恋三昧

【18禁】 BL小説取り扱い中。苦手なかた、「BL」という言葉に聞き覚えのないかた、18歳未満のかたはご遠慮ください。

2016年07月

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彼の愛情表現は分かりづらい (13)


「でも、この人のほうが筋肉すごくない? すごいシックスパックじゃん」
「もぉ~! 大和くん全然分かってなぁい!」
「何が? 何で?」

 千尋に褒めてもらえて嬉しいけれど、大和よりもこの芸人さんのほうが、見るからに胸板は厚いし、腕も太くてマッチョだ。
 最近の千尋は、ボディビルの雑誌なんか読んだりして、どちらかというとガッツリマッチョが好きそうな感じなのに、意外な答えだ。

「らって大和くん、この筋肉見て、抱かれてぇ! て思う!?」
「えぇ!? いや俺、そういう基準で筋肉見たことないし!」

 ボディビルダーだとか、鍛えている人の体を見て、純粋にすごいとは思うけれど、そもそも大和は、男に抱かれたいという欲求がないから、そこに筋肉量がまったく係わって来ないんだけれど。
 というか、千尋は自分が鍛えるのも好きで、他人の筋肉を見るのは、そうした性的な目線でなく、自分の目標とするためのものだと思っていたのに。

「え、ちょっと待って。ちーちゃん、筋肉好きとか言ってんの、いっつも抱かれたいとか抱かれたくないとか、そんな感じで見てるわけ!?」
「別にそういうつもりで見てるわけじゃないけど…、見たらやっぱ、どっちかな、て判定しちゃうじゃん。大和くんだって、女の子見たら、好みか好みじゃないか、考えるでしょ? 無意識に判定しちゃってるでしょ!?」
「いや、別に…」

 そんなことはない、と否定しようと思ったけれど、確かに、『あ、かわいい』くらいのことは、何となく思っているかもしれないと思って、大和は言葉を詰まらせた。
 ただ、それと『抱かれたい、抱かれたくない』を同じレベルで考えていいかは、考え物だが。
 しかし、『じゃあ、俺以外に、抱かれたい! て思う筋肉の人がいたら、抱かれちゃうわけ?』なんて言おうものなら、『じゃあ大和くんは、かわいいと思った女の子がいたら、付き合うわけ?』と言い返されているのが目に見えている…。

「大和くんは脱がないんだね、これ」
「まぁ…、振られてないしね」

 千尋は残念そうにテレビを指差している。
 この辺りが、千尋と遥希の思考の違いだろうか。遥希だったら、琉がテレビで服なんか脱いだ日には、みんなが琉の裸を見てるんだ…! と口には出さないものの、嫉妬心を心の中に渦巻かせるに違いない。そして千尋が、その捌け口になるのだ。

「…脱いだほうがよかった?」

 千尋の反応が気になって、何となくそう尋ねたら、チラリと視線を向けられただけで、千尋は何も言わなかった。『どっちだと思う?』と問われたような気分だったが、どっちなのかは分からなかったので、大和も何も答えなかった。



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彼の愛情表現は分かりづらい (14)


 テレビは、次のコーナーへと進んでいて、ぽっちゃり体型の女性芸人さんのトークが始まっている。
 大和は、アイドルという職業上と、千尋が筋肉大好きということから、体を鍛えてはいるけれど、実のところ、女性の体形について思うところはない。
 太っていても、本人が構わないならそれでいいし、痩せたいと思っているなら、それを応援するまでだ。太っているから痩せたいと思っているのに、何の努力もしていないなら、ちょっと幻滅する。テレビなんかで、こういう話題が振られたときは、そう答えるようにしている。
 それは本心だし、『女の子を好きになるのに、体形や顔は関係ないです』みたいな模範的すぎる回答をしても、場が白けるので。

「女の子てさぁ、何で、ただ痩せればそれで気が済むんだろうね」
「ん? どういう意味?」

 同じくゲストで出ている人形のようなスタイルのモデルを前に、中肉中背よりは少し太めかな、と思われる女性タレントが、『痩せたい~!』と声を張り上げて、場内からは笑いが起こっている。
 ぽっちゃり体型を売りにしている芸人はともかく、一般的な女性が、中肉中背であっても、まださらに痩せたいと思うのは、ごく普通の心理だと思うのだが。

「女の子てさ、とりあえず体重が減れば、満足するじゃん。あとは…ウエストのくびれとか?」
「二の腕とかね」
「んなもん、筋トレすればいいのにさぁ。簡単エクササイズとか、意味分かんねぇ」

 1日5分で理想のくびれとか、1か月で○キロ落とす簡単ダイエットとか、まぁそうしたダイエット法は、いつの時代も蔓延しているし、女の子だけでなく、男だって気になるところだろうが、どうやら千尋にはお気に召さないようだ。

「筋トレとか、大変だしね。筋肉付けたい、ていうより、とりあえず痩せたいんだよ」
「それが意味分かんねぇ!」

 何よりも筋肉大好きな千尋には、どうやっても理解しがたい思考らしく、何度も『意味分かんねぇ』を繰り返している。
 大和が思うに、ダイエットや筋トレだけのことだけでなく、千尋はどちらかというと、楽して何かをやり遂げる、という考え方があまり好きではなさそうだ。

「あ、」

 テレビの中から、観覧客の悲鳴のようなどよめきが起こり、視線を向けた大和は、内心『ヤベッ』と焦った。
 先ほどのぽっちゃり女性芸人が、『お姫様抱っこをされたいけれど、体重的に無理なんですよ~』なんて言ったことから、試しにお姫様抱っこをしてみることになったのだ。
 それだけなら別にいいんだけれど、その役目が、なぜか大和に回って来たから困る。
 あれだけ筋肉自慢した芸人さんがいたんだから、彼にやってもらえばいいのに、と思ったものの、そんなことを言えるはずもなく、仕方なく大和は、その女性芸人と一緒にステージの中央に進んだのだ。
 番組は、大和がちょうど女性芸人を抱き上げようとしたところで、ちょうどCMへと切り替わった。よくある演出だ。



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彼の愛情表現は分かりづらい (15)


 流れ的に断れないし、仕事だから仕方がないとはいえ、やはり恋人が他の女をお姫様抱っこしているところなんて、見たくないだろうなぁ…と思うのだが、千尋からは何の反応もない。
 千尋はグラスを傾けながらテレビを見ているが、CMに入る直前の、大和が彼女をお姫様抱っこするところになった振りの部分は見ていなかったのだろうか。
 だとしたら、この隙にチャンネルを替えたかったけれど、やはりそれは不自然だろう。

「ん」
「え? あ、うん」

 千尋がクルリと大和のほうを向いたかと思うと、空のグラスを差し出してきて、テレビに気を取られていた大和は、ペース速いって! と突っ込みそびれ、素直にシャンパンを注いでしまった。

「えーっと…、ちーちゃん、」
「豆腐食うから大丈夫」
「いや、そうじゃなくて」

 大和が声を掛けたのを、千尋が飲み過ぎていることへの突っ込みと思ったのか、千尋が先ほどの屁理屈のような理論を述べて来た。
 そしてボトルを大和から奪うと、勝手に大和のグラスにもシャンパンを注ぐ。もちろん、何も気を付けずに注いだシャンパンは、泡立ってグラスから溢れたわけだが。

「………………」

 千尋は、悔しそうな、納得いかなそうな顔で大和を見た。それに対して大和は、何とも声を掛け難く、先ほど出して来たタオルで、黙って零れたシャンパンを拭いてやった。
 テレビが、CMから番組の続きへと切り替わり、大和が止める間もなく、千尋はそちらを向いた。

(あ~…)

 テレビの中では、お姫様抱っこをする役目として、大和が担ぎ出されている。
 見た目どおりというか、見た目以上というか、今思い出してもこの子、かなり重たかった。とはいえ、いくらぽっちゃり体型を売りにしているとしても、その感想をはっきり言うのは憚られたので、苦笑するだけに留めておいたけれど。

「これさぁ、」
「えっ」

 ふら付きながらも何とかその子を抱き上げ、お姫様抱っこの体勢を取ったところで、千尋が声を掛けて来たので、大和は肩をビクつかせた。タイミングからしてやはり、大和のお姫様抱っこについて、何か言いたいのだろう。

「な…何…?」

 ある程度の嫉妬や苦情なら覚悟しているが、あまり機嫌は損ねてほしくないなぁ…なんて思いつつ、大和は曖昧な笑みを浮かべた。
 千尋は、機嫌がいいのか悪いのかよく分からない表情をしている。



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彼の愛情表現は分かりづらい (16)


「これ、こんなにあっさり、お姫様抱っこしないほうがよかったんじゃない?」

 グラスを持った手の人差し指だけ立てて、千尋はテレビ画面を差した。
 やはり恋人が他の女の子をお姫様抱っこしているシーンなんて、たとえそれが仕事だと分かっていても、あまり見たいものではない、というのは、千尋も同じだったようだ。
 昔付き合った女の子で、お姫様抱っこや恋愛ドラマで定番のキスシーンまで、恋人らしく振る舞う演技があるものについて、結構ガンガン責め立ててくる子がいたけれど、そのときは、嫌なら見ないでよ…と思ったものだが、千尋の場合、自分では特に見たいと思っていたわけではないものを見て、こんなシーンを目の当たりにするはめになったのだから、何か言いたくなっても仕方がない。

「いや、あの、これはね、」
「やっぱり、もうちょっと大変そうな感じでやったほうがよかったんじゃないの? テレビ的に。1回失敗するとかさ。ちょっとあっさり持ち上げすぎだよ」
「はい?」

 いや、ちょっと待って、何その感想。
 大和が思っていたのと、何か違う気がする…。

「重たくて持ち上がんなかった、ていうほうが、テレビ的にはおもしろいんじゃないの? それか、誰かやっても持ち上がんなかったの、大和くんがやったら持ち上がった、て演出か。違う?」
「え…、えーっと…」

 何そのプロデューサー目線。
 いや、まぁ確かに、『体重が重たいから、お姫様抱っこされたことがない』という前振りがあったわけだし、何人かやってみて、結果として誰も出来なかったか、最後の1人が成功した、というほうがよかったのかもしれない――――でも。

「あの、その、ちーちゃん的には、俺がこの子をお姫様抱っこするのは、よかったわけ?」
「このメンツ……て言っても知らない人もいるけど、殆ど芸人さんなんでしょ? だったらやっぱ、大和くんがお姫様抱っこするべきなんじゃない? 大和くんが失敗して、他の芸人さんが成功したんじゃ、カッコ付かないじゃん。そのほうがヤダ。さっきのあんな筋肉に負けないでよ!」
「筋肉に、て…」

 恐らく先ほど上半身裸になった芸人さんのことを言っているのだろうけれど、なるほど、そういう考え方もあるのか。
 こういうシーンを見て感じることは、嫉妬心ばかりではないのだと、大和は初めて気が付いた。

「でもまぁ、お姫様抱っこって、いや、そりゃ体重が軽いほうがやりやすいけど、コツがあるから、多少重くたって出来なくはないし」
「多少じゃないでしょ、この子。見るからに重そうじゃん」
「まぁそうなんだけど…」

 本人がそれを売りにしているから、テレビ上、体重が重たいことを指摘しても笑って済まされるだろうけど、それにしても、千尋の言い草ときたら…。
 いや、本人を前にしない、テレビを見ている人の感想なんて、みんなこんなものなのかもしれないが。



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彼の愛情表現は分かりづらい (17)


「――――つか、大和くん」
「え? えっ!?」

 このお姫様抱っこの件、意外と千尋が、恋人目線としては嫌な顔をしなかったから、ちょっと油断していたところがあったのも事実で、呼ばれてそちらを向いたら、千尋が眉間にしわを寄せていたので焦った。
 グラスにはまだ半分くらいシャンパンが残っているから、その表情は、シャンパンが原因ではない。件のお姫様抱っこに決まっている。

「コツ、て何?」
「え? え? 何が?」
「お姫様抱っこのコツ。さっき言ったよね? コツがあるから、体重重くたってお姫様抱っこできるって。そんなコツ、どこで教わるわけ?」

 冷ややかな視線で、千尋が尋ねて来る。
 これはもちろん、『自分もお姫様抱っこしたいから、コツを教えて!』という意味ではなく、『誰相手にお姫様抱っこして、そんなコツ掴んだんだよ』という意味なわけで。

「フン」
「ちょっ!」

 大和が答えに躊躇している間に、千尋の機嫌は急降下したようで、プイッと顔を背けられてしまった。
 まさかここに来て、機嫌を損ねられるとは…。

「ちがっ、昔ドラマでそういうシーンがあったから! 痩せてても、大人1人お姫様抱っこすんの、ただ持ち上げようとしたら腰痛めちゃうから! 教えてもらったの!」
「へぇー。でもお姫様抱っこなんて、普段そうやんなくない? シャンパン開けんのと違って。なのにそのコツ未だに覚えてるとか、何かしょっちゅうやってる感じじゃね?」
「ちがちがちがっ……いや、違わない、か…」
「はっ?」

 焦って否定しようとした大和が、独りごちるように言い直すと、千尋がキッと睨み付けて来た。
 千尋は結構目力があるから、睨まれると正直怖い。

「いやいや、あのっ、そうじゃなくてっ…」
「そうじゃない、て何?」

 千尋に何か疑われるようなことなどまったくなくて、だからこその『違わない』発言だったのだが、不機嫌な千尋の凄むような雰囲気に、つい慌ててしまい、それが逆に千尋からの疑惑を深めている。

「よくお姫様抱っこしてんの、相手、ちーちゃんだからっ…」
「は? された覚えな……くはないけど、そんなしょっちゅうじゃないしっ」



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彼の愛情表現は分かりづらい (18)


 まだ付き合う前、千尋が大和の鍛え上げられた筋肉に抱き締められ、気を失ってしまった事件が何度かあり、そのときに大和に抱き上げられたことならある。
 だから、大和からまったくお姫様抱っこをされたことがないとは言わないが、だからと言って、そんなにしょっちゅうされているわけではない。大和がお姫様抱っこ慣れするほどには、されていない。

 …と主張する千尋を、大和は、やっぱりな…という思いで見つめた。

「ちょっ、何! 何で俺が悪いみたいな顔してんの、大和くん!」
「別に、ちーちゃんが悪いとは思ってないし、そんな顔もしてないよ。いや、やっぱ覚えてるわけないよねぇ、と思って」
「何それ! 何が!? お覚えてないとか、何!?」

 千尋のほうが機嫌を悪くして怒っていたはずなのに、どうやら自分に思い出せない何かがあると感じ取った瞬間、千尋はあたふたし出した。形勢が逆転しそうなことを悟ったに違いない。

「いや、そういうとき、大体ちーちゃん寝てるから…、酔っ払って」
「……ぁ……」

 かつて、大和の筋肉のせいで(…と言われても、大和にしたら言いがかりだが)気を失った千尋をお姫様抱っこしたことはあるけれど、それ以降は、酔い潰れた千尋をベッドに運ぶときだ。
 もちろん、肩を貸すなりおんぶするなり、方法は他にもあるのだが、寝ている千尋に肩を貸しても自力で歩かないし、おんぶも、1度その最中に千尋が背中で身じろいで落っこちそうになってから、怖くてやめた。

「あ…ぅ…」

 言われて千尋は、口を半開きにしたまま固まっていた。
 まぁ、それはそうだろう。一体誰にそんなに慣れるほどしょっちゅうお姫様抱っこをしているのだと詰め寄ったら、酔っ払った自分をベッドに運んでいたからだと知ったのだから。

「あの…、その…、ありがとうございます…」

 大和から目を逸らし、千尋がボソボソと謝る。
 ただ、気まずさを紛らわしたかっただけなのかもしれないが、謝ったそばからシャンパンのグラスに口を付けているあたり…。

「お願いだから、今日はちゃんと自分でベッドまで行ってよ?」
「い…行くしっ」

 また性懲りもなくシャンパンを飲み始めたことに自分でも気が付いたのか、千尋はサッとグラスを置いて、豆腐を食べ始めた。



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彼の愛情表現は分かりづらい (19)


「てっ…ていうか! だったら今日は、俺が大和くんのこと連れてく!」
「は? 何が?」
「俺が大和くんのことお姫様抱っこして、連れてく!」
「え、ちょっ、それは…」

 何をどうしたらそういう発想になるのか、突然の千尋の宣言に、大和は戸惑いを隠せない。
 千尋だってすごく鍛えているから、大和をお姫様抱っこできないとは思わないけれど、今は酔っ払って、普通に歩くのだって、足元がちょっと覚束ないくらいなんだから、絶対にやめてもらいたい。
 しかし、それをどうやって千尋に伝えたらいいものか…。

「何? 大和くんは、俺には出来ないと思ってんのっ?」

 大和の困惑した表情を、そういうふうに解釈したのか、千尋が思い切りむくれた。
 まずい、千尋の負けず嫌いに火を点けたかもしれない…。

「いや、ちーちゃん、あのね、別にちーちゃんがお姫様抱っこできないとは思ってないけど、でもホラ、俺別に潰れたわけじゃないし…、自分で歩いていけるから…」
「ホラ~、やっぱ出来ないと思ってるんだぁ~!」
「違う違う、思ってないって」
「じゃあやるっ!」

 千尋はグラスに残っていたシャンパンを呷ると(半分は入っていた…)、乱暴にグラスを置いて、椅子を鳴らして立ち上がった…………まではよかった。

「ふわっ…」

 勢いよく立ち上がったせいで酒が一気に回ったのか、いやそれ以前に、飲み過ぎていたというのも十分にあるが、千尋の体がクラリと傾いた。

「ちょっ!!」

 目の前の出来事に大和は瞬時に反応し、持っていた箸を投げ出して、千尋に駆け寄った。
 千尋の体は、床に倒れ込む前に、大和に無事抱き留められたのだった。

「ちーちゃんっ!」
「ふに…、何れぇ…?」

 とりあえず千尋にケガもなさそうで大和はホッとするが、千尋は自分が何でこんなことになったのかさっぱり分かっていないようで、ポワンとしながら大和を見ていた。

「何でじゃないよ、めっちゃ飲んだんだから、当たり前でしょ」
「れも、豆腐も食ったし…」
「いや…」

 もはや豆腐が何の免罪符にもならないほど飲んでいる自覚がないところが怖い。
 それでも千尋は、自宅か遥希の家以外で飲むとき、南條がいなければ泥酔することがないので、それだけが救いなのだが、逆を言えば、気を抜ける状況であれば、いくらでも飲んでしまうということなのだ。



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彼の愛情表現は分かりづらい (20)


「大丈夫? 気持ち悪くない?」
「ない…」
「え、ちょ、ちーちゃん?」

 千尋が無事ならそれでいいけれど、もうこのままベッドに連れて行こうと思ったのに、なぜか千尋が自力で立ち上がろうとしているから、大和は慌てた。
 まさか、まだ大和をお姫様抱っこするという野望を捨てていないわけじゃないよね?

「ちーちゃ…、あの、だからね、ちーちゃんがお姫様抱っこできないとか思ってな…」
「らいじょーぶだから、俺、もーベッド行く…」
「え? うん、いや…、え?」

 モタモタとジタバタしながら大和の腕を抜け出した千尋が、何とか進もうとしたのはベッドルームの方向で、大和は、そこでようやく先ほどの自分のセリフを思い出した。
 千尋が大和のことをお姫様抱っこできるとかどうとか言う直前、『お願いだから、今日はちゃんと自分でベッドまで行ってよ?』と千尋のことを窘めたのだ。
 あーもう、何でこんなときに、そんなこと思い出すかな。

「ちーちゃん、ちーちゃん、今日は俺が連れてくから。自力で行くの、また今度にしよ? ね?」

 ベッドルームまでは大した距離ではないが、立った拍子に、先ほどのように倒れそうになったのでは、大和のほうが冷や冷やして心臓に悪い。
 千尋が大和にお姫様抱っこされたくないと言うなら肩を貸すから、とにかく1人で行こうとしないで。

「らってぇ~…」
「ね? 今日は俺にさせて? 今度のとき、ちーちゃんが俺のことお姫様抱っこしてよ。ね? いいでしょ?」

 たとえ相手が千尋とはいえ、自分がお姫様抱っこされている状況というのはドン引きなのだが、こうでも言わないと千尋が聞き入れてくれなそうなので、大和は仕方なく提案した。

「ね?」
「…ん、」

 千尋も意地になって歩こうとしていたようだけれど、もう全然足に力が入らないことは自分でも分かっているのだろう、素直に頷いた。
 大和は、クタンとなっている千尋を抱き上げると、腕の中で大人しくしている千尋を連れて、ベッドルームへ向かった。

 お姫様抱っこは、するほうにももちろんコツがあるが、実はされる側にもコツがあって、抱き上げるときにタイミングを合わせてくれたり、体の力を抜かずにいてくれたりすると、だいぶやりやすい。
 あとは、変な意味でなく、お姫様抱っこする側の首に腕を回すとかしてしがみ付いてくれると、そこそこ体重が重くても、抱き上げられる。
 たとえ赤ん坊でも、眠って体の力が抜けると、その全体重が抱っこしている人にすべて掛かってしまうので、非常に重たいものなのだ。



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彼の愛情表現は分かりづらい (21)


 そういう意味では、普段千尋をお姫様抱っこするとき、千尋は完全に寝ていて、まったく力が抜けているから、実は大和の負担は大きい。痩せているとはいえ、千尋は鍛えていて筋肉質だから、見た目以上に体重もあるから。
 今もそうだけれど、そんな千尋をお姫様抱っこするのに慣れている大和は、あの番組収録でぽっちゃりした女性芸人を抱き上げたところで、大したことはない。
 体重は重かったけれど、彼女は腕を首に回してくれたし(彼女にしたら、『お姫様』感の演出だったのだろうが)、タイミングを合わせるために、大和が小声で掛け声を掛けたから、結構あっさり出来たのだ。

「ちーちゃん、ドア開けてー」
「…ぅ?」

 抱き上げてからまだ数十秒も経っていないのに、もう大和の腕の中でまどろみ掛けていた千尋は、声を掛けられて、ハッと目を開けた。

「お願い、ドア開けて」
「んー…」

 緩慢な動きでドアを開けてくれた千尋は、一仕事を終えたとでも思ったのか、そのまま目を閉じた。

「はぁ~…」

 大和は溜め息とともに、千尋をベッドに下ろす。
 こうなると分かっているのに、つい千尋にグラスを差し出されるがままに注いでしまう自分が情けない…。
 というか、酔い潰れた千尋をベッドに寝かせてあげるの、これで何回目だっけ…? よく考えたら、初めて一夜を共にした(だけ)のあのときも、そうだった。

「まーったくもう」

 目が覚めたら、いっそこれから2人で過ごす夜は禁酒だ、て言ってやろうか、なんて思ったけれど。
 ――――でも。

(ちーちゃんがヤキモチ焼いたの、初めて見たかも…)

 酔うと本性が出ると言うけれど、こんな千尋が見られるのなら、酔っ払うのもありかな、なんて思ってしまうから、どうしようもない。
 いや、もう、さっきの不機嫌になった千尋を思い出すだけで、顔がにやけて来る…。

(…もしかしたら、)

 もしかしたらだけれど。
 あの番組で女性芸人さんをお姫様抱っこしたのを見たときも、ヤキモチ焼いてた? ――――なんて言ったら、自惚れすぎかな?



*END*



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 貴方は萌えが足りないと感じたら『軽々とお姫様抱っこしてくれる大和と千尋』をかいてみましょう。幸せにしてあげてください。(http://shindanmaker.com/524738)が元ネタでした。
 タイトルは明日からでした。
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その手なら離さないでね (1)


「あ…、あ?」

 それは一瞬のことだったと思う。
 ほんのちょっと目を離した隙に、という言葉は、まさに今のためにあるのだと、睦月はポカンとしながらも思った。

 亮と一緒に、ショッピングモールをぶらついていたのだが、おもしろそうな食玩に睦月が気を取られている間に、亮の姿が見えなくなったのだ。黙って急に立ち止まった睦月に気付かず、歩いて行ってしまったのだろう。
 これは全面的に睦月が悪いと言われれば、反論の余地は少ないが、しかし気付かず行ってしまう亮だって悪いと思う。気付くだろ、普通。いや、気付けよ。

「むぅー…」

 隣のコーナーや周辺を念のため見て回ったものの、やはり亮はいない。
 これは完全にはぐれたというヤツだ。迷子だ。いい年して、睦月は迷子になってしまったのだ。

(いや、迷子じゃねぇし。電話すりゃいいだけだし)

 亮がどこまで行ってしまったのかは知らないが、睦月がいなくなったことに気付いていなかったとしても(それはすっごくムカつくが)、電話をしてどこに行ったのかを聞けばいいだけのことだ。
 うん、別に迷子じゃない。

「電話、電話…………電話……」

 睦月はパタパタとポケットを触ってみて、そこにスマホの感触がないことに焦りながら、今度はすべてのポケットに手を突っ込んで、入っているものを確認する。
 ――――ない。
 ポケットの中から出て来たのは、財布しかない。

「えっとー…」

 もともと睦月は、出かけるときに荷物は少なくて、手ぶらであることも珍しくない。
 学校に行くときはテキストやノートがいるからカバンが必要だけれど、そうでないときは、財布とスマホと鍵くらいで、亮と一緒に出掛けるなら、鍵は亮が持つから、財布とスマホしかない。
 だから今日だって、ポケットの中には財布とスマホがあっていいはずなのに、どんなに捜しても、スマホだけが見当たらない。

「え、落とした…?」

 こうなると、話はまたいろいろと変わってくる。早く亮を見つけなければならないことに変わりはないが、それよりももっと早くスマホを捜さなければ。
 睦月は普段から殆どスマホを弄らなくて、なくても全然困らない人なんだけれど、個人情報の塊だし、落とすのはマズイ。流出するのも困るし、勝手に使われるのも困る。



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その手なら離さないでね (2)


 こういうときは、携帯電話会社に連絡して、使えなくなるように処理してもらえばいいはずだと、睦月は焦りながらも閃いたのだが、肝心のスマホが手元にない今、そういう手段に出ることすら出来ない。
 ということは、やはり今は亮を捜すのが先か? いや、ダッシュで家まで帰って、和衣か祐介か翔真か、誰かからスマホを借りて連絡…………て、

「違ぇ! 充電してたんだ!」

 殆どスマホを使わない睦月は、充電の減りもすごく少ないし、ちょっとくらい充電が少なくなっても全然気にしないんだけれど、2%という表示を見たときは、さすがに充電しなければ…と思い、何日ぶりかも思い出せないくらい久しぶりに、スマホを充電器に繋いだのだ。
 そして、朝起きてスマホを充電し始めて、もうそれきり忘れていた。
 睦月は大抵、スマホをベッドの上か(それで起きられた例はないが、アラームはセットしているので)、学校に行くときのカバンの中か、机の上に置いているのだが、電源の位置の関係で、今朝はいつもと違う場所に置いたのが、運の尽きだった。
 もちろん2%になる前に、何度かスマホ自身が充電がなくなりそうであることを睦月に伝えていたのだが、面倒くさがって無視し続けていた結果がこれだ。さっさと充電しておけば、こんなことにはならなかった。

「はぅ…」

 スマホの在り処と無事であることが分かり、ひとまずはホッとしたものの、自分が迷子という状況に変化はない。いや、迷子じゃないけど。ちょっと亮と離れて、いろいろ見てるだけだけど。
 ここは一先ず、この場に留まろう。
 いい加減、亮だって睦月がいないことに気が付いているだろうし、それで最初に取る行動は、睦月がそうしようとしたのと同じく、電話をすることだろう。で、睦月が電話に出ないとなれば、来た道を戻って来る……に違いない。
 亮は、きっと睦月がまたどこかで何かに気を取られて足を止めていると思って、戻って来るはずだ。理由はムカつくが、そう考えて、亮はここに来るはずだ。
 だから、下手にウロウロするよりも、ここにいるのがいい。

「…ぅ?」

 そうと決まれば、見ている途中だった食玩の冷やかしを続けよう。
 亮は自分を見つけないわけがない、という根拠のない自信の下、のん気というより能天気にそう思って、睦月は気になった箱の1つに手を伸ばしたが、ふと何かの視線に気が付いて、手を止めた。
 キョロキョロと辺りを見回すまでもなく、ちらっと横を向いたら、小さな男の子がジィッと睦月のことを見つめているのだった。

 大学生男子の睦月は、もちろん小さい子どものことなど何も詳しくないから、その子がいくつなのかを一見しただけで察することは出来ないけれど、小学校には上がっていなそうだ。
 少なくとも、1人でこんなところに来るような年齢には見えないから、近くに親か誰かがいるのだろうと睦月が思ったのも束の間、睦月が視線をその子から食玩のほうに向けるよりも先、グニャリとその子の顔が歪んで『うわぁ~~~~~~!!!』と大きな声を上げて泣き出したのだ。



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その手なら離さないでね (3)


「え? え? え?」

 あまりに突然のことに、睦月は大層慌てた。
 まるで睦月がその子のことを泣かせたみたいだが、正直、何もしていない。視線を感じてその子を見ただけだ。ほんの数秒。睨んでだっていない。

「ちょ、え、何?」

 これで、この場にこの子の親が現れたら、睦月が泣かせたと思われるのだろうか。
 親が現れたところで知らない人だし、何て嫌な男だ、今どきの大学生は、と印象悪く思われたって構わないけれど、通報とかされちゃったらどうしよう。さすがにそれは困る。

「あ、ちょっ、えと…」

 その子の側に行ってあやすべきか、さっさとこの場を逃げ去るべきか。
 子どもの扱いになんてさっぱり慣れていない睦月が焦っていると、その子はますます甲高く泣き始める。

「ママァ~~~!!!!」
「え? え? 迷子?」

 泣きながらその子が口にした言葉に、睦月はようやくその子が母親とはぐれた迷子なのだと悟った。
 睦月は慌てて近くの通路を探し回ったが、若い男が1人いただけで、この子の母親と思われる人物は見当たらない。

「えっと…」

 迷子と分かったからには、この子を置いて逃げ去るわけにはいかない。
 こういうときはあれだ、迷子センターとか、サービスカウンターとか、とにかくお店の人に言って、この子の母親を捜してもらうしかない。睦月は子どものあやし方など知らないし、お店の人に預けるほうがいいだろう。

「えっと…、ママと来…」
「うわぁ~~~~~!!!」
「………………」

 ただでさえ人見知りの睦月は、たとえ子どもであっても、知らない人に声を掛けるなんて大変なことなのに、それを乗り越えて声を掛けてみたら、あやそうとした手をバシッと払われてしまった。
 ムカつくけれど、子ども相手にキレるわけにはいかない。深呼吸をして気持ちを落ち着けると、睦月はその子の前にしゃがんだ。

「ママ、いないの?」
「、、、、ふぇ~~~~~!!!」
「ちょっ」



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その手なら離さないでね (4)


 睦月が目線を合わせてくれたことで、一瞬だけ泣き止んだものの、睦月の言葉に、母親がいないことを改めて実感したのか、今まで以上に大きな声で泣き出してしまった。
 一体全体どうしたらいいものか、先ほど隣の通路にいた若い男、絶対にこの泣き声が聞こえているはずなのに、ちっとも助けに来てくれないし! と睦月は困ったり苛付いたりで忙しい。

「マーマァ、ママー!!」

 とうとう子どもは地団太を踏むようにジタバタしながら泣き喚き出した。
 ここでこの子が泣いていても、睦月がそれを眺めていても、事態は解決しない。一刻も早くお店の人がいるところまで連れて行くしかない。それは分かっている。
 分かっているが、これだけ『ママ~!!』と泣き叫んでいる子を連れて歩いていたら、誘拐犯にでも間違われるんじゃないかと思って、ちょっと怖いんだけれど…。

 とはいえ、このままでは埒が明かない。睦月は立ち上がって周囲を見回すと、その子を抱えてダッシュした。
 誘拐犯に間違われたらどうしよう…などと思っていたくせに、その動きは周囲を警戒したようにも見えるし、何より手際の良さがちょっとした誘拐犯みたいだ。
 もちろん、このまま連れ去るわけではない。レジの位置を示す表示を見つけたので、そこまでこの子を連れて行くのだ。レジなら店員がいないはずはなかったから。
 子どもを抱き上げてダッシュしたのは、一刻も早くレジのところまでこの子を連れて行きたかったのと、手を引いたくらいでは梃子でも動きそうになかったからだ。

(早く! 早くレジのトコ行かないと!)

 睦月はまったく何にも悪いことはしていないけれど、この姿を見た人に、誘拐犯だと思われたって仕方がなかったし、通報されたって、これまた仕方がないことだった。
 だからとにかく、あらぬ誤解を受けないうちに、誘拐犯だと思われたって、すぐに誤解が解けるように、急いでレジのところまで行かなければならなかった。

「迷子っ!」

 見事なコーナリングを決めてレジの前に飛び出した睦月は、店員がレジの最中であったにもかかわらず、腕に抱いていた子どもを見せ付けた。
 店員も、会計中の客も、並んでいた客も、ギョッと睦月を見たが、誘拐犯だと思われるよりはマシだ。

「迷子が…」

 睦月の唐突な登場にみんなポカンとなっていたが、睦月が改めてそう口にすると、レジの中にいたもう1人の店員が、慌ててカウンターの外に出て来てくれた。
 睦月はホッとして、その子を店員さんに引き渡そうとした。



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その手なら離さないでね (5)


「え?」

 睦月の役目は、泣きじゃくる迷子の子どもを、お店の人に預けるところまでのはずだ。誰が決めたわけでもないが、一般的に言って、そういうものだろう。
 だから今だって、店員さんにこの子を渡さなければと思うのに、その小さな手が、睦月のシャツをギュッと握り締めて離さないのだ。
 睦月がその子の両脇に手を入れて、高い高いするときみたいに持ち上げようとしても、離す気配はなく、ただ睦月のシャツが引っ張られて伸びるだけだった。

「えーっと…」

 さっきは散々泣き喚いていたのに、いつの間にか子どもは泣き止んでいる。
 もしかして睦月が抱っこしてダッシュしたのがおもしろくて、機嫌が直ったのだろうか。それは有り難いけれど、手を離してもらわないことには…。

「手を…」

 先ほどのように、声を掛けただけで泣かれたのでは堪らない、と睦月は恐る恐るその子に話し掛けようとしたが、その子が真っ直ぐに睦月を見つめていたせいで、言葉を詰まらせてしまった。
 いや、だって、そんな…、何でその子が睦月のことをそんなに見つめているのか、分からない…。

「ぼくー、お名前は何ていうの?」

 館内放送でこの子の名前や特徴をアナウンスし、母親に来てもらうという手筈なのだろう。そのためには、より多くの情報があったほうがいいに決まっている。
 しかし子どもは一瞥した後、プイと反対のほうを向いてしまった。

「………………」

 もし睦月がこの店員さんの立場だったら、怒り出しはしないが、ムッとした表情くらいにはなったはずだが、さすがに客商売をしているだけあって、店員さんは困ったように眉を下げただけで、その表情に苛立ちはない。どちらかというと、睦月に対して申し訳なさそうな顔をしているくらいだ。

「とりあえず、特徴だけでも放送する?」

 先ほどまでレジをしていた店員さんが、そばにやって来た。並んでいた客が捌けたようだ。

「でも、呼び出して、来てもらうの、サービスカウンターのほうが分かりやすいよね?」
「んー…」

 2人の女性店員は、困ったように顔を見合わせる。
 早く迷子のアナウンスしたいけれど、迎えに来てもらう場所はここよりもサービスカウンターのほうが分かりやすいから、この子をサービスカウンターに連れて行きたいものの、この子がまったく睦月から離れようとしないから、なす術をなくしたのだ。
 こういうときは、睦月が『一緒に行きましょうか?』と声を掛けたほうがいいのかもしれない。立場上、無関係の客に対して言い出せないだけで、きっと彼女たちもそれを望んでいるに違いないし。



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その手なら離さないでね (6)


 睦月は子どもに視線を移した。
 彼はまだ、まっすぐに睦月を見ていた。そんなにじっくり見たいと思うような顔だろうか。普通の顔だと、自分では思っている。少なくとも、子どもがそんなに興味を示すほど、特徴的な顔だとは思わない。

「サービスカウンターまで…、一緒に行きましょうか?」

 相手は店員さんで、睦月よりも年上の女性だ。睦月が声を掛けたくらいで、もちろん泣くことはなくて、むしろ睦月にそう言ってもらってホッとした様子だったのだが、知らない人に声を掛けるのは、睦月にとっては一苦労だ。

「ありがとうございます」

 最初に応対をしてくれたほうの店員さんが、一緒にサービスカウンターへ行くこととなった。店員さんが一緒なら、誘拐犯と間違われることはないから、睦月はいくらか安心していられる。
 睦月は店員さんの後に続きながら、腕の中の子どもに視線を落とす。静かになったから寝たのかと思ったのに、しっかり起きていたし、やっぱりまだ睦月のことをジッと見ていた。
 『俺の顔に何か付いてる?』と聞いてみたかったけれど、下手に話し掛けて、また泣かれても困るので、睦月は黙っていた。

 サービスカウンターに到着すると、店員さんが、サービスカウンターにいるお姉さんに事情を説明している。ひとまず服装などの特徴だけでもアナウンスしようという言葉と、念のためもう1度名前を聞いてみようという言葉が聞こえて来る。
 名前くらい答えろよ、と睦月は思うが、もし睦月がこの子どもの立場だったら、絶対に言わない。だって知らない人と話をするなんて、無理過ぎる。

「ぼく、お名前は何ていうのかなー?」

 今度はサービスカウンターのお姉さんが、少し身を屈めて目線を合わせて尋ねた。
 その声に反応して、子どもはお姉さんのほうは見たけれど返事はしてくれない。でも、さっきまでは見向きもしなかった…というより、反対を向いてしまったくらいだから、少しは進歩があったのかも。
 よし、このまま喋っちゃえ! と睦月は心の中で念じたものの、子どもはお姉さんをジッと見たまま口を噤んでいる。そんなに喋りたくないか! まるで睦月のようだ。

「お姉さんに、お名前、教えてくれないかな?」
「………………上原、睦月」
「え?」

 笑顔を崩さずに再度尋ねて来たお姉さんに答えたのは、子どもではなく睦月だった。
 当然、お姉さんは『え?』という反応をする。本当は『は?』と言いたかったのかもしれないが、そこは接客のプロだから、『え?』に留めておいたのだろう。

「えっと…」
「俺は、上原睦月」

 お姉さんが何か言おうとしたのを、聞こえないふりで遮って、睦月はもう1度自分の名前を答えた。
 いや、答えたというか、別にお姉さんの質問に代わりに答えたわけではなくて、この子が何にも言わないから、睦月が何か喋ったら、真似してくれるかなぁ、と思って言ってみたのだ。



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その手なら離さないでね (7)


「むちゅき?」

 もちろん、睦月が喋ったらまた泣かれるかもしれない、という心配もあったのだが、舌足らずな喋り方で聞き返してきただけで、子どもは泣かなかった。

「むつき」
「むちゅき」

 まだうまく発音できないだけで、言い間違えているわけではないのに、睦月はそれを分かっていてわざと、間違いを正すように言い直した。子どもはそれを真似して繰り返すものの、やはりうまくは言えない。

「むーつーき」
「むーちゅーきっ」
「ウヒ。お前の名前は?」
「みじゅき」

 笑って、さりげなく名前を聞いたら、子どもはあっさり引っ掛かって、自分の名前を口にした。

「みじゅき?」
「みーじゅーきっ!」

 睦月は、子どもの言ったとおりの発音で繰り返したのだが、もちろん名前は『みじゅき』でなく『みずき』だから、案の定、子どもは向きになって言い返してくる。

「みーずーき」

 あんまりしつこいと泣き出すかもしれないと思い、2度目はきちんと発音してやる。するとミズキは満足したように頷いた。

「ミズキくん、年はいくつ? 何歳?」

 ようやく子どもが喋るようになり、これ幸いとばかりにお姉さんが質問を重ねる。

 けれどミズキは、お姉さんのほうを少し見ただけで、また睦月のほうを向いてしまう。それを睦月は、ミズキが自分の答えを期待しているのだと勝手に判断し、「えーっと…、いくつかなぁ?」という困ったようなお姉さんの声に、

「21」

 と、ミズキを見ながら答えてやった。
 やはりミズキは睦月の答えを待っていたようで、ただ『21』と言っただけなのに、キャッキャと笑い出す。

「にじゅいち!」
「お前、21がいくつなのか分かってんの? 21まで数えられる?」
「いち、にじゅいち!」
「早ぇよ!」



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その手なら離さないでね (8)


 子どもがいくつくらいから数を数えられるようになるのかは知らないが、多分このくらいの子は21までなんて数えられないだろう、そう思いながらも聞いてみたら、とんでもない数の数え方を披露されて、思わず突っ込んだ。困り顔をしていたお姉さんも、吹き出している。

「お前、何歳なの?」
「にじゅいち!」
「それ、俺の年だよ!」

 『にじゅいち』という言い方が気に入ったのか、ミズキがそう答えるので、睦月は律儀に突っ込んでやる。

「ミズキくん、いくつかな?」
「にー」

 もう1度お姉さんが尋ねると、ミズキは今度こそ素直に答えてくれた。また『にじゅいち』というのかと思った答えも、「にー」で止まる。『2歳』ということなのだろう。
 しかし、差し出した手は、不器用そうに『3』を作っていた。
 どちらが正解なのかは睦月には分かりかねたが、これ以上その点を追及するよりは、早く館内放送をしたほうがいいと判断したのか、お姉さんはカウンターのほうへ戻った。

「ミズキくん、ジュース飲む?」

 代わりにやって来たのは、もう1人のお姉さんだ。小さいパックのジュースを持っている。これでミズキの気を引いて、睦月からミズキを引き取ろうという考えなのだろう。
 ミズキは年齢を指し示すために睦月から離していた手をジュースのほうに伸ばして、それを受け取った――――まではよかった。

「むちゅき、はい」
「え?」

 ミズキは受け取ったジュースを、睦月のほうに差し出したのだ。

「むちゅき、あげる」
「は? 俺に?」

 どうやらミズキは、自分が貰ったジュースを睦月にあげたいらしい。
 何で? と睦月が驚いていると、ミズキはジュースを持った手で睦月の胸を叩く。早く受け取れということのようだ。
 とはいえ、睦月は今両手でミズキを抱っこしているのだ。その状態でジュースを受け取れと言われても、小さな子の抱っこに慣れていない睦月は、片手を離すのが怖い。

「ちょ、ちょ、待てよ」

 断って機嫌を損ねられるのも面倒なので、睦月はミズキの言うことを聞いてやろうと、がんばって体勢を立て直す。何とか片手でミズキを抱っこして、右手でジュースを受け取った。
 そして、受け取ってから気付く――――手が反対だった、と。
 癖なのか、何となく利き手でジュースを受け取ったけれど、そうじゃない、利き手でミズキを抱っこしていたほうが、楽だし安全だった。



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