恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2015年02月

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恋の女神は微笑まない (260)


「…あ、お風呂鳴った」

 涙が零れそうになって、でも南條の前でなんて絶対に泣きたくなくて、どうしようかと思ったら、ちょうどよくお風呂が沸いたメロディが聞こえて来た。
 南條と違って、すごくタイミングがいい。

「風呂入って来るね!」
「え? あ、うん」

 千尋は南條のほうを向かないようにしながら立ち上がる。

「南條、あの、大丈夫だから、俺が上がるの待たなくていいからね? 仕事行って?」

 そういえば先ほど南條は、千尋が風呂から上がるのを待っているようなことを言っていたけれど、こんな話の後で、風呂上がりにまた南條と会うのは気恥ずかしくて、千尋は南條に背を向けたままそう言う。
 まだ仕事中でもあるんだから、それを理由にすれば、帰ってもらいやすい。

「まぁ…、じゃあ行くけど…………風呂入ったらすぐ寝ろよ? 頭よく乾かして…」
「分かってるよ! オカンか!」

 いや、たとえ母親でも、二十歳を過ぎたいい大人の男に向かって、こんなことは言わないだろう。
 こんなことをいちいち言ってくれるのは、本当に南條くらいだ。

「あ、南條」
「何だ?」
「ありがとう、て言っといて、大和くんに」
「え?」
「だから、ありがとう、て。今日来てくれて、ありがとう、て言っといて」

 南條は一体どういう意味で捉えたのか、千尋が振り返ると、南條は驚いたような顔をしていた。
 きっと一瞬のうちにいろいろ考えたのだろう、千尋はそれを感じ取ったけれど、飽くまでも、大和が今日来てくれたことに対する感謝の意だということを強調した。
 もし伝えられた大和が、『今までありがとう』という意味で受け取ってもいい、南條にも、本心と違って口ではそう言っているのだと思われてもいい、でも千尋は、大和が今日来てくれたことに対してありがとうと言ったのだ、ということにしておく。

「いいけど…………俺が言うのでいいのか? 自分で言わなくて」
「いいよ。だって別れたのに連絡するの、おかしいじゃん。今朝は間違い電話しちゃっただけで、ホントは店長に連絡するつもりだったんだし。大和くんからそう聞いてない?」
「聞いてるけど…。じゃあ、他に言うことは?」
「え?」
「礼を言うだけでいいのか? 他に伝えたいこととか…」
「ないよ。ありがとうだけ言っといて」
「………………」

 南條はまだ何か言いたそうだったけれど、ただ、『分かった』とだけ言って、立ち上がった。



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恋の女神は微笑まない (261)


 まっとうな人間になろうという志がよかったのか、薬が効いたのか、十分な休息がよかったのかは分からないが、おかげさまで翌日には熱も下がり、千尋は無事に仕事に行くことが出来た。
 休んだ分を取り返すため、千尋は、何でも言い付けてください、いくらでも残業します、というスタンスだったのだが、また体調を崩したらどうするんだと店長は聞き入れてくれなかった。
 ただでさえ千尋は、有給の消化が悪いのだ。

 千尋の、仕事における気持ちの重点は、服のデザインをすることだ。そのためなら、どれだけ寝る間を惜しんでも、プライベートの時間を削っても構わないと思っている。
 しかし、それと同時に、デザインした服を置いてくれたり、デザインする環境を与えてくれる職場、店舗での仕事を疎かにしてはいけないと切に思っているのだ。
 根っこのところで、意外にも千尋は真面目なのである。

 だから、大和とのことだけでなく、風邪を引いて仕事を休んだり、その後、仕事に没頭したりしていたせいで、千尋は遥希のことをすっかり忘れていた。
 電話が鳴って、スマホの画面に表示された遥希の名前を見て、『あぁ! ハルちゃんの存在、忘れてた!』と、千尋はようやく気が付いたのだ。

「…もしもし」

 夜ご飯を食べて、風呂にも入って、もう風邪は引くまいとしっかりと髪も乾かしたような時間。
 こんな時間に遥希から掛かってくる電話は、大抵ロクなことがないのだが、電話に出なかったら出なかったで、後々面倒くさいことになるので、千尋は仕方なく電話に出る。

『もっしも~し、ちーちゃ~ん!』
「………………」

 やっぱり出なければよかった…と後悔するには持って来いなテンションの遥希に、千尋は深呼吸して気持ちを落ち着ける。今からキレていたのでは、遥希の電話には付き合えない。

『ちーちゃ~ん、今どこぉ~?』
「家だよ。ハルちゃん、酔っ払ってる? ちゃんとお家いるの?」
『うんー、今帰って来たぁ』
「飲み会だったの?」
『そぉー。がっこぉのねぇ、人とねぇ、飲んだー。ぼーねんかい』

 一時期、遥希があまりに千尋をご飯に誘ってばかりいたものだから、もしかして遥希は他に友だちがいないんじゃ…? と本気で心配したことがあったけれど、どうやらそれは千尋の取り越し苦労だったようだ。
 しかし…、酔って醜態を曝したくないとか、そんな理由で飲み会にあまり出ないようにしていたはずなのに、出たら出たでこんなに酔っ払っていたのでは世話がない。
 遥希はお酒大好きでも弱いんだから、酔って失敗したくないのなら、飲み会で飲みすぎないようにする…でなく、1滴も飲まないようにしなければダメだと思う。

『ねぇちーちゃ~ん、これから家来な~い?』
「は?」
『一緒に飲もぉよぉ~。1人で飲むの寂しぃ~』
「さっさと寝ろ」



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恋の女神は微笑まない (262)


 やはり遥希からの電話は、ロクなことがなかった。
 千尋もあまり人のことは言えないが、遥希も究極に寂しがり屋なんだから、飲んで帰って1人が寂しいなら、誰もいない家になんか最初から帰るな、と言いたい。
 こんなときでも、きっと遥希は琉には遠慮して連絡はしないだろうけど、一緒に飲んだ友だちの家に行くとか、その子を家に呼ぶとか、何か方法はあっただろうに。
 来られても迷惑だけれど、自宅まで帰ってから千尋を家に呼び付けるくらいなら、会いたがっている遥希こそ、千尋の家に来ればいいのに。

『寝るけど、寝るけどぉ!』
「ハルちゃん、すごく酔っ払ってるから、お風呂入っちゃダメだよ、危ないから」
『分かったぁ。ね、ね、ちーちゃん、いつ来る? 何時くらいになる?』
「だから、行かねぇよ」

 行くなんて一言も言っていないのに、遥希の中では、いつの間にか千尋が遥希の家に行くことになっているから、きっぱりと否定しておく。
 絶対に行く気もないが、もしこれから千尋が向かったとして、この調子だと、到着するころには、確実に遥希は寝ているに違いない。

「ハルちゃん、もう寝なよ、お休み」
『にゃあ~、何でぇ?』
「面倒くせぇ酔っ払いだな」

 酔っ払ったら自分だって同じくらい面倒くさいくせに、今まさに素面の千尋の態度は冷たい。
 というか、基本的に遥希は、酔っていても酔っていなくても面倒くさい性格の持ち主なんだけれど。

『来ないのぉ~? ちーちゃんに話したいことあったのにぃ~』
「…………話だったら電話でも出来るでしょ?」

 別に遥希と話をする気はそんなにないんだけれど、あまりに家に来いとうるさいので、ついそんなことを言ってしまう。
 風邪をぶり返さないためにも、もう寝たいんだけど…。

『ねぇねぇちーちゃん、聞きたい? 聞きたい?』
「何を」
『クリスマスのプレゼント、琉に上げるの何にしたか。えへっ』
「………………」

 遥希が琉に贈るクリスマスプレゼントが何になったかという、この世で一番どうでもいい報告をされ、千尋は、『聞きたくねぇよ』と答えなかったことを盛大に後悔した。
 わざわざこんなことを言うために電話して来たのか。いや、こんなことを言うために、千尋を家に呼び付けようとしたのか。
 まぁ相手は遥希だし、酔っ払ってもいるから、今だけは勘弁してやるけれど、次に同じことをしたら、ただじゃおかないんだから。



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恋の女神は微笑まない (263)


『ねぇちーちゃん、聞いてるのぉ~?』
「聞いてる、聞いてる。プレゼント、裸リボンにしたんでしょ? 分かったってば」
『しないし! 言ってないし!』

 面倒くさいので適当に答えたら、そこはすぐさま突っ込まれた。
 酔っ払っていても、こういうことにはノッて来ないのが遥希だ。

「じゃあ何にしたの?」
『えっへっへー、プレゼントはサンタさんが届けれくれるから、内緒ー』
「……………………。とりあえず、今から殴りに行っていい?」

 面倒くさいながらも話に付き合ってやったというのに、オチがこれなのだとしたら、1発殴るくらいでは気が済まない。わざわざ殴りに行くんだし、3発……いや、4発は殴る。

『ちょっ! もぉ~、そんなこと言ってると、ちーちゃんのトコにはサンタさん来ないよ? サンタさんはいい子のトコにしか来ないんだからね』
「…俺はハルちゃんよりもいい子だから、ハルちゃんのところにサンタさんが来るなら、俺のところには絶対来るよ」

 いくら遥希が夢見がちな男の子とはいえ、未だにサンタクロースを本気で信じているわけではないだろうから、冗談のつもりなんだろうけど…。
 酔っ払いの冗談は、もしかしたら本気なのかもしれないので、千尋も一応本気で答えておく。だって、間違いなく遥希よりも自分のほうがいい子だ。

『ちーちゃんは何が欲しいの? クリスマスプレゼント』
「何くれんの、ハルちゃん」
『俺に言ってどうすんの!』
「ハルちゃんに言わないで、他に誰に言うの?」

 遥希以外に言う相手も特にいないが、だからといって、遥希に言っても仕方がないのも、千尋はちゃんと分かっている。
 けれど遥希が、『何が欲しいの?』なんて言ってくるから。

『サンタさんに言いなよ!』
「じゃあハルちゃん、代わりに伝えといてよ。年末年始の売り上げが激増しますように、て」
『それプレゼントじゃないし! お願い事は七夕のときにしてよぉ』
「ハルちゃんがプレゼント用に、ウチの洋服を山のように買ってくれたらいいと思う」
『だから、クリスマスプレゼントはもう決まった、て言ってるでしょ!』
「それはサンタさんからのプレゼントでしょ? ハルちゃんからも水落にプレゼントしなよ」
『ぐぅ…』

 遥希はとうとう言葉を詰まらせた。最初にサンタクロースの話を出して来たのは遥希のくせに。
 というか、口で千尋に勝てるとか思っているんだろうか。



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恋の女神は微笑まない (264)


『……ちーちゃんのクリスマスプレゼントの話してたのに、何でこうなるの…』
「知るかよ。つか、別にプレゼントしてくれる気もないくせに、何で聞きたがるんだよ」
『する気がないとは言ってないじゃんっ』
「え、あんの?」

 今さっき、何くれんの? と聞いた千尋に、『俺に言ってどうすんの!』と突っ込んで来たくせに。酔っ払いの考えていることは、さっぱり分からない。
 それにしても、誕生日に遥希からプレゼントを貰ったことはあるが(仕方がないから遥希の誕生日にはお返しをした)、まさかクリスマスプレゼントまでくれる気があったとは意外だ。
 というか、くれると言うなら有り難く貰うけれど、恋人でもないのに、男同士でクリスマスプレゼント? バレンタインの友チョコだって、まだ男同士には普及していないはずだ。

『今年はさぁ、ちーちゃんにすごいお世話になったじゃん? だからぁ、お中元?』
「お歳暮でしょ?」

 千尋に対して感謝の気持ちを持っていることは喜ばしいことだが、最後の最後でボケてどうする。
 律儀に突っ込んでやる千尋に、もっと感謝してほしい。

「てか、ハルちゃんのお世話なんて、今年に限ったことじゃないじゃん。初めて会ったときからずーっとお世話しっ放しでしょ」
『そこまでじゃないもんっ』
「そうだっけ?」

 千尋の記憶の中では、結構しょっちゅう遥希の面倒を見ている気がするけれど、遥希がそうではないと言うのだから、そうでないことにしておこう。

『ちーちゃ~ん』
「なぁに」
『今年もありがとぉ~、コンサート一緒に行ったりしてくれてさぁ』
「そうだね」

 1人では行けないと言う遥希のために、一緒にFATEのコンサートにも行ったし、かなりの頻度でご飯も一緒に行った。これでは一体誰が遥希の恋人なのか分からない。
 けれど、コンサートは関係者席でチケット代はタダだったし、ご飯も殆どが遥希の奢りだったから、はっきり言って、今さらお礼を貰うほどのことでもない。
 まぁ、遥希がどうしても何かお礼がしたいのなら、貰ってやらないでもないけど。

『だから来年もよろしくね?』
「は?」
『ん? 来年もよろしくね。コンサートとかぁ、写真買いに行くの! で、クリスマスプレゼント、何がいい?』
「………………ちょっと待て」

 お世話になったお礼とか何とか言っていたけれど、結局のところ、目的はそれか。
 酔っ払っているくせに、こういう知恵だけは働くんだから。



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恋の女神は微笑まない (265)


『ちーちゃん、ちーちゃぁ~ん』
「じゃあちょうだい、カッコいい彼氏」
『えっ』

 謙虚なのか図々しいのか分からない遥希に、千尋はビシッと言ってやる。
 遥希が買えるもので、例えば欲しいものがないのかと言えば、ないわけではないが、それをただ普通に答えるのはつまらないし、遥希をやり込められないので。

「俺、1人で寂しい。クリスマスも1人だし。だからカッコいい彼氏が欲しい。ちょうだいハルちゃん」
『そんなの…』

 遥希は急に語気を弱める。
 遥希は結構考え込みすぎる性格だから、今も千尋の言葉を深読みして、いろいろ考えているのかもしれない。

「ハルちゃんが言ったんでしょ、クリスマスプレゼントくれる、て」
『そーだけどぉ…。ちーちゃん本気で言ってる?』
「ハルちゃんが本気で聞いたならね」
『え? え? ぅ??』

 遥希が最初から全部冗談で言っていたのなら、千尋の答えも冗談だけれど、遥希が本気なら千尋も本気。まぁ、どちらで受け止めるかは遥希次第、といったところだ。
 こんな言い方をされたら、きっと遥希は相当悩むだろうけど、知ったことではない。

「じゃあハルちゃん、サンタさんによろしくね」
『え、ちょっ、ちーちゃん!』
「あ、ハルちゃん、寝るならちゃんとふとん行きなよ? どうせ今、床に転がってんでしょ? 風邪引いて水落とクリスマスデートできなくなっても知らないよ?」

 お節介だけれど、もし遥希が風邪を引いて…などということになれば、遥希は地の底まで凹み、千尋もそのとばっちりを受けることは火を見るよりも明らかなので。

『おふとん行く…』
「はいはい、そうして」

 一体どうしてこんな母親みたいなこと…と思いつつも、素直に言うことを聞く遥希を、かわいくも思う。
 さっきほどまで鬱陶しいほどのテンションだった遥希も、千尋からの難問に頭を使いすぎたのと、本当に眠くなってきたのとで、ようやく大人しくなってきた。

「ハルちゃん、ちゃんとふとん入った?」
『んー…』
「ホント?」
『らいじょーぶぅ…』
「じゃあ電話切るよ? お休み」
『あぃ…』

 切るよ、と言ってから、しばらく電話の向こうの様子を窺って、遥希がちゃんと寝たことを確認すると、千尋はようやく電話を切った。



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恋の女神は微笑まない (266)


「はぁ~…」

 寝る前に、どっと疲れさせられた…。
 千尋はベッドに倒れ込む……が、すぐにふとんの中に潜り込んだ。ふとんを掛けないまま寝たら、また風邪をぶり返してしまう。

(クリスマスか…)

 遥希のサンタさん発言はともかく、もうすぐクリスマスが来るのは事実で、今のままでは千尋が1人でクリスマスを過ごすはめになるものまた、事実だ。
 まぁ、初売り期間が終わるまでは仕事に専念すると決めたから、クリスマスが1人だっていいんだけれど。…けれど。

(でもやっぱり、クリスマスが1人なの、ヤダ…!!)

 そういえば、去年のクリスマスだって、千尋はぼっちだったのだ。
 いや、遥希に連れられてFATEのコンサートに行き、いろいろあって大和とホテルで一夜は過ごしたから、正確に言うと1人ではなかったんだけれど、それは恋人同士の聖夜ではなかったわけだし。
 2年連続で恋人なしのクリスマスを過ごすなんて、考えただけでも恐ろしい。

(あ~あ…。俺、こんなにいい子に、ハルちゃんの面倒とかもちゃんと見てたんだから、クリスマスプレゼントに格好いい彼氏が出来ないかな)

 もしかしたらいい子でない部分のほうが多かったかもしれないけれど、そこまで極悪非道なことをしたつもりもないし、ちょっとくらい千尋のお願い、聞き入れられないだろうか。
 クリスマスが来るから恋人が欲しいというのは何だかおかしな話だけれど、クリスマスプレゼントに……いや、プレゼントという言い方はよくないな、クリスマスを切っ掛けに彼氏を…。

 けれど、ただ待っていただけでは、彼氏だって、切っ掛けだって出来やしない。
 何か行動を起こさなければ…とは思うが、遥希が紹介してくれそうな気配はないから、そうなると、千尋の思い付く限りでは、合コンかなぁ…となるわけで。
 すると結局、合コンはダメだって思ったから、クリスマスでなく年が明けてから新しい恋に向かおうとしたんだった! という考えに、巡り巡って戻って来てしまうのだ。

(もういいっ、俺は一生、1人で寂しく生きてやるんだからっ)

 最終的に、そんな大げさな結論に達したところで、千尋はギュウと目を瞑って、無理やり夢の世界へと落ちて行ったのだった。



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恋の女神は微笑まない (267)


 大抵の人が、クリスマスまでにプレゼントを購入するとはいえ、デートでお店を訪れるカップルも多いので、イブやクリスマス当日でも、それなりに混雑する。
 しかし、風邪もすっかり治った千尋は、そんな恋人たちをやっかむ気持ちなどみじんも起こさず、やる気十分に、いや十分すぎて店長から『ちゃんと休憩をしなさい』と言われるくらい、働きまくっている。
 あまりに千尋が熱心に仕事をするものだから、もともとイブに休みの入っていたバイトの子まで、『仕事…来たほうがいいですよね、俺…』と気を遣う始末だった(結局、店長が説得し、当初のとおり休みとはなった)。

「村瀬くんが仕事熱心なのは分かったから、もうちょっとクールダウンしてね、お願いだから」
「でも店長、俺仕事したくてしょうがないんです。この気持ち、どうしたらっ…!」
「いや、仕事してくれていいんだけどね…。仕事嫌いだって言われるより、仕事したくてしょうがないって言われるほうがいいけど、そこまでの抑えられない衝動が、一体どこから湧いてくるわけ?」

 あまりに千尋が熱く語るものだから、苦笑気味だった店長も、とうとう吹き出して笑ってしまった。
 元から千尋が仕事に熱心なのは知っているが、風邪を引いて休んで以来、その度合いはますます大きくなっているように思える。

「何か……体の奥底から湧いてきますっ!」
「そんな、真顔で言われても」

 クリスマスには恋人が欲しい…、いや、新しい恋を始めるのは年が明けてからだ、という葛藤を経て、最後は、もう恋人なんか一生いらない、という悟りの境地に至った千尋は、以前にも増して、仕事への熱意が溢れているのだ。

「気持ちは分かったけど、閉店時間を延ばすつもりはないから、そろそろ店閉めるよ?」
「はうぅ~…」

 やる気が空回りして、不完全燃焼だ。
 しかし、コンビニとはわけが違い、深夜まで店を開けていたからといって、いつまでもお客がやって来るというものではない。費用対効果を考えても、閉店時間の延長は出来ないのだ。

「でも、村瀬くんがすごいがんばったから、クリスマスまでの売り上げ、結構よかったと思うよ?」
「ホントですか!?」

 もうお仕事終わり…と千尋がしょんぼりしながら、closedの看板を出して戻って来たら、店長にそう言われて、再びテンションが上がる。
 仕事に対する情熱のやり場を持て余している千尋をかわいそうに思って、そういうふうに言ってくれたのだとは思うけれど、それでもやっぱり嬉しい。

「そういえば去年もさ、クリスマスだかイブだか忘れたけど、村瀬くん、そのときも、まだ帰りたくない、仕事したい、て言ってたよね」
「…そうでしたっけ?」
「何だっけ? 何かこの後にコンサート行かなきゃいけないの、行きたくないとか言って」
「…………」



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恋の女神は微笑まない (268)


 店長に言われて、千尋はちょうど1年前のことを思い出した。遥希が、1人じゃ無理だとか言って、千尋をFATEのコンサートに連れて行ったのだ。
 クリスマスイブで、仕事も忙しくて、閉店時間まで仕事をしたかったのに、それではコンサートに間に合わないからと、千尋は泣く泣く夕方で仕事を上がったのである。
 忙しいはずなのに、あっさりと早上がりを許してくれるなんて、俺って必要ない子なのかと悲しくなったのだが、単に千尋があまりにも休みを取らなすぎていたことに対する店長なりの罪滅ぼしだった。

 それが1年前のこと。
 そのとき千尋は大和と一夜を明かしたのだ、ホテルの一室、同じベッドで。

「今年はそういうこともないんで、まっすぐ家に帰るほかないんです」
「そうなの?」
「だから、寂しいので、まだまだ仕事したいです」
「いや、だから…」

 もう帰り支度を始めているのに、千尋がまた食い下がって来たので、店長は苦笑いする。

「でも俺、もう帰ってサンタさんしないとだから」
「サンタさん?」

 まさか店長の口から『サンタさん』が登場するとは思わず、千尋はギョッとして店長を見た。
 この間、千尋に電話をくれた遥希は酔っ払っていたけれど、今店長が素面なのは千尋が一番よく分かっているし、この人がそこまで夢見がちな人だとも思っていない。
 それなのに、サンタさん?

「子どもが、サンタさんからのプレゼント、待ってるから」
「あぁ」

 言われて、納得。
 店長には保育園に行っている子どもがいるのだ。店長自身がサンタクロースを信じていなくとも、子どもはまだまだそうしたものを信じている年ごろだ。
 帰ったらサンタクロースに扮するのか、それともこっそりと枕元にプレゼントを置くのか、とにかく店長は、千尋と違って、今日という日に残業などあり得ないのである。

「サンタさんを信じてたころが、一番よかった」
「どうした、急にしんみりして」
「俺も、サンタさんからプレゼント欲しい………………ゴメンなさい」

 店長に言ったところで、それは遥希に言うよりももっとずっとどうしようもないことだったが、思わず言ってしまった。直後に謝った。店長に何を言っているんだ。
 一生1人で生きて行くと心に決めたはずなのに、やっぱり人の幸せそうな雰囲気は羨ましい。千尋はもともと、激しく寂しがり屋なのだ。

「店長は早く帰って、よきサンタさんになってください。俺も早く帰って寝ます」
「いや、寝なくても…」

 微妙な空気になったのをごまかすように、千尋が真面目な顔でそう言ったら、店長はそれを、千尋のいつもの冗談だと思ってくれたらしく、吹き出した。
 いくら1人のクリスマスイブとはいえ、早く帰って寝るしかやることがないなんて、寂しいを通り越して、切ない。
 店長が笑ってくれたからよかったけれど、完全に笑えないジョークだ。

「じゃあ、お疲れ様」
「お休みなさい、サンタさん」

 千尋の挨拶に、店長は声を上げて笑いながら、千尋とは反対のほうへと歩いて行った。



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恋の女神は微笑まない (269)


 店長に『早く帰って寝ます』と言ったからといって、本当にそのとおりにしなければいけないわけではないが、しかし千尋は結局、大人しく家へと帰って来た。
 本人にその気がなくとも、こんな日に1人で外で食事をしたり飲んだりしたりしていたら、完全に寂しい男だ。負け組だ。
 赤の他人にどう見られようが、どう思われようが、別に知ったことではないのだけれど、でもやっぱり今日という日だけは、人の目が気にならないと言ったら嘘になる。
 だから千尋は、途中のコンビニで弁当を買うという寄り道をしただけで帰って来たのだ。
 というか、コンビニで弁当を買って帰るだけで、負け組気分になるから不思議だ。クリスマスマジック。

「ただいまぁ~…」

 家に誰もいないことは分かり切ったことで、今まで1回だって、わざわざ『ただいま』を言ったことなどないのに、どういうわけかそんなことを言ってしまった。
 どれだけ寂しがり屋なんだ。
 というか、これで、ちょっとしたディスプレイ感覚ででもクリスマスツリーを飾っていたら、泣いていたかもしれない。部屋が殺風景で、本当によかった。

 クリスマス感ゼロの部屋にホッとしつつ、千尋は買ってきた弁当を電子レンジに突っ込んでから、手洗いとうがいをしに行く。
 この間熱を出したのは、別に手洗いやうがいをサボったことだけが原因ではないが、千尋はあれから生まれ変わったので、こういうことはしっかりしておくのだ。
 風呂のスイッチを入れ、部屋着に着替えて戻って来たら、すでにレンジは止まっていて、千尋は中から温まった弁当を取り出した。

 テレビすら点けていない室内は、ただただひたすらに静かで、千尋は黙々と弁当を口に運ぶ。
 クリスマスイブに家で1人でコンビニの弁当を食うのが、こんなに寂しいものだとは思わなかった。これは、店長に言ったとおり、さっさと寝たほうがいいかもしれない。

(早寝するいい子のところには、サンタさんが来るかもしんないしね………………なーんつって)

 みんなして『サンタさん』『サンタさん』と繰り返すものだから、1人でいるのに、そんなことを考えてしまった。毒されすぎだ。
 そういえば、店長の子どもは、もうプレゼントを受け取ったのだろうか。いや、プレゼントはクリスマスの朝に靴下の中に入っているものだから、これからか。
 きっと今日は、サンタさんに会いたくて、いつまでも寝ないかもしれない。そして、早く寝ない悪い子のところにはサンタさんが来ないわよ、とお母さんに怒られて、慌ててふとんに潜り込むのだ。千尋がそうだった。

 店長の話を聞いて、恋人と過ごすことだけがクリスマスではないとは思ったけれど、今さら千尋がクリスマスイブに実家に帰ったところで、寂しさの度合いに変わりはない。
 むしろそこに憐みがプラスされるだけだ。



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恋の女神は微笑まない (270)


「はぁ…」

 こんな気持ちでいるのも、今夜一晩だけだ。
 日本では、クリスマス当日よりもイブに重きが置かれているから、明日になってしまえば、街中の浮かれた雰囲気も、今日の半分くらいにはなるだろう。
 そうすれば千尋はもう、こんな気持ちでいなくても済む――――少なくともあと1年、来年のクリスマスイブまでは。
 いや、たった今現在は、一生1人で生きていくと思っているけれど、1年過ごすうちに誰かいい人が現れて、自然な流れで付き合うことになるかもしれない。
 そうしたら、来年のクリスマスイブは今年とは違うものになっているはずだ。

「よしっ」

 こんなことでクヨクヨしていても仕方ないし、気にするのは自分らしくない。
 さっさと弁当を食べて、風呂に入って寝よう。寝てしまえば、明日なんてすぐに来る。明日になれば、千尋の大好きな仕事が待っているのだ。落ち込んでいる暇などない。
 最初に決めたとおり、少なくとも初売り期間が終わるまでは仕事に集中するのだ。

 千尋は、持ち前の思い込み力を発揮して気を取り直すと、弁当に向き直った。
 しかし、ちょうど嫌いなピーマンの欠片をよけようとしたタイミングで玄関のチャイムが鳴って、千尋が驚いて肩を跳ね上げると、弾みで箸がミニトマトに当たり、ピーマンはそのままに、ミニトマトが床に落下する事態となった。

「うぐぅ…」

 転々と転がって行くミニトマトを見つめながら、千尋はこぶしを握り締める。
 調理したものではない、生のミニトマトだから、洗えば済む話だけれど、何か悔しい…。

 その間も、チャイムはピンポンピンポンとうるさい。
 最初はイラついていた千尋だったが、こんな時間にそれこそ宅配便のはずがあるわけもなく、そうなると一体誰なのかと、だんだん気味が悪くなってくる。
 この間のように南條かとも思ったが、チャイムの押し方の感じが全然違うし…。

 大体、クリスマスイブのこんな時間に、千尋の家を訪れる人物など、いるわけがない。
 こうなったら、今度こそ居留守を使ってしまおう。幸いにも千尋はテレビも点けていないし、ミニトマトを落っことしたくらいしか物音を立てていないから、千尋が家にいることはバレていないはずだ。

「…………」

 千尋は息を殺して、気配を殺して、謎の来訪者が去るのを待つけれど、いつまで経ってもチャイムの鳴り止む気配がない。
 もしかして、千尋が家にいるのに気付いているんだろうか。物音はしていないけれど、例えば室内の明かりとか…………玄関の外からでは見えないものの、例えば窓の明かりとか?
 そこまで確認しているとなると、ちょっとどころでなく怖いんですけど…。



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恋の女神は微笑まない (271)


「ッ…!」

 千尋が謎の訪問者にビクビクしていたら、風呂のお湯が沸いたメロディが鳴って、余計に千尋をビビらせる。
 外まで聞こえたかな…? と千尋は焦ったけれど、今までの隣室のメロディが聞こえて来たことはないし、毎日鳴っているのに外まで聞こえていたら、大変な近所迷惑になるはずだから、大丈夫だろう。

「あ、そうだ」

 風呂に入っていたことにしよう。後でもし、どうして家にいたのに出なかったんだと責められても、風呂に入っていたから出られなかったと言えば、言い訳になる。
 嘘をつくのは嫌だけど…………でもまぁ、風呂に入ろうとしていたのは間違いないし、あとちょっとのタイミングの差で、千尋は本当に風呂に入っていたわけだから、そんなに嘘とも言えない。
 うん、嘘じゃない。

「よし…!」

 そうと決めたら、千尋は即行動に移す。千尋は弁当をそのままに、そっと風呂場に向かおうとした……が、タイミング悪く、テーブルの上に置いていたスマホが音を立てた。
 それだけなら、先ほどの風呂のメロディと同じく、外までは聞こえなかっただろう。
 しかし、スマホを取ろうとした千尋が慌てすぎて椅子に引っ掛かり、椅子もろとも見事に引っ繰り返ってしまったものだから、さすがに『絶対に気付かれていない』とまでは言えなくなってきた。

「イッテー…」

 千尋が家にいることを感付かれたかもしれないことも心配だが、こんなにバタバタして、階下の住人にうるさがられるのも困る。千尋はご近所付き合いを、出来るだけ穏便に済ませたいほうなのだ。
 というか、それよりも何よりも、足が痛い…。

 これはもう、千尋にちゃんと来訪者を確認しろ、ということなのかもしれない。まっとうな人間になろうとしているのに、居留守なんて使おうとした千尋に対しての戒めだろう。
 そう感じた千尋は、行き先を風呂場から玄関に変更し、もうコソコソするのはやめだ! と思いつつも、足音を忍ばせながら玄関へ向かい、ドアの覗き穴に顔を近づけた。

 スマホが鳴った後、うるさくしたから、家にいることがばれたかと思ったが、意外にもその後、チャイムが鳴らなくなったので、もしかしたら諦めて帰ったのかもしれない。
 ――――というのは、やはり千尋の希望的観測でしかなかった。覗き穴から見たそこには、まだ人の気配が、大和が、

「うえぇっ!? うわっ、アダッ!」



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恋の女神は微笑まない (272)


 確認して、ヤバそうな人だったらやっぱり出るのはやめにしようと思っていたのに、覗いたそこには大和がいて、見間違いかと、もう1度覗き穴を見ようとしたら、動揺のあまり土間に足を滑らせ、よろめいた拍子に額にドアをぶつけてしまった。
 これでもう絶対に、千尋が家にいることがばれた…。

「イッタァ…」

 いや、それよりも、大和…?
 え、大和?

 千尋は額を押さえつつ覗き穴を覗けば、やはりそこには間違いなく大和の姿があって、どこかに電話しているようだ……と思ったら、千尋のスマホが再び鳴り出した。
 まさかこの電話、大和から?
 もしかして、先ほど出そびれた電話も?

 千尋は深呼吸して気持ちを落ち着けると、ようやく玄関のドアを開けた。
 最初にチャイムが鳴り出してから、普通だったら居留守と分かっていても、もう観念して帰ってもおかしくはないくらいの時間なら経過していたけれど、しかし大和はまだそこにいた。

「大和くん…」
「あ、ちーちゃん、大丈夫?」
「え? ………………え?」

 ドキドキしながら、やっとの思いで言葉を発したというのに、スマホ片手の大和からは、なぜかいきなり安否を気遣われ、千尋はただただポカンとなった。
 一体どういう意味の『大丈夫?』なのだ。千尋は大丈夫に決まっている。風邪だってもう完璧に治ったし。それに、何よりも千尋は、まっとうな人間に生まれ変わったのだし。

「いや…、何かすごい音したから…。ドア…………ぶつかった?」
「………………」

 なるほど、その大丈夫か。中の様子が分からないのに、いきなりドアに何かがぶつかる音がしたら、何事かと思うし、大丈夫なのかと尋ねるに決まっている。言われてようやく気が付いた。
 けれど、正直に言うのは恥ずかしかったので、千尋は「ちょっとぶつかっただけ…」と答えた。

「えっと………………」

 どうしたの? ていうか、何しに来たの? ていうか、何かそんな感じのことを聞きたいけれど、そんな聞き方をしたのでは、絶対に大和は気を悪くするだろう。
 ただでさえ、もう会わないと決めた間柄なのに、わざわざ今日という日に千尋の家に来たからには、何かしらの意図があるだろうから。
 それはやっぱり、『クリスマスイブ』ということに、意味を持たせていいの?



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恋の女神は微笑まない (273)


「あ……ゴメン、やっぱ帰ったほうがいい……よね?」
「は?」

 何だか歯切れの悪い大和の言葉に、千尋はしおらしい態度もどこへやら、眉を寄せて大和を睨んでしまった。いや、睨むつもりはなかったが、ついそういう表情になっていた。
 だって、あれだけチャイムを鳴らしておいて、千尋が出た途端に帰るとか、どういうつもりだ。だったら、千尋が居留守を使っているうちに、来訪者が大和だと気付く前に、帰ってくれたらよかったのに。

「どういうこと? 大和くん、わざわざピンポンダッシュしに来たの?」
「や、そうじゃないけどっ…、やっぱ迷惑だったかな、て思って…」
「今さらでしょ。これだけピンポンしといて?」

 また大和に会えて嬉しいくせに、会えるなんて思っていなかった驚きも相俟って、素直でない千尋は素っ気ない態度を取ってしまう。
 けれど、こんな時間にこれだけチャイムを鳴らしておいて、迷惑だとか気を遣われても、本当に今さらだ。

「いや、ピンポンしてるうちに、やっぱまずかったかな、て思ったんだよ。誰か来てるとか全然考えないでちーちゃんち来ちゃって…。でも、何か中ですごい音するから心配になって…」
「………………ぅん?」

 中ですごい音がするから…は、まぁいい。千尋が椅子に引っ掛かって転んだときのことか、足を滑らせてドアにおでこをぶつけたときのことを言っているのだろう。
 それはそうとして、誰か来てるとか考えないで、とは? もしかして大和は、今千尋の家に誰か来ていると思っている?

 ……………………。

 まぁそうだよね、クリスマスイブだし。
 普通、何の連絡もなしに、突撃訪問する日ではない。恋人同士ならともかく、少なくとも元カレのすることではない。

 もしかして大和は、チャイムが鳴っても千尋が出なかったのを、誰か来ているからだと思ったのだろうか。この場合の『誰か』は当然、単なる友だちではなくて、新しい恋人だろう。
 だから、その誰かが大和に知られないように居留守を使って大和が帰るのを待っていたとか、それでも大和がなかなか帰らないから、慌てて中を片付けて大和を出迎えたとか。
 妙にバタバタうるさかったのも、慌てて痕跡を隠そうとしていたから…というのも、筋書きとしては成り立つ。

(すっごいベタなソープオペラ…)

 となると千尋は、旦那が出張の隙を狙って浮気する団地妻か。
 昭和の香りがすごすぎる。



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恋の女神は微笑まない (274)


「あの…………ちーちゃん…?」

 千尋があまりに唖然としていたら、大和が心配そうに様子を窺って来たから、思わず吹き出しそうになって、千尋はごまかすために慌てて口元を手で押さえた。

 どこまで行っても自分たち2人は、相手の何かを勘違いする運命にあるらしい。
 だって千尋も今、大和がどういうつもりで来たのか分からないから、勝手な想像をするんだけれど、そうすると恐らくは大和の真意とは違うことを考えてしまうのだろう。全然分かり合えない2人なのだ。
 そう思ったら、すごくおかしくなって来て、せっかく笑ってない素振りでがんばっていたのに、結局千尋は笑い出してしまった。

「え? え? ちーちゃん??」
「いや……俺たちって、やっぱりどんなにがんばっても、分かり合えないんだな、て思って」
「え?」
「分かり合えない、ていうか……ちゃんと話をすればそんなことないんだけど、いっつも勝手に相手の思ってることとか考えて、勘違いしちゃうじゃん? 俺ら」

 わざわざ説明するまでもないことだったかもしれないけれど、今千尋が笑ってしまったことを、また違うように捉えられても厄介だから、ちゃんと言っておく。
 すると大和は合点がいったのか、笑って肩を竦めた。

「じゃあ…、誰も来てないの?」
「まぁね」

 問われて千尋は正直に頷いたけれど、でもそうだとしたら、どうしてすぐに大和を出迎えなかったのか、という話になる。
 風呂に入っていたことにしようとしていたけれど、よく考えたら、今、風呂上がり感ゼロだし…………寝てたことにでもしようか。けれど、大和はまだ何も聞いて来ていないから、言い訳するのも…。

「えっと!」

 追及される前に別の話題に変えてしまおう、と千尋は、大和より先に話を切り出した。

「俺も勝手に想像して間違えちゃうとヤダから聞くけど、あの、あ、怒んないで聞いてね?」
「え、うん」
「大和くん、何で来たの?」
「えっ…………」

 早く話題転換をしなければ…と、ちょっと焦っていたせいもあってか、思った以上に直球勝負の聞き方になってしまった。大和も言葉をなくしている。
 さすがにこの言い方はない。怒らないで、と最初に前置きはしたものの、これでは怒られても仕方がないし、気分を害して大和が帰ってしまっても、文句は言えない。



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恋の女神は微笑まない (275)


「えっと、あの、ゴメン……なさい…。その…、何て言うかなぁ…」

 千尋が聞きたいことはまさに『何で来たの?』なのだが、うまい言い回しがちょっと思い浮かばない。

「いや…だって今日、クリスマスイブじゃん? それに俺ら、もう会わない的なことになったでしょ? だから、何でなのかな、て。まぁいろいろ想像は出来るけど、その、いろいろ想像するのをいつも間違えちゃうから、ちゃんと聞いとこうと思っただけで…………あの、怒った?」

 何とか千尋がうまく弁明しようと試みるものの、その間、大和が何も言わないから、やっぱり言葉のチョイスを間違えているようだ。

「怒ってないよ。勘違いしちゃうし…とか、そんなにいろいろ考えてくれてたんだな、て思って。俺なんて、何にも考えないでちーちゃんちに来ちゃったのに」
「何も考えないで? 意味もなく来たってこと?」
「いや…、意味がないわけじゃなくて。ちーちゃんに会いたいって思ったら、留守かもしれないとか、誰か来てるかもしんないとか、そんなこと考えない出来ちゃったってこと」
「会いたかった、の? 俺に?」
「そうだよ。会いたくなかったら来ないよ」

 千尋は意外に思ったから聞き返したのに、大和はさも当然だというふうに答えた。
 確かに、ただでさえもう会わないと別れたのだから、会いたい気持ちがなければ、わざわざ足を運びはしないだろう。けれど、裏を返せば、そうまでしてでも千尋に会いたかったというわけで。

「何で、」
「え?」
「何でそんな……会いたかったの? 俺に」

 なぜ来たのかといえば、千尋に会いたかったからで、けれどそれならば、なぜそんなに千尋に会いたかったのか――――いや、それが分からないほど千尋は鈍感ではないけれど。
 でも、ここまで来たら、恥も外聞もなく聞いてやる。

「そりゃ会いたいよ。ちーちゃんのこと、好きだから」

 千尋の愚かしい質問に呆れることなくそう言って、大和は1歩踏み出した。その分だけ千尋は後退ったから、2人の距離は縮まらなかったけれど、大和の後ろでドアが閉まった。
 あぁ、何だか寒いと思っていたら、ドアが閉まっていなかったからか。
 そんなこと言っている場合ではないのに、何だろう、人間て切羽詰ると、そんなどうでもいいことばかり考えてしまうものなのだと、千尋は身を以て知った。



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恋の女神は微笑まない (276)


「好き……なんだ?」
「うん、好き」

 千尋が尋ねれば、大和は躊躇いもなく答えた。
 いや、それは千尋も知っていることだ。大和が千尋を好きなこと。千尋だって、大和のことが好きだ。けれど、それでも別れた2人なのだ、千尋と大和は。
 それなのに。

「好きだよ、ちーちゃんのこと。もう会えないなんて無理。嫌いにもなれないし、忘れられない。そばにいてほしいよ。……ちーちゃんが欲しい」

 何だかドラマか映画のワンシーンのようだ、と千尋は思った。
 普通、こんなこと真顔で言ってのけたら、ただただ寒いだけなのに、何でこんなに様になるんだろう。まるで芸能人みたいじゃないか。……あぁ、芸能人だった。

「大和くん、今日はエープリルフールじゃなくてクリスマスイブだよ?」
「知ってるよ」
「イブの夜に来るのは誰か知ってる? サンタさんだよ? なのに、プレゼントを置いてくんじゃなくて、自分が欲しがってどうすんの?」

 大和があまりにドラマみたいだから、千尋も芝居のセリフのようなことを言ってやる。そんな戯れを言っている場合でないのは分かっていたが、何だかそんな気分だった。
 だって、イブの夜に突然現れた男が、千尋を好きだと言い、欲しいと言うのだ。とても現実のこととは思えない。

「じゃあ、ちーちゃんの欲しいものも、あげる」
「サンタさんになるの?」

 そういえばあの電話のとき、千尋は遥希に、カッコいい彼氏が欲しい、なんて言ったんだっけ。あれはまぁ、冗談半分というか、半分は本気だけれど、言ったところで叶えられないことを分かったうえで言ったものだ。
 けれど、それを大和にも話していいものなのだろうか――――千尋のことを、2度も好きだと言った男に対して。

「…大和くんには無理」
「俺、ちーちゃんのサンタさんには、なれない?」
「…うん」

 千尋はその願いを、もう口に出して言うことはないから、大和は千尋の望んでいるものを知り得ないし、たとえどうにかして知ったとしても、それを千尋にプレゼントするのは無理だ。
 だって、カッコいい彼氏なんて。



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恋の女神は微笑まない (277)


 …いや、目の前の男はカッコいいし、千尋のことを好きだと言っている。
 彼が恋人になれば、千尋は欲しているものを手に入れられるし、大和の願いだって叶えられるではないか。

 あれ? 事はこんなに単純だったっけ?
 いや、そんな簡単には行かないから、千尋はあんなに悩んで苦しんだのだ。女の子に間違われたこととか、縒りを戻すとか戻さないとか、好きとか嫌いじゃないとか、いろいろあった。
 それを、こんなにあっさり片付けていいものなのか。
 だって2人は、千尋と大和は、互いに好きだと気持ちを確認して、そして別れたのに。

 …もうそこから話がおかしい。どうして好き合っているのに別れているんだろう。誰かに何か言われたわけでもないのに。
 けれど、千尋は大和とは付き合わないと言ったし、大和も千尋とはよりを戻さないと言った。だからこそ、だ。
 なのにそんな、イブの夜に突然現れて、今までのことをみんな反故にするようなことを言うなんて。
 やっぱり好きだなんて、そんなの。

「俺はちーちゃんのサンタにはなれないかもだけど、俺のは……俺の願いは、サンタさんじゃなくて、ちーちゃんじゃなきゃ叶えられないんだけど」

 勝手な言い分だ。
 確かに大和の願いは、千尋の一言で、叶うも叶わないも決まるけれど。

「ちーちゃんは、もう俺のこと嫌いになった?」
「もう?」

 確かに、大和と別れてから、新しい恋人が出来たと言っても、咎められないくらいの時なら過ぎた。
 実際、千尋は合コンに出ようかなんて思ったくらいだし、大和だって、今日ここに別の誰かがいるかもしれないと勘違いした。
 だからって、それと大和のことを嫌いになるのとは別の話で。

「まだ、嫌いにはなってない」
「よかった」
「でも、イブに1人なんて寂しいから、カッコいい彼氏が欲しいなぁ、とは思ってた」
「えっ…」

 あ、言うつもりのなかったことを言ってしまった。
 でも、本当のことだ。大和のことを嫌いになっていなくても、たとえ好きでも、恋人になれないなら別の人でも望んでしまう。別に身代わりのつもりじゃなくて。



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恋の女神は微笑まない (278)


「それは…………俺というわけにはいかないの?」
「言うと思った。大和くん、自分で『カッコいい彼氏』て言っちゃうの? ナルシスト」
「『カッコいい』はちーちゃんが言ってるんでしょ。ねぇちーちゃん、俺じゃダメなの?」

 大和はもどかしそうに言う。
 千尋のことを好きだと言う男がいて、カッコいい彼氏が欲しい千尋は、その男をまだ嫌いにはなっていない。
 なのに本当、どうしてダメなんだろう。

「…分かんない」
「分かんないの?」
「何でダメなのか、分かんない」
「分かんないけど、ダメなの?」
「ダメかどうかも分かんない」

 千尋が言うと、さすがに大和も、困ったように眉を下げた。
 ダメだと拒否するでもなく、かといって大和の申し出を受け入れるでもなければ、困るしかないだろう。
 別に千尋は、大和のことを困らせたいわけじゃないのにな。

「分かんないときは、ちーちゃん、お得意のがあるよね」
「…お試しはもうしない」

 大和の言わんとすることを察して、言われる前に先手を打っておく。
 もう今さら、そんなややこしいこと、したくない。それだったら、本当に付き合うほうがいい。いや、大和と本当に付き合いたいわけじゃなくて、お試しと比べたら、てだけで、

「お試しがダメなら――――じゃあ?」

 さらに大和が1歩進んで、そのブーツの爪先が上がり框にぶつかる。千尋も1歩下れば、靴を履いたままで、それ以上は進めない大和は、千尋に追い付けない。
 だから千尋は、逃げようと思えば逃げられるけれど、大和がその気になれば、いくらでも千尋を捕まえられるだろうから、結局は逃げ場などないのだ。
 そもそも、外への出口は大和の後ろだ。大和がそこにいる限り、千尋はどこへも逃げられない。

 ――――逃げる?
 逃げたいのか? 大和から。

「あ…」

 千尋が1歩下がるより先、逃げるより先に大和の腕が伸びて来て、閉じ込められていた。
 大和の腕の中。初めてのことではない。けれど、途端に顔に熱が集まるのが分かった。耳も熱い。
 あのときと同じだ――――初めて大和に抱き締められたとき。大和は今、バスローブ姿ではないし、ここはコンサートが終わった後の楽屋でもないけれど。
 ちょうど1年前の、今日。

「…タイムアウト」

 大和の声が、耳元で響いた。



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更新についてのお知らせ
 お話がすごくいいところなのに、大変申し訳ないのですが、数日、更新をお休みさせていただきたいと思いまして、お知らせいたします。
 実は今、仕事がものすごい忙しくて、連日残業&昼休みもないような状態で、まともにお話を書いている時間を取れない状態です。
 帰宅後、お話は書いているのですが、寝る時間を取らないと体調を崩しそうで、あまり長い時間PCに向かえずにいます。
 もう少しで書き上がるところなのですが、ちゃんとしたものをお届けできるよう、少しお時間をいただきたいと思います。
 週明けには再開できるようがんばりますので、よろしくお願いします。
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恋の女神は微笑まない (279)


 週明けのはずが、週の真ん中を過ぎてしまった…。すみません。


 時間切れだと大和は告げた。
 それがどういう意味なのか、千尋には分からなかった。千尋が答えを出すのが遅すぎたということなのか。時間切れだとどうなるの? クイズ番組なら、それで1回お手つきだ。

 なら今は? 答えが出なかったから、これで終わりなのだろうか。
 そうだ、正解数が少ない者は、次のステージには進めないのだ。

「…ダメ」

 大和は1年前と違って、顔を赤くした千尋の様子を窺おうと、体を離そうとはしなかったけれど、逆に千尋も自分から離れることはしなかった。むしろ大和の背中に腕を回した。逃がすまいと、腕に力を込めた。
 さっきは自分から逃げようとしたくせに、勝手なのは、千尋のほうだった。

 けれど、千尋が腕を離したら、大和はこのまま帰ってしまって、もう会えなくなる。
 大和とは、もう2度と会わない別れを何度もしたから、もしかしたらここで大和が帰っても、またどこかで会えるかもしれないけれど、きっともう会えない。
 だから、千尋は腕を離したくなかった。

 そもそも、タイムアウトだと言いながら、千尋を抱き締めた大和が悪い。
 責任転嫁するつもりはないが、だって大和が千尋を抱き締めないでさっさと帰っていたら、そしたら千尋は、死ぬほど悲しい気持ちになるけれど、この腕のぬくもりを忘れたままでいられた。
 最後の最後にこんなふうにされたら、今度は千尋のほうが、ずっと大和のことを忘れられなくなってしまうではないか。

「ダメ、大和くん」

 千尋は大和の胸に、ギュウと顔を押し付けた。
 よかった、大和がダウンジャンケットを着ていてくれたおかげで、抱き付いても大和の体のラインが分からない。これで胸の筋肉とかを感じ取ったら、そんな場合ではないけれど、興奮してしまう。

「…何が、『ダメ』なの? その『ダメ』は、何のダメ?」

 千尋が腕の力を緩めないからか、それともまだ抱き締めていたいと思ってくれているからなのか、大和は少しも体を離さずに尋ねて来る。
 それにしても、この状況で、何がダメなのか分からないのか、と言ってやりたい。
 いや、けれど先ほど千尋も、自分たちはいつも、相手の考えていることを勝手に想像して、勘違いするからと、聞かなくても分かるだろうということを改めて聞いたんだっけ。
 大和も、そういうつもりなんだろうか。それとも、本当に分からないのかな。



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恋の女神は微笑まない (280)


「…帰っちゃダメ、の『ダメ』」

 大和がどういうつもりで聞いてきたのかは判断しかねるが、本当のことを答える。
 勝手だと思いつつも、大和に帰ってほしくないから、引き止めたくて、離れてほしくなくて、千尋は大和の背中に腕を回したのだ。

「帰っちゃダメなの? 俺」
「ダメ」
「俺、ちーちゃんの彼氏にはなれないけど、帰るのはダメなの?」
「ダメ」
「ちーちゃんに新しい彼氏ができても、帰っちゃダメ?」
「ダメ」

 むちゃくちゃなことを言っているのは分かるが、大和がそういう聞き方をしてくるのだから、仕方がない。
 だって、帰ってほしくない。

「俺、ちーちゃんが新しい彼氏と仲良くしてるトコ見たくないから、帰りたいな」
「…ダメ」
「見せ付けるの? 俺に」
「……がう」
「ん?」
「違うっ!」

 ようやく千尋は、大和が、煮え切らないことを言っていた千尋に対して、わざとこんな聞き方をしているのだと気が付いたけれど、気付いたときにはもう遅かった。

「新しい彼氏とかじゃなくてっ! 大和くんが! 大和くんがいいっ……うえぇぇ~」

 大和の術中にまんまと嵌った千尋は、感情に火が点いてしまい、ずっと心の奥底にしまい込んでいた気持ちを口走っていた。しかも、どういうわけか、涙も溢れて来るから困る。
 けれどこれは、本当はもうずっと前から、何度も別れる前からずっと思っていたことで、でも千尋の中にある、大和と付き合うことへの不安材料が蓋をしていたものだった。

 でも、今分かった。そんな不安よりも、本当に大和ともう会えなくなってしまうことのほうが、ずっと苦しいということ。
 今までに、もう2度と会わないという別れを何度もして、そのたびに、これでよかったのだと自分に言い聞かせて来たけれど、やっぱりそうじゃなかった。
 やっぱり千尋は、大和のそばにいたかった。

「俺がいいの? ホントに?」

 そうだ、と千尋は返事をしたかったけれど、涙が邪魔して声が出ないから、がんばって何度もこくこくと頷いた。



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恋の女神は微笑まない (281)


「…俺も、ちーちゃんがいい」
「……大和くん~…」

 それは、今日来たときから大和が言っていたことだけれど、今改めて言われたら、心の中にすごく浸透して来て、ますます涙が止まらなくなる。
 2人の気持ちは、もうずっと前から互いへと向いていたけれど、相手の気持ちを誤解したり、口にした言葉を忠実に守ろうとしたりして、好きなのに離れようとしていた。
 千尋は、不安から、大和に対する気持ちを封じ込めようとしていた。

 でもやっぱり、それは無理だ。
 どうしたって、好きだという気持ちには敵わない。

「大和くんが好きだから、離れたくないぃ~…」
「…うん。俺もちーちゃんのことが好きだから、離れたくないよ。そばにいたい。…ゴメン、もう泣かないで? お願い」
「無理ぃ~~…」

 千尋だって、出来ることなら早く泣き止みたいけれど、涙腺が壊れてしまったのか、まったく涙が止まらない。
 大和は宥めるように千尋の背中をポンポンしてくれて、こんなのまるで子ども扱い…と思ったけれど、これだけ泣いていたら、確かに子どものようなものだ。

 後から後から溢れてくる涙をどうにかしたくて、千尋は少しだけ大和の胸から顔を離して、片腕は大和の背中に回したまま、もう片方の手でゴシゴシと目をこする。
 一生懸命に鼻を啜っていたから、鼻水は付いてないと思うけれど、涙で大和のダウンジャケットが濡れている。

「ちーちゃん、そんなに目こすったらダメだよ」
「だって、俺、泣いてない、もんっ」
「分かった、分かったから」

 大和に言われても、千尋は目をこするのをやめない。
 だって、大和に涙を見られるのが恥ずかしい。大和の前で泣くのはこれが初めてではないけれど、やっぱり嫌だ。こんなの、千尋のキャラじゃないもん。
 けれど、大和に手を掴まれて、止められた。

「ちーちゃん、顔見せて? お願い」

 甘い声がそう囁いて、千尋はそれに首を横に振らなかったけれど、大和に掴まれていないほうの手で涙を拭おうとしたら、そちらの手も掴まれてしまった。
 2人で向かい合って、両手を掴み合って…………これは一体、どういう状況? 千尋は必死に俯いて顔を隠しながら考える。たった今、晴れて恋人同士になった2人のすることか?



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