打ち合わせや振りの確認を挟んで、数時間に及んだ。
 曲の同じ部分をいろいろな角度から何度も撮ったり……遥希も特典映像でのメイキングシーンでそういうのを見ているけれど、実際に目の当たりにすると、もっとずっと大変なことなのだと知った。

「今日の撮影はこれで終わりになりまーす」

 スタッフのその声に、周囲から「お疲れ様でーす」と声が上がり、琉と大和が頭を下げながら、セットから下りてくる。
 遥希はその様子を眺め続けている。琉が近付いてくる。

「お待たせ、ハルちゃん。疲れてない? ずっと立ちっぱだったでしょ?」
「…………え……? あ、あれ? 琉?」

 いつの間にか目の前に来ていた琉が声を掛けて来たので、遥希は正気に返った。
 確かに遥希は、琉がこちらに向かってくるのを見ていたのだけれど、もうずっと夢心地だったから、その辺のところは曖昧で、気付いたらそこに琉がいて、ビックリした。

「ハルちゃん? 大丈夫?」
「…うん。琉、お疲れさま…」

 遥希があんまりにもボーっとしているようだったから、琉は遥希の目の前で手を振ってみると、どうやら意識ははっきりしているようだ。
 そんな2人の様子を眺めながら、大和は南條の肩に腕を乗せた。

「少女マンガだったら、これ今、目の中にハートあるよね、ハルちゃん」
「え…、そういう表現て、今もあんの? 昔のマンガじゃなくて?」

 わざと呆れた口調で言って来た大和に、言い得て妙だと思いつつ、まだ周りにスタッフが大勢いる中、そんな甘い空気を出すんじゃない! と、どのタイミングで琉に言おうか、南條は悩んでしまう。
 一応、今日の分の撮影は終わったから、メイキング用のカメラは撮影を止めているはずだが、万が一にもそれに映り込んでしまったら大変だ。
 遥希の性格からして、普段だったら周囲の人に大変気を遣うはずなのに、まったく気付かず琉に見惚れているあたり、まだ夢から醒めていないのかもしれない。



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恋の女神は微笑まない (62)


「ホラ、控え室に戻るぞっ」

 とりあえず控え室に行けば、周囲の目からは逃れられるので、南條は琉の背中を叩いて先を促した。
 そんな南條に、琉は隠そうともせず、不満そうな顔を向ける。

「チッ、南條、邪魔しやがって」
「ちょっと待て。何する気だったんだ、お前は」

 どちらかといえば南條は、琉が暴走して、それを誰かに見られるかもしれないという状況を救った人間なのに、どうして舌打ちをされなければならないのだ。

「早く行けー」
「はいはい」

 そんなに言わなくても分かってるよ、と琉は肩を竦める。
 そしてサラッと遥希の手を取ろうとして、南條からはその手を叩かれ、大和からはきつく睨まれ、仕方なく琉は断念した。

「ねぇハルちゃん、何食べたい? 今日」
「え? 今日? 今日の夜?」
「うん。どこで食べる? あ、それとも、どこにも寄らないで帰ろっか。そのほうが早く2人になれるもんね?」
「え? え?」

 ものすごく当たり前のように琉はそう言ってくるけれど、その意味を計りかねて、遥希は首を傾げた。
 今の琉の言い方では、今日の仕事はこれで終わりで、遥希は琉と一緒にご飯を食べるし、琉の家にも行くようだ。いや、琉が遥希の家に来るのかもしれないが。
 仕事がこれで終わりかどうかは、遥希が知らないだけで、そういうスケジュールなのかもしれないが、そうだとして、まぁ夜ご飯を一緒に食べるのもいいけれど、今夜もまた遥希は琉と一緒に過ごすの?
 もちろんそうだったらすごく嬉しいけれど、そんなに毎晩毎晩、悪くないだろうか。

「水落ー、まだ廊下だぞー」

 どういう意味なのか、遥希は琉に聞き返したかったけれど、周りにいるのは南條と大和だけだし、声だってうんと小さくして喋っていたのに、無粋な南條の声が割って入って来た。
 琉はその声を無視したけれど、遥希は我に返って、慌てて琉から距離を取った。

「ったく、南條のヤツ…。ハルちゃん、ご飯、何食べたいか考えといてね?」
「え、あ、うん」

 ようやく控え室に到着し、ドアを開けて中に入るタイミングで、琉がこっそりと遥希の耳元で囁くから、ビックリして遥希は思わず頷いてしまった。
 あれ? あれ? 結局琉とご飯に行くことになっちゃった。



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恋の女神は微笑まない (63)


「…………琉なんか死んじゃえ……」

 遥希がまた夢の世界に入り掛けていたら、背後から大和の恨めしい声がして、現実の世界に引き戻された。

「お前なぁ」
「こんなところでイチャイチャしてる琉が悪い」

 呆れていいのか突っ込んでいいのか分からないでいる琉に、大和はシレッと返す。
 こんな感じのことを言い合っている2人だけれど、本当は仲がいいのを知っている遥希としては、ちょっと羨ましい。
 でも、それにしたって、大和は琉と遥希がイチャイチャしていると言うけれど、大和だって大好きな千尋と、お試しとはいえお付き合いを始めたのだから、そんなこと言わなくても…。

 ………………。

 あ、そっか。千尋は大和と付き合ってるんだ。
 琉の写真を買いに行くの、千尋が一緒に行くのを嫌がったら、千尋のお姉ちゃんにお願いしようと思っていたけれど、大和と付き合っているなら、千尋だって大和の写真を欲しいはずだ。
 なら、一緒に買いに行ける!

「えへへ…」

 さっそく千尋にメールしないと。
 琉と大和が着替えに向かったのを確認すると、遥希は控え室の隅でコソコソとスマホを取り出した。
 先ほどの現場でスマホを操作していても何も言われなかったのだから、今ここだったら大丈夫だろうけど、念のため、怪しい動きをしていないように気を付けないと。

 メール画面を開けば、予想どおり千尋からは何の返信もない。
 でもそれもいつものことだから、遥希は気にせず、『さっきのなんだけど、ちーちゃん、大和くんの写真欲しいでしょ? なら、一緒に買いに行くの、ちょうどよくない?』と、メールを送信した。

「…よし」

 これで千尋と一緒に写真を買いに行ける。
 琉と大和が同じユニットである以上、新しい写真が追加されるタイミングは同じはずだから、これからは写真を買いに行くのに困ることはない。
 嬉しすぎる!

「ハルちゃーん。何スマホ弄りながらニヤニヤしてんの? メール? 浮気?」
「うわっ琉!」

 琉の写真を買いに行くことで頭がいっぱいになっていた遥希は、そばに琉が来ているのに全然気付いていなくて、突然掛けられた声に、ビクリと肩を竦ませた。
 しかも、メールは送信されて、画面に文面は表示されていないのに、驚きのあまり、遥希は思わず画面を隠してしまった。
 メールを送った相手は千尋であり、浮気でも何でもないのだが、これでは挙動が不審すぎて、あらぬ疑いを掛けられかねない。



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恋の女神は微笑まない (64)


「え…、何、まさか本気の浮気?」
「違うよ! ちーちゃんだし、メール送ったの」

 琉が冗談で言って来ているのは分かるけれど、冗談でもそんなことしているとは思われたくないので、遥希はすぐに反論する。
 何なら、本当にメールの相手が千尋だと、スマホの中身を見せてやってもいいんだけれど、しかし、送った内容が写真を買いに行きたい的なことだから、ちょっと恥ずかしい。
 別に、琉の写真を買うことを恥ずかしいとは思わないけれど、こんなところで、そんなメールを送っているという事実は、やっぱり知られたくない。

「…ホントだよ?」
「分かってるよ。でもハルちゃんて、アイツには結構メールするのに、俺には自分からメールしてくんないよね」
「そんなこと…、だって琉、仕事で忙しいかな、とか思って…」
「いや、メールだからさ。仕事してるときは見れないけど、時間空いたら見るから。何で俺よりアイツにばっかメールすんの?」
「琉…」

 子どもみたいなわがままを言って、琉が顔を覗き込んでくるから、遥希はまた場所を忘れて、ポーッとなってしまう。
 だって、ただでさえ琉のことを好きでしょうがないのに、その琉にこんなふうに甘えて来られたら、夢見心地になるのも仕方がない。

「嫉妬深い男は嫌われんぞー」
「イテッ。…んだよ、大和」

 後ろから大和に蹴られて、琉が迷惑そうに振り返る。
 確かに先ほどの琉のセリフは、普通に聞いたら、嫉妬深さが滲み出ている…。

 琉が離れて、寂しく思う反面、遥希はちょっとホッとした。
 先ほどのように、周りにスタッフがいるわけではないが、琉との関係を知っているとはいえ、大和や南條がそばにいるのだ。琉と一時でも離れたくはないけれど、人前で堂々とそんなことが出来るほど、オープンな性格ではないから。

「暇さえあればお前からメールしてんだから、そりゃ、ハルちゃんのほうからメール来る率、下がるに決まってんだろ」

 呆れたように、大和はごく当たり前のことを言った。大和だって、恋人となら毎日でもメールとかしたいほうだけれど、琉には敵わないと思うくらいだから、余程だ。
 けれど、遥希は遠慮してメールとか出来ないでいるだけで、琉からメールを受け取ること自体は嫌ではなさそうだから、ちょうどいいのだろう。

 これが、メールとか面倒くさい、と言い捨てた千尋だったら、そうもいかないだろう。大和が毎日メールを送っても嫌いにはならないと言っていたけれど、さすがにこのレベルでメールが来たら、ウザがりそうだ。
 …いや、けれど、遥希からは相当数のメールが来ているとも言っていたっけ。
 返事をするのは面倒くさいけれど、見るだけならいいってことか(見るくらいは見ているんだよね? 受信するだけで見てもいない、なんてことはないよね?)



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恋の女神は微笑まない (65)


「ねぇねぇ、ハルちゃんて、そんなにちーちゃんにメールすんの?」
「え? えー? そんなに、て…」

 大和に問われ、遥希は言葉を詰まらせる。
 それは、自分のメールの送信数を人と比べたことがないため、多いか少ないかが分からなかったからと、もし『そうだよ』と肯定したら、琉が拗ねそうだったからだ。
 でも、改めて問われて考えてみると、遥希は、琉が遥希に送ってくれるメールと同じくらいか、もしくはそれ以上に、千尋にメールをしているかもしれない。
 うん、これは絶対に口には出せない…。

「でもさ、ちーちゃんて、メールとかあんましないんでしょ? 面倒くさい、て」
「あー……うん、そうかも。メールしても、殆ど返事来ない」
「えっマジで!?」

 千尋からメールの返事が来ないのはいつものことなので、遥希は素直に大和の言葉に頷いたが、琉にはそれが信じられないようで、非常に驚いている。
 いや、遥希にしても、そんなことが普通なのは千尋くらいで、他の人だったら絶対にあり得ないとは思う。
 もちろん、時々返事をし忘れることなら、遥希にだってあるし、誰にでもあることだろうけど、ここまで返信をしない率が高いのは、千尋を措いてほかにはいないだろう。

「え、ハルちゃん、そんななのに、アイツにそんなにメールすんの? 何で? 何で?」

 何かの約束をするときとか、返事が必要な場合はちゃんと来るけれど、そうでないときは10回に1回返事が来ればいいほうだと明かせば、琉はますます、信じられない! といった顔をした。

「でも、全然返事来ないのに、メール送りまくってるハルちゃんもハルちゃんだよね。すごすぎる…」

 遥希からストーカー並みにメールが来る、と千尋が言っていたとき、大和は、大袈裟な物言いだな、と思っていたのだが、遥希の話も併せて考えると、それもあながち間違いではない気がして来た。
 1日に送るメールの数が多いか少ないかの基準はそれぞれだろうけれど、そこまで返事が来ないのに送り続けていたら、千尋からそんなことを言われても仕方がない気が…。

「だってね、ちーちゃん、すっごい寂しがり屋だから。メールすんの面倒くさいとか言ってるけど、誰からもメール来なかったら、超寂しがると思うんだよねー」
「えー? アイツが寂しがり? 全然想像付かないんだけど。つか、寂しいくせに、何で自分からはメールしないんだよ」
「面倒くさいからでしょ?」
「え…。いや、何となく矛盾してると思うのは俺だけ…?」

 琉の疑問に、遥希が当然のように答えてくれるが、やっぱり何かがおかしいような…。

「つか! そうだとしても、これからはハルちゃんがそんなにメールしなくてもいいでしょ? 大和がいんだから。アイツのことは大和に任しときゃいいんだって」
「大和くんに?」
「でしょ? アイツと付き合ってんのは、ハルちゃんじゃなくて大和なんだから。毎日メールすんのは、彼氏の仕事にさせておきなさい」
「琉…!」



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恋の女神は微笑まない (66)


 キスでもしてきそうな琉に、遥希も当然慌てるが、『付き合っている』とか『彼氏』とか、そんな言葉を出された大和も慌てる。千尋とのことは、まだ南條には何も言っていないのだ。
 別に、恋人が出来たらマネージャーに報告しなければならないという決まりはないが、相手が相手だけに、いつかは南條に知らせなければならないとは思う。けれど、そうするには、それなりの覚悟が必要だ。
 遥希と大和は、同時に南條のほうを振り返ったが、幸いにも南條は電話をしながら何かメモを取っていて、こちらの様子には気付いていないようだった。

「バカ琉」
「何だよ」

 余計なことを言うな、と琉を睨んでも、分かっていてとぼけているのか、本当に分かっていないのか、琉は小首を傾げている。
 遥希との関係は南條に知れているから、大和と千尋のことも同じように思っていて、分かっていないのかも…。

「とにかく! そんな気を遣って、アイツにそんなめっちゃメールするくらいなら、俺にしてよ。ね?」
「…ん、分かった。これからはなるべくそうする」

 別に気を遣って千尋にたくさんメールをしているわけでもないのだが(大体は琉とのことを惚気ているので、返事をしなくてもメールを読んでくれている千尋のほうが、よっぽど気を遣ってくれている気もする)、琉がそう言うなら、これからは琉にももっとメールをしよう。
 確かに琉に対しては、気を遣って……というか、つい遠慮して、メールの数も控えめにしていたから。

「…んだよ、結局はお前らがイチャイチャする口実作っただけじゃん、俺」

 何となく当て馬にされた気がして、大和は琉の足を蹴っ飛ばした。
 まぁ、千尋本人の言葉からでは分かりづらかったことが分かったので、それは良しとするが(でもそれは飽くまで遥希のお蔭なので、蹴飛ばしたことを謝罪するつもりはない)。

 自分から発信するのは面倒くさいけれど、メールやメッセージが何も来ないのは寂しいなんて、千尋のわがままもここに極まれりといった感じはするが、遥希から大量のメールが送られて来ても、遥希のことを嫌いにはならないし、面倒くさいとは思わないと言っていたのは、口先だけのことではなかったようだ。

 メールをするのが面倒くさいだけで、受信したメールを見ることは見る、と言っていた千尋の言葉を信じて、大和は千尋にメールを送ることを決心した。



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恋の女神は微笑まない (67)


yamato & chihiro

 琉にいいように丸め込まれた感じなのはムカつくが、南條に送ってもらって自宅まで帰る車の中で、大和はさっそく千尋にメッセージを送ってみた。
 とりあえず、自分からメールとかするのは面倒くさいけれど、返事をしなくていいなら受信すること自体は嫌ではない、というのが本当だと分かったので。

 ただ、内容は結局、千尋が『何その報告』と思うであろう、今日の出来事になってしまったのだが。
 確かに、そんなことを報告されても返事のしようがない、というのも一理あるが、メッセージのやり取りなんて、基本、そんなものではないだろうか。
 それを面倒くさがっていたら、業務連絡くらいしかすることがなくなるのは、当然だ。

 そう考えると、千尋は今の時代に学生でなくてよかったなぁ…と、大和は他人事ながらに思ってしまう。
 それなりにメールとかをしている大和ですら、最近の中高生のメッセージのやり取りや既読スルーの話を聞くと、そこまでどつぼに嵌らなくても…と感じてしまうこの時代、千尋みたいなスタンスだと、学生生活は大変そうだ。
 まぁ、千尋の性格からして、それも含めてどうでもいいと思って、我が道を行きそうな気もするが。

 遥希と違って、相手が忙しいだろうから…と遠慮してメールを送らないのではなく、自分が面倒くさいから送らないという理由が、いかにも千尋らしい。
 片想いのときとか、付き合い始めのころなんて、みんな、多少自分に無理をしてでも、よく思われたくて、相手に合わせがちなのに、そういうことは一切しないとか。
 それで想いが通じ合えないとしても、ずっと自分が無理をし続けるか、いつかそれがばれて相手の心が離れて行ってしまうくらいなら、最初から自分に正直でいるというのは、結構潔い。
 付き合ってみたら想像と違っていた…なんてこと、まったく聞かない話でもないから、千尋みたいにいられるのが本当はいいのかもしれないけれど、なかなかそうもいかないものだ。

 帰宅した大和は、とりあえず先にシャワーをして、それからスマホを確認すると、いつの間にか、送ったメッセージに既読マークは表示されていたが、それに返事はない。
 いわゆる既読スルーというヤツで、これは大和の予想した範囲だったけれど、やっぱりちょっと寂しい…。

 もしこれで大和が女の子だったら、明日あたり友だちに、『彼氏が既読スルーするんだけど! ヒドくない!?』とかって愚痴っているところだろうが、生憎大和は琉とそんなガールズトークをする気はないから、この件はこれで終わりとなるだろう。
 千尋には最初から、殆ど返事はしない、と言われている身だ。未読スルーでなく、ちゃんと読んでくれているだけでも、良しとしないといけないのかもしれない。


 それから2日間、大和は仕事が終わった後、千尋のメッセージを送ったけれど、既読にはなるものの、返事は来ないという状態。
 今なら、『既読スルーなんて愛がない!』と喚く女の子の気持ちが、少しながら分からないでもない。



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恋の女神は微笑まない (68)


 千尋がそういう性格だとは分かっているし、それで千尋のことを嫌いになったかといえば、別にそうでもないけれど、返事がなくて、全然まったく寂しくないと言ったら嘘になるわけで。
 お試しのお付き合い中とはいえ、大和は千尋のことを嫌いになる努力はしないといけないのだから、千尋にそのつもりがなくても、この行動は、それを助長しているようなものだ。
 今のところ大和は、千尋からの返信がなくても、嫌いになるほどでもないとは思っているけれど、このまま付き合っていて、例えばお試しでない本当のお付き合いをするようになってもこのままだったとき、果たしてそれに耐えられるのだろうかとは思う。

 このお試しのお付き合いは、千尋に大和のことを好きになってもらうためのものでもあるけれど、同時に大和が千尋のことを好きでい続けられるかのお試しでもあるのだと、改めて実感した。
 こんなに千尋のことが好きで、嫌いになるなんてないと思っていたけれど、その信念も今は少し揺らいでいる。嫌いにならないまでも、何の不安や寂しさを感じずにいられるのか、と。
 ただ、何の不安も不満もない関係なんて、理想的ではあるけれど、それこそあり得ないんだから、そんな先のことを心配するなんて、バカげているのかな。

 良くも悪くも、こんなに大和の気持ちを掻き乱してくれるのは千尋くらいしかいない…と、大和は、自分のメッセージしか表示していないスマホの画面を見つめながら思う。
 そして、入力し掛けていたメッセージを消去すると、アプリを終了させたのだった。



*****

 何となく千尋にメッセージを送らない日が続くこと3日。
 さすがにその間に1回くらいは……少なくとも3日目にもなれば、千尋からメッセージでも来るかと思ったが、受信したのはすべて友だちからで、千尋からは何も来ていなかった。
 メッセージを送っても返事はないし、千尋自らは送って来ないし、こんなことで、遥希はよく心が折れることなくメールを送り続けられるな…と感心する。

 けれど、返事を要することにはちゃんと返事をする、とも言っていたから、明後日の夕方から時間が空いたから会いたい、と送れば、何かしら反応はあるだろうか。
 もうすぐ新曲が発売され、その前後の期間ははプロモーションのために仕事量が増えて、会うのは余計に大変になるから、どうにか約束を取り付けたいけれど…。
 でも、もし返信があったら、その返事が『会うのは無理』という内容だったとしても、千尋から返事が来たという事実だけで、喜んでしまいそう…。

 大和にとっては久しぶりだと感じるぶりに、千尋にメッセージを送ってみれば、何と5分もしないうちに、スマホが着信を告げた。
 千尋の言葉が嘘でなければ、千尋から返事は来るはずだったけれど、今までの返信率の低さ(…というか皆無)から、誰か別の人からかと思ったのに、まさかの千尋からだった。

「マ…マジで…?」

 返信が来て、ここまで驚いた相手は、悪いが今までにいない。
 例えばその昔、片想いだった子にメールを送って、その返事が来たときだって、ここまで驚かなかった(…し、感激の度合いも今のほうがすごい)。
 ドキドキしながら内容をを確認すると、『いいよ』というあっさりしたメッセージの後に、なぜか熊が寝転んでだらけているスタンプが押されていた。



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恋の女神は微笑まない (69)


「………………え?」

 最初の『いいよ』は、大和の『会いたい』に対する返事だから、つまり会えるということなんだろうけど、その後のスタンプの意味が…。
 会うことは会うけど、ダラダラしていたい、てこと?
 それとも、本当は全然乗り気じゃないてこと??

 戸惑いのあまり理解不能に陥って、大和が固まっていたら、千尋からまたメッセージが送られてきた。

『間違えて隣のスタンプ押した』

 そしてその後には、熊がキメ顔で親指を立てているスタンプが。
 どうやら、了解、という意味でこのスタンプを押したかったのに、間違えて違うものを押したらしい。

「ちーちゃん…」

 今日まで、メッセージのやり取りのことに関しては、何となくモヤモヤしたり、勝手に不安がったりしていたけれど、今ので、急に力が抜けてしまった。
 初めて大和に送ってくれたメッセージで、スタンプ間違えちゃうとか。かわいすぎるでしょ。
 しかも、恐らくは、本当に送りたかったスタンプはこれだ、という意味で再度送ってくれたんだろうけど、『間違えて隣のスタンプ押した』の後にキメ顔じゃ、間違えたことに対してのキメ顔みたいだ。
 間違えたのに、キメ顔て。

「ちーちゃーん」

 じわじわと笑いがこみ上げてきて、大和は1人の部屋、ソファの上でジタバタと笑い続ける。
 それから、会えるのが楽しみだというメッセージを送ってみたけれど、案の定、何の返事も返って来ない。
 それでも大和は、それを寂しいとは思わず、笑顔でスマホをしまった。



*****

 千尋との約束の日。
 千尋も仕事があるから、大和が巻きめで仕事を終わらせても、すぐに千尋に会えるわけではないのに、気持ちが入ったのか、予定の時間よりも早く終わってしまった。
 仕事に私情を挟んだことは、ちょっと反省…。

 しかも、仕事が早く終わって、特に何の時間調節もせずに待ち合わせ場所に行ったので、当然ながら、予定の時間よりもずっと早く到着してしまった。
 千尋の性格以前に、まだ仕事が終わっていないのにメッセージを送っても返事が来るはずもないので、大和は特に連絡を入れることもなく、サングラスを装着して車を降りる。
 千尋の働く店は、名前を聞いて場所を調べておいたので、すぐに行ける。本当は大人しく車の中で待っているべきなんだろうけど、…1秒でも早く会いたいから。



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恋の女神は微笑まない (70)


 場所柄、流行りのファッションに身を包んだ子もいれば、とっても個性的な服装の人もたくさんいるから、アイドルオーラ満載の大和がいても、目立ちすぎるということはない。
 目的の店の前まで来て、大和はウィンドウから店内を覗いてみる。
 小ぢんまりとした店内に千尋の姿を確認することは出来なかったけれど、場所はここで間違いないし、千尋の教えてくれた終業時間はもう少し先だから、千尋はまだいるはずだと、大和は店のドアを開けた。

「―いらっしゃいませ」

 店に入ると、落ち着いた店員の声。
 千尋でないことは声で分かったが、無視するのもよくないので、軽く会釈をしてから店内を見回す。
 特にアパレル系の店は、客に声を掛けてくる店員が殆どだけれど、ここはそうではないのか、それともタイミングを見計らっているのか、挨拶以上に大和に話し掛けてくることをしない。
 それをいいことに、大和は、商品を選ぶふりをしながら千尋の姿を探した。

 けれど、ぐるっと店内を一回りしてみても、千尋の姿に出会わない。最初の挨拶でも千尋の声はしなかったし、もしかしてフロアに出ていないのだろうか。
 まだ仕事の終わる時間でないけれど、もしかしたら奥に下がって仕事をしているのかもしれない。そうなると、このままフロアに出ずに帰ってしまう可能性もあるわけで。

「ヤバ…」

 このままだと、行き違いになる恐れが…。
 店の人に千尋のことを聞いてみようかとも思ったが、そこまでするのも何だし(千尋も嫌がりそう…)、かと言って、今すぐ店を出るには、いかにも何も見ていない感じがする。

「お客様、いかがされました?」
「え? あ…」

 もう店を出ようか、それとももう少し千尋を探そうかとソワソワしていた大和は、傍から見れば、さぞかし挙動不審なことだっただろう。
 売り上げのための積極的な声掛けをしない方針の店員であっても、さすがにこれは怪しすぎて、声を掛けたくなる。

「あ、すいません、えと…」
「何かお探しですか?」

 声を掛けてきたのは、まるで同業者かと思うような、スラリと背の高い、甘いマスクの男だった。
 何か探しているのかと問われれば、捜しているのは千尋のことなんだけれど、さすがにそれも言えなくて、大和は言葉を詰まらせる。でも、FATEの山下大和が万引きを疑われるとか、絶対にマズイよなぁ…。

「えーっと…」
「店長ー、俺もう上が……あ、」

 言い淀んでいた大和に重なるように声がして、ひょっこりと千尋が顔を覗かせた。



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恋の女神は微笑まない (71)


 大和に声を掛けてきたのがこの店の店長で、終業時間となった千尋は、彼に挨拶をしに来たようだが、その言葉が途切れたのは、お客がいるのにそういうことを口に出してしまったせいなのか、そこにいたのが大和だと気付いたからなのか。
 サングラスをしていても、千尋とはこの姿で会っているから、大和だと気付かないことはないだろうが、千尋はときどき物凄い天然を発揮するからなぁ…。

「あ、ちーちゃ…」
「…何でここいるの? 俺の服、買いに来てくれたの? 俺のデザインしたヤツ。せっかくだから全部買ってってよ。今売り切れてるヤツ、来週入ってくるから、予約してってくれてもいいよ?」

 どうやら千尋は大和の存在に気付いてくれたようだけれど、その後に、にんまりと人の悪そうな笑みを浮かべて話す内容といったら…!
 セールストークというか、タチの悪い冗談であることは分かるのだけど、千尋が言うと、ちょっと本気ぽい…。

「…知り合い? 迎えに?」
「まぁ…、そんなところで…」

 大和は頭を掻きながら、店長さんに頭を下げた。
 確実に不審者には見られていただろうから、お騒がせしてスミマセン、という感じだ。しかも、何も買わないなら、お客でもないわけだし。

「迎え? 迎えに来たの? 服買いに来たんじゃなくて?」

 千尋はおもしろくなさそうに唇を突き出した。
 もちろん大和だって、ファッションに全然興味がないわけではないし、千尋がデザインしたという服も見たいけれど、今は早く2人きりになりたいというか…。

「この後、予定があるんでしょ? 服見てもらうのはまた今度にしたら?」

 店長のくせに商売気があまりないのか、店長さんが助け船を出してくれる。
 すると千尋は店長さんをも睨み付けて(いやいや、店長さんでしょ、と大和は思ったが、店長さんは慣れているのか何も言わない)、「支度してくる」と奥に下がった。

「ちなみに、ちーちゃんが……あ、千尋さんがデザインした服て…?」

 千尋の姿が完全に見えなくなると、大和はこっそり店長さんに尋ねた。
 デザインした服を店頭に並べてもらえるのだから、そのセンスは十分すぎるほどあるのだろうが、あんなに懸命に売り込もうとするところを見ると、もしかして売り上げが芳しくないのでは…?
 だとしたら、積極的に買って、応援してあげるのも悪くない。

「今、在庫があるのは、こっち。この3つ。後は売り切れ中で」
「売り切れ…」
「人気あるので」
「そうなんですか」



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恋の女神は微笑まない (72)


 fc2のメンテのため、更新遅くなりました。すみません!

 どうやら大和が心配するまでもないようだったが、それは、見せてもらった商品を見れば、すぐに分かることだった。
 1つはカジュアルな感じで、もう1つはそれよりも少しフォーマルなもの。そして最後の1つはユニセックスな雰囲気のもので、あ、これ千尋が着たらかわいいかも、と大和は思った。
 思ったら、咄嗟に言葉が出ていた。

「これ、くださいっ」

 キョトンとする店長さんに、大和は最後に見せられた1着を渡した。
 今日の大和の格好は結構ハードめだし、サングラスもしていて甘い顔立ちも隠れているから、この3着の中なら、ユニセックスのかわいらしいものよりも、カジュアル系だろう。
 店長さん的にも、アパレルショップで働く者としての手腕を発揮すべきか、本人の主張を素直に通すべきか、一瞬の迷いはあったようだが、大和の真剣な雰囲気が伝わったのか、「…かしこまりました」とレジに向かった。

 この店長さんには当然、大和自身が着るものだと思われているだろうが、大和としては、千尋に着せたいと思っているわけで。
 ただ千尋が、自分でデザインした服を大和からプレゼントされて、果たして着てくれるのだろうか、という不安は拭えない。というか、全力で突っ撥ねて、心底嫌そうな顔をする、という予想しか浮かばない。

「ありがとうございました」
「あ、はい」

 わざわざレジのカウンターの中から出て来て、店長さんが大和に商品を手渡してくれる。
 頭を下げた大和は、自分が未だにサングラスを掛けていることに気付いて、感じが悪いかな、と焦ったが、何のためにサングラスをしているのかを考えると、やはり外すことは出来ない。
 今ここで正体がばれて、自分だけが困るのならまだしも、千尋と知り合いであることがこの店長さんには知られているから、後々千尋に面倒を掛けてしまっては大変だ。

「支度した…………ぅん? やっぱ買ってくれたの? 何買ったの? 何買ったの?」

 スタッフルームから出て来た千尋が、大和の手にしているショップのバッグにさっそく気付いて、パタパタと近付いてきた。

「ねぇねぇ何? どれ? どれ買ったの?」
「…内緒」
「何で!」

 バッグの中を覗こうとする千尋に、大和はさりげなくそれを隠した。
 店長さんが苦笑しているのは、千尋の子どもぽい振る舞いのせいか、それとも大和がどう見ても似合いそうもない服を選んだことを千尋に知られまいと必死になっているせいか。
 それでも大和は、助けを求めるように、店長さんのほうに顔を向けた(サングラス越しでは、目で訴えられないと思ったので)。



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恋の女神は微笑まない (73)


「…村瀬くん、あんまりしつこくすると、せっかくの顧客を逃がしちゃうんじゃない?」
「ぅ? ………………」

 懸命に、大和が何を買ったのか探ろうとしていた千尋は、店長さんの一言に、大人しく引き下がった。
 今日までの短い関わりの中で、千尋て社会人としてちゃんとやっていけているのだろうか、と思ったことは実は何度かあったのだけれど、一応まぁ、仕事場で上司の言うことには従っているようだ(それ以前に、いかがなものかと思う行動もあったけれど)。

「お疲れ様でしたぁ」

 若干ふて腐れ気味に挨拶をして、千尋は大和を置いて、さっさと出入り口へと向かってしまう。
 苦笑いしている店長さんにつられて、大和も少し笑って頭を下げ、千尋の後を追った。

「で? どこ行くの?」
「ご飯にする? ちーちゃん、何食べたい?」
「大和くんが誘ったんだから、大和くんが決めて」

 店を出て、車まで向かう途中。
 日が沈み、暗くなった街は、会社帰りの人たちで、溢れ始めている。
 何となく千尋が素っ気ないのは、やはり先ほどの店でのやり取りが原因だろうか。

「リクエストがないなら、俺が勝手に決めちゃうよ?」
「勝手にすれば」
「え…、ちょ、怒ってる? 俺が何買ったか、教えないから?」

 店の中にいたときよりも、明らかに機嫌の悪くなっている千尋に、大和は焦り出す。
 あのときは店長さんがいる手前、大人しく引き下がったが、本来の千尋だったら、満足の行くまで自分の主張を通すだろうから、そういう意味では、今、非常におもしろくない気持ちでいるのかもしれない。

「怒ってないし。俺のデザインした服、買ってくれたんでしょ?」
「え、あ、えと…」
「は? 違うの? だとしたら、殴る」
「殴んないで! 買ったから!」

 千尋のデザインした服を買ったのは事実だが、自分で着るためでなく、千尋に着せたいと思って買ってしまったこともあって、思わず口籠ったら、千尋が物騒なことを口走った。
 誤解から殴られてしまうなんて、とんでもないことだ(いや、そうでなくても、殴るとか…!)。

「…そう。着てみて、よかったら…………また買ってね」

 えへ、と照れたように笑う千尋は、間違いなくかわいい。
 ほんの一瞬前まで、不機嫌そうに『殴る』とか言っていたのと同じ人だとは思えない。



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恋の女神は微笑まない (74)


「で、どこ行くって?」

 車の助手席に座った千尋は、運転席に乗り込んだ大和に尋ねた。

「ちーちゃん、ホントに何もリクエストないの?」
「んー……こないだはもんじゃだったし…………焼き繋がりで、焼き肉にする?」
「え……。いや、それ繋がってる?」

 千尋の発想が相変わらず突拍子もないので、大和は一瞬絶句する。
 もんじゃ焼きの『焼き』と焼き肉の『焼き』は確かに繋がっていないでもないけれど、本当に繋がりを重視するなら、お好み焼きとかのほうが当て嵌まるような…。
 というか、別に前回一緒に食べたのがもんじゃ焼きだったからといって、焼き繋がりで選ぶ必要もないわけで。
 もしかしたら、単に今、千尋が焼き肉を食べたいだけなんじゃ…。

「…何? 焼き肉、文句あるなら大和くんが決めてよね」

 焼き肉というメニューに対して文句は何もなく、千尋の発想に呆気に取られただけなのだが、その態度が千尋にはそういうふうに見えたらしく、せっかく直り掛けていた機嫌が、再び斜めになってしまった。

「文句なんかないって。じゃ、焼き肉にしよ? この時間だし……空いてるかどうか、聞いてからのがいいよね」

 時間的にちょうど夕飯時だし、行ってから満席で入れずにいろいろとお店を探すはめになるのは嫌だから、あらかじめ予約を入れようと、大和はスマホを取り出した。
 千尋は完全に店を探す気などなさそうだから、大和のセレクトでいいだろう。
 それなりにおいしくて、出来れば個室のあるお店…………大和がスマホで検索して、予約を入れているのを、千尋は何も言わずジッと見つめている。
 嫌なら絶対に何か言ってくるだろうから、黙っているということは、ここでいいということなのだろう。

「…じゃ、行こっか」

 スマホの画面を閉じて千尋のほうを向けば、なぜか千尋はパッと顔を背けた。
 …もしかして、スマホを覗き見していたことを、後ろめたいと思ったんだろうか。でも別にメールやメッセージの入力をしていたわけじゃないんだから、そんなに気にしなくていいのに。

 そんな千尋を微笑ましく思いながら、大和は車を発進させた。



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恋の女神は微笑まない (75)


 到着した焼き肉屋で個室に通され、2人でメニューを覗いていると、大和のスマホが音を立てた。
 幸いにも電話でなくメールだったので、緊急を要する用事ではないだろうと思われるが、千尋と2人きりでいるときなのに、タイミングが悪い…と大和は眉を寄せた。

「ゴメン、ちーちゃん、メール見ていい?」

 緊急の用事ではないだろうが、仕事に関係することの可能性もあるので、着信に気付いていて無視することも出来ない…と、大和は千尋に了解を取る。
 すると、着信音にも特に反応していなかった千尋が、キョトンとした顔で大和のことを見た。

「別にいいけど…………むしろ、何で俺に許可を求めんの?」

 すごく不思議そうに、千尋は大和のことを見つめた。
 お試しとはいえ、恋人と2人でいるときに、他人からのメールを見るとかデリカシーないなぁ、と思って尋ねたのだが、コテンと首を倒している千尋は、どうやらその意味が分かっていないらしい。

 そこまでメールに関心がないか…! と驚きつつも、許しを得た大和がメールを開くと、相手は南條で、明日のスケジュールに少々の変更が生じたとの内容だった。
 とりあえず、朝一の仕事の時間がさらに早まった、なんてことではなかったので、ホッとする。

「よし、決めた! こっからここまで」
「ちょっ…!」

 大和がメールの返信をしている間に、食べたいものを決めたらしい千尋だったが、その指が差したのは、肉のメニューが載っている部分を、上から下まで。
 いや、それって別に、『決めた!』とかじゃないし!

「大丈夫、全部1皿ずつにするから」
「いや、それの何が大丈夫なのか教えてほしい」

 1皿ずつだから、2人で食べれば食べ切れるとか、そういうこと? それとも大和と一緒だから、お財布の心配はいらないと思ってるとか?
 本気と冗談の境界線の分かりにくい千尋に、大和はまたも困惑するはめになる。

「あのさ、ちーちゃん、一気に全部頼むんじゃなくて、ちょっとずつ頼もうよ。最終的に全部頼むことになってもいいから。ね?」
「そぉ?」
「一気にそんなにたくさん出て来たって、焼けないでしょ。網、この大きさなんだし」

 本当はそんな理由でなく、頼むだけ頼んで食べ切れなかったときのことを思ったのだが、それを言うと千尋はまた、『食べ切れる!』とむきになりそうだから、そう言っておく。
 大和的には、そんなに説得力のあるセリフとも思わなかったが、千尋はあっさりと納得して、「分かった」と頷いた。



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恋の女神は微笑まない (76)


「あ、でもコーラは頼んでいい?」
「いいけど……それこそ、コーラでいいの?」
「ぅ?」

 イメージでしかないが、イブの夜や、酔い潰れた千尋の世話をするため、遥希と交代して千尋の家に泊まったときのことを思うと、千尋てアルコール好きなんだと思っていたのに。

「いや…、だって大和くん飲まないでしょ? 車だし」
「ぅん?」
「俺だけ飲むのもあれかなぁ、て思って」

 意外なところで遠慮を見せる千尋に、大和は目を丸めた。
 でもそういえば、この間ベロベロに酔っ払っていたときも、仕事が終わったところだと大和が電話で告げれば、自分だけが飲んでいたことを申し訳なさそうにしていたっけ。

「いや、飲みたかったら飲んでいいけど。その代わり、酔い潰れたら、俺んち連れてくよ?」
「潰れねぇし! あれは自分ちだったから!」

 千尋は慌ててそう言ったが、大和が見た2回とも、千尋はものすごく酔っ払って、最終的に寝てしまっていたけれど…。
 でもまぁ、イブの夜も、あのままホテルに泊まるつもりだったからこそ潰れて寝てしまっただけで、本当に外だったらちゃんとしているのかもしれない。

「じゃあビール…………うー……でも焼き肉にビールなんて、最強だけど、最悪だよね!」
「そう?」
「やっぱりここは、鳥のささみとプロテインとかじゃない!?」
「あー…………そういうこと?」

 焼き肉を食べたがったのも千尋だし、アルコールの中でビールを選んだのも千尋なのに、何を悩んでいるのかと思いきや、千尋の大好きな筋肉のことだったらしい。
 ささみとプロテインなら、確かに筋肉には非常によさそうだけど…。

「メニューにプロテインはないんだし、食べたいもの食べたら?」

 これで千尋がプロボクサーとかならそういうわけにはいかないけれど、千尋は筋肉大好きとはいえ、グラム単位で体重を管理する必要があるわけでもないのだし。
 そもそも、もしそうだったら、焼き肉屋を選んだ時点でアウトだ。

「じゃあビール」

 大和に言われると、千尋はあっさりと飲み物のオーダーを決めた。やっぱり飲みたかったらしい。自分の欲求には素直なところは、いかにも千尋らしい。
 笑いながら大和が注文を済ませると、再び大和のスマホが音を立てた。
 念のため千尋のほうをチラリと見たが、やはりまったく気にならないのか、千尋はメニューをめくっては、「麺食いたい」とか、「あんま辛過ぎんのはダメなんだよなぁ…」とか、言っている。

 今度は千尋に断わることなく、大和はメールを開く。
 相手は再び南條で、明日の迎え時間を確認する内容だった。メールが好きだから、という理由からでなく、南條が心配性だから、大和はちゃんと了解のメールを入れておく。
 友人たちとはメッセージアプリでやり取りすることが殆どだから、キャリアメールのほうは、南條からのメールで埋め尽くされていて、何だかそれが笑える。
 南條以外だと、事務所からも結構来ていて、これだけ見ると、何だかすごく仕事熱心な人みたいだ。



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恋の女神は微笑まない (77)


「ん?」

 大和がスマホを置いて顔を上げると、メニューの向こうからこちらを見ていた千尋と目が合った。
 車の中で焼き肉屋を調べていたときは、目が合う間もなく顔を逸らされたのに…………今は、画面を覗いていたわけではない、という千尋なりの線引きなんだろうか。

「どうしたの、ちーちゃん」

 ここに来て最初にメールが来たとき、メールを見てもいいか千尋に確認しているから、2回目は別に何の声掛けもいらないと思ってメールをしていたんだけれど、やっぱり一緒にいてメールとか、"ナシ"だったんだろうか。

「結局さぁ、大和くんて、メールとか好きな人なの?」
「え…、まぁ……好きか嫌いかで言ったら、好きなほうだと思うけど…?」

 何を突然言い出すのかと思いきや、千尋はそんなことを聞いてきた。
 少なくとも、メールのやり取りに関して、千尋のように、面倒くさいと思ったことはないし、それについては、前にも話したことあると思うんだけど…。

「ふぅん」

 大和の返答に、千尋は何となく納得の言ってないような感じで返事をする。
 その反応て、どういう意味…? と大和は聞こうとしたけれど、それと同じタイミングで、店員が2人の個室にやって来た。

「いただきまーす……あ、かんぱーい?」

 大和は、先ほどの千尋の質問の意味を知りたかったのだが、飲み物と肉の皿を置いて店員が下がると、千尋は肉を網に置くより先、ビールのジョッキを掲げた。

「いや、いただきますでもいいよ、何かおもしろいから」

 一般的には、何の祝福がないときであっても、飲み物の場合は乾杯だけれど、これから食事をするのだから、いただきますでも、確かに間違いではない。
 ただ、なかなか普通の人には、その発想がないだけで。

「じゃあ、いただきまーす」
「いただきま…………あっちょっちーちゃん!」

 いただきますの掛け声で乾杯した後、千尋がグィーッと一気に半分ぐらいビールを飲んだので、大和は大いに慌てた。千尋の酒の強さからしたら、これはヤバい。
 ここは自分の家じゃないから潰れない、と千尋は最初に言ったけれど、酔い潰れるのは、自分の家かどうかではなく、飲み方の問題だ。

「ふぅ~。さっ、お肉お肉」
「………………まぁいいけどね」

 慌てる大和とは裏腹に、千尋は非常にご満悦な表情でジョッキを置いて、トングを掴んだ。
 こうなって来ると、1人であたふたしているのが何だかバカバカしくなってきて、大和は肩を竦めた。今のところ、急性アルコール中毒とか、体に危険なレベルというほどの飲み方でもないから、あまりうるさく言うのはやめておこう。



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恋の女神は微笑まない (78)


「おっにく、おっにく、いっぱい食べよぉ~」
「え…、ちーちゃん、何その歌」
「こんな歌なかったっけ? FATEの曲の中に」
「絶対ないから」

 明らかに、今思い付いたことを口ずさんだだけだろうに、どうしてこうもサラッと適当なことを続けられるんだろう(というか、本当にその歌、何なの…?)。
 時々、年齢以上に幼くなることがあるけれど、それは大和に気を許してくれているからなのかな。だとしたら、嬉しいんだけど。

「ねぇねぇ、2番て何だっけ、この曲」
「いやだから、俺らの曲じゃないから」
「そうだっけ?」

 自分で好き勝手に作詞作曲しておいて、FATEの曲だということにしないでほしい。
 千尋が楽しそうだからいいけれど、絶対に売れなそうな歌だ。

「焼っけた、焼っけた、焼けたかなぁ~?」
「…微妙にさっきの曲に似てるけど…………それが2番?」
「うんっ」

 突っ込みでなく、今度はノッてやると、千尋は嬉しそうに頷いた。
 それはいいんだけど(かわいいし)、もしかして今日は肉を焼くたびに、この歌が登場するんだろうか。何かずっと耳に残りそう…。

「もう焼けたよね? …はいっ!」

 網いっぱいに乗せた肉が焼けて、千尋は自分の皿と大和の皿に、順番に装う。
 いろいろなものを面倒くさがる千尋だけれど、意外にもこういうことは嫌ではないらしい。なら、今日の肉奉行は千尋にお任せすることにしよう。

「さぁっ、どんどん焼くからね! どんどん! どんどん!」
「早い、早い」

 食べている間に次の肉を焼くのはいいんだけれど、飲むのも食べるのも、ペースが速すぎる。
 食べるのはともかく、飲むのが速いのは、いろいろとまずいのに。けれど千尋は上機嫌に店員さんを呼んでは、ビールのお代わりを注文している。

「ビール、ビール、いっぱい飲もぉ~!」
「いやいやいや、そんな3番ダメだから」
「キャハハ」

 ビール1杯でここまで酔えるのはお手軽だけれど、今からこの調子では、酔い潰れるのは即行のような気がしてならない。
 ただ、南條が、酔った千尋の面倒を見るのはもう嫌だと口説いていることからして、こうなってからが長いのだろうか。



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恋の女神は微笑まない (79)


「いただきまーす!」

 新しいビールと追加の肉が届いて、千尋は陽気にジョッキを掲げる。
 確かに、素面のときの千尋を思うと、ちょっとキャラ違いすぎる…と感じずにはいられないが、この間もそうだったけれど、南條が言うほど嫌な思いもしない。
 むしろ、好きな子が自分のために一生懸命に尽くしてくれて、ラッキーて感じなんだけど。

「あい、どーぞっ!」
「待って待って。まだあるから」
「早く食べなきゃ、次頼めないよぉ!」
「うん、だからゆっくり食べよ?」

 そう言って千尋の皿を見ると、そこにはもう、あと1枚しか肉がなくて、ゆっくり食べるも何もないのだと知る。
 しかし千尋は、肉が焼けると必ず自分と大和の皿にそれぞれ入れていくから、つまり千尋は、それだけのペースで食べているということだ。
 一時期、映画撮影のために相当な食事制限をしていたことはあったけれど、そうでなければ、大和だって決して少食ではないのに、まったくペースに追い付けない。

「ピンポーン!」
「口では言わなくても大丈夫だよ」

 店員を呼ぶためのボタンを押すのと同時に、口でも『ピンポン』を言う千尋に、大和は一応突っ込んでやる。
 突っ込んだところで千尋は無反応だが、だからといって、このボケを大和が無視すれば、それは容赦なく拗ねそうだから。

「じゃあお肉…………さっきここまで頼んだの? 次、ここから?」

 店員さんがやって来て、千尋はメニューを広げて小首を傾げる。
 最初に注文を取りに来たのとは違う人だから、先ほど千尋がどうやって頼んだかなんて分かるはずもなく、困ったように笑いながら、助けを求めるように大和に視線を向けた。

「ちーちゃん、ちーちゃん、ちょっとメニュー貸して? ね?」
「ぅ? あい」

 困っている店員さんを助けたい……というよりは、千尋のこのかわいい姿をあんまり見せたくないから、というか…。

「すいません、じゃあ、これとこれ…」
「…と、これとこれとこれとこれとこれ」
「ちょっと!」
「あとビール!」

 大和の制止を聞く気のない千尋に、店員さんは注文の内容をハンディに入力しつつも、本当にいいのかと目で大和に尋ねてくる。
 大和的には、いいわけないでしょ、と言ってやりたいわけなんだけれど、ここでそれを口に出して言えるはずもなく、黙ってコクリと頷くしか出来なかった。



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恋の女神は微笑まない (80)


「もぉ~ちーちゃん、ホントに全部食べれるの? あんなに頼んで。最初ささみとプロテインて言ってたくせに」

 今までの食べっぷりからして、食べ切れないということもなさそうだけれど、それでも大和は言わずにはいられない。ビールと焼き肉なんて…! と言っていたのは、一体どの口なんだ。

「明日からささみとプロテイン生活」
「明日から、て…………OLさんのダイエットじゃないんだから」
「じゃあ今日から。食べ終わったら走って帰る」
「絶対やめて」

 ここから千尋の家までは、ちょっとやそっとのがんばりでは、走って帰れる距離ではない。
 しかも、もうすでにこんなに酔っ払っているのに、走って帰るとか、無謀すぎる。

「ていうかさぁ、大和くん、ちゃんと飲んでるぅ? 全然酔っ払ってないじゃーん」
「いや、酔わないよ。飲んでるのウーロンだし」
「はぁっ?」
「え…」

 注文のとき、大和がウーロン茶を頼んだのを、千尋だって聞いていたはずだが…。
 そんな怒ったように、驚いたように聞き返さなくても。

「何で飲んでないのっ? 俺だけが飲んでたのっ? 大和くん、ヒドイ!」
「いや、ヒドイて……あの、ゴメン」

 確かに、最初にコーラを選んだ千尋に対して、『それでいいの?』とアルコールを促したのは大和だけれど、別にそれを強要したわけではなく、飽くまで千尋が頼みたいから頼んだまでで。
 もうすでに何杯もお代わりをしているのだから、大和が勧めたから、というのは免罪されてもいいはずなのに、思わず謝ってしまった…。

「何で大和くん飲まないのっ?」
「飲みたいけど、車あるし」

 ずりずりと大和の横にやって来た千尋が、ジョッキ片手に絡んでくる。
 さすがにここに車を置いては帰れないから、やはり今日は飲むわけにはいかない。

「車ぁ~? 嘘ー」
「嘘じゃないよ。ちーちゃんだって乗ってきたでしょ?」
「嘘だもん。大和くん嘘つきだから、信じないもんっ」
「えっ、ちょっ」

 この年齢で語尾が『もんっ』とか、一歩間違えればウザいだけなのに、どうして千尋はそれが似合っちゃうかなぁ…なんて、のん気なことを思っている場合でなくて。
 え、嘘つき?
 もちろん大和だって、今までに1度たりとも嘘をついたことがない、なんてことはないけれど、少なくとも千尋に対して、意図して嘘をついたことなんかないはずだが。



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恋の女神は微笑まない (81)


「え、ちーちゃん、今のどういう意味?」
「何がぁ?」
「だから、嘘つきとか、その…」

 千尋の言葉の真意を聞きたくて大和が尋ねれば、何とも間が悪く、店員さんが先ほど頼んだビールと肉の追加を持って来た。
 いや、店員さんには何の罪もないのだが、肉とビールがやって来れば、千尋の気持ちは完全にそちらに向いてしまうわけで。

「行ってきまーす」
「いただきます、ね」

 それでも一応、突っ込みだけは入れてあげる自分を、自分で褒めてあげたい…。

「ねぇ、で?」
「にゃにが?」

 おっにく、おっにく~♪ の歌を鼻歌で歌いながら、千尋は新たな肉を網に置いていく。
 あぁ…、やっぱりさっきの『嘘つき』発言のことなんか忘れてる…。

「いや、だから、俺が嘘つき…て、どういうこと?」
「だって、嘘ばっかじゃん」
「どこが? ねぇ、俺、いつ、ちーちゃんに嘘ついた?」

 それだけは非常に心外…というか、このまま何事もなかったように流すことの出来ない話だ。
 酔っ払いの戯言かもしれないけれど、酔った拍子に本音が出たのかもしれないし…、このまま有耶無耶にはしたくない。

「ねぇ、ちーちゃん!」
「えぇー? だって嘘ばっかじゃん。毎日メールするとか言ってさぁ」
「え……」

 プンプンという表現が一番合っているであろう怒り方で、千尋は頬を膨らませている。
 その怒り方……本当に怒ってるの? 酔って拗ねているだけ? いや、それよりも、そのメールの件…!

「え、だってちーちゃん、メールとか面倒くさいんでしょ?」

 そもそも千尋は、メールとかは面倒くさい、と最初にハッキリ言っていたのだ。だからこそ、大和がメッセージを送っても返信がなかったわけで。
 それなのに、今になって、大和からメールがなかったことを拗ねられても、非常に困る。

「ちーちゃん? え? 俺がメールとか送らなかったから怒ってるの?」
「別に怒ってないし。何で大和くんからメールがないと、怒んなきゃいけないわけ?」
「いや、怒ってるじゃん」
「俺が怒ってるのはぁ、大和くんが嘘つきだから! 大体さぁ、俺にはメールくれないくせに、メールとか好きだとか言うし。何それ!」



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恋の女神は微笑まない (82)


 えっと…。
 間違いなく千尋はメールとかの送信を面倒くさいと思っていて、大和からのメッセージにも返信をしないけれど、かと言ってメールが来なかったら、拗ねちゃうの?

 そういえば、先日PV撮影を見に来た遥希も、千尋はすごい寂しがり屋だから、自分からメールをしないとしても、誰からも何も来なかったら絶対に寂しがる、とか言っていたっけ。
 何とも理不尽な気はしたが、琉に唆されたのと、メールを受信する分には千尋は嫌がらないと分かったので、大和は千尋にメッセージを送ることを決めたのだ。

 けれど、予想どおり千尋からの返信はなく、寂しさから、今日の約束を取り付けるべく連絡を取るまでの間、数日だが、何も送らないでいたわけで。
 その間、大和からメールが来なくて、千尋も、少しは寂しいとか思っていてくれたんだろうか。

 ただ、あのPV撮影のとき、遥希も琉から、千尋にメールをするのは大和に任せればいい、と入れ知恵されていたのだ。
 素直な遥希のことだ、きっとそれには従っただろう。そうなると、千尋のところには、急に誰からも何も届かなくなったわけで、千尋が寂しかったのは、大和からの連絡がなかったからではなく、誰からも音沙汰がなくなってしまったから、とも考えられる。

「大和くんのバカ! 嘘つきっ!」

 しかし、今の千尋の怒りの矛先は、間違いなく大和に向いている。
 千尋が怒っているのは、大和がメールを寄越さなかったからではなく、大和が嘘つきだからだと言うけれど、どちらにしても原因は大和だし、千尋が大和を嘘つき呼ばわりするのは、大和がメールをしなかったからだし。
 結局のところ、千尋が怒っているのはやはり、大和が千尋にメールを送らなかったから、と言える。

「………………、大和くん、何ニヤニヤしてんの?」
「えっ…、してないし」

 目敏い千尋に、咄嗟に大和は否定したけれど…………すみません。今、確実に口元がニヤケそうになりました。
 だって、千尋のその怒りは、大和が千尋にメールをしなかったことに対して、拗ねる気持ちから来ているわけで。

 つまりは。
 千尋は大和からメールが来なくて、寂しかった、と。

 都合のいい解釈にも思えるけれど、大和からのメールが原因でなければ、千尋が今、大和に向かって怒る理由がないのだから、間違いはないだろう。
 だって、誰からもメールが来なくて拗ねているんだとしたら、今まで大和以上にメールを送っていた遥希に対してだって、もっと文句を言っていいはずなのに、それが一切ないのがいい例だ。
 千尋は、本人のいないところで、コソコソと何か悪く言うような性格ではないが、はっきり堂々と文句をぶちまける性格ではあるのだから。



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恋の女神は微笑まない (83)


「何笑ってんだよぉ! 大和くんのバカっ!」
「あっちょっ!」

 これ以上、機嫌を損ねられても困る……と思っていた矢先、千尋が『バカっ!』の暴言と同時に店員を呼ぶためのボタンを押してしまった。
 まさかまだ何か注文する気だろうか。それとも、ただ勢いで押しただけなのか。どちらにしても、店員さんを呼んだところで、何も用事はないのに。
 しかし、業務に忠実な店員さんは、すぐに大和たちの個室にやって来てしまった。

「びーぅ、と、おにく……わっ!」
「ダメダメダメダメ、もう飲めないでしょ?」
「やぁっ! 飲むぅ!」

 やって来た店員さんに、空のジョッキを差し出した千尋を慌てて取り押さえれば、大和の腕の中でジタバタと暴れ出す。
 店員さんも、注文を受けたものをハンディに入力していいものかどうか、困りつつも笑顔を向ける。焼き肉屋という場所柄、酔っ払いの相手は多くしていて、慣れているのだろう。

『お会計…!』

 千尋を押さえながら、大和が口パクで伝えると、店員さんはコクリと大きく頷いて、「かしこまりました」と下がっていった。

「ぅん~…、行っちゃったぁ…」
「そうだねぇ」
「びーるぅ…?」
「うーん…」

 お店の売り上げ的には、ビールとお肉を持って来たほうがいいだろうけど、恐らく店員さんは、酔っ払いの千尋ではなく、素面の大和の言うことを聞き入れて、会計伝票を持って来てくれるだろう。
 次にあの店員さんが現れたとき、ご所望のビールがなかったら、千尋は盛大に機嫌を損ねてしまうのだろうか。けれど、自分の頼んだものも忘れていそうな気もする。

「ちーちゃん、ウーロン茶、ちょっと飲む?」
「んー…」

 少しでもノンアルコールのものを口にすれば、多少は酔いも中和されるかと思い、大和は自分のウーロン茶を千尋に渡す。
 機嫌の悪さから、『いらねぇよ!』と突っ撥ねられるのも覚悟していたが、意外にも素直に千尋はそれを受け取って、大和に寄り掛かりながら、大人しく飲み始めた。
 何がどう功を奏したのか知らないが、千尋が急に静かになるから、何だか心配になる。…もしかして具合悪い?

「ちーちゃん、大丈夫? 気持ち悪い?」
「…悪くない」

 千尋にしたら、無意識の行動なんだろうけど、いつの間にか千尋は大和に凭れ掛かっていて、いいんだけれど、密着しすぎてドキドキしてくる(そんな場合でないことは分かっている)。



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恋の女神は微笑まない (84)


「お待たせいたしました」

 少しして、先ほどの店員さんが、会計伝票とお茶を持って戻って来てくれて、大和は少なからずホッとする。
 こんなところで、理性をなくしている場合ではない。

「ちーちゃん、温かいお茶来たよ? もうちょっと飲む?」
「…ん。ふは」
「え?」

 千尋から空になったグラスを受け取り、代わりに温かいお茶を渡してやると、なぜか千尋に笑われた。

「…何?」
「大和くんが優しー。何で? 俺がさっき怒ったから?」

 クフクフ笑いながら、千尋は大和の肩に擦り寄って来る。いや本当に、酔ったら甘え癖が出るとか…………もう絶対お願いだから、大和の前以外では披露しないでほしい。
 というか、このくらいのこと、優しいうちにも入らない気がするのだが。別に、ご機嫌取りのために優しくしているわけでもないし。

「でも、今さら優しくしたって、遅いんだからね!」
「分かってるってば。別にそういう意味で…」
「俺、大和くんからメール来ない間に、告られたんだからね! モテモテなんだから!」
「はぁっ!?」

 だから別に機嫌を取ろうとしているわけじゃない、と伝えようとして、しかしその後の千尋の言葉に、大和は声を張り上げてしまい、話を続けることは出来なかった。
 恐らく千尋は、先ほどまでの拗ねた感情のまま、言ってみただけのことなのだろう。それがどれほどの破壊力を持っているのかも考えずに。
 しかし大和にしたら、嘘つき呼ばわりされたことの比ではない、爆死寸前の衝撃だ。何という爆弾。

「ちょっちーちゃん、今の、どういうこと!?」
「ぅ~ん…?」
「ねぇちーちゃん、ちょっと!!」

 我に返りたくはないけれど、現実逃避したままではいられないので、大和はすぐさま尋ねるが、一瞬前まで元気よく喋っていたくせに、千尋はすでに船を漕ぎ始めている。

「ちーちゃんっ、ちーちゃんっ!」
「んー…」

 襲ってくる睡魔と闘う気など更々ないのか、千尋は爆弾を落とすだけ落として、さっさと夢の世界へと旅立ってしまったようで、大和がどんなに肩を揺さぶっても、目を開ける気配がない。

「ちーちゃ…ん…」

 取り残された大和は、ただただ、その健やかな寝顔を見つめるしか出来なかった。



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恋の女神は微笑まない (85)


 千尋の家の場所は分かっていたけれど、酔い潰れたら大和の家に連れて行くと最初に言っておいたのだから、焼き肉屋を出た後、大和の家に向かっても問題はないはずだ。
 別に下心とかでなく、単にこの状態の千尋を自宅に帰すのは心配すぎるから。
 大和がまた千尋の家に泊まってもよかったけれど、だったら大和の家に行くのとさほど変わらないと思うので。

 酔い潰れた相手に、何をどうするということもなく、平和に夜は更け、朝を迎えたのだけれど。
 目を覚ました大和は、熟睡している千尋を見て、ふと気が付いた――――千尋が今日、仕事なのか休みなのか、仕事だとしたら何時からなのか、そういえば聞いていない。
 昨日の飲みっぷりを思うと、早朝から仕事ということはなさそうだが、こんなことなら、千尋が酔っ払う前に聞いておけばよかった。…いや、千尋は潰れない気満々だったから、そんなこと聞いたら、また機嫌を損ねていたかな。

 何であれ、大和も今日はこれから仕事で家を出ないといけないから、千尋を起こさないと。

(気持ちよさそうに寝ちゃって…)

 大和のベッドに丸くなって眠る千尋は、機嫌のいい猫のようだ。
 起こすのがかわいそう…というか、大和自身、もっとこの寝顔を見ていたい、と思ってしまうんだけれど、そうもいかない。

「ちーちゃん、そろそろ起きなくて大丈夫?」
「う…ん、んー…」

 何度か肩を揺すると、わずかに千尋に反応がある。何かかわいい…。

「ちーちゃーん」
「うー……にゃっ!」
「おぉうっ」

 イメージ的に、何となく千尋は寝起きが悪そうだと思っていたのに、急にバチッと目を開けたから、起こしていた大和のほうがビックリした。
 というか、今『にゃっ』て言った? 猫みたいだと思っていた大和の気持ちがばれたみたいで、何となく気恥ずかしい。

「大和くん~…? ううぅ~あぁ~…」
「え、何? 気持ち悪い?」

 千尋は目を開けたけれど、何だかよく分からない、呻き声のようなものを上げるから、二日酔いで具合が悪いのかと思って、心配になって大和は千尋の顔を覗く。
 しかし千尋は、ただ手足をパタパタさせながら、「あ゛~」とか「う゛ぅ~」とか言っているだけだで、必要な回答はなされない。

「…ちーちゃん?」
「なぁんで大和くん~…?」
「え…。…………えっと…、ちーちゃん、昨日俺とご飯食べたの、覚えてる…?」

 そういえば前のときも、千尋が自分から大和に電話を掛けて来たのに、そのことをすっかり忘れていたし…、酔うと記憶をなくすタイプなんだろうか。
 そうだとしても、大和と一緒に食事に行ったこと自体を忘れないでもらいたいのだが…。



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恋の女神は微笑まない (86)


「やきにく…」
「うん。で、ちーちゃん、いっぱいビール飲んで潰れちゃったから、最初の約束どおり、俺んちに連れて来たの。オーケー?」

 約束…というか、潰れたら大和の家に連れて行くということに対して、千尋は『潰れねぇし! あれは自分ちだったから!』と言っただけで、了承はしていなかったんだけれど、まぁいい。

「うぅ~~~にゃぁ~~~~」
「ちょっと…、あんま暴れないでください」

 これだけ動く元気があれば、とりあえず二日酔いではないかな。
 いや、もしかしたら、具合が悪いのを紛らわしたくて、ジタバタしているのだろうか。

「何で俺、潰れたの…? 外で飲んで潰れたことないのに…」
「いや、あんな飲み方したら、普通潰れるって」

 昨日も思ったけれど、酔い潰れるかどうかは、場所の問題でなく飲み方の問題だ。千尋が今まで外で飲んで潰れたことがなかったのは、それなりに気を付けて飲んでいたからだろう。
 この間の合コンのときだって、千尋はアルコールを飲んでいたようだったけれど、素面も同然の態だったし。

「だって普通、そんなに飲まないもん。南條いなかったら」
「じゃあ何で昨日はあんな飲んだの。てか、南條いなかったら、て…」
「南條いれば、何があっても、朝起きたらちゃんと自分ちにいるから。飲む」
「…………」

 それはつまり、盛大に酔っ払っても、南條がいろいろ面倒を見て、世話をしてくれるから大丈夫、ということか。
 しかも、どうも最後のセリフを聞く限り、『外で飲んで潰れたことがない』のではなく、『南條がいないときに、外で飲んで潰れたことがない』が正解のようだ。
 南條が、酔っ払った千尋の世話などもうしたくもない、と愚痴っているのが、ようやく理解できた気がする…。
 まぁ、裏返せば、千尋はそれだけ南條のことを信頼しているとも言えるのだが。

「なぁ~んで昨日、あんなに飲んじゃったかなぁ。大和くんが一緒だと、気ィ抜いちゃうのかなぁ」
「、」

 そんなことを言いながら、千尋はコロンと寝返りを打った。
 いやいやいや、すごくさりげなく言ったけれど、今のセリフ、かなりの殺し文句なんですけど! 恋愛感情はともかく、それだけ大和に気を許してくれている、てことでしょ?

「あ゛~もぉ~…、もぉ~もぉ~もぉ~っ!!」
「イタタタ、ちょっ…ちーちゃん!」

 大和が密かに心をときめかせていたら、千尋が再びベッドの上で暴れ出した。
 大和の前で相当酔っ払ったり、酔い潰れたりするのは、今回が初めてではないんだから、そこまでジタバタしなくてもいいのに…と思うが、千尋にとっては、そうもいかないようだ。
 だったら昨日、最初からあんな飲み方をしなければよかったのでは…? と言うのは、野暮な話か。



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