恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2014年12月

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恋の女神は微笑まない (200)


「大和くんがちーちゃんのこと好きで、ちーちゃんも大和くんのこと好きなら、両想いでしょ? でもちーちゃん、大和くんはもう自分のこと好きじゃない、て言うし、じゃあちーちゃんは大和くんのことどう思ってんの? て聞いても、教えてくんないし」
「マジか…」
「付き合ってたときのことも、好きだったんじゃなくて、嫌いじゃないってだけ、とか言っちゃってさ」
「まぁ…、それが発端で、お試しのお付き合い、とかなったんだよな…」

 それにしても、千尋の鈍感さたるや…。
 遥希ですら気付いているとおり、大和は今も間違いなく千尋のことが好きだし、コンサートで言った『大切な人』も千尋のことなのに、肝心の千尋は、大和のほうこそ自分のことを嫌いなったと思っているとか…。

 しかし、大和は大和で、千尋に嫌われたと思っているのだから、その辺りはお互い様というか……つまり2人とも、相手が自分のことを嫌いになったと思っているわけだ。
 実際は、大和は千尋のことを嫌いにはなっていないのだが、ならば千尋はどうなのか。遥希が苦心して聞き出そうとしてくれたみたいだけれど、結局は分からずじまいだ。
 千尋の性格からして、嫌いなら嫌いとはっきり言いそうだから、その辺りを濁したということは、そこまでは嫌いになっていないと思っていいのだろうか。

 ただ、厄介なことに、人の感情には、『好き』と『嫌い』の他に、『どちらでもない』というものもあるわけで…。大概それは、『どうでもいい』に近いものだ。
 もし、千尋の今の気持ちがそうなのだとしたら、それは、嫌いだときっぱり言われるよりキツイような…。
 だって、お試しとはいえ、お付き合いをした間柄なのに、今そう思われているのだとしたら、その付き合っていた期間すらも、そんなふうに思われていたみたいだ。

(でも、アイツの場合、どうでもよかったら、どうでもいい、て言いそうだしなぁ…)

 そういうことを隠すタイプではないのだ。オブラートに包むという繊細さなど持ち合わせていない、と琉は本気で思っている。
 となれば、残っているのは、『好き』…………いや、もともと千尋が大和に対して抱いていた、『嫌いではない』だろうか。少なくとも、大和が考えているほどには、千尋は大和のことを嫌っていないのかもしれない。

「…ちーちゃんがね、これでもういい、て言うならね、俺がどうこう言うことじゃない、て分かってるんだけどね、でも…、何か勘違いしたままだとしたら、やっぱり…」

 遥希はシュンとして肩を落とした。

「アイツて、何て言うか………………」
「ぅん?」
「いや…」

 変なヤツだなぁ…と続けようとして、それは間違いなく琉の本心なんだけれど、さすがに親友である遥希を前に、それを言うのはどうかと思って、琉は口を噤んだ。



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恋の女神は微笑まない (201)


 鈍感…というより、思い込みが激しいんだろうか。
 琉と遥希が付き合うことになったとき、あんなに器用に立ち回っていたのと同じ人間とは、とても思えない。

「自分のことになると、案外分かんないもんなのかもよ。アイツに限らずだけど」
「ちょっ、琉…」

 そういうものなのかぁ…、確かに自分だってそうかなぁ…と琉の話を聞いていた遥希は、急に琉に抱き締められて、全然嫌ではないのに、急なことで驚いて、つい琉の胸を押し返してしまった。

「…何? ハルちゃん」
「何でも……ん…」

 遥希の気持ちは分かるので、琉は傷付くことはなく、腕の中の遥希にキスをする。

「ん…琉…………え、ちょっ…」

 遥希を抱き締める琉の手が、背中に回っているだけでは留まらず、スウェットのパジャマの中に忍び込んで来た。
 その手の意味がどういうことなのか、遥希にだって分からないわけではなく、いや、分かるからこそ、戸惑ってしまう。そんな、急に……なんてかまととぶる気はないんだけれど。

「あ、あの…」
「ぅん? ダメ? だって、ハルちゃんがアイツのことばっか考えてて、寂しいんだもん」
「そんなことない…けどっ」

 いや、確かに千尋のことばかり考えていたけれど、でも琉のことを蔑ろにしていたわけではなくて、あ、あれ? 押し倒されてる?

「琉、あのっ…」
「聞こえませーん」
「うぅ…」

 せめてベッドに…、ああぁそういえば缶が散らかりっ放しだし…、というか、そういうつもりではなかったけれど、お風呂上がりとか…、とかっ…!

「琉っ、そんなんじゃないからねっ!?」
「………………え?」
「あ…」
「えっと…………、ダメ……だった?」

 頭の中でグルグルと思った挙句、肝心のところを何も言わずに結論だけ口走ってしまったせいで、琉にはちゃんと意味が伝わらなかったようで、困惑の表情を浮かべている。
 あわわわわ。



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恋の女神は微笑まない (202)


「じゃ…じゃなくて! じゃなくて! あの、俺、お風呂入ったりとか、あのね、あのっ…、さっきお酒掛かっちゃって、頭とか顔とか。だからお風呂入ったの!」
「……………………」
「……………………琉?」
「…………ブッ」
「!!??」

 遥希が一生懸命したというのに、しばらくの沈黙の後の、琉の反応ときたら…!

「なっ…何笑って…!」
「いや、ゴメ…、だってハルちゃん、かわいい…」
「何がっ…!?」

 何か、お風呂に入って準備万端! みたいな感じに思われたら恥ずかしいから、ちゃんと説明したのに、かわいいとか…!

「ゴメン、ハルちゃん。じゃ、ちゃんとベッド行こっか?」
「…」

 まだちょっと笑いながら、琉は遥希を抱き起してくれる。
 何だかすごく恥ずかしいけれど、これ以上ごねていても仕方がないので、遥希はコクンと頷いた。

「琉…」

 狭い部屋の中、ベッドなんてすぐそこで、歩いていけないわけでもないし、抱いていってほしいとか、そんな恥ずかしいこと思うわけがない……こともないけれど、でもまぁ何か離れたくない…と、遥希が琉にくっ付いていたら、しかしタイミング悪く、携帯電話がなった――――遥希のものだ(だって、着信音がFATEの曲…)。

「ハルちゃん?」
「…いい」

 電話が鳴ったら、やっぱり出たいかなぁ…と思って、琉は遥希の顔を覗き込んだが、遥希は首を振った。
 恋人の反応として、それは大変嬉しいことで、琉もそれに乗っかればよかったんだけれど、電話の着信音というのは恐ろしいもので、鳴っていると気にせずにはいられなくて、琉はつい、チラリとテーブルの上の遥希のスマホを覗いてしまった。

「ッ…!」

 しかし、そこに表示されていた名前を見て、余計なことをしなければよかった…! という後悔の念と、いや、よくぞ気が付いた! という賞賛の気持ちが同時に押し寄せた。
 表示されていたのは、先ほど帰ったばかりの千尋の名前なのだ。
 千尋からというだけで、何となく無視できない感が、すごくする。



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恋の女神は微笑まない (203)


「ハルちゃん…………電話、アイツからだけど…」
「えっ? え? ちーちゃん??」

 琉が電話の主を遥希に教えると、遥希も、千尋からの電話には驚いたようで、我に返ってスマホに飛び付いた。

「もしもし、ちーちゃ…」
『おっせぇよっ、出んのがっ!!』
「うえぇっ!!?? ゴゴゴメンなさいっ!!」

 電話に出て早々に、何の前置きもなく怒鳴られて、遥希はわけも分からず謝った。
 電話に出るのが遅いくらいで、ここまでキレることもないのに…と思うものの、触らぬ神に……余計なことは言わないでおく。

「どっどうしたの、ちーちゃん、何かあったの?」

 時間的には、まだ千尋の家には着いていないと思うが、まさか電車の中で、こんな声を張り上げているわけではあるまい。
 もしかして結局終電に乗り遅れてしまったんだろうか。しかしそうなったらタクシーで…と言っていたし、千尋がキレる理由が思い浮かばない。

『水落はっ? いんだろっ? 代われよっ!』
「ははははいっ!」

 理由もなくキレられて、これなら逆上しても文句は言われないだろうけれど、もうすっかり千尋の剣幕に押されてしまった遥希は、素直に返事をして、琉にスマホを差し出した。

「琉、ちーちゃんが代われって…」
「おっ俺っ!?」

 遥希のスマホが鳴ったのに、琉に矛先が向くというまさかの展開に、琉の声も上擦ってしまう。
 電話に出た遥希の様子と、電話の向こうから聞こえてくる千尋の声色の感じからして、電話を代わってもロクな目に遭わないのは分かり切っていたが、電話に出ないという選択肢がない以上、さっさと出るしかない。
 琉は恐る恐る遥希からスマホを受け取った。

「もしも…」
『水落、てめぇっ、どういうつもりだ、このヤロウっ!!』
「………………」

 思っていたよりもずっと、ずっとずっと千尋が怒っていて、あまりのことに言い返すどころか、琉は本気で言葉を失ってしまう。
 いや、だって、千尋はさっき帰って行ったばかりで、その帰るときだって、まぁ特別機嫌がよかったわけではないが、ここまでご立腹ではなかったはずだ。
 そのときから今までに、何か千尋を怒らせることがあったとして、しかしそれで、どうして琉がこんなに怒鳴られなければならないのだ。どういうつもりも何も、何もしていない。



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恋の女神は微笑まない (204)


「あの、いや、悪ぃ…、どうした?」

 あまりの千尋のキレっぷりに、何も悪くないはずなのに、遥希と同じく、琉もつい謝ってしまう。

『ッ…、大和くんから連絡来たんだけどっ…!』
「………………。へぇ…」

 あ、そう。で? …と続けそうになって、琉は何とかその言葉を飲み込んだ。その返事は絶対にダメだ。火に油どころか、ガソリンを注ぐようなものだ。
 しかし、返事としては、それしか言いようがないのもまた事実だ。
 大和から連絡が来るということは、千尋にとっては重大な事件かもしれないが、それを琉に言われたところでどうしようもないし、ましてや怒鳴られる筋合いもない。

『てめぇ、何か知ってんだろっ! どういうことなんだよっ!』
「どういう、て…………別に何も知らないけど…」

 確かに琉は今日、遥希の家に来る前は大和と一緒で、社長室から出て来た大和が、千尋に謝るために連絡を取るようなこと言っていたのは聞いたが、それだけだ。
 それは琉がそうするように指示したわけでもないし、いつ、どんな内容で、どんなふうに連絡するかだって知らなかったし。

『………………』
「いや、ホントだって!」

 電話の向こうから、ものすごい怒気と、琉に対する疑いの気持ちを感じ取って、琉は慌てて付け加える。
 そんな勘違いで恨まれたくはない。

「連絡するみたいなことは言ってたけど、いつするかなんて知らなかったし」
『何で大和くんが連絡して来んだよ、俺に! つか、お前も何普通に聞いてんだよ! 突っ込めよっ!』
「いや、だって…」

 何でも何にも、大和が千尋に連絡をしたのは、コンサートでも言っていたとおり、傷付けたことを謝りたいと思っているからで、それは別に突っ込みどころではない。
 むしろ琉が突っ込みたいのは、今の千尋にだ。
 先ほども遥希から聞いて相当驚いたのだが、コンサートで大和が言った『大切な人』を、どうして千尋は、自分ではない誰かだと思っているのだ。
 そう思っていたのなら、大和から連絡が来れば驚くのも無理からぬことだが、そんなふうに考える千尋の思考回路が、琉にはまったく理解できない。

「大和は…」

 大和はまだ千尋のことが好きで、コンサートで言っていた『大切な人』とは千尋のことで、だから千尋に謝りたいと思っているから連絡したんだよ、と全部言ってやろうかと思ったが、言葉にする前に琉は口を噤んだ。
 それは琉が言うことではない。
 琉が言ったのでは千尋が信じないとかそういうことでなくて、大和が自分の言葉で伝えることだから。



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恋の女神は微笑まない (205)


「つかそれ、俺じゃなくて、直接大和に言えばいいんじゃね?」
『え…?』

 琉は、大和の想いを伝える代わりに、もとより思っていたことを口にした。
 千尋は、琉が何か事情を知っていると思っているようだが、たとえそうだとしても、電話番号もメールアドレスも何も知らない琉に、遥希を介してまで聞かなくても、大和とは直接連絡が取れるのだし、本人に聞いたほうがずっと簡単し、答えも明確だ。
 それなのに、わざわざ琉に尋ねて来たのは、やはり大和には聞きづらい気持ちがあるのか、それともただ単に気が動転していたからなのか。

「いや…、俺に聞くより、そのほうが早ぇだろ。何で俺に聞くんだよ」
『何で、て…………だってそんなの…、は? バッカじゃね?』
「バカじゃねぇよ。何で俺がバカなんだよ」
『だって、何で連絡来んのか意味分かんねぇのに、何でこっちから連絡すんだよっ…』
「…そうか?」

 千尋の言う理屈は、よく分からない。
 大和から連絡が来る意味が分からない…というのがそもそも理解しがたいのだが、まぁ千尋が分からないと言うのだから、しょうがない。ならば、それも含めて、大和に聞き返せばいいだけの話なのでは?
 普通の人間なら、『どうしてあなたからメールが来るのか意味が分かりません』なんて、絶対に言えないだろうけど、千尋だったら、そんなの平気そうなのに。
 そのくらいの気は遣えるようになったということか。

「じゃあお前、俺にどうしてほしいわけ?」
『え…??』
「大和に、何でお前に連絡したのか聞いて、教えてやりゃーいいの?」

 今さら聞くまでもなく、琉は、大和が千尋に連絡した理由は知っているのだが、改めて大和に聞き直したっていい。
 千尋の話を纏めると、琉がすべきことは、他にはなさそうだし。

『別に、そういうわけじゃないけど…』
「じゃあ何だよ」
『だって、何で大和くんから連絡来んの…?』
「だから俺に聞くなって」

 自分で直接聞くでもなく、琉が代わりに聞くでもないのに、大和から連絡が来る理由は知りたいなんて、それは無理な話だ。
 千尋は、電話を掛けて来たときの勢いをもうなくしていて、琉の言葉に戸惑ったり考えたりしているようだけれど、琉としては、そもそも千尋がどうしたいのかが分からないので、返事に困る。
 連絡をしてきた理由を聞けと言うなら聞くし、もう連絡して来るなと言うなら、心苦しいけれど、それを伝えたっていい。
 しかし、今の千尋の話を聞いていても、何だか堂々巡りをしているだけで、少しも前に進んでいない。



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恋の女神は微笑まない (206)


「結局お前、あれか? 返事したくなくてぐずってるわけ?」
『ぐずっ…! はぁっ? テメェ、何抜かして…』
「いや、大和から何てメール来たのか知らねぇけどさ、普通に返事すりゃいいじゃん。それか、連絡来た意味分かんねぇから返事出来ねぇっつーならしなきゃいいんじゃね?」
『え…? だってそんな、返事しないとかまずくない…?』

 大和がどんな気持ちで千尋に連絡したかを知っているだけに、琉としては、千尋に返事をしてほしいとは思うが、千尋がそれを嫌だと言うのなら仕方がない。
 もともと千尋は、恋人だろうと友人だろうと、相手が誰であれ、基本的にメールやメッセージの返事をしない人間なのだ。
 だとすれば、大和から連絡が来て意味が分からなくても、そもそも返事をしないのだから、困ることは何もない、いつもどおり、そのまま放っておけばいいだけだ。

「は? だってお前、いつもそうなんだろ? メールとか返信しねぇの」
『あ、そ…そっか…』
「おい、『そっか』じゃねぇよ。自分のことだろうが」

 自分のいつもの行動だというのに、琉に言われてようやく気が付いたような返事をするから、琉はガックリ来る。
 大和から連絡が来たことが、相当に千尋を動揺させているようだ。

 それにしても、千尋は、大和に対する気持ちを遥希から聞かれても、何だか有耶無耶にしていたみたいだけれど、今の態度で、答えがバレバレなことに気付いていないのだろうか。
 メールの返信はしないのが基本スタンスの千尋が、返信をしないのはまずいと考えている時点で、大和のことを嫌っていたり、どうでもいいと思っていたりしているわけがない。
 返信がまめな人でも、本当に嫌っている人からメールが来たら、返信してやろうとはなかなか思わないものだし、例えば、内心は嫌っているけれど、仕事で係わらなくてはいけない、とかだったら悩むだろうけど、千尋にとっての大和は、そういった相手でもないし。

『でっ…でも、何か返事が…』
「あ?」
『返事したほうがいいみたいな内容なんだけど、どうしよう…』
「…………」
『会いたいけど、いつなら会える? て書いてある…』
「えっと…」

 途中で琉が黙ったのは、思い掛けず千尋が琉に相談するような言葉を発して、それに驚いたからで、大和からのメールの内容を話せ、と雰囲気で促したわけではない。
 しかし千尋はそう受け止めたのか、琉が何も言わないうちに、自分からその内容を打ち明けた。
 おいおい、どうした、村瀬千尋。お前、そんなキャラだったか? もしかしたら遥希や南條や大和の前ではそうだったかもしれないけれど、少なくとも琉の前ではそんな姿、絶対に見せなかっただろうに。どれだけ動揺しているんだ。こっちまで狼狽えてしまいそうだ。



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恋の女神は微笑まない (207)


『何かだって返事しなきゃじゃん、これじゃ』
「あー……まぁ…、うん…」

 そういえば千尋は、基本的にメールには返信しない人だが、返事を要する内容にはちゃんと返事をする人でもあったのだ。こんなときに、そんな生真面目さを発揮しなくてもいいと思うのだが、千尋は真剣に悩んでいるらしい。
 いや…、いつの間にか普通に友だちから恋の相談を受けているみたいになっているけれど、これは琉が千尋に、返事をしたほうがいいとかどうとか、アドバイスをしてやるべきなんだろうか。

「えっと…、えー……」

 すっかり琉からの意見を待つ姿勢になっている千尋に、琉は困惑しつつも、必死に言葉を探す。
 しかし申し訳ないが、こればかりは琉にも答えが出せない。いや、大和の友人である琉の立場からすれば、千尋に返事をしてもらいたいとは思うが、最終的な判断は千尋にしか出来ないことだ。

「えっと、だからぁ…」

 琉は大きく息をついて、気を落ち着けた。

「お前が大和に会うつもりがあるなら、聞かれてるとおりに、会える日を答えればいいし、会いたくなきゃ会いたくないて言えばいいだけのことじゃね?」
『…うん』
「それか、お前が大和のこと嫌いで、返事すんのも嫌なら、返事したほうがいいみたいな内容だけど、そのまま無視すれば?」
『…………』

 出来れば最後の提案は避けてもらいたいところだが、これだって選択肢の1つではある。
 というか、何だか三択クイズみたいになってしまったけれど、こんなこと、わざわざ琉が提案するまでもないことだし、自分の気持ちに素直な千尋なら、琉に聞くまでもないことのはずだ。
 先ほども思ったけれど、こうも千尋が悩み、1人で答えが出せないでいるというのは、大和のことが好きだからだと、千尋もいい加減、自覚すればいいのに。
 でもこれを琉が指摘したところで、千尋には伝わらないんだろうなぁ…。

「何かお前にアドバイスみたいなことしてて変な感じだけど…、お前、もともと何でも自分の好きなようになるヤツじゃん? 今さら悩むなよ」
『…ホントだよ、何で俺、お前なんかに話聞いてんの?』
「お前が言うな」

 千尋が琉の言うことを素直に聞くなんて、絶対に一生何があってもないであろうと思っていたが、今だけは琉の言葉がすんなりと入って来たのか、どうやら千尋は心を決めたようだった。

「琉、琉、ちょっと代わって?」

 琉にピトッとくっ付いて、琉と千尋のやり取りを聞いていた遥希は(聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、千尋のことが気になるのと、千尋の声が大きいのとで、結局聞こえていた)、クイクイと琉の袖を引いた。



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恋の女神は微笑まない (208)


「ちょっと待って、ハルちゃんが代わりたいって」
『え、別にいい』
「おい、待て、ざけんな」

 琉よりも絶対に千尋のことを心配している遥希が代わろうとしているのに、『別にいい』とは何だ。
 冗談だと分かっているのに、つい琉が突っ込めば、先ほどまでのしおらしい態度はどこへ行ったのやら、千尋が鼻で笑うのが分かった(これでこそ千尋だが、やっぱりムカつく…)。

「もしもし、ちーちゃん?」
『そうだよ、ちーちゃんだよ。何?』
「あのね、ちーちゃん、あのね。…………あのね、ちーちゃんは、自分の思ったことを信じてね?」
『は?』
「でも、大和くんのこと…てか、大和くんの気持ち? その…何て言っていいか分かんないけど…、それも信じて。何で今日、大和くんが連絡してきたのか。で、ちーちゃんが後悔しない答えを選んで」
『………………』

 遥希は、とても恋のアドバイスをしてあげられるほど恋愛経験豊富ではないし、説明とか話をするのもうまいほうではないし、人の心配より自分の心配をしていたほうがいいタイプだから、千尋に何かいい道しるべを示してやるなんて出来ないけれど、後悔だけはしてほしくないから、がんばって千尋に思っていることを伝えた。
 この恋の結末をどうするかは千尋が決めることで、たとえそれがハッピーエンドでなかったとしても、後悔だけはしないで。
 あのときの判断が間違っていたと、悔やむことだけはしないで。

「ちーちゃん、」
『…分かってるよ』

 黙り込んでしまった千尋に、もう1度呼び掛ければ、千尋はとても素っ気なくそう答えて、別れの挨拶もなく電話を切った。
 遥希にくっ付いて電話を聞いていた琉は(先ほどの遥希と違って、完全に聞き耳を立てていた)、あまりにぶっきらぼうな千尋の態度にムッとしたが、なぜか遥希は微笑んでいる。
 遥希は知っているのだ。千尋がこんなふうな言い方をするときは、本当はありがとうを言いたいのに、照れくさくてうまく言えないときだということを。

「ちーちゃん、ちゃんと大和くんに連絡してくれるよね?」
「どーだろうな。最初からその気がなかったら、俺にも電話して来なかっただろうから、するとは思うけど…………ハルちゃん、」
「ぅ?」
「もうちーちゃんはおしまい。ベッド行こ?」
「あ…」

 そういえば、そんなことを言っているときに、千尋から電話が来たんだった…。
 何だか仕切り直すのって恥ずかしい……なんて思う間もなく、遥希は琉に抱き上げられ、ベッドへと連れて行かれるのだった。



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恋の女神は微笑まない (209)


chihiro

「…………寒ぃ…………」

 深夜の駅前で、千尋はポツリと呟き、鼻を啜った。
 ちなみに千尋が鼻を啜ったのは、泣いたせいで鼻水が垂れたからではなく、完全に寒さゆえのことだった。
 千尋は暑がりだから、この時期、夜でもそんなに着込まなくても平気な人なんだけれど、さすがに終電も終わったような時間に、ただ突っ立っているだけというのは、結構寒い。

 しかし、千尋だって、何も好きでこんな寒い思いをしているわけではない。出来ることなら、さっさと家に帰って、ふとんに潜り込みたい。あ、風呂にも入りたい。
 それなのに、そう出来ないのにはもちろん訳があって、千尋はまんまと終電に乗り遅れたのである。

 駅には、終電に間に合う時間に到着したのだ。それは間違いない。
 しかし、改札を通ろうとICカードを取り出そうとしたところで、気付かなければよかったものを、千尋は、着信を告げるスマホのランプを見つけてしまったのだ。

 無視することだって、少なくとも電車に乗ってから確認することだって出来たはずなのに、千尋は何の気なしにスマホを手に取り、電源を入れていた。
 そして、ディスプレイに表示されたポップアップの宛名を見た瞬間、驚いて『閉じる』ではなく『表示』をタップしてしまった千尋はますます慌てたが、内容を読んでさらにパニックに陥った。
 大和が、千尋に会いたいとメッセージを送って来たのだ。しかも、いつ会えるのかまで聞いて来ている。

 わけが分からなくなった千尋の思考回路が行き着いた先は、先ほど別れたばかりの琉の存在だった。
 何もないのに大和が連絡して来るはずないから、琉が何か入れ知恵したに違いない。そう思った千尋は、すぐさま遥希に電話をして、琉に代わらせたのだ。
 しかし、電話に出た琉は何もしていないと言うし、聞けば、どうやら大和が自分で千尋に連絡するようなことを言ったらしいし…………もうすっかり理解不能。つい、琉と話し込んでしまって、気付けば終電は行った後だったという…。

 ああぁ…。
 終電を逃した人が、その状況を画像とともにネットにアップしていることがあるけれど、実際に自分がその状況になると、悪いがそういうテンションにはさっぱりならない。
 ただただ虚しいだけだ。

 こうなったらタクシーに乗って、うんと遠回りして帰って、琉に高く請求してやろう。
 そうでなければ、とても腹の虫が治まらない。

「でも…」

 その前に、大和に返事をしないと…と、スリープ状態のスマホの画面を見て、溜め息を零した。



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恋の女神は微笑まない (210)


 とはいえ、さっきは焦って忘れていたけれど(おかげで琉に電話をしてしまった!)、千尋はもともと、相手が誰であれメールやらメッセージに返信をしない人なのだから、今回だって、必ずしも大和に返事をしなければいけないわけではない。
 確かに内容は返事を必要とするものだから、いつもの千尋だったら返事をしているところだが、それは千尋の中のポリシーなだけであって、義務でも何でもないんだから、嫌なら無視すればいいだけのことだ。

 なのに千尋は、大和からのこのメッセージに対して返事をしない、とスパッと決断できなくて、いつまでもぐずぐずしている。
 メッセージを表示してしまったから、大和のスマホにも『既読』のマークが付いているはずで、読んでいるのに返事をしないのも何だかアレだし……て、そういうことを気にしないのが千尋のキャラなのに…。

「う゛~~~に゛ゃ~~~~…………コホンッ」

 どうしていいか分からずに、頭を掻き毟っていた千尋は、通行人に不審げな視線を向けられたのに気が付いて慌てて取り繕ってみたが、遅かった。

「はぁっ…」

 こんなに悩むくらいなら、さっさと返事をしてしまおう。そうすれば、心置きなく家に帰ることが出来る。
 もちろん、返事をしないという選択肢もあるけれど、そうしたら何だかいつまでも心にしこりが残りそうだし…。
 いや、それは別に大和に申し訳ないからとかでなくて、『返事が必要な内容なのに返事をしない』という、いつもと違うことをするのが、何かもやっとするからで…。

「うぬぬ…」

 1人で勝手に心の中で言い訳をしつつ、千尋はスマホの電源を入れた。
 念のために大和からのメッセージをもう1度読み返してみても、千尋に会いたいという内容に変わりはない。その次には、いつなら会えるのかと尋ねる文章。
 やはり、千尋が酔っ払っていて見間違えたわけでも、寝惚けていたわけでもなかった。

「返事…、………………返事かぁ…」

 大和のメッセージを見つめながら、どんな返事にしようか頭を悩ませているうち、画面がスリープ状態に戻る。仕方なく千尋は電源を入れ直すが、考えているうちに再び画面が暗くなり、また電源を入れ…………3回くらいそれを繰り返したところで、面倒くさくなってアプリを終了させた。
 文字にしようとするから、いろいろ煩わしいことになるのだ。そもそも文字を打つのが面倒くさい。

「よし、電話だ」

 そのほうが早い。
 思い立ったら即行動が千尋だ。そして、自分ではよく考えているつもりでも、実は何にも考えていないまま行動するのも、千尋だ。
 今ここで大和に電話をするのが最善の策だと信じて疑わず、千尋はアドレス帳から大和の名前を探して電話を掛けた。



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恋の女神は微笑まない (211)


 しかし、呼び出し音を聞きながら、何となくそのコールの回数を数えていた千尋は、ふとあることに気が付いた。
 そういえば、大和に返事をすることには決めたけれど、何といって返事をするつもりだ?

「あ…え?」

 いつなら会えるかと聞かれているのだから、千尋の都合のいい日を答えればいいのだろうけど、そもそも千尋は大和に会うつもりなのか?
 会わないという答えだってもちろんあるが、会わないというのはつまり、会いたくないということだ(指定された日について、都合が付かなくて会えない、というとはわけが違う)。

(それを、わざわざ電話して、言うのか?)

 言えば、その理由を聞かれるのは間違いない。それに対して、何と答えるつもりだ。
 メールとかなら、聞かれても無視できるけれど、さすがに電話していて、そこでだんまりはおかしい。いや、というか、理由を問われて無視するくらいだったら、最初から返事自体しなければいいという話になってくる。

(ぎゃ~~~~~!!!)

 自分のしでかしたことの重大さに気が付いた千尋は、慌てて電話を切った。
 返事をすることにはしたけれど、何と返事をするかまでは、考えていなかった。

「それなのに、何電話してんだよっ!」

 あまりのことに、心の声が思い切り外に出ていた。
 そのくらいの突っ込み事項だった。

「はぁ~…っ」

 危ない危ない。もっとよく考えてから電話をしなくては。
 でも、考えるといっても、何を考えるんだ? いや、さっきまで返信しようと文章を考えていたはずだけれど…………そのとき、一体何を考えていたんだっけ?
 そもそも大和は、どういうつもりで連絡して来たんだ? 会いたいと言っているからには、千尋に会いたいんだろうけど、一体どうして今さら千尋に何か会いたいんだ?

 …おかしいな。さっき琉に電話して、すべてが解決したと思ったのに、何も解決していないぞ。
 琉は、千尋が返事をしたければすればいいし、嫌ならしなければいいと言っていて、千尋が大和に会いたければ会えばいいとも言っていた。それは同感だ。千尋も分かっている。
 けれど、だから結局、大和はどうして千尋に会いたがっているのかは、分からずじまいだ。

 会ってどうするんだろう。大和は、千尋になんか会いたくないものだと思っていたのに、電話では言えないようなことがあるんだろうか。
 大和が千尋に言いたいことなんて、この間、千尋がFATEのコンサートを見に行ったことへの文句くらいしか思い浮かばないけれど、そんなこと、会ってまで言いたいことだろうか。どちらかといえば、顔も見たくない、という感情なのでは?



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恋の女神は微笑まない (212)


 あぁ~~~~…、大和が何を考えているのか、さっぱり分からない。
 もしかしたら、電話やメールで何か言うくらいでは気が済まないくらい、怒り狂っているのだろうか。だから、琉にも詳しく言わなかったのかもしれない。
 そうなると、人から文句を言われるのは、決して気分のいいものではないけれど、ここは大人しく従っておいたほうがいいだろう。…千尋は大和に対して、そうされるくらいのことはしているのだから。

「はぁ…」

 千尋は何度目かの溜め息をついて、スマホの電源を入れる。
 自ら殴られに行くような行為、気が重い以外の何でもないが、大人になると、こういうことだってあるのだろう。まだまだ子どもの遥希に、今度教えてやろう。
 画面に大和の電話番号が表示させるが、なかなか踏ん切りがつかずにもだもだしていたら、再び画面が暗くなってしまった。これでは先ほどの繰り返しだ。

「あぅ…、…………うぇっ!?」

 決心が付けられず、やはり電話をするのはやめようか…と、千尋が挫けそうになっていたら、逆に千尋のスマホに電話が掛かってきた――――大和から。

「え、え、え、何でっ!?」

 千尋がいつまでも返事をしなかったから、業を煮やして掛けてきたんだろうか。最初はメッセージだったのに、今度は電話なんて、相当怒って…………いや、さっき千尋が電話した履歴が残っていたからか。
 どちらにしてももう逃げられない…と、千尋は覚悟を決めて、電話に出た。

「もしも…」
『もしもし、ちーちゃん、ゴメンっ!』
「…………」

 文句を言いたがっている相手から電話が掛かってくれば、まずは怒られるか、怒鳴られるか、何かしらのそういうことを覚悟していたのに、開口一番に謝られたのものだから、思考回路が機能停止に陥って、千尋は二の句が継げなくなってしまった。

『ゴメン、電話出れなくて!』
「…………」
『ちーちゃん、ゴメンね、まさか電話くれると思わなくて…………ちーちゃん?』

 あまりに黙り込んでいる千尋を不審に思ったのか、大和が窺うように声を掛けてくる。

「えっと…」

 あれ? 怒ってない?
 どうも大和の様子が、千尋の想像していたものと、違う。
 いきなり怒鳴らないまでも、千尋が掛けた電話に出られなかったことについて謝られるとは、まったく思いも寄らなかった。



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恋の女神は微笑まない (213)


『あの、それで……会ってくれる、かな…?』
「あ? え? えっと…」

 そうだ。大和からは、いつ会えるかを聞かれていて、千尋はそれを答えるために電話したんだった。
 けれど大和が千尋に会いたがっているのは、千尋に文句を言いたいからだと思っていたから、『会ってくれる?』なんて、そんなふうに聞かれると、何だか変な感じだ。
 だって、千尋がどう思っているかに関係なく、大和に会って文句を聞かなければ…と思って電話をしたんだから、今さら千尋に、大和に会いたい気持ちがあるかどうか聞かれても、困る。
 そんなこと、全然考えていなかった。

「そりゃまぁ…、会う、けど…」
『ありがとう、ちーちゃん』
「え?」

 あまりにも大和の態度が、千尋の考えていたものとかけ離れているから、千尋はますますわけが分からなくなってくる。
 大和は千尋に文句が言いたくて、連絡を寄越したり会おうとしたりしているんじゃないの? そうじゃないんだとしたら、何で千尋に会いたいの?

(えっと…、聞いてもいいのかな…。何で俺に会いたいの? て…)

 いや、それはやっぱりちょっと絶対いっぱい空気が読めていない。
 大和が、どうして会いたいのか言って来ないのは、恐らく、言わなくても千尋が分かっていると思っているからだろう。それは、大和の喋っている感じから分かる。
 それなのに、今さら聞けない。

『それで、あの…、いつなら会えそう…?』
「え? えっと…」

 あ、それも考えていなかった。
 大和からは、いつなら会えるかを聞かれていたんだった。

「まぁ別に、いつでも…」

 仕事中でなければ、千尋はいつだって構わないし、時間を作るのが難しいのは大和のほうなんだから、都合のいい時間を言ってくれたら、それに合わせるんだけど…。
 いや、でもきっと、すぐにでも文句を言いたいだろうから、なるべく早いうちがいいかもしれない。
 それならば…………今?
 いやいやいや、時間を考えろ。もう終電も終わった時間だぞ。まだ寝る時間でないにしても、これから人に会うには、確実に面倒くさい時間だ。もし千尋がそんなこと言われたら、絶対に、アホか、て言っちゃう。



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恋の女神は微笑まない (214)


『ちーちゃん? あの、やっぱりヤダった、かな…?』
「え、何が?」
『その…、会うの…』
「いや、別にそうじゃない、けど…………ぶえっくしゅんっ!」
『…………え?』

 はっきりと答えない千尋の態度が、会いたくなさそうな雰囲気に感じ取られたのか、大和にそんなふうに言われたので、否定しようとしたら、最後は盛大なくしゃみになった。
 大和に電話するのにあたふたして忘れていたけれど、結構寒かったんだ…。

「ジュビ…」
『ちょっ…ちーちゃん、大丈夫?』
「だいじょぶくない…、寒い…」
『え? 寒い、て……今どこ? 家じゃないの?』
「駅、前…。……後ろ?」

 駅前てよく言うけれど、ならば反対側は駅後ろとでも言うのか、いや、やっぱりそっち側だって駅前だよね…と、千尋は意味のないことを考える。
 もう、はっきり言って、自分の頭が何を考えているのか、自分でも分からない。

『え、ちーちゃん、今外いるの?』
「外にいるよ。駅前だからね。駅後ろかもしんないけど、駅ナカじゃないからね」
『う、うん…。あ、これから家に帰るところだった? 今まで仕事だったの? お疲れさ…』
「仕事じゃなかったよ。ハルちゃんちにいたのに、水落が来たから追い返されたんだよ」
『えっ!?』
「なのに、終電乗り遅れちゃうし、タクシー乗ろうにも、通りまで出なきゃ拾えねぇしっ」

 本当は大和から文句を言われる立場だったのに、遥希の家にいて、琉が来た辺りからのことを思い返していたら、気持ちが高ぶって来て、つい愚痴をぶちまけてしまった。

『え? え? ちーちゃん、じゃあ駅前て、自分ちの近くの駅じゃなくて、ハルちゃんちの…』
「そーだよ!」

 千尋が、こんな時間に遥希の家を出るはめになったのは琉のせいで、終電に間に合わずに未だ自宅に帰れずにいるのは、大和が『会いたい』なんていうメッセージを送って来たからで……でもまぁ、千尋が勝手に電車に乗り遅れたのだから、大和に直接非があるわけではないけれど、でも何か言わずにはいられない。

『えっ…、あ…、え…?? じゃあ、これからどうやって……あ、タクシー拾……え? 拾えるの? タクシー』
「………………」

 しかし、思った以上に慌てふためく大和に、逆に千尋のほうが冷静になってくる。
 千尋が終電に乗り遅れたのが、そんなに驚きだっただろうか。そう滅多にあることではないが、終電を逃したのは、別にこれが初めてのことではない。
 あぁ、大和くらいのスーパーアイドルになれば、電車なんか乗らないから、終電に乗り遅れるということが、相当な大事に思えるのかもしれない(いや、千尋にとっても、十分大事だけど)。



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恋の女神は微笑まない (215)


『ハルちゃんちの近くの駅にいるんだよね?』
「そうだけど」
『今から行く、迎えにっ』
「…………は?」

 それなりに大和の声が大きかったから、もちろん聞こえなかったわけではないし、言っている意味が分からなかったわけでもないが、何がどういう発想でそうなって、大和が千尋を迎えに来ることになるのか分からなくて、つい聞き返してしまった…………ぶっきらぼうな言い方で。

「ちょっと待って。何で大和くんが迎えに来んの? タクシーで帰る、つってんじゃん」
『ダメ?』
「いや、ダメとかじゃなくて。そうする意味が…」
『会ってくれるって言ったじゃん。それ、今じゃダメ?』
「いや、だから…」

 なるほど、大和の言い分も一理ある。
 大和と千尋はいつかどこかしらで会うことだけは決めたけれど、いつ、どこで会うとは決めていなくて、だからそれが、今、ここになったとしても、おかしなことではない。
 おかしなことではないけれど、でもやっぱり、何だか変な気もする。
 千尋が大和に会いに行くのではなくて、大和が千尋を迎えに来てくれるの? 何でそんな面倒なことを申し出てくれるんだろう。

『ちゃんと、気を付けるから』
「何を?」
『だから、その…、前みたいに写真に撮られないように…』
「…………あぁ! いや、まぁ、俺はいいけど…、だったらなおさら来ないほうがいいんじゃない?」

 大和が迎えに来ると言い出したことに驚いて、咄嗟には気が付かなかったけれど、そうだ、千尋と大和は、週刊誌にばっちり写真を撮られた間柄だったんだ。
 大和が元カレ(仮)とまたゴシップされたら、今の彼女に申し訳なさすぎるから、わざわざ来ることもないのに…。

『でも、ちーちゃんに会いたいし…』
「そうなの? じゃあいいけど…、じゃあうんと気を付けないと……彼女に悪いしね」
『…………。彼女? えっと…、ちーちゃん今、彼女て言った?』
「言った」
『………………。ゴメン、誰の?』
「大和くんの」

 何だかひどく考え込んだ様子の後、大和が今さらなことを聞き返してくるから、千尋は不思議に思って、首を傾けた。
 だって、理由はどうあれ、元カレ(仮)と会うのだ。普通、それだけだって嫌だろうに、万が一にもまた週刊誌に載ることになったら、堪ったものではないだろう。



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恋の女神は微笑まない (216)


『えっと…、ちょっと待って、ちーちゃん』
「いいよ。もうここまで来たら、いくらでも待つよ。でも寒いから、なるべく早くして」
『いや、あ、うん。いや…、寒くないところに避難できないの?』
「駅の入り口、シャッター降りた」
『ファミレスとか、コンビニとか』
「こっち、通りの裏側だからさぁ。向こうにコンビニぽいのが見えないでもないけど……まぁいいから、早くして」

 なるほど。こんな寒い外に突っ立っていなくても、そういうところに入っていればよかったのか。
 でも、ただの寒さ凌ぎだけならいいけれど、大和と電話しているのに、中に入るというのも…。
 というか、大和からのメッセージに気付いて、ビックリしてすぐに琉に電話したけれど、そういうことを、全部家に帰ってからすれば、終電にも乗り遅れなかったし、今もこんなに寒い思いをしないで済んだのだ。今さらだけど。

『それであの…、彼女て……ゴメン、誰のこと言ってんの?』
「誰て……今付き合ってる人。だって、こないだ言ってたじゃん」
『こないだ!? いつのこないだ!?』
「コンサートのとき。大切な人が…とか言ってたじゃん。そういう人がいるのに、俺なんかがコンサート見に行ったから…、それで文句言いたくて連絡して来たんでしょ?」
『……………………』

 千尋が思っていることを全部話したら、大和は黙ってしまった。
 『文句が言いたくて』なんて、ちょっとはっきり言い過ぎただろうか。アイドルにしたら、イメージダウンもいいところだし。

「あ、あの、大丈夫! 別に大和くんに文句言われたとか、誰にも言わないから!」
『いや…』

 千尋なりに、先ほどの発言をフォローしたつもりだったが、大和からの反応は薄い。
 一体どうしたんだろう。千尋の信用、そこまでないんだろうか。

『………………ちーちゃん……』
「何?」
『駅の何口にいるって?』
「は?」
『ハルちゃんちの近くの駅だよね? すぐ行くから、絶対にそこから動かないで!』

 千尋から居場所を聞き出した大和は、キョトンとしている千尋にそう告げて、電話を切った。

「え??」

 千尋は自分のことを、そこまで頭の回転の遅い人間だとは思っていないが、今ばかりは、この展開にまったく付いていけなかった。
 確かに大和は、千尋に会いたいと言って、そして迎えに行くようなことも言っていたけれど…。

 よく分からないが、とにかく大和がこれからここに来ることは間違いないようだった。



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恋の女神は微笑まない (217)


yamato

 南條に家まで送ってもらった後、一か八かで千尋にメッセージを送ってみた。
 もともと千尋は、メールやメッセージを殆どしないどころか、受信しても、返事もロクにしないタイプだから、そんな千尋に今さらメッセージを送ったところで反応はなさそうだけれど、何も行動しないわけにはいかないから。
 一応千尋は、返事はしなくても見ることは見るし、返事が必要ならちゃんと返信する性格だから、今回もそういうメッセージを送れば、返事が来るかもしれない…なんて、少しの期待を込めて。

 送った後、メッセージに既読マークが付くのを待つなんて、思春期みたいなことをしながら千尋からの返信を待ったけれど、既読になってもなかなか返信は来ず、諦めて風呂に入ったら、電話が鳴っていた。
 まさか千尋からとは思わずに無視していたのに、着信履歴を見れば、そのまさかで。
 このチャンスを逃すわけにはいかないと、会いたいことを告げると、千尋は不承不承といった感じながらもそれを了承してくれたので、ひとまずはホッとした。
 しかし、千尋の気が変わらないうちに約束の日時まで決めてしまおうと思ったら、何と千尋は自宅ではなく、遥希の家の最寄駅にいて、終電を逃したと言うから、心配になって迎えに行くと申し出たら、千尋が恐ろしいことを口走ったのだ。

『彼女に悪いしね』

 そこまでの話の主な登場人物は大和と千尋だけで、この場合の『彼女』は女友だちでなく恋人で、それは大和の彼女ということだろうが、一体全体どうしてそういうことになるのか、意味が分からない。
 千尋と別れて以来、大和には新しい彼女も、新しい彼氏も、誰も出来てはいないのに、どうして千尋の中では、大和に新しい恋人が出来たことになっているのか。

 何とか千尋の考えを理解しようと、いろいろと確認していくと、千尋が何ともとんでもないことを思っていることが判明した。
 どうやら千尋は、コンサートで大和が言った『大切な人』を、大和の新しい彼女だと思い込んでいるうえに、大和にそうした存在がいるにもかかわらず、元カレである自分がコンサートを見に行ったから、大和はそれについて文句を言うために千尋に連絡をして来た、と思っているようなのだ。

 人間、本気で驚くと、絶句するしかないのだと、大和はこのとき初めて知った。いや…、何か言いたくても、全然言葉が出て来なかった。まったく。
 黙り込んだ大和に、千尋は『別に大和くんに文句言われたとか、誰にも言わないから!』なんて見当違いなことを言って来るし…。きっと『文句を言う』という部分、が大和の気に障ったと勘違いしているのだろう。

 千尋が大和のことを嫌っているのは仕方がないとしても、大和の気持ちをそんなふうに誤解していてほしくない。
 遥希や琉は、これまでも千尋と会う機会はあったはずで、そのときに何も言ってくれなかったのかと思ったが、言ったところで千尋が聞き入れなかったことは、何となく想像が付く。意外と千尋は頑固だから。
 となれば、大和が自分で――――自分の言葉で、分かってもらえるまで説明するしかない。



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恋の女神は微笑まない (218)


 ちょうど電話は繋がっていたけれど、それではまどろっこしいし、終電を逃した千尋は寒がっている真っただ中だし、というか、とにかく早く千尋に会いたくて、気付けば、すぐに行くと千尋に告げていた。
 その切羽詰った声色には苦笑するしかないんだけれど、気持ちに余裕がないのは事実だったから、仕方がない。

 遥希の家は、仕事の後に琉がよくそこで降ろしてもらっているので、大和も知っている。その最寄り駅までは、車なら、大和の家からそんなに掛からない。
 電話で千尋にも言ったけれど、ここでまた写真に撮られてはシャレにならないので、焦りつつも細心の注意を払って、大和は車を走らせた。

 こんなふうに、焦る気持ちで千尋を迎えに行くのは2回目だ。
 千尋とお試しで付き合うことになったきっかけの、あの夜。遥希から、千尋が合コンに参加していると聞かされて、慌てて迎えに行った、あのとき以来だ。
 本当に千尋は、いつでも大和のことを、今までに経験したことのないようなことで驚かせてくれる。

 そういえば、今日も琉は遥希の家に行ったけれど、先ほどの千尋の話では、そのせいで千尋はこんな時間に帰るはめになったというから、千尋は琉の来訪を知らなかったのだろう。でなければ、もっと余裕を持って遥希の家を出たはずだ。
 となると遥希は、琉が来ることを承知で千尋を家に招き、琉が来たら普通にバイバイするつもりだったということになるわけで…………何気に遥希もひどい。
 今日、琉とも話したけれど、千尋だけでなく、遥希もなかなかのキャラクターだと思う。

(だからこそ、ちーちゃんとあんなに仲良くできるのかな…)

 どんなに千尋に鬱陶しがられてもいつも一緒にいるし、返事が来ないと分かっていても、ストーカー呼ばわりされるほどメールを送りまくるし…………うん、普通、なかなか出来るものではない。

「…ん? いない…?」

 目的の駅、千尋の言っていた出口の付近に着いたが、千尋の姿が見当たらない。
 大きな通りに面していないほうの出口だから、終電も終わったような時間になると、まったく人通りはない。少し離れたところにあるコンビニは辛うじて開いているが、後はすべて閉店していて、街灯のおかげで何とか明るさを保っているだけだ。
 だから、来ればすぐに千尋を見つけられると思ったのに。

「コンビニ、行ったかな…?」

 その場を動くなとは言ったが、その前に、寒いならコンビニにでも避難したら? とも言ったから、寒さに耐えかねて、コンビニに行ったのかもしれない。
 それか、あんまり考えたくはないが、大和を待つことなく、タクシーで帰ってしまったとか…。



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恋の女神は微笑まない (219)


 嫌な予感を覚えつつ、大和はスピードを落として、辺りを窺う。
 もしかしたら、物陰にいて、気付けていないだけかも…

「うわっ」

 駅の出口の前を通過しようとしたところで、大和は閉じたシャッターの前に蹲る人影を発見した。
 膝を抱えて、そこに顔を埋めているので、誰なのか分かりかねる。先ほどまでの電話のやり取りからすれば、千尋のような気はするが、声を掛けて違っていても困るし、どうしたものか…。

「…ちーちゃん?」

 静かに車を停め、なるべく小声で呼んでみるが、ピクリともしない。
 もし千尋でない誰かだとしても、この静かな場所で声がしたら、気になって少しは動くものではないだろうか。
 寝ているのか? それとも具合が悪くて動けないとか? 余計なことには巻き込まれたくないが、もしそうだとすれば、このまま放っておいてどうにかなったら、後味が悪い。

「ちーちゃーん…?」

 まだ千尋だと確信は持てないが、大和はうんと静かにドアを開けて、そのうずくまっている人影に声を掛けるものの、反応がなさすぎる。
 このままこの人に声を掛け続けるよりも、再度千尋に電話してみるか、コンビニを覗いたほうがいいかもしれない…と、大和は車に戻りながら、とりあえず千尋に電話を掛けてみる。
 先ほどは千尋のほうから電話をして来てくれたわけだし、出ないということはないと思うんだけれど…。

「…ん?」

 不安に思いながら大和が電話を掛けると、それとほぼ同じタイミングで、どこからかメロディが聞こえて来た。それはどう考えても、携帯電話の着信音だ。
 車に乗り込もうとしていた大和がキョロキョロと辺りを見回すが、着信音が聞こえてきそうな発信源は、1つしかない。シャッター前で蹲る、例の人物だ。
 慌ててその人に駆け寄って、注意深く様子を窺うと、やはり着信音はそこから聞こえて来る。
 試しに大和が電話を切ると、鳴っていたメロディも止まった。

「………………」

 念のためにもう1度掛けてみると、再び鳴り出すメロディ。

「ちーちゃん!」
「…ぅ?」

 今度こそ確信を持って、大和は千尋の名を呼ぶ。
 動かない千尋の肩を揺さぶれば、ようやく千尋はもぞもぞと動いて顔を上げた。拗ねて無視していたわけではなく、どうやら寝ていたらしい。



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恋の女神は微笑まない (220)


「ちーちゃん…」
「んにゃ…?」

 大和はホッとして気が抜けそうになったが、千尋は寝惚けているのか、片手で目をこすりつつ、反対の手は何かを探しているようだ。

「ちーちゃん?」
「…電話…」
「…………」

 なるほど、千尋は鳴り続けている電話に出ようと、スマホを探しているらしい。
 ひとまず大和は、掛けっ放しになっていた電話を切った。

「ちーちゃん、起きて」
「んん~…、電話出なきゃ…」
「電話もう終わったから。切れたから、ね?」

 掛けていたのは自分で、もう目的は遂げたのだから、電話はなかったことにしていいだろう。
 とにかく早く千尋を起こさないと。

「ちーちゃん、起きて?」
「大和くん…? ん~…? 何で大和くん…?」
「迎えに行くって言ったじゃん。寝てる間に忘れちゃった?」
「………………寝てねぇし」

 ようやく意識のはっきりしたらしい千尋は、キョロキョロと視線をさまよわせ、自分のただいまの状況に気付くと、完全に寝ていたくせに、強がってそんなことを言ってきた。

「はい、起きて、ちーちゃん」
「だから寝てねぇって」
「分かった。じゃあ立って」
「…ん」

 大和がここにいることへの疑問はもう解消されたのか、それとももうどうでもよくなったのか、千尋は素直に大和の言うことを聞いて、立ち上がった。
 目の前にいるのが大和だということは分かっているはずなのに、嫌な顔ひとつしないのは、まだ寝惚けているからだろうか。それとも、大和が思っているほどには、大和のことを嫌ってはいないとか?

(まさか、ね…)

 あの日、別れを告げられたあの電話での千尋の怒りを思うと、とてもそう簡単に大和のことを許してくれるとは思えない。

「ゴメンね、待たせて。寒かったでしょ?」

 助手席に千尋を座らせ、運転席へと回り込む。
 千尋はグズグズと鼻を啜りながら、大和を見ていた。



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恋の女神は微笑まない (221)


「? ちーちゃん?」
「…ホントに来た」
「まぁ……うん。でも、あの、別にちーちゃんに何か言いたいわけじゃないからね?」
「え?」
「あ、いや、言いたいことはあるんだけど、文句を言いたいんじゃなくて…」
「??」

 文句でないなら一体何が言いたいのか、千尋はまるで見当も付かないのか、キョトンと首を傾げている。
 電話では表情までは見えないから、まさかとは思っていたけれど、この感じからして、やはり千尋は本気で、大和が文句を言いたくて連絡したと思っているようだ。

「ちーちゃんに、あのっ……あ、とりあえず車出していい?」
「いいけど…」

 向こうのコンビニから出て来た客が、こちらに向かって来るのが見えて、別に車の中をジロジロ覗かれることはないだろうけれど、念のためを思って、車を発進させる。

「それで、あの、話なんだけど…、もしかしたらちーちゃん、何か勘違いしてるんじゃないかな、て思って」
「何を?」
「俺がちーちゃんに連絡した理由」
「? してないと思うけど?」

 言うと千尋は、訝しむような、ますます考え込むような顔になる。
 大和はその表情を盗み見ながら、言葉を続けた。

「その…、さっきも言ったけど、別に俺、ちーちゃんに文句言いたいわけじゃないからね?」
「そうなの? 何で?」
「何で、て…」

 文句を言うのでなければ何を言うのか、そう聞かれるのかと思いきや、『何で?』と問われて、言葉に詰まる。
 そんなに大和が千尋に対して文句があると思っているのか。

「だって別に、ちーちゃんに対して文句つけたいことなんか何もないし」
「え、何で??」
「何で、じゃなくて…。あの…俺の話、聞いてくれる?」
「うん」

 どうしても、自分は文句を言われるものだと思っている千尋に、いったいどう説明したらいいものかと、大和は頭を悩ませる。
 しかも、話を聞いてくれと言えば、あっさり頷くし…。拒まれないことは大変有り難いんだけれど、あまりにも簡単に返事をするから、本当に分かっているのか、ちょっと心配にもなって来る。



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恋の女神は微笑まない (222)


「いや…、聞くだけじゃなくて、全部信じてくれる?」
「どういうこと? 何かとんでもない話すんの?」
「ちーちゃんにとっては、そういうことになるかもしれない」

 セリフとしては、そんなに大したことではないし、普通の人が聞けば、それほど驚くことでもない。
 けれど、大和の気持ちをこれほどまでに勘違いしている千尋が聞いたら、きっとすぐには信じてくれないかもしれないので、大和は念を押しておく。

「えっと…、何から話せばいいかな…」
「最初から」
「や…、うん、そうなんだけど…」

 千尋の誤解を解くためには、一体どこからどう話したらいいものか…と大和が頭を悩ませているというのに、当の千尋は、冗談なのか本気なのか、はたまた天然なのか分かりかねる発言をしている。
 もともと大和は、千尋に謝るつもりで連絡したから、話す内容もそのことしか考えていなかったのに…。

「えーっと…………はっきり言うけど、」
「うん」
「俺、今彼女なんていないから」
「えっ、そうなの? ………………もしかして、やっぱ俺がコンサート見に行ったせい…?」
「………………え、」

 『はっきり言うけど』の前置きどおり、大和は、千尋が勘違いしていることの1つを完全否定してやったが、それに驚きの声を上げた千尋がその次に続けた言葉に、大和のほうがなおも驚かされるはめになった。
 千尋と別れて以来、誰とも付き合っていないというつもりで言った大和の言葉を、千尋は『千尋と別れた後に付き合っていた彼女とはもう別れた(千尋がFATEのコンサートを見に行ったのが原因かもしれない)』という意味で受け取ったらしい。
 確かに大和のセリフは、そういうふうにも解釈できるけれど、大和の気持ちが千尋にはまったくないと思い込んでいなければ、そういう発想にはならないだろう。
 千尋の誤解を完全に解くには、まだまだ時間が掛かりそう…。

「ちょっと待って、ちーちゃん。そうじゃない、そうじゃないから」
「ぅ? 俺がコンサート行ったせいじゃない?」
「そうじゃなくて。そもそも彼女がいない。ちーちゃんと別れてから、誰とも付き合ってないから、俺!」
「………………」

 千尋になかなか真意が伝わらず、大和は焦りを覚えるが、千尋は千尋で、大和の言うことがよく分からないのか、一生懸命考えてくれていて…………でもとうとうキャパオーバーしたのか、大和のほうを見つめたまま、コテンと首を横に倒して動かなくなった。



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恋の女神は微笑まない (223)


「ちーちゃんと別れてから誰とも付き合ってないし、コンサートで言った『大切な人』は、ちーちゃんのことだから」
「…………………………」

 大和の言ったことが、なかなか脳にまで伝わらないのか、伝わったものの思考回路がショート寸前どころかショートしてしまったのか、千尋は首を傾げた状態のまま、瞬き以外はまったく動かない。
 首…痛くないのかな。

「だから…、ちーちゃんに文句言うことなんて何もないし、てか、コンサートでも言ったけど、ちーちゃんのこと傷付けたきりちゃんと謝れてなかったから…………謝りたくて連絡したんだよ」
「…………………………」

 千尋がまた変な勘違いをしないように、丁寧に言葉を選んで、大和は説明する。
 まだ、大和の当初の目的である『千尋にちゃんと謝る』は達成できていないんだけれど、そこまでの説明をちゃんとしておかないと、またあらぬ誤解を生みそうなので。
 …けれど、千尋が固まったままなので、誤解だとか理解だとかいう以前に、話が聞こえているのかすら、心配になって来る。

「ちーちゃん、あの…」
「……………………うん、信じた」
「いや、絶対まだ信じてないでしょ。てか、意味伝わってないでしょ」

 あまりにも千尋が反応しないので声を掛けてみたら、倒した首はそのままにそんなことを言って来るから、それは絶対に嘘だと、即行で否定してやった。

「…や、意味は伝わった。いや、意味は分かんないけど、大和くんが何言ったかは分かった」
「ホントに?」
「大和くんは文句を言いたいんじゃなくて謝りたくて、コンサートでも言っちゃって、そんで連絡して来たんだよ?」
「………………」

 片言というか、棒読みというか…………最後、ちょっと語尾が上がったのは、自信のなさの表れだろうか。
 大和の言ったことをなぞっただけだろうが、そうだとしても、何となく違う気がする…。まぁ本人も、『意味は分かんないけど』と言っているくらいだから、理解まではしていないのだろう。

「ちーちゃん」
「はい」
「…とりあえず、首戻したら? 痛いでしょ?」

 そんなことを言いたいわけではないのだが、赤信号で停まって千尋のほうを見たら、まだ千尋が首を傾げたままだったので、先にそっちを突っ込めば、千尋は、油の切れたロボットのように、ゆっくりと首を戻した。



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恋の女神は微笑まない (224)


「えっと…、」

 千尋の誤解を1つずつ解いていこうとは思うものの、いや、そうするしかないのだが、たった今、順番に、それも結構丁寧に説明したはずなのに、全然意味が伝わっていなかったのだ。
 果たしてこれから、どうやって話をするべきか…。

「あの…、もっかい最初から説明していい?」
「え? いいけど…………でも、さっきの説明、すごくよかったよ!」
「いや…」

 そんな…、SNSのソーシャルボタンのような感じで、気軽によかったと言われても…。
 大和の言ったことの意味が伝わっていないくせに、どうしてそんなさわやかな笑顔で、そんなことが言えるんだろう…(今、この車内、確実にシリアスな雰囲気だよね?)。

「えっと…、ちーちゃんは、俺に新しい彼女がいるのに、自分がコンサート見に行っちゃったから、それの文句を言うつもりで俺が連絡して来た、て思ってるんだよね?」
「うん」
「…………」

 一度は、そうではない、という説明をしているはずなのに、大和が再度確認すると、千尋はあっさりと頷いた。
 頷いた後に、『そう思ってたけど、違うんだよね?』とで言ってくれるならまだしも、頷いて終わりということは、千尋はまだ大和が連絡して来た目的を、履き違えたままなのだろう。

「でもちーちゃん、そもそも俺、新しい彼女いないから。それは信じてくれる?」
「まぁ…、大和くんがそう言うなら」
「ホントだから。信じて?」

 何だか浮気を疑われている男のセリフみたいだけれど…。
 しかし、千尋と別れた後に新しい彼女がないのは間違いないから、そこは信じてもらわないと。ここはすごく重要なところだし。

「…分かった、信じる」
「なら、俺がちーちゃんに文句なんかないことも、分かるよね? 新しい彼女とかいないなら、ちーちゃんがコンサート見に来たって、俺、文句言う必要ないじゃん?」
「でも、彼女いないんだとしても、俺が見に行ったのヤダったでしょ? 何で文句ないの?」
「え、ちーちゃんがコンサート見に来たの、俺がそんなに嫌がってると思ってるの? 何で?」

 先ほどまでの話だと、大和に新しい彼女がいるからこそ、千尋は、元カレである自分がコンサートを見に行ったことに対して、いろいろと考えていると思っていたのに…。
 大和の彼女の有無にかかわらず、千尋がコンサートを見に来たこと自体に、大和が文句があると思っているの??

「何で、て…、むしろ大和くんは、なぜ俺に文句を言おうとしているわけではないの? それが知りたいよ、俺は。俺、文句言うくらいじゃ済まないだけのことしてるでしょ?」
「いや…、そんな罪深いことしてないでしょ。いつ、何した?」

 確かに千尋の行動は、時々突拍子もないことがあるけれど、そこまでの重罪などあっただろうか。
 大和が千尋のことを好きだという贔屓目を抜きにしても、まったく思い付かないんだけれど。



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恋の女神は微笑まない (225)


「いつ…て、大和くんが電話くれたときに決まってんじゃん。それから全然会ってないし、話してないんだから」
「………………。待って。その電話て、もしかして、ちーちゃんが『付き合わない』て言ったときの?」
「うん。あのとき俺、めっちゃひどいこと言ったし…。大和くんが悪いわけじゃないのにさ」

 大和が最後に千尋と話をしたのは、週刊誌に千尋との写真が載った後、謝るべく千尋に電話をしたとき――――つまりは、千尋に別れを切り出されたときだ。
 あのとき千尋から言われたことは、確かにひどいことだったかもしれないし、大和にしてみれば言われたくないことではあった。
 しかしそれは、そう言われるだけのことを大和がしたからであって、それに対して千尋が罪悪感を抱く必要はないし、ましてや大和が千尋に文句を言うなどあり得ないのに。

「じゃあちーちゃんは、そのときのことを、俺が怒ってると思ってたの?」
「怒ってる、ていうか……ムカついてるとは思ってた。ムカついたでしょ?」
「そんなこと全然ないし! だって…、ちーちゃんにそう言われても仕方のないことしたのは俺だし。むしろ、そのことでちーちゃんがまだ怒ってると思ってた」
「え、俺が怒っ……いやまぁ、あのときは怒って…つーか、ムカついて大和くんにめっちゃ言ったけど、よく考えたら大和くんが悪いわけじゃないんだよなぁ、て思って。なのにあんなに言っちゃったから、大和くんを怒らせちゃったなぁ、て思ってたんだけど…」

 つまり千尋の怒りは、あの電話のときがピークで、言った後から千尋は反省して、気にしていたということか。
 千尋からの電話を受け、大和は千尋がそれからずっと怒っていていると思っていたし、それだけ怒っているのだから、大和のことも当然嫌いになったと思っていたのだが、千尋も、電話であんなことを言ったせいで、大和が怒っていると思っていたわけか。
 あの電話以来、思っていることを確認し合ったことはなく、お互い、相手の気持ちを勝手に想像して、思い込んでいたということか。

 けれど、例えば今まで付き合ってきた彼女だって、別れることになったとき、もちろん理由は聞くけれど、それから先の相手の気持ちを考えたことなんてなかった。
 別れた直後はそれなりに落ち込むし、いろいろと考えはするけれど、彼女の自分に対する気持ちは、別れたいと言って来たからには、嫌いに思っている、としか考えていなかった。
 今さら昔の彼女の気持ちをどうこうすることは出来ないけれど、少しくらいは未練がましく、相手の気持ちをもっと聞こうとしていたらよかったのかもしれない。
 そうしたら、今回だって、こんなにこじれて千尋に勘違いさせる前に、何かが変わっていたかもしれないのに。

「俺は怒ってないよ。ちーちゃんは、ひどいこと言って俺を怒らせたって思ってたみたいだけど、俺はちーちゃんを怒らせたって思ってたんだから……文句なんて何もないの。分かった?」
「分かった…」

 今度こそ本当に分かってくれたのか、千尋は頷いた後、「そーだったんだ…」なんて呟いている。
 千尋の思考回路は割かし突飛なほうだから、いろいろと思い込みが過ぎるところはあったけれど、相手の気持ちをちゃんと確認しなければ、互いに誤解し、すれ違って行くのは、何も千尋相手だからだけではないことだ。



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恋の女神は微笑まない (226)


「じゃあ、俺がコンサートで言った『大切な人』が誰なのかは、分かってくれた?」
「…俺のこと傷付けたから、俺に謝りたい、て思ってたの? 俺がめっちゃ怒ったから…」
「そうだよ。まぁ、ちーちゃんが怒ってるから謝るんじゃなくて、傷付けちゃったから謝りたいんだけどね。…………週刊誌の件、本当にゴメン。今さら言うのも何だけど」

 その今さらを分かっていて、連絡したんだけれど。
 その言葉を言うために、まったく予想外のところで、随分と時間を要してしまった。

「…大和くんが謝るなら、俺も謝んなきゃだね」
「え、何で?」

 大和が謝ったことに対して、許すとか許さないとか、そういった類の返事があるかと思ったのに、ひどく考え込んだ表情の千尋が言ったのは、またしても大和の思いも寄らない言葉だった。
 千尋がコンサートを見に来たことも、千尋が電話で大和に対して言ったことも、大和は怒ってなどいないから、千尋が謝る必要などない……ということは、もう分かってくれたと思っていたのに。

「だって…」
「いや、さっきも言ったけど、俺は別に怒ってないし、そもそもちーちゃんに何か言われても仕方のないことしたんだから、ちーちゃんが謝ることなんかないよ」
「じゃあ大和くんだって、謝ることないっ。大和くんがしたことレベルで謝らなきゃなら、俺のほうがもっといっぱい謝んなきゃじゃん。俺、あんなに言ったのに、大和くん、全然何ともないの? 全然傷付いてないの?」
「それは…」
「でしょ!? なのに、大和くんばっか謝って、俺が何もしないなんておかしい!」
「…………」

 こぶしまで握って、力強く言って来る千尋に、大和はちょっと唖然となる。
 そんな…フェアかどうかを気にする場面ではないと思うのだが…。

「…大和くん?」

 熱くなっている千尋とは対照的に、大和は返事に困って黙ってしまったが、そんな大和に、千尋は心配そうに声を掛けてくる。
 これまでに自分の思っていたことが、ことごとく勘違いだったことが分かった今、またしても、何か違うふうに考えているのでは…と思ったのかもしれない。
 まぁ、勘違いはないのだけれど、そういう発想で来るか…! という思いはある。

「俺、また変なこと言った? 何か……大和くんはいろいろ俺のこと考えてくれて、いろいろしてくれんのに、俺は全然ダメだね。全然大和くんの気持ちを分かってあげらんない…」
「そんなことはないと思うけど…」
「そんなことあるよ。やっぱ俺のがひどいヤツだね。これでもう、完全に俺のこと嫌いになったでしょ?」

 大和が謝ったことで、2人が仲直りして、すべてが丸く収まる……なんて都合のいい展開は期待していなかったけれど、まさかこんなふうに話が進んでいくとも思っていなかった。
 やはり千尋は、どうしても大和が千尋に対して怒りを覚えていたり、嫌いに思っていたりする…と考えてしまうようだ。



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恋の女神は微笑まない (227)


「いや…、別に嫌いにはなってないけど…」

 これまでいろいろあったのに、こんなことくらいで嫌いになるなんてこと、あるわけがない。
 このくらいで千尋を嫌いになるなら、きっともっと前から嫌いになっていただろうし、わざわざ謝ろうと連絡なんかしていない。

「てか、ちーちゃん、別に俺たちもう、お試しのお付き合いしてるわけじゃないから、俺、ちーちゃんのこと嫌いになる努力はしなくていいんだよね?」
「えっ、それは…。あ、で、で、で、でも、俺、大和くんとは付き合わない、てゆった…!」

 千尋が、大和の意表を突くようなことばかり言うから、大和も、千尋が思いも寄らないであろうことを言ってみたら、案の定、千尋は口をポカンと開けて驚いた後、困ったように言葉を吐き出した。
 千尋の今の気持ち……大和に対する気持ちはよく分からないけれど(『大嫌い』ではない、とは信じたい)、千尋はアワアワしながらも、前に電話で言ったのと同じことを言って来る。
 動転していても、そのときのことを思い出して言って来るということは、きっとそれが千尋の本心なのだろう。

 …悲しいけれど、それは仕方のないことだ。
 大和だって、それを分かっていて千尋に連絡したのだ。今日、千尋が会ってくれたこと以上の何かを、望んだりはしない。

「…うん、分かってる」
「え…?」
「別にこれを機に、ちーちゃんと縒りを戻したいとか思ってるわけじゃないから。そういうつもりで謝ったんじゃないし、それを口実にちーちゃんに連絡したわけじゃないから」
「そ…そうなの??」

 いつも千尋に驚かされてばかりだから、ちょっと…ほんのちょっと意趣返しのつもりで言っただけで、大和の気持ちに変わりはない。初めから、これが最後の対顔のつもりでいたのだ。
 けれど、そう考えると大和は、随分と独りよがりな行動をしたものだと思う。
 最終的には千尋の判断で、2人はこうして会うことになったわけだけれど、謝りたいなんて、結局は単に自分の後悔の念を消したいがためのことでしかないのかもしれないし。
 …だとすれば、ひどいヤツなのは、千尋ではなく、大和のほうだ。

「はい、とうちゃーく」
「えっ」

 千尋を困惑させたまま、とうとう車は千尋の家に到着してしまった。
 大和が考えていたように、千尋に謝ることは出来たし、思ってもみなかった千尋の誤解も(恐らくは)解くことが出来た。これですべてが終わりだ。

「ゴメンね、ちーちゃん」

 車を停めた大和は、千尋のほうを向き直って、もう1度謝罪の言葉を口にした。



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恋の女神は微笑まない (228)


chihiro

 家まで送ってもらう間に、大和からいろいろと衝撃的な事実を聞かされ、千尋はすっかり動揺していた。
 大和も千尋の話を聞いて驚いていたから、千尋のためにいろいろと考えてくれていた大和に対して、千尋はその思いを勘違いしていただけでなく、全然まったくダメだったのだろう。
 こんなひどい千尋のことなんて、もう本当に嫌気が差してしまっただろうと思ったのに、それでも大和は、『別に嫌いにはなってないけど…』なんて言うし。

 …なのに大和は、千尋と縒りを戻したいわけではないらしい。
 2人は別れていて、けれど、大和は千尋のことを嫌いになったわけではなくて、今こうして謝ったり気持ちの誤解を解いたりはしたけれど、2人の関係が元に戻るわけではない。

 変なの…と思ったけれど、縒りを戻したいわけではないと言う大和に、それは嫌だと言ったら、大和とやり直したい、つまりは大和と付き合いたいみたいだから、言葉に詰まってしまった。
 大和と付き合いたくないわけじゃないけど…………いや、付き合いたいわけでもないような気はするけれど…。

「はい、とうちゃーく」
「えっ」

 どんな言葉を返したらいいか悩んでいたら、いつの間にか自分の家に到着していた。
 さっきまで、終電を逃して、寒くて、早く家に帰りたいと思っていたのに、実際に家に着いたら、嬉しいわけではない、何とも言えない気持ちになった。

「ゴメンね、ちーちゃん」

 車を停めた大和がまた謝って来たので、先ほどまでの動揺もあってか、千尋は、それが何に対する謝罪なのか分からなかった。
 …こういうところがダメなんだろうな、て思う。自分を鈍感な人間だとは思わないけれど、大和のこととなると、その気持ちとか考えていることをすぐに察してあげられない。

「何でまた謝るの?」

 さっきは結局、千尋に謝らせてくれなかったのに。
 どうせもうこれで最後なんだし、もともと千尋は大和に嫌われたと思っていて、これ以上嫌われたって構わないとも思っていたんだから、呆れられてもいい、聞き返す。

「ん? いや、こんな時間になっちゃって」
「あぁ、そのこと…。別に……終電逃した時点で、こういう時間になるのはしょうがないし…、大和くんのせいじゃない」

 大和からの連絡で終電を逃したようなものだけれど、それは別に大和の責任ではなく、千尋が悪いんだから、大和が謝ることではない。
 それよりも、大和のほうこそ、こんな時間になってしまって、いいのだろうか。千尋を迎えに来るか送るとか、そんなことをしなかったら、今もちゃんと自分の家にいれたはずなのに。



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恋の女神は微笑まない (229)


「大和くんこそ、いいの? こんな時間…………明日、仕事とか…」
「昼からだから平気。ちーちゃんは?」
「普通に仕事」
「えっ、大丈夫? 寝る時間ある?」
「即行寝れば、6時間くらいは。あ、でも風呂入んないとだから、5時間半くらいは?」

 そういえば、遥希の家でアルコールを被った後、タオルで拭いただけだった。
 そうでなければ、即行で寝て、朝に風呂に入るという手もあるが、今の状態でふとんに入るのは、何となく気が引ける…。

「…何でそんな顔してんの?」
「え? 何が? どんな顔してた?」

 答えた千尋を見つめる大和に尋ねれば、大和は気付いていなかったのか、自分の頬に触れながら、聞き返してくる。

「ぐふ、男前な顔してたよ、大和くん、イケメン!」
「…………」

 何となく残念そうな表情をしているように見えたのは、きっと千尋の気のせいだ。
 これから即行で寝れば、と言ったのを残念に思ってくれるのは、今千尋と別れがたい気持ちでいるからで…………なんて、そんなふうに考えたのが恥ずかしくて、千尋は冗談でごまかした。

「…送ってくれて、ありがとう」

 最後の最後を冗談で締め括るのはさすがにまずかろうと、千尋は素直に感謝の気持ちを口にした。
 今までいろいろあったとはいえ、今、こうして家まで送ってくれたことについては、ちゃんとお礼を言っておかないと。

「上がってく? ……て言ったら、何か変な意味に聞こえるよね」

 時間も時間だし。シチュエーションもシチュエーションだし。しかも、即行で寝ると言った直後に、何なんだ。
 自分で言っておいて、千尋は大和が何か口を挟む前に、自分で突っ込みを入れた。

 今の『上がっていく?』発言に他意はなかったが、他意がないということは、何だか誰に対しても気軽にそんなことを言っている軽いヤツだと思われそうだ。
 いや、まぁ、もうどう思われたっていいんだけれど、せっかく嫌われていないと分かったんだから、最後にわざわざ悪いイメージを植え付ける必要もないだろう。

「ゴメン、言葉のチョイス間違えた…」

 肝心なことでは謝れなかったのに、まさかこんなことで謝ることになるとは…。



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 今年1年、大変お世話になりました。
 まさか、お話が終わらずに、年を越すことになるとは…。
 まだもう少し続きますので、どうか完結までお付き合いくださいますよう。。。

 よいお年を。
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