恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年11月

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恋の女神は微笑まない (170)


*****

 途中にMCを挟んで、コンサートはつつがなく終盤へと向かっていく。
 大和は千尋の存在に気付いたけれど、それに動じることなく歌い、踊った。それでいい。別に千尋は、大和をどうこうしてやろうと思って、ここに来たわけではないのだから。

 今日はこうして遥希のお供でコンサートに来たけれど、もうそんなこともしないから、先ほどのあの一瞬の接触は、記憶の片隅にも残さず、忘れ去ってほしい。
 それで、すべてが終わりだ。

 ――――いや、本当はあの夏の日。
 大和からの電話に対し、別れを告げたあのときが、最後になるはずだったのだけれど。

 あれだけ言って、一方的に電話を切ったくせに、こうしてコンサートにやって来るなんて、何と愚かな男だと思ったことだろう。遥希に乗せられたとはいえ、自分でもそう思う。
 …でももうこれで本当に最後にするから。
 これから先、どんなに遥希がぐずって駄々を捏ねてねだっても、もう2度と、言うことなんて聞かないから。

「――――…………」

 2人が歌い終わると、余韻を伴って演奏も止んだ。
 通常は、曲が終わると間を置かずに次の曲が始まるのだが、MCのようにトークが続く場合は、こうしていったん演奏が止まるのだ。
 このコンサートでのMCはもう終わっているから、時間的にも、これから最後の挨拶があるのだろう。ラストの曲の前に、それぞれが一言ずつ挨拶する流れだ。
 まぁ、その後にアンコールで再登場するので、必ずしも最後とは言い切れないのだが。

 静かになった会場内で、時折、琉や大和の名前を呼ぶ声がする。
 ステージ上の2人に、スポットライトが当たる。

 最初に口を開いたのは、琉だった。
 楽しんでくれたかと煽る言葉の後に、見に来てくれたことへのお礼が続く。千尋は知らなかったが、今日は千秋楽だったようで、今日までやって来れたことへの感謝の言葉もあった。
 基本的に千尋は、琉のことをバカにする目線でしか見ていないが、こういう姿を見ていると、顔の造作だけでなく、いい男だと思う。うん、ちょっとだけ見直した。
 これから先、大和と会うことはなくとも、千尋が遥希の友人であり、琉が遥希の恋人である限り、琉と会う機会はあるだろうから、次に会ったときは、ちょっと態度を変えてやらないでもない。

(つか、アンコールになる前に帰ろ…)

 最後の挨拶の後、ラストの曲を歌ったら、アンコールで再登場するまで2人はいったん下がるのだが、帰りの混雑を避けるために、そのタイミングで帰る観客も少なからずいる。
 ファンなら最後まで見たいだろうけれど、電車の時間だとか、いろいろな都合があるようなので。



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恋の女神は微笑まない (171)


 今日の千尋にそうした事情はないのだが、規制退場となる一般席に対して、この関係者席がいつ帰れるのかも知らないし、何が何でも最後まで見たがる遥希は、今日は終わったら琉のところに行くから、帰りは別だ。
 それなら、千尋が一足先に帰ったところで、何に差し支えることもないだろう。遥希は文句を言うかもしれないが、ここまで付き合ったのだから、もう十分だ。

「…ハルちゃん、」

 琉が喋っている間に声を掛けるのはさすがに悪いと思って(今日の千尋は、柄にもなく気を遣いっぱなしだ)、挨拶が終わって、観客の拍手が止んだところで、遥希の袖を引っ張った。

「あのさ、俺今日…」

『みなさん、今日は――――……』

 千尋が話し始めたところで、大和の挨拶が始まった。
 遥希は誰よりも琉ファンではあるが、千尋との一件の有無にかかわらず、大和のことが嫌いなわけではないから、大和の挨拶だってちゃんと聞く。だから、千尋に話し掛けられても、意識がステージのほうに向いてしまって。
 仕方なく千尋も諦めて前を向いた。帰るのはラストの曲が終わってからのつもりだから、今言えなくてもまだ間に合うだろう。

 今日見に来てくれたこと、無事に千秋楽を迎えられたことに対するお礼が、内容は同じとはいえ、琉とはまた違った言葉で述べられる。
 どのくらいの期間のツアーだったのか知らないが(遥希から聞いた気もする…)、それなりの公演回数はあっただろう、それをやり切ろうとしているのだからすごいことだし、ファンやスタッフの力あってこそだという2人の言葉も、間違いない。

(大和くん…)

 千尋はこの挨拶を聞いて、ラストの曲を聞いたら帰るつもりで、…だから、生で大和を見るのはこれが最後になる。
 何となく切ない気持ちになって、だったらアンコールも含めて最後まで見たらいいんだろうけど、でも本当はこんな『最後』だってないはずだったんだから、これ以上を望むのはやめよう。

『あと、ゴメン、最後に一言っ…』

 挨拶が一区切りして、観客も拍手を送ったのだが、頭を上げた大和が慌てて付け加えてきたので、観客はキョトンとしつつもどよめいた。
 予定にないことなのだろう、ステージ上の琉も、どうした? という顔で大和を見ている。

『あの…、ゴメン、こんなとこで言うことじゃないかもだけど、ラストだし、自分の言葉でちゃんと伝えたいから…』

 真剣な表情の大和に、ざわついていた会場が静まり返った。



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恋の女神は微笑まない (172)


『えっと…。ここんところマスコミとか週刊誌とか…、まぁそういうこといろいろあって、そのたびにみんなに悲しい思いをさせて…………ゴメン。まずは謝らせてください』

 そう言って大和が深く頭を下げたので、会場が一瞬ざわめき立ったが、大和の話がまだ終わりではないと分かると、すぐに静かになった。
 事務所的にも、年齢的にも、恋愛の話題がそこまでご法度とというわけではないが、本人が、それもこんな場面で、その話題を出してくるなんて、異例中の異例だ。
 琉ですら驚きを隠せない表情をしているから、恐らくは誰も知らないことだったのだろう。きっと裏では南條が泡を吹いているに違いない。

 それにしても、大和は『ここんところ』と言って話を始めたが、千尋が知っているのは、お試しのお付き合いをする前に週刊誌に載った某女優と、千尋自身のことだけだ。
 もしかしたらそれからも、何かしらの記事が載ったのだろうか。
 わざと避けているのではなく、もともと千尋はそういう方面に興味がないから、意識していなければ、日常の中でスルーされてしまう。そんな些細な存在ではなかったはず、なのにな。

『でも…、アイドルつっても、俺も人間だから、人並みに恋はするし、相手も同じように俺のことを好きでいてくれたら、付き合うこともある…。…だからって、週刊誌とかに載るのが、いつもホントのこととは限んないんだけど…』

 そういえば開演前、今日はDVD撮りだとアナウンスが流れていたっけ。
 それなのに、こんなこと言っちゃって、DVDはどうなるんだろう。発売されないなんてことはないだろうけど、この部分はカットされてしまうんだろうか。
 内容はともかくとしても、…大和の大切な言葉なのに。

『こういう仕事してるから、週刊誌とかネットとか……いろいろ書かれちゃうのは仕方ないて思ってるんだけど…、………………でも、そのせいで俺、大切な人をすごく傷付けちゃって…』

 大和の口から『大切な人』という言葉が出たせいか、会場のあちこちから悲鳴のような声がいくつも上がったけれど、大和の次の言葉を待って、それもすぐに収まる。
 隣の遥希が千尋のほうを見たのが分かったが、千尋は前を……大和を見たまま動かなかった。

『ゴメンね、いきなりこんな話して。でも…、悔しかったんだ、俺。何にも出来なかった自分が情けなくて…………悔しかった。…今さら謝っても遅いんだけど…、まだちゃんと謝れてもいないから、出来ることなら謝りたいな、て思ってる…』

 大和は少し目を伏せたが、すぐに前を向いて、口を開いた。

『大切なものは失ってから気付く…て、俺らの歌にもあるけど、俺、初めて本気でそれを実感して…。…………だからみんなも、そんなことがないように、悔いのないように毎日を過ごしてね?』

 そう言って話を締め括ると、大和はもう1度深く頭を下げてから、琉を見て頷き、そしてバンドのメンバーのほうにも、演奏を始めてくれるよう合図を送った。
 ラストの曲が始まり、再び会場は湧き上がる。
 締めの曲にふさわしく、しっとりとしつつも、壮大な演奏で始まるバラード。

 話している間、大和は真っ直ぐに前を見ていて、ただの1度も千尋のほうを見なかったけれど。
 千尋は大和から目を離さず、タイトルも知らないその歌を聞いていた。



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恋の女神は微笑まない (173)


chihiro

 遥希には死ぬほど驚かれ、ぐずられ、ねだられたが、結局千尋は、アンコールで琉と大和が再び登場する前に、コンサート会場を後にした。
 千尋と同じタイミングで帰る人は、割合にすればわずかとはいえ、数万人規模で集まったうちの一部だから、駅までの道のりも、電車の中も、それなりに混雑していて。
 本当に最後の最後まで見て帰っていたら、大変なことになっていた。

 そういえば、FATEのコンサートに行くのはこれが初めてではないのに、帰りにそんな混雑に遭遇しなかったのは、前回はコンサート終了後にFATEの楽屋に行ったからだった。
 あのときは楽屋で気を失って、気付けば高級ホテルの一室にいて、最終的には大和と一夜を明かしたのだ――――クリスマスイブの一夜を。
 まぁ、本当にただ一夜を明かしただけで、それ以上のことはなかったんだけれど、それから何がどうなったのか、大和とお試しで付き合うことになって…………別れて。

 秋が深まって、もうすぐ冬が来る。
 つまり、最初のきっかけから、1年が経とうとしているのだ。
 1年間で経験するにはちょっと内容が濃すぎた気もするが、一生のうちで考えたら、このくらいのこと、起こり得ないことではない。ごく普通の、出来事だ。
 …相手がアイドルだということを除けば。

 だってホラ、テレビを点けた途端に、元恋人(仮)が画面に登場している。ワイドショーが、昨日千秋楽を迎えたFATEのコンサートを取り上げているのだ。
 千尋はこの手の番組を見ないけれど、たまたま点けたら大和が映っていたので、チャンネルを替える手が止まってしまった。

 最初はコンサートの盛り上がりを伝えていたけれど、ワイドショーだけあって、内容はすぐに大和の最後の挨拶へと変わり、芸能リポーターらしい中年女性が、何やら必死に解説をしている。
 大和の言った『大切な人』が、一体誰のことを指しているのか。今までに大和と噂になった女優やモデル、そして一般人女性――――

(うるせぇんだよっ、ババァ)

 千尋は、手にしていたリモコンを思わずテレビに向かって投げ付けそうになったが、それは何とか理性が止めてくれた。
 高いテレビなのだ。こんなことで破壊したくない。

 そもそも、今取り上げられた『一般人女性』が、千尋だとは限らない。確かに千尋はそのように週刊誌に書かれたけれど、ゴシップされた他の女性の可能性だってあるのだ。
 今さら、女に間違われたことに対する怒りを再燃させてどうする。

 大体、大和の言った『大切な人』が、その一般人女性かどうかも分からないのだ。わざわざ解説してくれたとおり、大和と噂になった女性は、女優さんだのモデルさんだの、いろいろいるから。
 千尋は芸能人とかに疎いから気付かなかっただけで、もしかしたら昨日、関係者席にそうした類の人がいて、大和はその人に向かって言ったのかもしれない。



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恋の女神は微笑まない (174)


 そうだとすれば、話は分かる。
 昨日、大和と目が合って、さらには大和がすごく驚いた顔をしたような気がしたけれど、それは千尋と目が合ったからではなく、その人を見つけたからなのだ。
 千尋みたいな一般人は、相手が招いてくれなければ関係者席に座ることもないから、琉や大和は千尋が来るのを把握できるが、芸能人なら、2人が知らなくても来ることはあるだろう。
 だから大和は、来るとも知らなかった、その誰か――――大切な人を見て、驚いたのだ。

 しかし、来ることを知らなかったとしても、会場にいたからといって、そんなに驚くものだろうか。
 というか、千尋は元カレ(仮)という立場で、行くつもりはなかったのに行くはめになったから、行くことを黙っていたけれど、普通、付き合っていたら、見に行くことくらい事前に伝えておきそうなものだが。

 …その人とも、もう別れてしまったんだろうか。
 いや、そうだとしたら、最後の挨拶でいきなりあんなことを言う必要がない気がする。だって普通、別れた相手のコンサートなんて見に行かないから、言ったところで、相手に届かない。
 とすれば、まだその人とは別れてはいなくて……そうなると、コンサートに来ることはあらかじめ知っていただろうから、そこまで驚く理由もないわけで。
 …やっぱり千尋を見て、驚いた?

「あ、そっか」

 今、そんな大切な人がいるのに、元カレ(仮)の千尋がいたから驚いたのだ。どんな場面であれ、別れた相手にはそう会いたいものではないのに、選りに選ってコンサート会場でなんて、最悪だもの。
 それで大和は最後の挨拶で、いきなりあんなことを言い出したのか。
 大切な人がコンサートを見に来ているのに、元カレ(仮)まで会場にいたから。その人に誤解されたくなくて、そんな話をしたに違いない。

 となると、大和の大切な人というのは一般人なのかな。
 相手も芸能人ならゴシップには慣れているだろうから、…まぁ絶対に傷付かないとは言い切れないけれど、あのタイミングで言うわなくてもいいはずだから。

 だとしたら、千尋は随分と罪深いことをしてしまったものだ。
 そんなつもりはまったくなかったが、大和は千尋が、週刊誌で女性に間違われたことを未だに根に持っていて、その腹いせに、コンサートに行ったと思っているだろう。
 千尋はそこまで執念深い男ではないから、そんなふうに思われるのは嫌と言えば嫌だが、もう大和と会うこともないし、印象を良くする必要もないので、このまま嫌なヤツだと思われていたって構わないけれど。



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恋の女神は微笑まない (175)


 しかし、もし大和が、これからもこんな嫌がらせみたいなことをされ続けるのか…? と思っているようなら、精神衛生上よろしくなさそうなので、そんなことはしないということだけは言っておいたほうがいいだろうか。
 というか、大和にはどう思われようと別にいいけれど、琉にまでそう思われているとしたら何か癪に障るから、そこはしっかりと誤解を解いておきたい。

 まぁ、どうせ琉はしょっちゅう遥希に会いに来るから、そのときにでも言っておけばいっか(遥希を介してだと、ややこしくなりそうなので)。
 で、大和に、もうコンサートとか行かないから大丈夫、と伝えてもらえばいいのだ。琉は千尋の頼みなんか聞かなそうだけど、相方のためとなったら、このくらいのことはしてくれると思う。

「よし、完璧!」

 自分の完璧な作戦に自画自賛していたら、スマホがメッセージの受信を知らせてきた。
 どうせ遥希だろうと思って無視しようとしたけれど、表示されたポップアップには別の友人の名前が出ていて、しかも合コンのお誘いだったので、つい見てしまった。

「合コン…」

 恋人と別れてもう合コンに参加するのか、とデリカシーのなさを指摘されるほど別れたばかりでもないので、参加したって問題はないだろう。ちょうどその日は予定も空いている。
 ただ……何となく乗り気になれなくて、すぐにOKの返事が出来ない。

(別に…、出たっていいよね? 俺、今フリーだし。問題ないよね?)

 心の中で誰かに問い掛けてみたが、もちろん誰からも返事はない。
 というか、千尋が合コンに参加するのに、誰の許しが必要なわけでもないし、特定の恋人がいない今、倫理的にも問題はないのだ。何を躊躇うことがある?

 けれど。

「何か、出る気しねぇなぁ…」

 別に誰か……例えば大和とかに気を遣ったわけではなくて、参加したい! という意欲が湧いて来ないのだ。
 どちらかというと、面倒くさいとすら思えてくる。

「………………。うわー…やっば…」

 自分のその危険な思考回路に、千尋はジワリと危機感を覚える。
 だってそんな。
 合コン参加したくないとか、この年でそれはちょっと枯れすぎじゃない?
 千尋は、本気で恋をしたい! 恋人を作りたい! となったら、合コンどころか、自分からナンパされにクラブに行くほどの人間だ。それなのに、合コンにすら参加する気にならないとか…。



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恋の女神は微笑まない (176)


 しかし、気分の乗らない合コンに参加するほど、つまらないものはない。こんな…枯れたままではダメだ! とか思って、無理に参加しても、疲れるだけだし、余計に虚しくなりそうだ。
 うん。だから今、無理に参加する必要などない。
 千尋はまだ若い。大学生の遥希に比べたら多少は年上だけれど、恋人がいないことを、そこまで悲観するような年齢ではない。焦ることなど何もないのだ。
 たまたま今そんな気分にならないだけで、きっとすぐに参加したくなるに違いない。だってホラ、もうすぐクリスマスも来るし。1人でクリスマスとか、寂しいし。

「……………………」

 無理やりポジティブになろうとしたら、かえって切なくなってきた。
 逆に落ち込んでどうする。

「でも、しょうがねぇよ…」

 恋はもう当分いい、て思えて仕方ないんだから…。





yamato & ryu

 コンサートの千秋楽、最後の挨拶で予定にないこと――――それも、どちらかというと、わざわざ自分からは言わなくてもいいようなことを言ってしまって。
 事務所から怒られることは覚悟していたけれど、社長室に呼ばれたときは背筋が凍った。社長まで登場したら、さすがに怒られるだけでは済まないだろうことは、大和にも容易に想像が付いたから。
 顔面蒼白の南條と心配そうな琉に見送られ、社長室へと足を運んだ大和は、そこで待ち受けていたあまりにも意外な展開に、唖然となった。
 何と、社長からは事実関係を確認されただけで、怒られるどころか、何のお咎めもなかったのだ。

「……………………は? あ、いや、あわわわわ」

 社長相手なのに、この聞き返し方はマズかった。
 大和は存分に慌てたが、言い直すよりもまず、どういうことなのかを知りたかった。いや、言い直したかったが、どう言い直せばいいのか、思い付かなかったのもある。

「いや、話は分かったから、もういいよ、下がって」

 慌てる大和をよそに、社長はいたって普通に(大和のタメ口も気にすることなく)、先ほどと同じことを、特に変わらぬ口調で言った。

「え………………いいんですか?」

 実はその言葉の裏にとんでもない何かが隠されているのでは…!? と、一瞬無駄に疑ってみたが、そういう性格の人でないことは、大和もよく知っている。
 ということは、本当に言葉どおりの意味というわけなのだが。



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恋の女神は微笑まない (177)


「えと………………いいんですか?」
「ぅん? いいよ」

 それでも信じられなくて、大和はもう1度聞き直してしまう。
 普通、何でもなくても、これだけ聞き返されたら、しつこいと思って、多少は嫌な顔をしそうだが、社長は少しキョトンとしただけで、あっさりと変わらぬ返事をくれる。
 やはり、本当のことのようだ。

「どうかした?」

 あまりに大和が呆然としているせいか、社長はとうとう首を傾げた(それでも嫌な顔1つしないところが、この人のすごいところだろう)。

「いや、あの…………すいません、何かもっと怒られると思っていたので…」

 拍子抜けした、というか……まだちょっと信じられないでいるというか…。
 むしろ、社長のほうこそ、どうかしていないのか確認したいくらいなんだけれど…。

「何で? 別に怒られるようなことしてないでしょ? ホントのこと言ったわけだし」
「えーっと…」

 そう…だろうか。
 確かにあのとき言ったことは大和の本心であり、間違ったことを言ったつもりはないが、大和は立場上、いつでもどこでも言いたいことを言えるわけではないのに。
 しかし社長があまりに平然と、普通に言うものだから、何だかそんな気にもなる…。

「で、その大切な子には、いつ謝るの?」
「えっ?」

 社長の発言は、結構いつもぶっ飛んでいることが多いけれど(そのおかげで、今まで様々な企画が当たって来たというのもあるが)、今の大和にとっては、唖然とさせられるばかりだ。

「え? だって、出来ることなら謝りたい、て言ってたでしょ? 謝んないの?」
「いや…、謝りたいことは謝りたいんですけど…」

 その術がないから困ってるんですけど…。

 本当は、コンサートのあんな場面でなく、もっと早く、直接会って、千尋に謝りたかったのだ。千尋がどうしても会いたくないと言うのなら、せめて電話でもいいから。
 しかし、あの週刊誌が出た直後に掛けた電話では、まぁ一応謝ったといえば謝ったけれど、とてもちゃんと謝ったと言えるものではなくて…………大和がちゃんと謝ろうとする前に、千尋から別れを切り出され、電話を切られてしまったのだ。



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恋の女神は微笑まない (178)


 しかも、大和が謝ろうとしていたことは、『週刊誌に載ってしまい、千尋に迷惑を掛けてしまったこと』だったけれど、千尋が本当に怒っていたのはそんなことでなく、『男なのに女に間違われたこと』だった。
 この時点ですでに、2人の感覚には相違があった。
 大和は、千尋の気持ちを分かってやることも出来ないまま、謝ろうとしていたのだ。

 謝罪の気持ちを口にするのは簡単だ。
 いや、時と場合によっては、それがすごく難しいこともあるけれど、今回は(大和にすべての責任があるわけではないとしても)、大和と千尋のどちらが悪いかと言えば、まさしく大和だったから、素直になれないということだってなかった。
 けれど、本当に千尋のことを傷付け、苛立たせ、怒らせたことに対して、どう謝ったらいいのか分からず、連絡を取らない日々がズルズルと続いてしまったのだ。…時間が経てば経つほど、気まずくなるというのに。

 そして結局、何も出来ないままツアーはスタートし、最終日を迎えた――――そこに千尋はいたのだ。
 これから先、がんばれば会えないことはないかもしれない…くらいの希望は持っていたけれど、まさかこんなに突然、それもコンサート会場で出くわすことになろうとは、思ってもみなかった。
 おかげ一瞬頭の中が白くなったけれど、ミスする前に、トロッコがどんどん進んで行って、大和をステージに戻してくれたので、何事もなかったように、コンサートを続けることが出来た。

 その後も、歌ったり踊ったりしているときは、もちろんそれに集中しているんだけれど、つい千尋のことを思い出して……アンコール前の最後の挨拶のとき、とうとうその思いを口にしていた。
 本当は、直接千尋に会うとか、電話をするとか、そういう方法を取らなければダメだということは、分かっていたんだけれど。
 コンサートの場を、自分のために、自分の恋のために使ってしまうなんて、絶対に許されることではないのは分かっていたんだけれど、言わずにはいられなかった。
 ファンの子たちに向けたメッセージのように締め括ったけれど、結局は、すべて千尋に伝えたかったことだ。

 …なのに社長は、怒られるようなことはしていない、なんて言うし。
 いつ謝るの? なんて聞いてくるし。

 こんなことをして、たとえ社長が怒らなくても、千尋は死ぬほどムカついているかもしれないのに。

「謝ったら、結果教えてね」

 社長はすっごくいい笑顔でそう言って、大和を部屋から下がらせた。
 結果を教えろだなんて――――社長のことだから、冗談なんかでなく、本気なのだろう。
 もしかしたらこれが、いわゆる『処分』なんだろうか。謝りたいと言ったくせに、何もしないままなのは許さない。だから、謝って、その結果を報告しろ、と。



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恋の女神は微笑まない (179)


(考えすぎかなぁ…)

 思っていたようなことがまったく怒らなかったので、かえって疑心暗鬼になっているような気が…。
 だって、コンサートであんなことを言って、さらにはマスコミもこんなに騒がせたら、普通、これだけじゃあ済まないはずだ。特別な処分がないとしても、怒られるくらいはする。
 なのに、『話は分かった』て…。

「大和!」
「一ノ瀬!」

 大和が社長室を出ると、向こうから琉と南條が駆け寄って来た。さすがに社長室の前で盗み聞きするわけにもいかないので、離れた場所で待っていたらしい。
 琉も相当心配そうだが、南條は今にも死にそうな顔をしている。
 普通なら、マネージャーたる南條は、抱えているタレントよりも先に処分の内容を聞くはずだから、そういうこともなく、しかも直接社長室に呼ばれたともなれば、心配が極限に達するのも無理からぬことか。
 ただでさえ南條は、心配性の性格だから。

「で、話は? 何て言われたんだ?」

 焦りながらも気を抜かず、南條は声を潜めて大和に尋ねて来た。
 廊下には自分たち3人しかいないから、声さえ小さくすれば、わざわざ頭を寄せ合わなくてもいい気はするのだが、なぜか南條が大和と琉の肩に手を回すものだから、円陣を組むような形になってしまった。

「何て、て……事実確認? されただけだけど」
「……………………。事実確認?」
「その…大切な人を傷付けた、ていうのはホントのことなのか、とか。その人と付き合ってんのか、とか」
「何て答えたんだっ…?」
「一応付き合ってたけど別れた、て言ったよ。てか、何で南條にまで打ち明けてんだ、俺」

 コンサートであんなことをした直後に社長室に呼ばれて、まさか社長に嘘をつくわけにはいかないので、そこは正直に答えたけれど、つい南條にまで、別れたことを言ってしまった。
 南條には嘘をつこうと思っていたとかそういうわけではなくて、付き合っただの別れただのを、いちいち南條に話すつもりがないから。しかも、相手は千尋だし。

「で?」
「で? …て、何が?」
「だから、その後だよ。何言われたんだ?」
「その後? その後は……話は分かった、とか」
「は?」

 大和は、社長に言われたとおりのことを言ったまでなのだが、案の定、南條は予想どおりの反応をし、琉もまた怪訝そうな顔をしている。
 そりゃそうだろう、大和だって同じ反応をした(社長相手に)。



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恋の女神は微笑まない (180)


「話は分かった? 何の話が分かったんだ? 何の話が分かったっていうんだ」
「俺に聞くなよ。南條、直接聞いてくればいいだろ、社長に」
「出来るかっ!」

 矢継ぎ早に聞いてくる南條に、面倒くさくなって言ってやれば、即行で突っ込まれた。

「じゃあ何だ? 社長はお前に、MC…てか、最後の挨拶で言ったことが本当かどうか確認しただけで、それ以上のことは言ってこなかったってことなのか?」
「うん。あ、でも…」
「何だ!?」

 やはり南條も、それだけで話が終わったとは到底思えないでいるようで、大和の『でも…』にとんでもなく素早く反応して、ガシリと大和の肩を掴み、詰め寄って来た。

「いつ謝るの? て聞かれて、」
「は?」
「謝ったら結果教えて、て言われた」
「…は?」
「それで終わり」
「……………………。…は?」

 どんなに訝しまれても、そうとしか言われていないのだから、他に言ってみようがない。
 大和だって十二分に怪しんだが、社長の言動に裏があるとはとても思えず(だからこそ本当に、謝った結果を知りたがっているに違いない)、結局話はそこで終わったのだ。

「えーっと…、MCの内容について確認されて、いつ謝るのか聞かれて、謝ったら結果を教えるように言われて…………それで終わった、てことか?」
「そう」
「……………………。MCの内容について…」
「いや、ちゃんと聞こえてたから。繰り返さなくても大丈夫だから」
「だってお前が軽々しく返事するからっ…!」
「んなこと言ったって…!」

 少しの間を置いて、同じ質問を繰り返そうとした南條に、大和は最後まで言わせなかった。
 だが南條はそれでは納得しないのか、『軽々しく』なんて言って来る。大和の返事のし方がどうであれ、事実は事実なのだから仕方あるまい。

「何でそれだけなんだよっ…!」
「知るかよ! それだけじゃ悪ぃのかよ!」
「悪いわけあるかっ…!」
「なら、問題ねぇだろっ…!」



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恋の女神は微笑まない (181)


 最終的に何の処分もなかったというなら、もちろんそれに越したことはなく、何の問題もないのだが、やはり俄かには信じられないようで、南條も大変混乱している。
 マネージャーや事務所の人間の誰にも話の中身を知らせず、社長が直々に所属タレントを呼び付けたとあっては、絶対に重大で深刻な結果が待っていると考えるのに、終わってみれば、話はそれだけだったなんて。
 しかし、あの社長に限って、そんな手の込んだ嘘をつくような真似はしないから、どんなに南條が疑ろうと、そういうことなのだろう。

「そうか…、そうだな、何の問題もないな…。確かにそうだ…。何の処分もないなら、それに越したことないしな…。はぁ~…」
「おい、大丈夫か、南條」
「安心したら気が抜けた…」

 大丈夫だということを自分に言い聞かせるように、ブツブツ言っていた南條は、とうとう気が抜けたのか、溜め息とともに、へなへなとその場に屈み込んでしまった。
 何事もなくてホッとする気持ちは分かるが、そんな状態になるとしたらそれは大和で、南條ではないだろうに。

「しっかりしろよ」
「分かってる…。…車出して来るから……支度したら下りて来て…」

 よれよれと立ち上がった南條は、本当に大丈夫なのかと再度確認したくなるような足取りで、階段を下りて行った。

「…これから、アイツの運転する車に乗るんだよな?」
「せっかく首が繋がったってのに、全然関係ないところで命の危険に曝されたくねぇんだけど」

 琉と大和は口々に勝手なことを言って、南條の背中を見送る。
 彼が、誰よりもFATEのことを、2人のことを大切に思い、その成功を願っているかは知っているが、ついそんなふうに構いたくなってしまうキャラクターなのである。

「つか、大和」
「ん?」
「…ホントに謝んの?」

 南條は支度をしたら下りて来いと言ったけれど、支度といっても荷物を持って来るくらいだったし、車もこのビルの駐車場に停まっていて遠くはないから、南條が先に行って車を回すほどでもなかったのだが、2人になれたのを幸いに、琉は大和に尋ねた。

「ホントに、て……本気で謝る気があったら、もうとっくに謝ってんだろ、て?」
「そういうわけじゃないけど…」

 別に琉が大和を責めるつもりでそんなことを言ったわけではないのは分かっていたが、大和はついそんな言い方をしてしまった。
 千尋に別れを切り出されたことを琉に話したとき、心底驚かれ、それでいいのかと何度も言われたが何も出来ずにいた、そんな姿を曝していたのだ、何を今さら、と言いたくなる気持ちも分かる。



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恋の女神は微笑まない (182)


 昨日、更新したはずが、記事が更新されていなかったようで…。一昨日180話を更新した後、今日182話を更新した状態になっていて……急に1つ飛んで、意味が分からなかったと思います。大変申し訳ありませんでした。
 オフラインで残しているデータはおかしなことになっていなかったので、今朝も全然気付いておらず…。
 本当に申し訳ありませんでした。
 これからは、ちゃんと記事がアップされているか、もっとよく確認するようにします。ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした。
 教えてくださった方、本当にありがとうございました。
 これからも「恋三昧」をよろしくお願いいたします。


「そりゃ、謝りたいよ」

 一応、謝ったことは謝ったけれど、結局それが見当違いの謝罪で、一方的に電話を切られて終わってしまったから。

「まぁ、社長にも言われちゃったしな。ちゃんと謝って、それで終わりにしたいんだよ」

 謝るためにはまず、千尋に連絡を取らないといけないわけだが、そもそも今でも千尋と連絡が付くのかさえ、大和は分からないんだけれど。
 もし千尋に連絡が付いたとして、彼が大和の話を聞いてくれたとして、しかしその謝罪を受け入れてくれるも分からないし、謝ったところで、ただの大和の自己満足に終わるかもしれない。
 けれどそれでも、このままではいられないから。
 今さらと言われようと、千尋を傷付けてしまったことだけは謝りたい。それ以上のことを望んでいるわけではない。ただ、それだけだ。

「…終わり?」

 大和の最後のセリフに、隣を歩く琉が怪訝そうに聞いてきた。
 そんな顔をされても、別に変なことを言った覚えもないから、大和としても、何を返事していいか分からない。

「何だよ、終わり、て」
「いや、もう終わってるけどさ。ちゃんと謝ってなくて、何か中途半端な感じだったから。まぁ、そう思ってんのは俺だけで、ちーちゃんは、完璧に終わってると思ってるかもだけど。でも、これでちゃんと謝れば、全部に方が付くだろ?」
「え?」
「は? 何だよ、話聞いてんのか、琉」
「聞いてるよ。聞いてるけど、意味分かんねぇから」

 大和にきちんと説明されても、いや説明されればされるほど、意味が分からなくなる。
 琉の中では、謝るからには、そこからまたやり直すものだとばかり思っていたのに。

「何だよ、意味分かんねぇ、て。終わりにするなら、謝ることもねぇって?」
「じゃなくて………………諦めんの? アイツのこと」
「いや、むしろ何を諦めないの? 片想いならまだしも、付き合ってて振られたのに」
「縒りを戻す的な」

 聞くまでもなかった返事が返って来て、大和は少し笑う。
 確かにそれは、大和だって、まったく考えなかったことではない。大和は今もまだ千尋のことが好きで、出来るものならそうしたいと、思ってはいるけれど。
 しかし、相手は千尋だ。このことに限っては、やらなくても結果は分かっている。

「…そういうつもりで、謝りたい、て言ったのかと思ってた」
「コンサート中に、そこまでいろいろ考えてねぇって。ちーちゃんが来るの、最初から知ってれば別だけど…………てか、だったらもっと気の利いたこと言ってるし、やってるけどな」



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恋の女神は微笑まない (183)


 コンサート中に思いがけず千尋を見つけて、どうにかして想いを伝えたくて、あんな方法を取ってしまった。
 何のうまい言葉も思い付かなかったけれど、直接名前を出してしまうことだけはないよう、細心の注意を払うのが精一杯だった。

「…つか俺、ちーちゃんがコンサート来てる、て知らなかったんだけど。あれって、ハルちゃんのせい?」
「『せい』て言うな」
「でも、ハルちゃんが誘ったんだろ?」

 コンサートの最中、大和は千尋の姿は見つけたけれど、残念ながら遥希に気付くことは出来なかった。
 しかし、大和とのことがないとしても、千尋が自ら進んでFATEのコンサートに来るとは思えないし、そんな千尋を誘うとしたら遥希くらいしかいないから、千尋があそこにいたのは遥希が原因だろう。
 今回のコンサートでチケットが取れなかった遥希のために、琉が関係者席を用意したのだ。そのときに千尋の席も用意したというわけか。

「だってハルちゃん、1人じゃ行けない、て言うし」
「琉、テメェ、ちーちゃんが来るの、知ってたのかよ」
「いや、ハルちゃんが誰かと一緒に来るっつったら、アイツくらいしかいないだろ」

 どういうつもりで、遥希が千尋を誘ったのかは分からない。
 遥希のことだから、関係者席で見るからには、琉との関係を知っている人でないと変に思われる…と考えただけで、他意はないのかもしれないが、それでも千尋を誘うところがすごい。
 加えて、結局は一緒に来てしまった千尋も、すごいと言えばすごい。…それだけ、千尋の中ではもう、大和のことなど、どうでもいい存在になっているのだろうか。

(でも、めっちゃ驚いた顔してたよな、ちーちゃん…)

 遥希に誘われたから来たとはいえ、コンサートに大和が出ていることは分かっているのだから、大和の姿を見ただけでは、あんなに驚く必要などない。
 あのとき大和は千尋と目が合った気がして、けれど気のせいかなとも思っていたけれど、やはり目は合っていたのだろう。だから千尋は、あんなに驚いた顔をしたのだ。

 それは、大和のことをまだ少しは気にしていてくれたからだろうか。
 いやしかし、この大勢の観客の中で目が合った1人となれば、大和のことがどうでもよくても、驚きはするだろうから、そういう意味での驚きだったのだろうか。

「けど、いくらハルちゃんが無理やり誘ったとはいえ、来ること来たんだから、アイツだって、お前のあの話聞いてたわけだろ? てことは、謝るにしろ話しするにしろ、早いうちがいいんじゃね?」
「…分ーってるよ」

 大和だって、むしろコンサートでこんなことを言う前に、どうにかしたかったくらいだ。
 しかし、千尋から一方的に別れを切り出され、電話を切られたという出来事が、連絡を取るのを躊躇わせてしまうのだ。



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恋の女神は微笑まない (184)


「でもそれ以前に、ちーちゃんに連絡が付くかどうかも分かんねぇんだけどな」
「連絡先知ってんだろ? アドレスとか変えられてるかも?」
「いや…」

 確かに、大和との接触を絶つために、そうしたものを変更されている可能性はあるが、そもそも千尋は元から、メールなどの返信率が極端に低い人なのだ。
 『見るけど返事はしない』が千尋の基本的なスタンスだから、そんな千尋が、受信したメールやメッセージに対して、今さら返事をくれるとは思えない。

「あぁ、メールとか返信しねぇんだよな、アイツ。すげぇ性格だよ」

 琉も千尋の性格を思い出したのか、苦笑している。

「おかげでハルちゃん、また、アイツにメール送るのに使命感燃やしちゃってるし」
「あー…」

 千尋の返信の有無は、相手のことが好きだとか嫌いだとか、友だちだとか恋人だとか、そういうことにまったく関係なく、返事が必要な内容かどうかだけで、ほぼ判断されている。
 気分が乗っていれば、面倒くさいと思うことなく返信することもあるが、恐らく10回に1回もないことだろう。

 しかし、返信はしないけれど、何の連絡も来ないのは寂しいから嫌だとかいう、むしろ千尋自身が結構面倒くさい性格をしているから、厄介と言えば厄介だ。
 大和も実際、返事の来ないメッセージを送り続ける虚しさを感じたことはあったけれど、千尋の本質を知ると、嫌いにはなれないのだ。

 恐らくそれは遥希も同じことなのだろう。
 だから、全然返事が来なくても、千尋からストーカー呼ばわりされても、めげずに千尋にメールを送り続けるのだ。

「…ならさ、」
「ん?」
「アイツに言ってみようか? 返事しろ、て」
「バカ。いいよ、恥ぃ」

 遥希が、千尋の家に行ったり、千尋を自分の家に呼んだりすることが多いおかげで、不本意ながら琉も時々千尋に会っていることは、大和も知っている。
 元から琉と千尋は、嫌い合っているとまでは言わないが、特別良好な関係ではなく、どうせなら関わり合いになりたくない、とお互いに思っている間柄なのに、琉がそんなことを言ってくれるのは、やはり大和のことを気に掛けてくれているからだろう。
 しかし、琉の気持ちは嬉しいが、そんなことをしてもらうのは恥ずかしい……というか、男として情けなすぎる。

「…大丈夫。自分でちゃんと何とかするから」
「そうか?」

 本当に自分でちゃんと出来るなら、ここまで拗らせる前に、どうにかしていたんだろうから、こんなセリフ、今さら言ったところで、信じてもらえないかもしれないけれど。
 けれど、ようやくまた一歩進むためのチャンスが巡って来たのだ。もう逃せない。



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恋の女神は微笑まない (185)


yamato & nanjo

 琉を遥希の家まで送った後、南條と2人になった車内で、大和は何となく窓の外の景色を眺めていた。南條は無表情でハンドルを握っている。

 社長室を出た後、琉には『ちゃんと自分で何とかする』なんて言ってみたけれど、一体何をどうすればいいのやら。
 そればかりが頭の中を巡っている。

 琉が遥希の家に行ったように、大和もこのまま千尋の家に送ってもらおうかとも思ったが、南條には千尋とのことを何も話していないから、それも不自然だ。
 とすれば、自宅に着いたら、千尋が応えてくれるかどうかはともかく、電話なりメールなりして、千尋に連絡を取るしかないだろう。

(電話は…………出なそうだよなぁ…)

 千尋の世界に、意味なしメールの存在意義は皆無だ。受信したものは一応、見ることは見る。でも返事はしない。面倒くさいし、返事をする内容がないから。
 だから、確実に返事が必要な内容で、送るしかあるまい。

「…一ノ瀬」

 千尋が返事をくれそうな内容。
 今の2人の関係性からして、返事を要するメールを送ったところで返信はないかもしれないけれど、より返事が来そうな文面にする必要はある…。

「一ノ瀬、」
「ん? あぁ…、えっ!?」
「おいっ!」

 気付かぬうちに相当集中していたのか、南條の呼び掛けに気付かなかった。
 もう家に着いたのか、と大和はドアノブに手を掛けようとして、まだ車が走行中だと分かって、慌ててシートに身を戻した。

「何してんだ、バカ!」
「いや、もう着いたのかと…」

 マネージャーからバカ呼ばわりされるアイドルもそういない気はするが、確かに今の大和の行動は、バカと言われても仕方がなかった。
 走っている車のドアを開けて降りようとするなんて、映画やドラマの撮影でも、代役を立てるか、CGにでもするところだ。

「頼むからこれ以上、俺の心臓に負担を掛けないでくれよ…」
「悪ぃ」

 車内は暗いし、南條は前を向いているから真実は分からないが、その声色からして、恐らく南條は相当蒼褪めているだろう。本当に申し訳ないことをした。



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恋の女神は微笑まない (186)


「で、何?」
「いや…、その、MCで言ってたアレ…」

 大和が尋ねると、南條はおずおずと話を切り出してきた。
 しかし、社長室の一件なら先ほどすべて話したから、それ以上の言うことはないのだが…。

「あのとき言ってた『大切な人』て…………千尋のことなんだろ?」
「…」
「もう何回も聞いて、そのたびに否定…てか、はぐらかされて来たから、今さら聞くのも何なんだけどさ、」

 そういえば南條にはずっと、千尋とは何でもないと答え続けてきたんだったっけ。
 というか、今まで誰かと付き合ったところで、いちいち南條に報告したことはなかったし、逆に南條からも何か聞かれたこともなかったから、否定も何もなかっただけのことなんだけど。
 なのに、千尋のときに限って、南條がいろいろと聞いて来るから、つい、はぐらかすような真似をしていた。

「そーだよ」

 それは千尋が男であり、しかも南條の知っている相手だからというのが大いなる理由なのだが、別れた今となっては、あえて隠す意味もないので、大和はあっさりと認めた。
 先ほど事務所で、その『大切な人』とは、一応付き合っていたけれどもう別れた、とも言ってしまっているし。

「じゃあ…、やっぱり千尋と付き合ってたのか」
「お試しでね」
「は?」
「お試しのお付き合い。つか、もう別れちゃったし、その辺はまぁいいじゃん」

 今さら、お試しのお付き合いをすることになった経緯を話すのも面倒くさいし、千尋と過ごした時間を思い出すのも切ないので、悪いがそこは省略させてもらう。

「別れちゃったし……て、でも、謝るつもりなんだろ?」
「別れたって、謝るくらいは出来るだろ?」

 まぁ…、千尋が大和の話に聞く耳を持ってくれたらの話だけれど。
 社長にも琉にも、ちゃんと謝る、とは言ったから、ちゃんとするつもりではいるけれど、まさかここで南條にまで、そのことを誓わなければならないだろうか。

「そうだけど………………まぁ、社長も止めなかったし、一ノ瀬がそこまで千尋のことを思ってるなら、俺がどうこういう問題じゃないけど…」
「は?」

 南條が何かブツブツ言っているが、何のことだかよく分からない。
 もしかして、千尋のことが『一般人女性』として週刊誌に載ったとき、写真の人物は男であり、大和とは何もない、ということで処理したことを言っているのだろうか。
 確かに、大和がお試しとはいえ千尋と付き合っていたとなれば、あの記事だって、まんざら嘘とも言い切れないから、心配性の南條がまた悩み出すのも無理はない。



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恋の女神は微笑まない (187)


「だからもう別れたし、謝るだけだから、大丈夫だって」

 どうしてアイドルがマネージャーを励ましているんだろう…と思いつつ、元は大和のせいだから、南條の胃がこれ以上痛まないように、大和は南條を慰める。
 しかし南條は、変わらず、ドヨンとしたままだ。

「何心配してんだよ、南條」
「そりゃそうだろ! お前、恋人が男のアイドルを2人も抱えたマネージャーの気持ちが分かるか!?」
「いや、分かんねぇけど…。つか、2人じゃねぇだろ。琉だけじゃん、付き合ってんのは」

 そんな、急にキレられても困る…。
 というか、どうして南條は『2人』なんて言うんだろう。大和は千尋と別れたと言ったばかりなのに。

「今は水落だけかもだけど…、でもお前、千尋に謝るんだろ?」
「いや、謝るけど………………え、南條、お前もしかして、俺がちーちゃんと縒りを戻そうとしてる、とか思ってる?」
「え? 違うの?」
「違ぇよ!」

 先ほどから、何となく微妙に南條と話が噛み合っていないと思ったら、根本的なところの考え方が違っていたようだ。
 大和は千尋に謝るつもりではいるけれど、そこまでしか考えていない。縒りを戻そうとか…………もしそうなったらいいな、とは考えないでもないけれど、無理だと分かっているから。

「…いいのか? 一ノ瀬はそれで」
「いいのか、て……むしろそうでなきゃダメだろ」
「そうなんだけど!」

 ほんの1分もしない前に、『恋人が男のアイドルを2人も抱えたマネージャーの気持ちが分かるか!?』なんて息巻いていたヤツが、舌の根も乾かぬうちに何を言い出しているのやら。

「俺だって複雑なんだよ。仕事のことを思ったら、そりゃ恋人は男じゃないほうがいいけど…、でも、人の恋愛に口を出すのも何だし、それに………………それにやっぱり、幸せになってほしいじゃんか」

 立場上、仕事のことを何よりも思っているけれど、それだけでは割り切れない感情についても、ちゃんと考えているのだ、南條は。
 南條にそんなふうに思われているのだと思うと、少し面映ゆい。

「…そっか。じゃあ、次のときにはがんばるよ」
「次?」
「次に誰か好きになったとき」

 答えれば、南條はミラー越しに大和を見た。

「もっかい聞くけど、一ノ瀬、――――いいのか? それで」
「…うん。大体、俺が縒りを戻したいとか思ってたって、そんなのちーちゃんが受け入れてくんないよ。だから、謝るだけ」
「そんなこと…」
「それは、お前のが分かってんだろ? 長い付き合いなんだから」
「……」

 そして大和は、まだ何か言いたげにしている南條から逃げるように窓の外に視線を向け、シャットアウトした。



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恋の女神は微笑まない (188)


chihiro & haruki & ryu

 千尋は時々、本気で心配になることがある。

(ハルちゃんて、マジで俺以外に友だちいないんじゃね…!?)

 と。

 何しろ今日も遥希は、『一緒にご飯食べよー?』と連絡を寄越し、ご飯を食べ終われば、『俺んち行って飲み直そー!』と千尋の腕を引っ張る。
 千尋は遥希のことをすごく面倒くさいと思っているけれど、別に嫌いではないし、1人で食事をするよりも誰かと一緒のほうがいいからいいんだけれど、よく飽きもせず千尋のことを誘って来るものだとは思う。

 まぁ、拒むことなく遥希に付き合い続けている千尋も千尋なのかもしれないが、千尋が遥希のお誘いを断らないのには理由がある。
 何せ千尋の持論は、『誘ったからには、誘った相手が奢るべきである』だ。タダ飯が食えるのであれば、相手が誰であろうと、その辺のところは気にしない。
 そんな千尋は、大学生で、コンビニバイトの給料くらいしか収入のない遥希と違って社会人であり、それなりに稼いでいるにもかかわらず、平気な顔で遥希にたかるのである。

 しかし遥希も、給料日前とか、FATEの写真やCDなどの発売前は、『お金足んなくなるからダメー!!』と喚くのだが、それ以外のときは、『たまにはちーちゃんも出してよね』と、ちょっと嫌な顔をするくらいだ。
 なので千尋は、4回に1回くらいは割り勘にするか、お金を出してあげている。ケチ…というか、これが千尋だ。

 そもそも、千尋を誘えばたかられるのは分かり切っているのだから、それが嫌なら最初から誘わなければいいだけの話なのに、相も変わらず千尋を誘って来るから、千尋は冒頭のようなことを思っては、遥希のことを心配するのである。

「去年はクリスマス、ツアー中だったけどー、今年はもう終わったじゃん? 琉、仕事お休みになんないかな? なんないよねー。コンサートとかなくても、仕事はあるよね、やっぱ…」
「んー」
「はぁ~…。別に1日中一緒にいたいとか、そんなこと望んでるわけじゃない……こともないけど、せめてさぁ、夜だけでも! 夜だけでも一緒に過ごせないかなぁ!?」
「んー」
「せっかくのクリスマスだもん! 聖なる夜! 一緒に過ごしたいじゃん、ねぇ? …て、聞いてんの、ちーちゃん!」
「聞いてる聞いてる」
「そう。でね、でね、」

 本当は千尋は殆ど話を聞いてはおらず、適当に相槌を打っていただけなのだが、千尋が聞いていると言えば、単純な性格ゆえか、それとも酔っ払っているせいか、遥希はそれに満足して、話を再開した。



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恋の女神は微笑まない (189)


「プレゼント、どうしよーて思うわけっ。ちーちゃん、どう思う!?」
「…裸リボンでいいんじゃない?」
「ヤダよぉ! もぉ真面目に考えてよっ」

 適当な返事ばかりでは悪かろうと、千尋なりの意見を考えて話したのに、真っ向から否定された。しかも、真面目に考えろ、とまで言われた。これが一番喜ぶに決まっているのに。

「はぁ~あ、困ったなぁ…。ちーちゃん、どう思う?」
「………………」

 千尋はたった今、『裸リボン』という回答をしたばかりなのに、どうして同じ質問を重ねて来たんだろう。
 先ほどの答えがダメだったから、それはなかったことにして、もう1度最初からやり直しということなのか。それとも、何か違うボケを期待されているのか(裸リボンだって、ボケたわけではないのだが)。

「てか、ちーちゃんはどうすんの? クリスマス」

 一体どんな答えなら正解なのか、千尋が考え込もうとするより先、遥希は新たな質問を投げ掛けてきた。
 遥希が琉に贈るクリスマスプレゼントなどという、千尋にとって、この世で一番どうでもいいことを考えなくて済むのなら、何だって答えようと思ったが、はて、クリスマスをどうするかなんて、まったく考えていなかった。

「んー…別にどうもしないかな」
「うっそ、何で!」

 今のところ特に予定も入っていないし、普通に仕事もあると思うし、だから何の嘘偽りも、ましてやボケもない返事をしたのに、遥希に非常に驚かれてしまった。
 いや…、クリスマスは確かに一大イベントだけれど、必ずしも何かをしなければならないという決まりもないのに。

「…ねぇねぇ、大和くんは?」
「バッカじゃね?」

 千尋のほうににじり寄って来て、うんと声を潜めて、さらには耳打ちをするように尋ねて来た遥希に、千尋は即行で言ってやった。
 もう本当に今さらも今さらなのに、何を言っているのやら。

「だって…。…ホントに別れちゃったんだね、ちーちゃんと大和くん」
「それって超今さらなんだけど。ホント、よくコンサートに連れてったよね、ハルちゃん」

 まぁ、こんなことを言うのも、今さらなんだけれど。
 コンサートに誘われた時点で十分に思ったし、恐らく口に出してもいるはずだけれど。
 でも遥希があんまりにもバカだから、もう一回言ってやる。いや、何回でも言ってやる。



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恋の女神は微笑まない (190)


「だって、1人じゃ行けないし…」

 しかし、千尋に何回言われたところで、遥希も同じことを何度でも繰り返すだけのようだ。
 大学生とはいえ、一応は成人している男子として、そのセリフは最高にかっこ悪い気がするが、やはり遥希に他意はなく、正真正銘それが理由で千尋をコンサートに誘ったというわけだ。

「…コンサート、ヤダった?」
「それも今さら。そんな気遣う気持ちがあったら、これからは1人で行ってよね、コンサート」
「ぶぅ」

 近寄って来ていた遥希をシッシッと追い払って、千尋は新しい缶チューハイの缶を開ける。
 遥希はむくれた顔をしつつも、大人しく離れて行った。

「でもさぁ、ちーちゃん」
「…何?」
「睨まないでよ! でね、ちーちゃん、あのね、」

 睨んだつもりはなかったが、気持ちが素直に表情に表れたらしい。
 しかし遥希は睨まれても引き下がる様子がないので、仕方なく千尋は話に付き合ってやることにする。

「コンサートのさぁ、大和くんの最後の挨拶! あんなこと言うなんてさぁ!」
「すごいよね」
「いや、すごいじゃなくて! あんなこと言うなんて、大和くん、まだちーちゃんのこと好きなんじゃないの!?」
「何で?」

 せっかく離れたのに、遥希は力説しながら、また近づいてくる。
 いちいち面倒くさいなぁ…。

「だってさぁ、あのとき大和くんが言ってたの、大切な人て、ちーちゃんのことでしょ?」
「知らないよ。違うんじゃない?」
「違わないよ! だって、他に誰がいんの!?」
「いろいろ。だって週刊誌とか、他にも載ってたじゃん。女優さんとか。まぁ載ってない人かもだけど」

 確かに千尋は恋人(仮)で週刊誌にも載ってしまったけれど、それ以外に大和と恋愛関係になった人なら、いくらでも(…と言ったら言い過ぎかもしれないが)いるのだ。
 あのとき大和が言った『大切な人』が千尋とは限らない。
 いや、千尋の中では、千尋でない他の誰かだということで決着していたくらいなんだけれど。

「えー、何でちーちゃん、自分だって思わないの?」
「俺の要素がないじゃん」
「何で! ちーちゃん以外に誰がいんの!?」
「それはさっき答えた」

 酔っ払っているだけでも鬱陶しいのに、どこかで遥希の心に火が点いてしまったようで、すごく熱血遥希になっていて、それも非常に面倒くさい。



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恋の女神は微笑まない (191)


「ねー、ちーちゃんはもう大和くんのこと嫌いなのぉ?」
「そういう問題じゃないし」
「そういう問題だよ! だってちーちゃんがまだ大和くんのこと好きなら、両想いじゃ~ん」

 開けた缶チューハイを飲みたいのに、遥希が纏わり付きながらゆさゆさと体を揺さぶって来るから、うまく飲めない。
 邪魔だなぁ…と思いつつ、遥希の言った言葉が引っ掛かって、千尋は缶を置いて遥希を見た。

「てか、『まだ』てどういう意味? それじゃ何か俺が前に大和くんのことを好きだったみたいじゃん」
「好きだったでしょ?」

 あまりに平然と遥希が答えるものだから、千尋は言葉を失った。
 それは別に、遥希の言葉が図星を突いていたからではなくて、あまりにもバカげたことを、自信満々に当然のように言って来たからだ。

「あのね、ハルちゃん。俺は別に大和くんのこと好きだったとかじゃなくて、嫌いじゃない、てだけだから」

 仕方ないので、千尋は遥希に丁寧に説明してやる。
 酔っ払い相手は、本当に大変だ。

「じゃあ、今は嫌いなの?」
「大和くんはもう嫌いになってるでしょ、俺のことなんか」
「大和くんのことじゃなくて、ちーちゃんのこと! ちーちゃんはまだ大和くんのこと好きなの? 嫌いなの?」
「そんなのハルちゃんには関係ないでしょ」

 しつこい遥希にうんざりして、千尋は冷たくあしらうが、遥希はめげずに千尋にくっ付いている。
 酔っ払っているせいもあるかもしれないが、遥希は意外と打たれ強いというか、メンタルが強いと思う…。

「俺には関係ないかもだけどさぁ! でもぉ」
「もぉ~、ハルちゃんは自分のことだけ心配しててよ」
「俺は別に何の心配もないし!」
「………………。へぇー。じゃあ、クリスマスのプレゼント何にするか決まったの? ゆってよ、今。発表して」

 遥希ほどではないが、千尋も酔っ払ってはいるので、段々と苛立ちが募ってきて、つい、強い口調で言い返してしまう。
 そうでなくても、千尋は気の短いタチなのだ。



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恋の女神は微笑まない (192)


「そ…それは…。それこそ今関係ないじゃん!」
「ハルちゃんが、何の心配もないとか言うからでしょ。ホントかどうか確認する!」
「そんなの確認しなくてもいい!」
「イテッ、何すんだよっ」
「イッター! ちーちゃんこそ何すんの!?」

 うまく言い返せなくて、もういいっ! と遥希が千尋から体ごと背けたら、その拍子に腕が千尋に当たってしまった。
 力も入っていないし、それほど痛くもなかったから、いつもだったら何も言わずに流していただろうに、今は、それまでの苛立ちも相まって、思わず千尋もやり返してしまった。

「ハルちゃんが先にやったんでしょ!」
「別にわざとじゃないじゃんっ。ちーちゃんのはわざとでしょ!?」
「先にやったハルちゃんが悪いんですー」

 …子どものケンカである。
 もし周りに他の誰かがいたら、「まぁまぁ」と言って宥められる程度の。
 けれど本人たちにしてみれば、本気も本気、世紀の大決闘だ。

「イタッ、ちょっ、ちーちゃんっ!」
「蹴んなよ! ふざけんなっ」
「やめてよっ! ギャッ」
「にゃっ!?」

 わーわーキャーキャーと、ケンカしているのかじゃれ合っているのかよく分からない2人の決闘は、しかし意外にもあっさりと幕を閉じた。
 どちらかの一撃が決まり、勝利を収めたというわけではない。振り上げた2人の手がテーブルに当たり、その勢いで、上に乗っていたチューハイの缶が宙に舞い、2人の上への降り掛かってきたのである。

「………………」
「………………」

 2人とも、自分の手がテーブルに当たったという自覚があるため、缶から飛び散ったチューハイで髪も顔も服もビショビショになっても、相手を責めるに責められない。
 ただ呆然と、目の前の相手を見つめるだけだ。

「…………ハルちゃん」
「…………何?」
「……バカなことはもうやめよう」
「……だね」

 遥希はのそのそと立ち上がってタオルを持って来ると、1つを千尋に渡した。



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恋の女神は微笑まない (193)


「ちーちゃん、お風呂入ろ?」

 お酒をいっぱい飲んだ後は、危ないからお風呂に入っちゃダメ、と言われていて、遥希もそれを守っているんだけれど、さすがに今日はそういうわけにもいかないだろう。

「『入ろ?』て……一緒に入るみたいに言わないでよ」
「一緒に入ろうよ。早く入りたいでしょ? ちーちゃんも」
「ハルちゃんがさっさと入ってくればいいだけ。この期に及んで長風呂とかしたら、ぶっ飛ばすかんね」

 大学生の1人暮らし相応の風呂場なのに、どうやって2人で入るというのだ。2人が小柄とはいえ、さすがにそれは無理がある……し、たとえ風呂場が大きくても、わざわざ遥希と一緒に入るつもりはない。
 遥希がさっさと入って、さっさと上がってくればいいだけの話だ。

「じゃあ、行ってきまーす」
「シャワーだけにしときなよ?」
「うんっ」

 何だかんだ言っても、遥希の心配をしてやる自分に、何てお人好しなんだろう…と千尋は自分自身に呆れてしまう。
 どうせこうなるんだから、つまらないケンカなど最初からしなければいいのに……酔っ払うって、恐ろしい…。

「ねぇハルちゃん、タオル濡らしていーい? 顔ベタベタする」
「どーぞー」
「開けるよー」
「えっ!?」

 ドア越しに遥希に尋ねた千尋は、返事を待たずに、遠慮なく風呂場のドアを開けた。
 水道なら風呂場だけでなく、簡易キッチンのところにもあるのに、どうしてわざわざ遥希がシャワーを浴びているほうを開けるのだ。

「ちょっちーちゃん! 何でこっち来るの!? 台所でやってよ!」
「いいじゃん、ケチケチすんなよ」
「そういう問題じゃなーい!」

 デリカシーのない千尋に遥希は声を上げるが、千尋は気にするふうもなく、シャワーでタオルを濡らす。
 ホントもう……このシャワーのお湯、ぶっ掛けてやろうか…なんてことが頭をよぎったが、そうすれば先ほどの二の舞になるので、遥希はグッと我慢した。

「ねぇねぇちーちゃん」
「んー?」

 タオルを濡らした後も、風呂場を出て行かず、その場で顔や体を拭いている千尋に、遥希は声を掛ける。



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恋の女神は微笑まない (194)


「さっきの話の続き、してもいい?」
「何の続き?」
「大和くんの話」
「いいけど……まだ何か話すことあんの?」

 言ったら気を悪くするだろうか…とも思ったが、千尋はそんなこともなく、普通に聞き返してくる。
 さっき、このことが発端で、ケンカになったのに…。

「さっきさぁ、ちーちゃん、大和くんが自分のこと好きなわけない、みたいなこと言ってたじゃん?」
「うん」
「何でそんなに否定すんの? 大和くんに好かれるの、ヤなの?」
「ヤなわけじゃなくて、大和くんが俺のこと好きでいてくれるわけないと思ってるだけ。俺が大和くんに何したか、ハルちゃんだって知ってるでしょ?」

 やはり何度聞いても千尋の返事は同じだ。
 しかも、内容はネガティブなのに、雰囲気に悲愴感がまったくないところを見ると、落ち込んで後ろ向きになっているわけも、卑屈になっているわけでもなく、本当に純粋にそう思っているということだ。

「そうだけどさぁ…、だからこそ、大和くんが言ったのはちーちゃんなんじゃないの? 傷付けちゃったから謝りたい、て…」
「えー? 違うんじゃない? 今付き合ってる彼女にでしょ」
「えっ、大和くんて、今誰かと付き合ってんの!?」
「知らないけど。あんなイケメンなんだし、彼女なんてすぐ出来るでしょ。なのにさぁ、元カレがコンサート見に来てんだもん。ヤベッて思って、あんなこと言っちゃったんだと思うよ?」
「………………」

 遥希は唖然となって口をあんぐり開けてたが、千尋は気付くことなく、「ハルちゃん、早くお風呂上がってね」と言って風呂場から出て行ってしまった。
 恐るべき鈍感力…。いや、想像力?
 千尋の説だってあり得なくはないだろうけれど、もっと素直に考えてもいいような…。

 だって、遥希が見ている限り、大和はすごく千尋のことを好きそうだった。
 他の誰かと付き合っている大和のことは知らないから、比べてみようがないけれど…、大和の様子からして、千尋と別れたからと言って、すぐに次の恋に行くとは思えない。
 大和が千尋と出会ってからのことを見てたら、大和の言った『大切な人』が千尋であることは間違いないのに。

(本人があの調子なんだもんなぁ…)

 千尋がこれでいいと言うのだから、遥希がここまで気にする必要もないんだけれど、千尋の考え方があんなだから、やっぱり気になる。
 これで、千尋が大和のことを嫌いというのなら、大和がどんなに千尋のことを好きでもどうにもならないから、遥希だって、こんなにしつこく聞かないけれど、結局千尋は、その点については教えてくれなかった。



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恋の女神は微笑まない (195)


(あ~あ、ちーちゃんて、よく分かんない…)

 すごく分かりやすいときもあるけれど、今日みたいに全然分からないときもある。すべて承知で、わざとやっているのかと思えば、実はまったくの天然だということもあるし。
 今さらながらに千尋という人間の人間性について考えながら、遥希は千尋に言われたとおり、さっさと風呂を上がる。
 この狭いアパートに、脱衣場なんて気の利いたものはないから、風呂場の中で服を着るんだけれど、何だかドアの向こうが少し賑やかな気がして、遥希は首を捻る。
 テレビは点けていたけれど、こんなにボリュームは大きくなかったはずだし、遥希ほどはテレビ好きでない千尋が、テレビを消すことはあっても、わざわざボリュームを上げるとは思えない。
 というか、この声は千尋と…

「琉!」

 聞き覚えのある声に、遥希は風呂場を飛び出した。
 遥希が風呂に入っている間に琉が遥希の家に到着し、千尋が遥希に代わってドアを開けたらしい。

「あ、ハルちゃーん…」
「ちょっとハルちゃん、どういうこと?」

 遥希が風呂を出ると、玄関に琉と千尋が対峙していて、中に入りたそうにしている琉に対して、千尋がドアと壁に手を突いて、それを遮っている。
 情けない顔で遥希に助けを求めている琉と、すごい目力で遥希を睨む千尋に、遥希は思わずたじろいでしまう。

「何で俺がいんのに、水落が来んの?」
「いや、それ俺のセリフだし! 俺と約束してたじゃん。何でコイツがいんの?」
「まさかのダブルブッキング?」
「オーバーブッキングな」
「このアメリカかぶれ野郎がっ」

 千尋と琉の両方と約束していたのかと、千尋が不機嫌そうに尋ねれば、琉がその和製英語を訂正したので、余計に千尋の機嫌を損ねてしまった。

「俺のが先にハルちゃんちいたんだから、水落帰ってよ。バイバイ」
「ちょっちょっと! 俺、約束してたよね? ねぇハルちゃんっ」

 千尋に無理やり閉め出されそうになって、琉は慌てる。
 遥希と約束していたのは間違いないのに、このままでは完全に千尋に追い返されてしまう。
 たとえ遥希がどちらとも約束していたのだとしても、恋人の琉としては、遥希と過ごす夜を千尋には譲りたくない。つまりは、千尋に帰ってもらいたい。



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恋の女神は微笑まない (196)


「…ったく、水落が来る日に、俺のこと誘わないでくれる?」

 遥希を睨みつつ、千尋はようやくドアの前から退いたが、かといって、荷物を手にして帰ろうという素振りはなく、普通に部屋の中に戻っていってしまう。
 琉としては多少の不服は残るものの、一先ずは自分が部屋に上がるのが先だと、靴を脱いだ。
 けれど、遥希が千尋のご機嫌取りに行ってしまったのが、切ない…。

「だってさぁ、琉が来るまで1人なの、寂しいんだもん…」
「………………。水落、ちゃんとハルちゃんのこと、躾とけよ」

 誰がどう聞いても傍若無人としか言いようのない遥希の主張に、 千尋は驚愕の表情で一瞬だけ口を噤んだが、しかし遥希に何か言い返すわけではなく、呆れ顔で琉にそう言って来た。
 それは遥希の性格の問題で、琉に言われてもだし、琉としても、千尋を呼ばずに待っていてくれたほうが嬉しいかなぁ…とは思うが、これが遥希なのだ。
 そういえば今日、大和と、千尋と遥希もなかなかの性格だと話したばかりだ。

「つかさぁ、だったらハルちゃんがウチに来ればよかったんじゃん。そうすれば、水落がハルちゃん迎えに来て終わりなのに」
「だってちーちゃん、ヤダて言ったじゃん」
「ヤダけど、水落が来るって知ってたら、ウチにしてたよ!」

 今日はもう、すっかり遥希の家に泊まる気になっていたから、余計に帰るのが面倒くさい。
 かといって、琉が来たのに、このまま遥希の家に泊まるのも……別に2人に気を遣う気は更々ないが、いちゃつく2人を見ていてもおもしろくないから、やはり帰るしかあるまい。

「ったくもー、ハルちゃんのバカ」

 ブツブツ言いながら、千尋は散らかしていた荷物をカバンにしまう。

「ちーちゃん、どこ行くの?」
「帰んだよ」

 キョトンとして尋ねて来る遥希に、千尋は冷たく言う。
 この状況で、帰らないほうがおかしいとは思わないのだろうか。千尋が帰ると知った琉の、あの嬉しそうな顔が見えないのか。

「ちーちゃん、お風呂は?」
「はぁっ!?」

 千尋は缶チューハイを被ったきり、濡れたタオルで顔や髪を拭いたくらいで、まだシャワーを浴びていない……と遥希が声を掛ければ、千尋でなく琉が大きく反応した。

「琉、どうしたの?」
「いや…、ハルちゃん、何でコイツに風呂勧めんの…?」

 事情を知らない琉にしたら、確かにそれはひどく不思議な光景だ。千尋はもう帰ろうとしているのに、なぜ風呂を勧める。



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恋の女神は微笑まない (197)


「さっきね、お酒掛かっちゃって。顔とか頭とか。俺、シャワーしたけど、ちーちゃんまだだから」
「あ、そういうこと…」

 遥希から話を聞いて、琉はようやく納得して、ホッとした。
 風呂くらい何だけど、しかし、風呂だからこそ、誰かが使うって、何となく意味深な感じがして…。

「…………。…水落、お前、何想像してんの?」
「何でもねぇよっ」

 心の中で思っていただけなのに、千尋に見透かされたように言われて、琉はちょっとだけ焦った。

「ちーちゃん、お風呂お風呂」
「いいよ、帰ってから入る」
「そうなの?」
「んなことしてたら、終電間に合わなくなる」

 今日、遥希の家に泊まるつもりでいたからゆっくりしていたんだし、風呂も遥希に先に入らせたんだけれど、こんなことなら、さっさと入っておけばよかった。
 けれど、仕方がない。終電を逃すほうが、もっと大変だ。

「ねぇちーちゃん、大丈夫?」
「何が?」
「俺、駅まで送ってく!」
「…は?」
「ちょっハルちゃん!」

 遥希の突拍子もない提案に、千尋は呆れ、琉は慌てた。

「だって、駅まで1人なんて危ないじゃん」
「…………。あのさ、ハルちゃん、だとしたら、駅からの帰り、ハルちゃんが1人じゃん」
「あ…」

 何なら、琉も一緒にくれば、駅からは遥希と琉の2人で帰って来れるけれど、そこまでしてもらうほどのことでもない。

「じゃあ、ちーちゃんち行く!」
「何でだ」
「だって、ちーちゃん、こんな時間に帰るのに、何かあったら…」
「別に大丈夫だから。駅なんてすぐそこじゃん」
「そんなにすぐそこでもないよぉ…」

 千尋をこんな時間に家に帰らせるハメになったことについて、遥希なりに責任を感じているらしく、万が一のことを考えて、遥希はなかなか譲らない。
 今さらそんなに思うなら、琉が来るまでの間、1人で大人しく待っていればよかったのに。
 しかも、風呂に入ったり、その間に琉が来たりといろいろあったせいで、部屋の中、お酒の缶もかなり転がっているし…。



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恋の女神は微笑まない (198)


「ハルちゃん、離してよ。マジで電車乗り遅れるって。これで終電乗れなくてタクシーで帰るハメになったら、後で請求書送るからね」
「うぐ…」

 駅から千尋の家までタクシーでいくらくらい掛かるんだろう…。
 学生という身分柄、そうしょっちゅうタクシーに乗るわけでもないし、長距離を乗ることだってないから、なかなか見当が付かない。
 今月は、この間コンサートに行ったばっかりだし、千尋に何度もご飯を奢っているから、お財布の中は結構寂しいのだ。タクシー代なんて、出せるかしら。

「嘘だよ、ハルちゃんになんて請求しないよ。請求書は水落に送っとく」
「おい、ちょっ……まぁいいけど」

 急に話を振られて、琉は一瞬うろたえたが、すぐにあっさりと了承してしまった。
 これには、話を出した千尋もちょっと戸惑う。そんな…冗談だったのに。

「つか、それだったら、ここにタクシー呼べよ。金出すから」
「…………何なの? 水落、何で急にそんな親切なの? 気持ち悪い」
「気持ち悪い、て何だよ! しょうがねぇだろ、そうでもしねぇと、ハルちゃんがお前んちまで行きかねねぇし」
「お前、ハルちゃんのこと好きすぎんだろ」

 琉の親切心の裏には、そういった事情が隠されていたわけだが、そうだとしても、琉の、遥希への想いが強すぎる…。

「いいよ、電車で帰るし。つか、こんな話してる間に、電車行っちゃう」
「ちーちゃん…」
「じゃあね、ハルちゃん。今度は水落が来ない日に呼んでよね。そんで一緒にお風呂入ろーね」
「!!??」

 気にする遥希の頭を撫でて、千尋は遥希の家を出ていった――――余計な爆弾を落とすことを忘れずに。
 先ほども普通に、一緒に風呂に入るのを誘っている遥希は、その爆弾の威力…というか、そもそも爆弾自体に気付かなかったが、琉には大いなるダメージだった。

「あの野郎…」
「琉、ちーちゃん、ホントに大丈夫かな…?」

 なのに遥希は、千尋の心配ばかりしているし…。

「大丈夫だよ、ハルちゃん。アイツのことだから、終電逃したらタクシーで帰るし、マジで俺んとこに請求書送って来るから」

 そういうところは、千尋は冗談でなく、いつだって本気なのだ。それほど長くない付き合いだが、琉はそのことをよく分かっている。
 今さら遥希が千尋を家まで送ってよりはずっといいが、一体いかほどの請求書が届くのか、琉は密かに溜め息を零した。



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恋の女神は微笑まない (199)


haruki & ryu

「でも、琉も、ゴメンね。ちーちゃんいてビックリしたでしょ?」

 千尋が去った部屋の中、遥希は少し上にある琉の顔を見つめながら、困ったように眉を下げた。

「それはまぁ……うん。何、ハルちゃん、アイツ呼んどいて、俺が来る前に追い返しちゃうつもりだったの?」
「そうじゃないけど…」
「え、じゃあまさか、3人で仲良く一夜?」
「ないない、それはない…!」

 千尋が遥希の家に来ていた以上、千尋が帰るか、琉が帰るか、どちらも帰らず3人で一夜を過ごすか、の3択しかないはずで、まさかの案を尋ねれば、それはすぐに否定された。

「えっと…、じゃあ…?」
「……考えてなかった…」
「…………」

 念のために確認してみたら、どうやら遥希は、千尋を呼ぶだけ呼んでおいて、そこから先のことは何も考えていなかったらしい。
 聞かないほうがよかっただろうか…。

「そうだよね、こういうことになっちゃうよね…。ちーちゃんに悪いことしちゃった…」
「ゴメンね、ハルちゃん。これからは俺も、もっと早く来れるようにする」
「…ん、ダメ……琉はちゃんとお仕事して…?」

 琉が早く遥希に会いに来れれば、遥希が寂しさから千尋を家に呼ぶこともなくなるだろうと思ったが、琉以上に、琉の仕事に妥協を許さない遥希は、それをよしとはしてくれなかった。
 まぁ、それは想像の範囲だけれど。

「でもね、ホントはね、寂しかったのもあるけど…………ちーちゃんに話聞きたいな…て、ちょっとは思ってたんだけど」
「話? 大和の?」
「…ん。でも、全然ダメだった…」

 ご飯の後、1人で家に帰るのが寂しかったから千尋を誘ったのは事実だけれど、千尋から話を聞きたかったのもある……し、クリスマスどうしようか、話を聞いてもらいたかったのもある。
 けれど、千尋の話を聞くまでの器などまったくなく、結局遥希が先に酔っ払ってしまった……すごく。

「俺はね、大和くんはまだちーちゃんのことが好きで、コンサートのときに言ってたの、あの『大切な人』て、ちーちゃんのことかな、て思ったんだけど…」
「あぁ…うん」
「でもちーちゃんはね、自分のわけない、て言うの」
「はぁっ!? マジで!?」

 先ほど遥希が千尋から聞いたことを琉に伝えれば、琉も相当に驚いたのか、声を大きくした。
 琉のこの驚きからして、大和が千尋のことを好きだというのは、やはり遥希一人の勝手な思い込みではないようだ。



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